第81話 ゲーム記者と宝石飴
ファンタジーワールドはあらゆる可能性を秘めたゲームだ。
当初は高品質な王道VRMMORPGと見なされていたが、未だ謎に包まれているファンタジーワールドを彩る独自のエンジンで表現されたその美麗なグラフィックは、最初は出来の良いゲームと言う形ではあったものの、次第にその世界を広げていった。
切っ掛けの一つとしてファンタジーワールドを専門としたプロのカメラマンがインターネットを通じて写真集を販売したことだろうか
勿論、出版する際にはファンタジーワールドの運営元であるナイヴラボの許諾を得た正式な物ではあるが、その写真集には色鮮やかにプリントされたファンタジーワールドの景色が映っていた。
現実と遜色ない程のグラフィックを誇る一方、非現実な二つの月、満天の夜空はそれだけで専門の写真集が出来そうなぐらいだ。
実際、ファンタジーワールドの風景写真を集めた写真集はあらゆる界隈からの注目を浴びて、ニュースにも取り上げられるほどだったと聞く
そこからファンタジーワールド専門の写真家が生まれたり、さらなる可能性を求めて様々な業界人が進出した。
MMOではあるものの、物を作るためにはレベルによる制限は存在しない、勿論素材によっては、強力なモンスターが生息しているエリアに存在しているなどといった事はあるが、逆に言えば素材さえあればファンタジーワールドの世界を始めたばかりのプレイヤーでも様々な物を作れる可能性があった。
技量があればレベルは関係ない、ステータスが物を言うMMOにあるまじきこの独自のシステムは、元々ゲームを好まない層の人達が始める切っ掛けとして大いに役立った。
現実世界で結果を残している著名人たちはファンタジーワールドで支援をしてくれるパトロンを見つけ、目覚ましい研究結果を出しているとも聞く
【遂に見つかる経験値上昇バフ付き料理!?】
今では様々な情報サイトがファンタジーワールド関連の記事を書いているが、その中でも老舗と呼ばれる類の大手ゲーム情報サイト、その最新記事に赤く宝石のように模られた一個の美しい芸術品の様な飴を手のひらに乗っけ、鑑定情報が出されたウィンドウと一緒に撮影された一枚のスクリーンショットが投稿された。
そのスクリーンショットを撮影したライターは自分の足で記事のネタを集める事が信条の人物、記事のネタ集めの一環としてその一つに独自の発展を遂げた街『フラウ』について記事を書こうとやってきた。
サーバー間を移動する際は特定の位置でリスポーンをする。街には特殊な防壁を形成するクリスタルが存在し、サーバー間を移動してきたプレイヤーはそのクリスタルが存在する場所からやってくる。
「おぉ、流石水の街フラウだな、噂に違わぬ綺麗な街だ」
ギリシャをイメージしたのか真新しさを感じるパルテノン神殿の様な石材を使った美しい建造物、そこから広がるのは水の街と呼ばれる街の隅々まで通った水路だった。
白い石畳と青色の水路、そして道の端には街路樹が設置されその間には色鮮やかな花々が咲いていた。
クリスタルが設置された神殿はフラウの街の中でも高い地形の場所に存在し、クリスタルからやってきたプレイヤーたちが最初に見るのがフラウの街を一望できる光景だ。まず間違いないのはこの街を設計したプレイヤーはその手のプロだという事、記者と同じように観光目的でやってきたであろう他サーバーのプレイヤー達もこのフラウの街を見て感動していた。
「思っていた以上に人通りは多い、港も街の雰囲気に合わせたものだが、処理能力は悪くないと思われる。西部には農園地帯もあるようだし後で向かってみようか」
独り言を話しながらフラウの街を探索する。現在記者は録画撮影を行いながらフラウの街を探索していた。
彼の頭上には撮影中、の文字が表示されGNと略されたプレイヤーネームの先頭部はGAMENAVIと呼ばれるゲームを専門とする大手雑誌の関係者を意味する。
彼自身は一社員なので有名ではないものの、社名はファンタジーワールドのみならず他方面にも顔が利く大手だ。我が物顔で歩くわけではないが、撮影中の文字を見た後、彼のプレイヤーネームにGAMENAVIと書いてあれば行き交うプレイヤー達は自然と道を空けていた。
これに関して申し訳ない、と言う気持ちは当然あるがその分美しい街並みを撮影できるので内心感謝しつつも大手通りを中心に歩いていた。
「ここがフラウの共同市場、手数料は安いのは他の商人プレイヤーを誘致する為だろうか、観光としてはトップクラスなもののやはり品ぞろえは良くなさそうだ」
祭りの屋台のように建ち並ぶ共同市場、フラウの街北地区の半分を占めるその敷地内には多くの店が建ち並ぶが、第1サーバーが誇るオルディヴや第13サーバーのサーディに比べたらやはり活気は少ない
最低限の量と品質はあるようだが、売られている素材系アイテムではオルディヴに劣るし、装備類も質は良いが量が少ないのでどちらも備えているサーディに比べたら冒険も不便だろう
