第79話 名もなき街

 ファンタジーワールドでは新大陸、幻想世界においては第二大陸と呼ばれる次なる大陸は、自然豊かな第一大陸と違い、土地の大半が砂漠や荒廃した荒地で形成されている。


「街というより難民キャンプだね」


 三日間の長い船旅を終え、バルバトに比べて碌に整備されていない港から降りたち、初めて別大陸への地へ足を踏み込んだナミザさんは開口一番そう答えた。


(確かになぁ、それでも一週間でここまで悲惨なのもすごいな)


 ナミザさんも他のプレイヤーの人たちも新大陸の情報はインターネットを通じてある程度理解していた。


 新大陸は大昔高度な文明を持った国々が凄惨な戦争の果てに滅んだとされるバックストーリーがあるので、その戦争の影響で周囲の土地は荒廃しており、所々にその滅んだ文明の遺産が残されている。


 一足先に降り立ったシュタイナーやネネさんと言った先遣隊はまずこの港付近で生活基盤を整える事にしたようだ。

 ここではクランの垣根を越えて、緊急用のキャンプ道具から農作物を育てる為の農地開拓と言ったかつて黒龍イベントを彷彿とさせるような拠点造りが行われているようだ。


 ただ黒龍イベントと違うのはその規模だろう、今でも忙しく動き回るプレイヤーは皆拠点制作に精を出していた。

 下手にいがみ合えば折角の船旅の後にバルバとへ死に戻りしてしまう可能性があったので、一同最低限の施設を作るまでは協力するといった事が、この拠点制作の音頭を取る大手クランの幹部たちによって決められたそうだ。


 それでも権力闘争はあったようで、各サーバーごとに2~3のクランが主軸となって街を形成していた。

 最も建設が進んでいるのはシュタイナー達の実力者が多い第1サーバーとネネさんが幹部を務める森の雫率いる第13サーバーの拠点だ。


 1から街を作っている都合上、各サーバーごとに名称も違うようで、第1サーバーの街は『オルディブ』、第13サーバーは『サーディ』という名称になっているそうだ。


 そしてこの第7サーバーの街の名前は……無いそうだ。


「噂は聞いていたけども酷いもんだね」


 横で新大陸で唯一の街となるはずの光景を見てナミザさんはそう答えた。自分もナミザさんの言葉に頷くしかなかった。

 良く言って難民キャンプ、本当に最低限の資材しか置かれていない


 聞けば第7サーバーの新大陸への先遣隊は自分たち第二陣が来るまでの一週間の内に空中分解したそうで、使い捨ての簡易テントで新大陸にリスポーン地点を置いた後、物凄いスピードで発展を遂げている第1サーバーといったその他のサーバーに移住したそうだ。


 つまりは第7サーバーは資材だけ置かれた状態で放置されており、用意された木材などは自分たちが来るまでの間に雨に浸かってしまったのか状態が非常に悪い

 木材などは水分を含んで歪んでしまっているので、乾かして薪にするぐらいしかと言うレベルなので、もしこれが仕事や大学の共同研究だったら裸足で逃げ出したいぐらいだ。


 第7サーバーの先遣隊が逃げ出すのはそれもそのはずで、単純に船のチケットが取りやすかったからと言う理由だそうだ。

 各サーバーごとに新大陸への乗船チケットの上限が決まっており、倍率の低い第7サーバーを狙って普段は別のサーバーで遊んでいるプレイヤーが殺到した。


 そうして新大陸に付けば後は本来遊んでいるサーバーに移動する。それでこのまま第7サーバーの新大陸の街は名前すら決められず野ざらしのままと言った形なのだろう

 資材を残してくれているだけ少し有情があるだろうか


「ペガサス君、それ取ってもらえる?」

「はい!あと使えそうな木材探してきます!」


 あいよーと手を振って作業を続けるナミザさんを後にして乱雑に置かれていた資材置き場に向かう

 殆どの資材は使い物にならなかったが、それでも少しは建築素材として使えそうだった。


 しかし外壁と言った物を建設できる程の物資は無く、ギリギリ宿泊施設が一棟建てられるかと言った感じだ。


 この惨状をみて同じ船でやってきた第二陣のプレイヤーの半分はログアウトして別サーバーへ移動した。

 それに関しては悲しくはあるが仕方のない事なのだろうとも思う

 実際、ネネさんが居る第13サーバーなども目覚ましい発展を遂げているそうで、元々黒龍イベントで拠点制作の音頭を彼女が主軸となって取っていたこともあって、効率よく発展、サーディの街は発展著しいと聞く


