第78話 海釣りと毒魚
予想外、と言うか運営が用意した追加の乗船チケットは希望したプレイヤーが殆ど購入できる程の収容人数を誇っていた。
バルバトの海には数十隻の巨大な船が待機しており、長蛇の列となったプレイヤー達を次々と乗せている。
「いやぁ、次の抽選でまさか全員で乗れるとはね」
「先に到着した人曰く三日間ずっと海の上なんでしょう?大丈夫かなぁ」
列に並ぶ自分の前にはナミザさんと猫男爵くんがこれから乗る船について話していた。
自分の横にはサラちゃんがどこか緊張した面持ちで段々と近づいてくる巨大な船を目の前に真剣な表情をしていた。
後ろには正宗さんとレイネスさんが並んでいる。正宗さんは相変わらず刀製作の研究をしている様子で昨日も仕事終わりから徹夜していたそうだ。
「チケットを確認します……はい、ありがとうございます。こちらへどうぞ」
NPCの受付嬢の人がパチリとホチキスの様な物で提示したチケットに印を付ける。バルバトの街のエンブレムが描かれたスタンプがチケットに押されそのまま船内へ入るための連絡通路を通る。
港から船に架けられている細い橋の様な物はタラップと呼ばれる港と船を繋ぐ連絡橋、現実世界にも存在しており船や飛行機の乗り降りのために使われる物だ。
手すりは存在するが、船自体が巨大なので結構高さがあり怖い、いつぞやの黒龍イベントで断崖絶壁を渡り歩いた以来なので少し足がすくみそうになった。
それは前を歩く猫男爵くんも同様で、どこか及び腰になっていた。それでも早く行けなんて急かすことはする気が無いので少しずつ渡った。
「はぁ……はぁ…………し、死ぬかと思いました」
タラップを渡り切り一気に緊張が解けたのか船内の連絡通路で猫男爵くんが四つん這い状態で倒れる。
余程怖かったのか若干足回りがぷるぷると震えている気がするが、流石に通行の邪魔になってしまうので後ろから抱える形で持ち上げる。
「うぅ……すみません」
恥ずかしくて顔から火が出そうな程真っ赤に染めた様子を両手で隠しながら、猫男爵くんを米俵を担ぐ要領で運ぶ、どうやら腰を抜かしたようでどうにも自分の意思で立ち上がることが出来ない様子だった。
ファンタジーワールドにはこんな機能もあるのか、と半ば感心しつつも前後には同じクランメンバーしかいないので、猫男爵くんの尊厳へのダメージは最小限で済むだろう
「おぉ」
未だ動けない状態の猫男爵くんを個室で休ませ、他のメンバーは船のメインデッキまで昇った。
収容人数は驚異の5000人、ただこれはシステム的に広げられていて、個室も船本来の大きさよりも多く存在する。前にあった黒龍イベントの拠点にある宿屋のように異空間と言う形で広がっているという事だ。
メインデッキもサーバーが分かれるように
その為、乗船した人数に比べて広々としており少し歩けばバルバト近海が、反対方向にはこれまで見たことない高い位置からのバルバトの街を一望することが出来た。
「船では釣りや料理研究が盛んだそうです。残念な事に工房といった施設は無く、鍛冶プレイヤーはこれを機に別の趣味を探していたりするそうですよ」
サラちゃんが船の見取り図を見ながら三日間に渡る船生活だ。人によっては仕事だったりリアルで遊んで時間を潰したりするそうだが、結構船内でも暇を持て余さないぐらいにはレジャー施設が揃っているようで、一番の人気は釣りで次に最近研究が熱い料理と言った形だそうだ。
流石に鍛冶をするための施設は揃っていないそうだ。それに関して言えば素直に残念としか言いようがないが、ただ大海原を前に釣りと言うのもしてみたいという気持ちもある。
