第72話 トウカの食材研究室

 大陸間、都市間テレポートを使いバルバトの正門へ到着した。いきなり正門前に飛ばされたことに様々なプレイヤーに見られてしまったので一瞬やってしまったか?と思ったのだが、幸いにも正門前でログインしたのだろうと勘違いしてくれたようで内心ほっとした。


 新たな味覚エンジンの搭載によってはじめての休日だ。第四大陸にいた期間は一日だけだったのでバルバトの様子はそこまで変わっていない、相変わらず第7サーバーは他のサーバーに比べて寂れている様子だった。


 ただそれでも人混みが少ないというだけでこのサーバーを利用するプレイヤーも居るので一長一短と言ったところか、要は使い分けである。


 人気が無いという事はオークション市場に置いて出品物が少なく市場が活発ではないというデメリットもあるが、その分土地が安いなどのメリットも存在する。


 自分は早速バルバトの露店通りに移動する。やはり露店通りに店を構えるプレイヤーは少ないのですぐにトウカさんの店を見つけることが出来た。


「あ、ペガサスさんいらっしゃい」


 自分の姿を確認したトウカさんは老魔女のような恰好には似合わない溌溂とした様子で挨拶をしてきた。


「こんばんはトウカさん、それでどうですか?店の状況は」

「んーアプデ後少し値上がりしたけどそこまでじゃないかな?今は落ち着いているよ」


 自分の言葉を聞いて顎に人差し指を当て思案する素振りを見せて昨日から少し混乱している市場について語ってくれた。


「まだ昨日始まったばっかりなんですけど、料理にバフ作用が追加されたようで」

「バフですか」

「はい、詳しい条件は分かっていませんが手動で料理をすると一部のステータスが上昇するようです。他にも神殿で新たなジョブとして料理人が追加されたとか」


 料理という物は幻想世界にも存在して活用方法としてはサブクエストの条件だったり、特定NPCと仲良くなるために必要だったりといったもので特別戦闘に関与する物ではない


 そしてトウカさん曰く、一部のプレイヤーが神殿へ赴いた際に料理人というクラスが追加されていたようだ。何か特別な条件が必要だったのか?と思って見たが実際に確認したプレイヤー全員に転職可能状態だったので初期クラスとして追加されたようだ。


 そして料理人のステータス補正は魔法系以外のすべてが-70%、いくら初期クラスとは言え酷い補正数値だ。しかし逆に考えてみればその酷いステータス補正を補う何かが存在するはず。


 実際に現実で料理を趣味にしている人などは料理人に転職して試行錯誤を始めているようだ。やはりというか料理人の状態で作る料理にはより強力なバフ作用があるらしい


「これは完全に生産系クラスですね、ファンタジーワールド初じゃないですか?」


 自分はそう素直に思った。鍛冶職人とかはクラスによる補正が無く本人の腕によるところが大きい、ただ今回追加された料理では勿論本人の技量の差は有れどそれ以上にクラスが重要になってくるようだ。


