閑話 とあるプロゲーマーのお話②

 プロの仮想格闘家が何を言ってるんだと思われるかもしれないが、実際に己の身ひとつで戦うボクシングや総合格闘技をモチーフにした格闘ゲーム以外だと素手というカテゴリーは非常に不利だ。


 仮に俺が一流の格闘家であるのなら、当然一流の武器の使い手として名を馳せている人間も多く、どこかの古武術の伝承者がと界隈で暴れているなんて話は結構聞いたりもする。


 もう一度言うが、素手で戦う格闘家は不利だという事。


 勿論これでも一端のプロゲーマーなので公にはそんな事口をしないが、実際に現実世界でどんなに練習を積んだ格闘家であっても凶器を持った犯罪者と生身で対峙した際は無力だ。


 勿論余程の力量さがあれば素手でも鎮圧できるだろうけど、リーチの差、ガード不可能、素早くその一撃が致命傷の高い威力を持つ攻撃、これをゲームに置き換えてみればどれだけぶっ壊れなのか分かる。


 言い訳させてもらえば、俺のような格闘家は対素手の相手は想定していても武器を持った相手と戦う事は想定していないという事だ。



「嘘だろ!?」


 リングに対峙する相手は自分から直線状で約5メートル、銀色に輝くガントレットを構えながら出方を伺う


 じりっと石畳で出来たリングの床をすり足で距離を調整しながら俺はカウンターを狙っていた。


 敵はNPCの異形タイプのプレイヤーだ。人ならざる緑色の肌には2メートルをも超える巨漢、アニメや漫画でも早々見ない程の隆起した筋肉の鎧に中華包丁のような巨大な武器を持っている。


(MA○VELのハ○クかよ)


 パッと見は何処ぞのアメコミで見たことあるような姿をしている相手に思わず愚痴る。階級差なんて関係ないと言わんばかりの巨漢の相手に距離を置きどんな動きにも対応できる距離を取っていた訳だが


 ベキィ!ミチミチミチミチ……


 中華包丁風の武器を持っている右腕、その腕を這うように血管が浮かび上がる。骨が折れ筋肉が引き裂かれるような不快な音と共に丸太の様に太い腕は見る見るうちに長く伸びていった。


 ガァン!


「まじかよ!」


 メキメキと言いながら丸太のような腕が細長く伸び切ったと思えば、俺と相手とのあった5メートルもの長い距離をその伸び切った腕を薙ぎ払い、遠心力を持って凶器が俺の首を狩り取ろうとしていた。


 咄嗟に左手のガントレットで防ぐが、元が巨大な武器に強烈な遠心力が加わればとてつもない威力を発揮する。


 現実世界だったら受けとめきることは到底不可能だし、ガントレットで防いだことによって死ぬことは無かったが、勢いよく横に吹き飛ばされ致命的な隙が出来てしまった。


 ビュン!と風を切るように伸ばした右腕を鞭のようにしならせながら、中華包丁のような巨大な武器が太陽をバックに天高く振り上げられる。





【コロシアムNPCの高い壁!プロゲーマーたちがFWを攻略できない理由とは?】


 現在、ファンタジーワールドのコロシアムモード個人部門の中で最もレートの高いプロゲーマーDiSq所属のAkaki氏が今回の敗北で再びシルバーA(2963)に降格した。


 現在トップを走るのはプレイヤー1661、プレイヤーネームが非公式の為、通称姫騎士と呼ばれる一般人プレイヤーのプラチナB(5301)だが、彼女を例外とし他全てのトップ層の平均レートを算出してみれば、今回敗北したAkaki氏のようにゴールドCからシルバーA辺りで多くのプロゲーマーたちが停滞していた。


 主な理由として、ファンタジーワールドで使用されているコロシアム専用に設定されたNPCの挙動は従来の格闘ゲームとは大きく異なり行動にランダム性が強く、特に人間の枠組みから外れた異形種戦に苦戦している事などが挙げられる。


 実際に、Akaki氏を含めた他ゲームで名を馳せたプロゲーマーの対戦成績を見比べてみると、対プレイヤー戦では勝率七割を超えるのに対し、対NPC戦になるとその勝率は4割近くまで下がる。


