第70話 食糧危機と初めてのフレンド

 食べ物関係のアップデートが丁度良くあったので、連合破棄の件によるクラン間のギクシャクした雰囲気は次の日には怒涛の様な忙しさを生み気にしている余裕がなくなっていた。


 それはシュタイナー達Flashの面々も同様のようで、こちらも連合破棄の件が尾を引くかと思えば、それを一気に洗い流すレベルでファンタジーワールドのプレイヤー達は追加される予定の『空腹システム』を深刻に考えているようだった。


 今後アップデート前のキルザ山脈の超大型ダンジョンの様な何日間にも及ぶ長期の遠征があった場合、食糧問題は如実に表れるのではないかと懸念しているようだった。


 それは自分が所属する〈路地裏の工房〉も同じであまり縛りの無いこのクランにおいても食料の徴収が行われるほどだ。

 ネネさんの所属する生産系クラン〈森の雫〉では大規模農場を経営するなんて言う話も上がっているぐらいだ。


 それに加えて我先にと生産クランから独立した食料クランなる農業や畜産業と言った物を纏めたクランがいち早く立ち上がったようだ。


「うわ、NPCの食糧店も売り切れになってる」


 最悪大陸間テレポートを利用して食料を買いに行けばいいだろうなんて呑気に思っていたのだが、現在アップデートを控えたファンタジーワールドの世界ではちょっとした食糧危機が起きていた。


 各街の食品店は軒並み売り切れが発生し、次回入荷は決まっていないとの事


「おい、ここにも売ってねーぞ!」


 自分の後ろから聞こえるのは苛立ちを孕んだ声、振り向いてみれば男性の二人組が自分と同じように食料を買いに来たが生憎自分と同じように買えなかった様だ。


「おい、お前が買い占めたんじゃないんだろうな?」

「紫龍、流石に失礼だぞ!」


 掴みかかってきそうな雰囲気で自分の目の前に立つ男性、そのプレイヤーの肩を掴み謝る付き添いの男性が頭を軽く下げ突っかかってきた男性の腕を引っ張って出ていった。


「これは深刻だな……」


 幻想世界に置いてこの手の不自由もゲームの楽しみの一つ、なんて考える運営なので今回の食糧危機も分かってて放置するんだろうなぁなんて思っている。


 商機に目敏いプレイヤー達はバルバト周辺の土地を買い取り農業を始めている所もあるようだ。元々道楽でやっていた料理系クランが品種改良の為に農業は行っていたのでそのノウハウが生かされているそうだ。


 オークション市場の動きは森の雫が声明を出した後でも中々値段が下がらなかったボッテス鋼が今回の食糧危機によって急激な価格の下落を生み起こした。

 そのせいでボッテス鋼を投資として大量に保有していたプレイヤーがオークション会場で四つん這いの状況で絶叫するという何ともホラーな光景がインターネットで話題となったりした。


 その為、食糧はボッテス鋼に変わる物として投機的な動きがみられるようになった。


 それらが更に不安を煽り、まだ問題が出ていない状況で先ほどの様なピリついた雰囲気が街中に漂わせっていた。マナーの悪いプレイヤーだと店主がNPCだという事をいいことに安く売らせようと恫喝したり、売り切れなことをいいことにいちゃもんを付けたりなどの光景が見受けられるようになった。


 勿論これはそれらを行ったプレイヤーの名声ポイントを大きく下げる要因になる。名声ポイントが下がれば一部のクエストは受注できなくなるほか、一定数貯まれば犯罪者落ちもありうる危険な行為だ。


 そんな世情を受けたのか一部のプレイヤーがそれらを取り締まる自警団的な動きも活発化された。元々このゲームはRP、ロールプレイと呼ばれるなりきりプレイと言うのが流行っていた影響もあってかそれらの動きは瞬く間に広がった。


 今の所上手くいっているようだが、個人的には今の状況はあんまり歓迎は出来ない、造船プロジェクトの様な問題でもないので戻そうという気持ちは無いが前には無い殺伐とした雰囲気がファンタジーワールドに生まれたような気がする。


 良くも悪くも現実っぽくなったといえばいいのだろうか、どこかほのぼのとした雰囲気があったこの世界で悪人が生まれそれを取り締まる人間も生まれた。


 プレイヤー間では株の売買の様な動きもあり経済活動も活発化されている。ただただクエストを攻略し、ストーリーを進めてきた幻想世界とは違う形でファンタジーワールドは成長しているような気がする。






 大型アップデート前日、今日もバルバトの街を探索した。そろそろ大学も夏休みが空け授業が始まるという事もあって、今までの様に一日中ゲームをやるなんていう生活は出来なくなってきていたが、今日は夕方からの少し早い時間帯からログインした。


 ファンタジーワールドは19時から一気にログインが多くなりプレイヤーが増える。やはりというかメインは大学生から社会人というのもあるので市場の動きもこの時間帯が大きい