ただそれはフラウを運営するプレイヤー陣も分かっているようで、テナント料や販売手数料は他サーバーと比べても安いように思えた。今ではフラウがファンタジーワールドで最も美しい街と謳われているので、態々他サーバーからやってくる観光客も多い
その為か、共同市場では観光客向けのアクセサリー類を販売するプレイヤーが多く見受けられた。システム上自動販売を行っている場所もあるが、自動販売が主流の他サーバーと比べ実際に店で接客をするプレイヤーも多かった。
森の雫や大黒工房といった大店は出店していない様子だった。今では他サーバーまで範囲を伸ばすチェーン店の様なクランもあるのだが、フラウは良い意味で自由な市場だと感じる。
「ん?これは……」
屋台の様な露店が多い共同市場の一部は立派な建物を構えている場所もある。その大半がこの街の発展に尽力したプレイヤー達が建てた場所だ。一等地の殆どはそれらプレイヤーに買い絞められており、フラウの共同市場は露店通りと商店通りの二面性を見せていた。
「ほぉ、宝石店か……興味深い」
その中でも一番目立つ大きな建物に何気なしに記者の男は入ってみた。そこで出迎えてくれたのはNPCの店員
「商店通りの店はNPCを雇っているのか、凄いな」
NPCを雇用する為には雇用主に対して一定以上の信用が必要になってくる。
条件は雇うNPCが在籍している街によるが、一番多いのはバルバトからの出稼ぎ労働者だろう、唯一新大陸との航路を確立し定期便も出ている。その為、フラウを始めとした新大陸の街で働くNPC労働者はバルバト出身で間違いないと思う
彼らを雇うにはバルバトの行政へ一定額以上の納税した者、そして名声と呼ばれるNPC達からの評価が高くないとNPC労働者を雇う事が出来ない
納税義務はバルバトに拠点を構えた際の維持費やオークション市場の手数料がそれにあたる。バルバトから労働者を誘致できる程となれば森の雫や造船プロジェクトで表立ったような生産クランではないと無理だろう
なので大手生産クランが存在しないフラウの街でNPC労働者を招聘できるクランがあったのが素直に驚いたのだ。記者は軽く挨拶をすると、露店よりも明らかにグレードの高いショーケースに飾られたアクセサリー類を見ていく
建物自体は立派だが、その反面売られている商品は少ない、宝石店として見ても数は少なく、立派なガラス張りのショーケースやショーウィンドウに展示品物も高級店とすれば悪くない雰囲気だ。
「奥は武器類か、高級なアイテムはこの建物にまとめられているのかな?」
広々とした店内の奥には立派な鎧が立てられているようだった。アクセサリー類が展示されているショーケースの作りも立派なので、フラウの街で性能が良い物はこの建物に纏められているのかもしれない
「試作・燕か、フラウにも刀が売られている事には驚きだが、性能はまだまだと言ったところか……」
店の奥へ進むと、より高価な品々が展示されているようになっているようだ。なので店の奥へ進めば、アクセサリー類から武器や防具と言った物が多くなり、最近使い手の増えてきた刀も販売されているようだった。
刀自体は製作難易度が非常に高く、未だ謎の多い鍛冶プレイヤーメイク以外のプレイヤーでも刀と分類できる武器を作れる者は多くなってきたが、一線級として使うには性能が心もとない
ただそれでも刀を作れるだけでその鍛冶プレイヤーは上位の実力を持つと言える。確かに刀を作れる者にはもっと質の高い刀を作るプレイヤーもいるが、作れるというだけで大手のクランから勧誘は来るだろうし、囲われている事が多い
「こんな場所でも実力を持つプレイヤーはいるもんだな」
失礼な事を言っているのは分かっているが、実際に刀が作れる上位の鍛冶プレイヤーならもっと上のクランへ入ることも出来るだろう
そうすれば最先端の素材が優先的に回されるだろうし、態々大衆工房などに出向かなくても個人の専用工房だって持てるはずだ。
それぐらいトップの実力を持つ生産プレイヤーは大切にされるし、今もなお引き抜き合戦が繰り広げられているとも聞く
フラウの街は良い街だ。一日かけて観光したが、計算された街の景観から街の施設も統一されたイメージの元建てられているので、噂以上に美しい街だと記者の男は感じだ。
ただそれだけだ。アクセサリー類の充実は平均以上あるかもしれないが、ファンタジーワールドはゲームであり、MMOだ。
MMOで他人より良い装備が欲しいというのはプレイヤーの性だと言える。様々なゲームを経験してきた記者の男でもMMOに関してはそれが特に顕著であり、武器や防具類が少ないのは致命的だと言えた。
実際にRPGゲームをやっていても、やっとの思いでたどり着いた街の武器屋や防具屋の装備が弱かったらどう思うだろうか?つまりはそう言う事である。
それでも他のサーバーには無いアイデンティティがあるので、当分は大丈夫だろう、この謎の刀匠プレイヤーの様な、もの好きな人間も集まれば将来性はあるかもしれない……そう締めくくり店の一番真ん中、この店のメインであろう商品に眼を向けた。
「宝石か?……珍しい、アクセサリーで使われることはあると聞くが……」