自分が住む家は海から結構遠い、免許は高校生の頃に取っているものの車は持っていないのでもっぱら電車とバスの移動になるが最寄りの海へ行くにも数時間はかかるのだ。
その為、あまり海を見る機会は少ない、夏本番の8月はファンタジーワールドの黒龍イベントをやるか、大学の補講を受けに言ったぐらいだ。9月には時期をずらして実家へ帰省したものの実家はもっと海とかかわりの少ない山奥だ。
「凄い並んでいますね」
「あぁ、都心の釣り堀でも中々見ない程の大盛況っぷりだな」
自分と正宗さんは一旦部屋に戻ってから釣りが出来るエリアまで一緒にやってきた。ナミザさんとサラちゃんは釣りはパスとの事で別の場所へ行った。猫男爵くんはまさかの船酔いでダウンしたそうでたまらずログアウトして避難したようだ。
レイネスさんは昨日仕事で徹夜したそうで寝るとの事、路地裏の工房メンバーで釣りをする人間は自分と正宗さんと言う形になった。
どこか様になる釣り道具一式を備えた正宗さんと一緒に船の後方部にある釣りができるスポットまでやってきた。
そこにはズラリと横一列に釣り糸を垂らすプレイヤーが大勢並んでいて、殆どが男性プレイヤーだった。
船が巨大だという事もあって、使う釣り竿も非常に大きいので横一列にその巨大な釣り竿が並ぶと迫力がある。
(一本釣りのカツオ漁船みたいだ)
昔、テレビで特集していたカツオの一本釣り漁船で長い竿を使って巨大なカツオを釣る海の男たちの映像を思い出した。ただそこに座るのは荒くれ者の男ではなく色鮮やかな髪色をした現代の若者たちなのだが
自分と正宗さんはそんなプレイヤー達が釣りを楽しんでいるエリアの端に陣取る。
自分は釣り初心者なので、経験者である正宗さんから餌のつけ方、投擲の仕方を教えて貰いながら一つ一つこなしていく
「正直言ってファンタジー世界の海釣りだからどんな魚か釣れるか分からないからもし引きが強かったら手を離してもいいからね」
そう注意する正宗さんに自分はコクリと頷く、力勝負なら自信はあるがこの世界では現実世界の魚以外に巨大モンスター以外が餌に掛かる可能性もある。
注意しなくてはいけないのは水面だけではなく、虎視眈々とプレイヤー達が釣った魚を狙う海鳥の様なモンスター達が上空を旋回していた。
「あとは専用の収納ボックスがあるから釣った魚はそこに納品だな」
正宗さんがゆびを指す先にはクーラーボックスの様な鮮魚専用のボックスがあった。アップデート後食材系のアイテムは別枠で保存されるようになったので、魚を保存するためのアイテムボックスなの自分の知らないファンタジーワールド独自の箱が色々と登場しているようだった。
大体の説明を受け、早速ファンタジーワールド初の釣りを始める。正宗さんから学んだように、他のプレイヤーに迷惑がかからないように餌を投擲する。予想より遠くへと飛ばなかったが、問題なく投擲したウキが海面を漂っていた。
「うおっ!?」
大した成果もなく、時間がただただ過ぎていく
それでも初心者と経験者では魚のかかり具合が違うのか、横で一緒に釣りをする正宗さんは30分ほどで4匹の魚が釣れていた。
それでも正宗さんと他愛のない話をしながら過ごし釣りを楽しんでいたある時だった。
少し離れた所から男性の声が、釣りを楽しむ他プレイヤーの人たちも自分と正宗さんのように知り合い同士で雑談をしているので、男性の声は余計に目立った。
何事か、と思えばその声の主である男性プレイヤーの竿が尋常じゃない程曲がっている。
余程の大物なのか、他プレイヤーが立てている竿の中でも異様に目立つ程竿が上下に激しく曲がる異様な光景、その竿の持ち主は近くの知り合いであると思われる他プレイヤーと力を合わせてかかった獲物を逃がさない様に奮闘していた。
「おいおい、良く糸が切れねぇな」