 これはプロゲーマーだけでなくそれまで格闘ゲームをプレイしてきた一般プレイヤーも似たような傾向にあり、シルバー、ブロンズ帯でも勝率は3割未満という酷い結果だ。


 これらの戦績を見るに殆どのプレイヤーがゴールド帯で苦戦していることが分かった。




「〈昇凰拳〉!」


 銀のガントレットに青く炎の様に燃え上がるエフェクトが乗り、そのまま全身で捻るように撃ち上げる。


【3HIT 223ダメージ】


 直撃した訓練人形にはそうダメージが表記されていた。


「既存の技を流用したらこんなものか」


 コロシアムから少し離れ、訓練スタジアムの一室で新技の開発を進めていた。


 部屋の片隅に置いてあった水筒を手に取り水を飲む。


 俺が使うガントレットは新たに生み出された武器種という事もあり武技が無い


 一応素手の武技スキルを流用できるものの俺が戦闘する際は汎用性の高いバフ系の武技スキルが多い。


 今回の敗北で感じたのが圧倒的な火力不足、その為に今までプレイしてきた格闘ゲームに出てくる技をファンタジーワールドに落とし込めないか模索している最中だ。


 元々プレイスタイルの近い素手には多彩で使い勝手の良い武技が多く、どれも威力は控えめである物のリチャージ速度に優れており、MPがあればずっと何かしらの武技を使いっぱなしにすることが出来る。


 素手から攻撃力やガード性能を付与されたガントレットではそれらの長所が少し弱くなるものの似たような運用が出来るのでは?と思い様々なゲームから使えそうな技をピックアップしていった。




「Akaさんどうっすか調子は」

「またシルバーに落ちたよ、今度は腕が伸びてきた」

「うへぇダ〇シムかよ」


 見た目はハ〇クだけどな、と内心ツッコミを入れようかと思ったが目の前にいる男は同じチームに所属しているメンバーのZeekという名のプレイヤーだ。


「Zeekはどうだ?」

「まぁまぁっすね、武器も新調しましたしこれからっすね」


 Zeekはソードブレイカーというアクションゲームのプロだ。


 剣戟アクションという5VS5のチームバトルが主流で古今東西様々な剣が出てくるのが特徴のゲームでZeekはソードブレイカーでもファンタジーワールドでも曲刀とよばれる薄くて軽い湾曲したシミターと呼ばれる剣の扱いが上手いプレイヤーだ。別名三日月刀ともいう


 舞うが如く華やかに戦うZeekは人気の選手で今回ファンタジーワールドに参加を表明した際も大きな話題を生んだ。


「操作はマニュアルでも違和感ないですけど、超人的な動きをされるとまだきついっすね」


 まぁそうだな、と俺も内心思う


 正直純粋な人間キャラなら前のゲームでの経験値もあるのである程度格上でも戦える。


 しかし人間でも魔法を使った超人的な動きをされたり、単純に異形の相手だとそれまでの経験が逆に足枷となって途端に勝率が悪くなる。


 Zeekもその類のようで、前々回のバトルでも全身火だるまの精霊族に抱きしめられて負けていた。


「ズルっすよあれは、物理攻撃あんま通らないですし」


 そう愚痴るがZeekはソードブレイカーでもトップの人間だ。ゲームの世界大会では日本代表として活躍していたし、まだ初めて間もないがすでにシルバーBまで上がってきている。


「Akaさんも武器使った方が良いと思いますよ?リーチきついでしょ?」

「そりゃそうなんだけどよ」


 実際Zeekが言っていることは正しい、今の俺は長所を殺して短所が出てしまっている状態だ。これじゃ勝てないのも道理だし、今はまだ数の少ないゴールド帯へ触れるプレイヤーだからまだいい物のZeekのような後続達はすぐ後ろまで来ていた。


「俺はこれしかやって来てないからな」

「……まぁ他人がとやかく言うのは野暮っすからね」


 正直他のプロゲーマーの人間から馬鹿にされていたりもする。態々縛りプレイのような事をやっている奴がいると


 しかし、俺にもこれまで培ってきた経験やプライドもある。どうにか見返してやりたいところだが


「あ、姫騎士ちゃんがプラチナBに上がったみたいっすよ」

「まじかよ」


 ZeekがTmitterでエゴサしながら例の彼女が前人未到のプラチナBまで上がった事を聞いた。


 なんというか、これでもプロゲーマーだがゲームの天才ってスゲーななんて思うしかなかった。


「これでめっちゃ可愛いっすもんね、チートっすよチート」

「分からんことも無いが」


 実際に姫騎士と呼ばれる彼女は実力も抜きんでているがその可憐な容姿も他プレイヤーを抜きんでている。


 流石に純白の髪の毛や赤い眼は現実世界と変えているだろうが、それでもあの顔立ちはそこらのアイドルじゃ敵わないレベルだ。


「俺も戦ってみたいなぁ」

「やめとけ断られるだけだ」


 お前の場合は戦闘よりそいつを自分の女にしたいだけだろ、Zeekは優秀だが少し女癖が悪い、まぁ付き合っている時は女性に対して誠実ではあるもののどこか浮気性なところがある。


「でも先輩姫騎士ちゃんと戦ってましたよね?どうでした彼女」

「あれはなぁ」


 5秒でその巨大な剣で叩き斬られたよなんて余り人に話したくない物だ。


「……まぁ今の俺らじゃ話しても意味ないっすか」

「そうだな」


 彼女は今もプラチナリーグを駆けあがっている。そんな中シルバー帯で停滞している俺らには遠い存在だった。


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