「ただ数値は良いけどあんまりおいしくないとかもあるみたいですねぇ」

「良薬は口に苦し……とか?」

「さぁ、どうなんでしょう?」


 自分とトウカさんはうーんとお互いかんがえる。どうやら料理の効果と実際の味は比例しないようだ。







「で、これが宝石飴ジュエルキャンディーいちごの二号ちゃんです」


 そのまま考えていても埒が明かない状況だったので、トウカさんが話題を変えようと早速昨日食べた宝石飴ジュエルキャンディーいちごの改良品をくれた。


 見た目は昨日と変わらない真っ赤な光沢のあるルビー色の飴だ。相変わらず宝石と見間違うような飴なのだが早速口の中に入れてみる。


「うん、この前のより甘くはなってるけどなんか」

「ありゃ、やっぱりだめですか……なんか自分で食べてると慣れてくるというか、味音痴になっちゃうんですよね」


 あからさまにガックシと言った様子で肩を落とす。どうやら自分でも味見をしてはいるようだが中々上手くいっていないとの事


 それでも昨日食べたやつに比べれば明らかに雑味は減って食べやすくはなっているがシロップ感が強いと言えばいいのか、やけに口の中に残る甘ったるさが気になった。


「あ!でもでもこれでもいい事あるんですよ!」


 落胆した様子で落ち込んでいたトウカさんだが次に放った言葉はまさに衝撃の一言だった。


「このイチゴ味、なんと経験値バフが付いているんです!」

「……え?」


 何を言っているんだこの女性










宝石飴ジュエルキャンディーいちご〉 レア度 G+ 

 制作評価 6

 効果   経験値UP1% 物攻-7 魔攻-8


「本当だ……すげぇ」


 トウカさんの目の前だというのに思わず素の言葉で驚いてしまった。


 トウカさんが言った通り貰った宝石飴を鑑定してみたら確かに経験値UPの効果が付与されていた。


 たった1%、されど1%である。物攻や魔攻が軒並み低下するのは痛いがこれでも魅力あふれる一品なのは間違いない


「えへへ、すごいでしょ!」

「凄い……なんてもんじゃないですよ、これは騒ぎになります」


 何とも楽観的な彼女である。一応話を聞けば彼女も神殿へ行って早速料理人のクラスを取得したらしい。そこから試しに飴を作ってみたらこうなったという


「製造法は……いや、これは聞いてはいけませんねやめておきましょう」


 一瞬その作り方を聞こうと思ったがやめておこう、気になるのは確かだがこういう物は聞くのは良くない


「えー別にいいですよ?」


 褒められて嬉しいのか身体をくねくねさせながら寧ろ言いたそうにこちらを見ている。


「いやいや……こういうのを聞き出すのはご法度ですし、要らぬ注目を浴びたくはありません」


 これは対処を間違えればとんでもない大事件に発展しそうだ。こ勿論料理バフがこれで普通と言う可能性は大いにあるがパッとインターネットで調べた感じ経験値UP系のバフが付いたという報告はない


「いいじゃないですか、みーんな料理料理でお菓子とか興味持ってくれないんですよねー」


 やれやれと言ったようにトウカさんは言うが、彼女の所属しているクランはゆるーい料理研究会の様な場所のようで、機能の味覚アップデートも相まってそれまで情報の共有を主にしていたクランは何時しか研究会の名前の通りになっているようだった。


 ただトウカさんが不満に思うのは今の主力は料理系ということらしい、肉や魚と言った主菜が研究の主軸で次にドリンク系、トウカさんが目標としているお菓子作りはそこまで活発ではないようだった。


「みんな肉寄越せやら野菜寄越せやら煩いんですよねー」


 だから辞めてきました。とあっけらかんと言うが自分とリーフの街付近の森の洞窟で会って以降、何やら度胸が付いたのやら知らないがファンタジーワールドの初心者プレイヤーにはありがちなモンスターが襲ってくるという恐怖の耐性が付いたようで、現実世界でも勉強は結構得意なのも相まって魔法使いとしての適性が結構あったようだ。


 彼女がバルバトにいる事から少なくとも熟練プレイヤーであるのは間違いない、パワーレベリングされたプレイヤーの様な歪な装備構成ではなく、彼女自身雰囲気作りと言っているもののその装備はしっかりと考えて組まれたガチ構成と呼ばれる物だ。


 中にはオークションに流せば数十万Gで売れる様な希少装備もしていることから自称菓子職人のトウカの実力は想像以上に高いと思われた。


「ここが研究室です」


 前のクランがどうたらこうたらー愚痴を聞いていたらとりあえず君も菓子職人にならないか?と強引に誘われ、自分自身このまま彼女が要らぬ争いごとに巻き込まれる可能性を見て見ぬふりも出来ないので、現在彼女が仮拠点としている建物までやってきた。