 その為、比較的人の行き交いがまばらなこの時間帯は大通りでも空いている事が多い、というのも増設された新規サーバーのお陰もあってか生産系のプレイヤーで固まっていた第7サーバーも新たに第13、第14のサーバーが生産プレイヤーの移動先となり疎らになったのも理由の一つだ。


 ただ元々人気であった第1サーバーや第2サーバーの人口は極端に増え、海外勢が多い第9、第10サーバーのも増えた。それ以外のサーバーは微増に留まっているので全体的に増えた印象だが各サーバーごとの偏りが問題になっていた。


(露店もあまり活気がないな……)


 そんな中で唯一人口が減った第7サーバーは余り活気がなくなっていた。生産系クランで最大派閥を誇っていた森の雫が他サーバーへ一部拠点を移したのが主な原因だ。


 ドラゴンティースと言ったクランも主力のメンバーを別サーバーへ移し、造船プロジェクトで賑わった第7サーバーは天下一舞踏会を経て急激に寂れていった。


 その為、バルバトの港付近にある露店通りは空き部分が謙虚になっていた。元々アクセサリーを中心とした商品が立ち並ぶ場所だったのだがどこか田舎の商店街を思い浮かべる。



「ん?」

「あ」


 そんな場所を歩いていたら、黄緑色の逆三角形のアイコンを見つけた。


 各キャラクターには青や赤と言った味方や敵を識別するアイコンがプレイヤーネームの上に表示される。

そして黄緑色は自分とフレンドになっているプレイヤーにつくアイコンだ。主にフレンド登録をしているシュタイナーは用事が無ければ第1サーバーにいつもいる。ヨシュアさんや雪音さんも同様だ。


 ネネさんは別鯖に移動したし……クランメンバーなら水色のアイコンなので違うはず。誰だろうとそのアイコンがある露店を覗いてみたら一瞬でお互いがお互いを確認し思い出した


「えっと……あの時はご迷惑をおかけしました……」

「いえ、気にしてないですよ……いきなりフレンドマークの人がいると思ったらペガサスさんじゃないですか、お久しぶりです」


 露店の主はファンタジーワールドを始めた頃、師匠から初代火口野道着を貰いリーフ周辺の森で大量のモンスターに襲われていた中、MPKと言う最悪な勘違いをされたものの何とか誤解を解き初めてフレンドになった女性のトウカだった。


「まさかこんなところで出会うとは……」


 トウカさんはそう言うがそれはこちらも同じである。あの時はどこかの探検隊と言った様子の装備をしていたが今では一端の魔法使いの装備をしていた。


「トウカさんは商人になったんですか?」


 ここで店を開くという事は露天商として活動しているということだろうか?彼女の商品を見る限り魔法使いらしい宝石類をアクセサリーにして売っているように見受けられた。


「いえ、今は菓子職人としてやっています」

「菓子?でもこれは……」

「これは飴ですよ、宝石をモチーフにした飴を作っているんです」


 その為の魔法使いみたいな恰好をしているんです。と彼女はそのとんがり帽子をツンと小突いた。

 飴、と思い一つ購入させてもらい鑑定してみる。


宝石飴ジュエルキャンディーいちご〉 レア度 G 

 制作評価 4

 効果   無し


「あ、購入ありがとうございます。それはイチゴ風味ですね」


 見事なカッティング加工による光沢はまさに宝石と呼ぶにふさわしい出来栄えだった。濁りの無い鮮やかな赤のルビーの様な飴は口に含めば確かにいちごに似た味わいが口の中に広がる。


 ただ


「まだまだ未完成なんですよね、色々と研究が必要で」


 彼女が苦い笑みを浮かべると、確かに口の中に広がったのはイチゴの様な甘酸っぱい風味だがどことなく雑味と言うか苦みや渋みが後から主張してくる。


「なるほど、いやでも凄いですね……」


 菓子作りとなると料理の中では結構難しい分類、といっても料理自体そこまで得意じゃないので自分がそう思っているだけなのだがこうやって味の再現と言うのは中々難しい物では無いのだろうか


「最近だと例の空腹システムもあって飴の材料がすっごく高くなったんですよ!」


 彼女曰くこの味を出すために幾つかの果物と薬草を調合しているようだ。その液体を飴の材料に混ぜて風味を出しているそうだ。


「特に果実がすっごい高いんです、メロメの実なんて元が一個150Gなのに今じゃ1000G超えてますもん」


 メロメの実とはメロメの木に結実するソフトボール大のメロン味の果実だ。


「それでもまだマシな方なんですよね、お肉とかお魚とかはもっと値段がしますし」

「ポーンラビットの生肉一個2000Gだったしなぁ」


 トウカさんが言うように肉や魚と言った食材アイテムは果物系よりも値上がりしている。それでも元々料理をやってきたプレイヤーにとっては痛手なのは間違いないのだが






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