専用のショーケースに飾られていたのは明暗分かれた赤色の宝石が二つ、綺麗にカッティングが施されれ計算されたようにライトの光を反射させる。その美しさは特に宝石等に興味がない男であっても目を惹かれる物があった。
(宝石単品なのか?新種のアクセなら価値は高いだろうが、刀が店のメインに置かれていないという事はそれなりに自信があるんだろうが)
宝石の用途として、ネックレスや指輪のメインの装飾として使われることが多い、主に魔法職プレイヤー向けの装備類に使われることが多く、宝石のレア度によってその装備の性能が大きく変わると言われるぐらい重要なアイテムだ。
珍しくはあるが、宝石向けの生産プレイヤーも少数居るのは確かだ。宝石のカッティングは高い技術力を必要としトップの生産クランでは分業化も進んでいると聞く、記者の男も詳しくは分からない物の、宝飾職人の腕で希少な宝石の価値は天と地ほどの差がある。
記者の男には宝石の良し悪しは分からない、鑑定すれば分かるかもしれないが、こうやって高級店のメインで置かれているぐらいなので中の上ぐらいの実力しかない男にとってはとても買える物じゃないと思ったからだ。
「ん?100000G……あぁ、宝石を模した飴なのか、にしても高いな」
ただそれでも興味が惹かれるのはゲーマーとしての性だろう、ショーケースの横に建てられた看板にはこの赤い宝石について説明が書かれていた。
詳しく読むと、この宝石は宝石ではなく、宝石に似た飴のようだ。つまりは料理にカテゴライズされるアイテムで、そうであるなら美しい宝石が100000Gの安さで売っているのも納得だった。
ただ料理としてみれば異様に高い値段設定も気になる。最近話題になっている最も高級な料理、あらゆる希少素材をふんだんに使って出来上がった最先端の攻撃系のバフ料理が8000Gと言われている中で、10万Gと言うのは流石に暴利では無いかと思う
しかもお一人様一個まで、購入制限もあるとなれば余程自信があるものだろうか
「紅玉と煉獄か……一個ずつ買うか?まぁこれも記念だろう」
一個ずつ買えば合計20万G、男もそれなりにファンタジーワールドをやっているので、懐には買えるだけの余裕はあるが20万Gとなれば第二線級の装備が買える値段だ。
それも料理アイテムで買っていいのか?そう思わなくもないが、この強気な姿勢に男はどこか強い興味を持った。最悪騙されたとしてもそれはそれでネタになるので、意を決して購入してみた。
「はい、紅玉と煉獄を一つずつですね……少々お待ちください」
ファンタジーワールドが誇る高性能なAIによって、実際の人間が操作しているのではないかと思う程違和感のない動きで、NPCの店員が店の奥へ消えていった。
数分後、その店員が戻るとやはりと言うか、料理系アイテムのはずなのにしっかりと宝石箱に入れられて専用に作られた紙袋と一緒に手渡しされた。
GD、渡された紙袋にはそう薄く描かれたロゴがあった。紙袋の中を覗いてみても宝石箱にも同じように描かれているのでそういうブランドなのだろうか?
「A8entさん、どうしたんですかその紙袋?」
「あぁ、今日フラウの取材に行ってきてね興味深い物があったから買ってきたんだ」
GAMENAVIの取材班が集まるクラン、オルディヴとサーディという二つの街は土地の価格が馬鹿高いので、次に発展していると呼ばれる第2サーバーの新大陸の街『ロロ』にGAMENAVIの拠点は存在する。
ファンタジーワールドで一番美しい街とされたフラウに居たので、ロロの街はどこか雑多な汚らしさを感じるが、それでも人通りはフラウよりずっと多く活気があふれていた。
そんな場所をフラウへ取材に行った記者の男、A8entと呼ばれるプレイヤーはロロの街が好きだったし、拠点を構える際にも候補として挙げたのだ。
「料理アイテムで10万!いやぁそれは無いっすよ」
「だろう?しかし場所が場所だからそれなりに価値はあると踏んだんだ。折角だからみんなにも見せたいとね」
ロロの住宅街に拠点を構えるGAMENAVIのクラン拠点、木造の三階建ての立派な建物には40名ほどのGAMENAVIの社員とバイト生が住んでいた。
一階の事務所には生憎A8entと比較的仲の良い『さの』と呼ばれる男が居るぐらいで、せっかく大金を叩いて買ってきたアイテムのお披露目を見る者は随分と寂しい
「購入制限もあったんですか?しかしフラウで10万の料理アイテムねぇ……」
A8entも最初は見間違える程出来栄えの良い飴ではあるものの、それだけで10万の価値があると言われれば無い、であるからしてその価値に見合う物と言えば、希少なバフが乗っかっているのがセオリーだが……
「えっ?」
純白の宝石箱に飾られた紅玉と名付けられた飴を取り出す。飴にしては少々大きい気もするが、様々な明度で輝く飴は値段相応の美しさを持っていた。
そして早速鑑定、果たして10万Gの価値はあるのだろうか……と言いつつも余り期待はせず宝石飴・紅玉の詳細ステータスを確認した。
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