 路地裏の工房が持つクラン拠点に比べてたら立地も悪く、部屋の大きさも小さいが個人が拠点を持つというのはそれだけで実力者と言えるところだった。


「クラン辞めちゃったので個人で借りないとなんですよねーこんな家でも維持費が馬鹿になりません」


 狭い部屋に所狭しと様々な器具や薬品の様な物が置かれている。彼女は菓子職人だというが部屋をパッと見る限りはどこぞの研究者か時計や宝石職人の仕事場と言った雰囲気を感じる。


「これは、試験紙ですかね?」


 そんな彼女の拠点、所狭しと置いてある机の上に束ねられている紙の束、下手に触ってもいけないのでゆびを指し聞いてみる。


「そう、これは魔素試験用紙って言って食材の大まかな特性を調べる物なの」


 ほら、と言って自分の前にビーカーの上にその魔素試験用紙を置く、これの上に食材の汁を垂らせばいいのだろうか?


(折角だからお土産のこいつ使ってみるか……)


 トウカさんへのお土産用として妖精大陸で宝石果実ジュエルフルーツをアイテムボックスから取り出す。


 取り出した瞬間、おぉと横で立っていたトウカさんが何やら興奮した様子でこちらを見ている気がするが今は気にしない、なんとなくだが後ろで透明化しているエファも楽しそうにこちらを見ていた。


「これは……黒?」

「なんでだろう?」

「え?トウカさんも分からないんですか?」


 魔素試験用紙に切った宝石果実ジュエルフルーツの果実をすり潰して出てきた果汁を垂らす。ストロベリー色の果汁が魔素試験用紙に付着し白色の用紙が黒く変色した。


 そんな様子にどのような種類なのか隣で興味深そうに見ていたトウカさんに目を向けるが本人すらこの結果に驚いているようだった。


「いえ、黒色に変色した物を見たことはありますが果物系の食材で黒色が出るのは初めてなので」


 聞けば黒色は赤、青、黄、緑、紫、白(無色)、黒の七色に変化する結果の中でも特に黒色を出す食材は少ないとの事


「一応纏めてあるんですが、黒色の結果が出る食材は総じて大陸後半に取れるアイテムなことが多いですね、キルザ山脈を越えてバルバトで入手できるアイテムじゃないと黒色は出ないです」


 トウカさんはそう言って机の下にある引き出しからびっしりと敷き詰められている書類の中の一枚を取り出し自分に見せてくれる。


「これは各食材を魔素試験用紙の反応を纏めた資料です」

「バルバト周辺で採取できるアイテム、しかもレア度の高いやつばっかりですね」


 手書きであろうに、しっかりと見やすく纏められた統計にはこれまで彼女が集めたのであろうアイテムの詳細が乗っていた。


「今現在私が確認している食材は161種、調合用アイテムになると300種を超えてきます。私も色んなゲームをやってきましたが、ここまで調合アイテムが多いのは初めてです」

「凄い、こんなにもファンタジーワールドで増えてるなんて?」

「ん?どういう意味ですか?」

「あ、いいえ……自分も前に似たようなゲームをやっていたので」


 うっかりと口を滑らせそうになる。


 自分が幻想世界でまとめた資料では第一大陸限定ではあるが、食材で言えば食材が58種、調合用素材となれば213種になったはずだ。これでもまだ途中だというので実際はもっと多いのだろう


「攻略Wikiの方でも私が確認していないアイテムが幾つかあります。しかもそれでも毎日のように新素材が見つかるのでクランによってはどれだけ新アイテムを見つけられるかの競争になっていたりするようです」

「人が多いですもんねこのゲーム、色んな楽しみ方があるみたいです」


 自分も毎日攻略Wikiを確認しているが、元々が膨大な量のアイテムがあった幻想世界から更に増えているのがファンタジーワールドだ。


 それでもプレイする人数や調査をするプレイヤーは自分一人だったあの頃に比べてその数は数百じゃ収まらない


 現在では未発見のモンスターやアイテム発見がトレンドのようで、毎日のように競っているそうだ。


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