そんなことを喋る正宗さんに自分も頷く、よほどの大物がかかったであろうプレイヤーは知り合いと合わせた大人の男3人で、まるで綱引きのように引っ張っている始末だ。
その竿の先に張ってある糸は緩むことは無く、獲物も暴れているせいか色んな方向へ行ったり来たりしている。
「おい、あれ!」
そんな格闘が数分続くと、海面からは人の背丈の二倍はありそうな巨大ウツボが顔を出す。ただ現実世界と違うのはその体表は赤く、ウツボなのに鱗を持ち海面から打ち上げた瞬間、太陽の光を反射させていた。
おぉ、と見事な大きさの獲物に周囲のプレイヤー達は驚きの声を上げる。ファンタジーワールドで釣りの嗜んでいるプレイヤーでも中々お目に掛かれない大物なのだろうか
「あ」
そんな様子を正宗さんと一緒に見ていたら、力尽きたのか三人で引っ張っていたプレイヤーは力負けし、腕を離した後方の二人は力の反動で尻餅をついていた。
ただ竿の持ち主である残り一人のプレイヤーはそのまま竿を握ったままの状態で、他二人が竿を手から放してしまったので、見事な放物線を描いて海面に向かってダイブしていた。
その光景に自分を含めた全員が唖然とする仲、高さ数メートルはある船上から落ちるプレイヤーを眺める。
「ふぅ、色々と大変だった」
「まさか海に落っこちるやつがいるとは思わないですよね」
その後の動きはてんやわんやと言った混乱の最中、騒ぎを聞きつけたNPCが救助用のロープを持ってきて海に落っこちたプレイヤーを引き上げようとしていた。
幸いなのが、この船とその周りは特殊なエリアとして形成されているようで、船を中心とした数十メートル先の海面までは一つの部屋の様なイメージになっているので、船から落ちたプレイヤーはそのエリアの端っこ、船の移動に合わせて動くエリア境界線に押される形で留まっており、何とか見つけることが出来た。
そんな騒ぎもありつつ船生活は過ぎていく
ファンタジーワールドの料理人にとって最も難しい事は料理に付与されるバフの研究なのだが、それ以外にも色々とある。
その一つが今回正宗さんが釣った魚の身体の構造で、常識にとらわれないファンタジーな魚たちは数多の料理人プレイヤーを頭を悩ませていた。
正宗さんも現実世界でも釣った魚を捌いて、刺身にしたり、煮付けにしたりとレパートリーは沢山あるようだが、初めて釣ったファンタジーワールド産の魚はファンタジー世界らしく不思議な体の構造をしているようだった。
「なんだこの部位は……鯖みたいな見た目をしていて毒袋持ってんのかこいつ?」
船に備え付けられていたキッチンの一室、そこでは自分と正宗さんにナミザさんがその場に居た。
白いまな板に正宗さんが先ほど自ら釣った巨大な鯖の様な魚の腹を包丁で開き、内臓を取り出す。
そこまでは良かったのだが、捌いている正宗さんがん?と何やら疑問に思う事があったようで注意深く覗いてみれば開いた腹からは青黒い液体が流れており、聞いてみれば鯖擬きの魚の背骨部分に何か袋の様な内臓が備わっていたそうだ。
最初は魚が持つ浮袋の様な物かと思ったのだが、この毒々しい色合いからして少し怪しい、念の為ではあるが一応捌いた魚の鑑定を行う
【モノメ(毒)】
その捌いた魚に表示されているのは毒と言う文字、それを見て一同あちゃーと言った形で頭を抱える。
流石に鯖擬きの青魚に毒袋があるとは思わなかった。ただ毒と書いてある以上食べることは危険なので廃棄することになった。
……ちなみに正宗さんは今回の釣りで5匹魚を釣ったのだが、悲しい事にその全部が毒魚という散々な結果だった。
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