 その為か、新大陸へ移動した他サーバーのプレイヤーも徐々に集まりつつあるようでそれが更に追い風となって第13サーバーは他サーバーに比べ突出した発展具合を見せているそうだ。


 それでも第7サーバーにクランの拠点を持つプレイヤー達はこの第7サーバーの惨状を見ても挫けることなく、最低限必要な資材を使って宿泊施設を建設するという動きにまとまった。


 そこにはリーダーと言う存在は無く、なんとなく纏まったという酷く曖昧な関係なのだが、それでも周囲のフィールドに出て木材を調達してきたり、農地を開拓したりと各々出来る事をやり始めた。


 自分たち鍛冶プレイヤーのクランは専ら宿泊施設の建設に従事している。正直言って専門外ではあるのだが、生産プレイヤーと言う大枠で言えば間違ってはいない、早く冒険したいであろう他の人達も文句を言わずに拠点を作っているのだから、慣れない作業でも真剣にやる。


 魔法や冒険者としての高い身体能力も相まって、建設は想定した以上にはスムーズに進む、むしろ廃棄された資材を選別したり方納品された木材を加工したりする方が時間がかかったぐらいだ。


 最低限ではあるものの、この名の無い街に残ったプレイヤー全員がリスポーン地点を設置できるぐらいの規模の宿泊施設を建築することが出来た。見た目は木造の二階建ての建物、それでも中は異空間が広がり、外見以上に内装は広い


 自分でも何言っているのか分からないが、設計を担当した人曰く宿泊施設として設定し、条件が揃うと船に搭載されていた部屋ルーム機能の様に複数の空間が展開されるそうだ。


 


 次の日、噂では他サーバーでは早速新大陸の調査が開始されたそうだが、第7サーバーでは未だ街の建設に勤しんでいた。


 宿泊施設を真っ先に作ったので次は周囲の整地だろう、空腹システムが実装されたことで食料確保は必須になる為、この世界に置いて農業の経験がある人は少し離れた場所に農業用の予定地が割り振られているので、そこに人員が割かれることになった。


 整地は結構な重労働だ。邪魔な岩などは魔法で吹き飛ばせばいいのだが、土地を平らにするという便利な魔法は無い、ロードローラーといった機械類が欲しくなるが生憎ここは仮想世界だ。


 人の身で巨大な岩を持ち上げたりすることは出来るが、殆どのプレイヤーが土木作業の経験なんてない、一部には現実の仕事で土木関係を生業としている人も居たが勝手が違う為作業は微々として進まなかった。


 ただ自分として嬉しい事はこの第7サーバーの名の無い街に残ったプレイヤーは争いごとを好まず、穏やかな関係が築けている所だろうか


 発展著しいサーバーでは土地の利権を巡って争いごとに発展している所もあるようで、人が多く活発な分騒動は多い

 ただ自分が居るサーバーに限って言えば互いに協力して少しずつではあるものの街が作られていくのが見られた。








「宿、市場…これだけあれば充分かな?工房とかは各々が設置するとして最低限の機能は揃ったみたい?」


 街の中心にある広場、誰かが提案したのかは不明だが広場には綺麗な石畳に噴水が設置された。

 周囲にはベンチも置かれ、花壇と言ったガーデニングも施されている。


 効率的、機能的では無いにしろ景観を大切にした案は個人的に良いと思う、今回街の基礎作りに貢献したプレイヤーやクランを中心に土地を購入する権利がある。

 第一大陸の王都やバルバトに比べたら元が荒地なので格段に安い、その為多少大きな建物を建造しても維持費は少なく済むのでリーダーであるナミザさんは街の中でもフィールドや市場に近い一等地の部分を貰った。


「建物のレイアウトは後々考えるとして、今度全員集まったら部屋割りを決めよっか」

「でもどうします?巨大な建物となれば日数がかかりますし……簡易的な拠点でも作りましょうか?」

「うーん、そうだねそれがいいと思う」


 街の外壁となれば木の柵組だけなので寂しいのだが、街の発展は週に徴収される資金を元手に開発される予定だ。


「でも良いのかな?成り行きで私たちが議長になったけど横領とか心配無いの?」


 特に精力的に働いていたのは自分が所属するクランだ。特にクラン長であるナミザさんはこの手の街づくり?系のゲームが好きなようで特に張り切っていたプレイヤーの一人でもある。

 そして週ごとに徴収される公的資金を管理するのも路地裏の工房となった。


「……クランの拠点が大通りに面する街の一等地といい、街の議長クランといい路地裏っていう名前返上した方が良いんじゃないですかね?」


 どうするべきか悩んでいる所、猫男爵くんがそうツッコミを入れるがそれは無粋というものだろうか



 









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