第57話 進水式と事の顛末
『ネネと話したが、無理だな。造船プロジェクトには随分資金を投入しているようだ。このまま成果無しだと引き下がれないと言われたよ』
そこから数日が経ち、路地裏の工房ではレイネスさんもゲーム内の知り合いとバルバトの街へやってきた。
この前メイク名義で出品した刀は性能はお粗末だったもののファンタジーワールド初の刀装備というだけあって普段オークションに興味のない方面からも大分話題になったようだ。
それはクラン内でも話題になり、特に刀に対して熱い情熱を持つ正宗さんは破産してもいいからその出品された刀を競り落としたいと息巻いていたが、悲しい事にファンタジーワールド史上初の刀は例のドラゴンティースが競り落としていた。
そのせいでやけに落胆してた正宗さんを元気づけ、つい昨日次は自分が刀を作ると意気込むぐらいには持ち直した様子で自分は少しずつではあるあるものの、ネネさんを含めた造船プロジェクトに参加する人たちと交渉を進めていた。
「まぁそうですよね、たぶん今作っている船は完成までさせないと納得はいかないはずです。ただその後ですね」
二階にあるクラン拠点の窓からバルバトの街を見渡す。拠点のある南西方面は比較的土地の標高が高く、海は勿論街も見えるぐらいには景色の良い場所だ。
バルバトの街並みを見ながらネネさんと交渉を進めていたシュタイナーから交渉が決裂したとの報告を貰った。
『そうだな、これに関しては企業も絡んでいるし難しいだろう……ただ完成した後参加したクランが自クラン様に造船を始めなければいいのだが』
今回の造船プロジェクトはフジサワ重工という実際の企業が絡んだ一大イベントだ。これをこっちの都合で中止させてしまうと今後ファンタジーワールドに興味を持った企業に悪い前例を見せてしまう可能性がある。
裏取りがあり確証が得た今ハッキリと言えるが、ネネさんたち参加クランが造船プロジェクトへ多額の投資をしている理由はやはり造船技術の取得や独占、船の輸送事業が大きいようだった。
他にも現在建造中のキャラベル船よりも小さな船で近海を調査した際、手が付けられていない島を幾つか見つけたようだ。そこには幾つかの採取ポイントも発見したようで土地取得も可能だったとか
言ってしまえば島自体を買い占め拠点にするという事も可能らしく、アクセスの悪さはあるものの島を所有するというロマンが森の雫上層部で上がっておりそれも今回の造船プロジェクトに拍車をかけている様子だった。
輸送事業以外にも単純に冒険範囲を伸ばせるというメリットもあり造船プロジェクトが終わった後も自クランで船を作りたいというのが本音と言う所らしい
『それじゃいつまでたっても成長しないのだがな』
シュタイナーは通話越しにそう言うが全くその通りだ。つい先日フレックスが遂に第三段階まで成長し、その解放されたシステムは工房の機能追加だった。
これまでは工房によって設備の質に上下あるが基本的には炉のレベルや作業台が主になる。
それまではプレイヤー個人間で器具を製作していたが今回の追加によって、魔導カッターと言った金属をレーザー加工機のような形で切断できる機械や旋盤など現実世界でも使われているようなものが様々追加され生産プレイヤー界隈に留まらず。ファンタジーワールド中で話題となった。
三段階目では機能追加に加え、二段階目と同様に各施設の使用料金が下がる。それらはフレックスでも確認出来たようで未だ変化のないバルバトの街にシュタイナー達も若干ではあるが危機感を覚えたらしい
『とりあえず船の完成は明後日だ。それが成功するかは別だとしてな』
ブツッとシュタイナーからの通話が切断される。造船プロジェクトの速度は速く半月程度で最初の試作一号船が出来るようだった。
周りの見方では航海は出来ても襲撃されたらどうなるか……一応戦闘能力に優れたプレイヤーと応急処置用の今回プロジェクトに参加した船大工を連れていくようだが不安は大きい様だ。
そこで自分やシュタイナー達はその進水式に合わせて今回の問題を提議する予定だ。少なくとも一旦造船プロジェクトを止め街の成長を完了してから再開させる手はずとなっている。
それに関して言えばネネさんも反発はあるだろうが個人的には問題ないと言っていた。少なくとも造船のノウハウやそれらを作る技術は入手できたので、最低限の成果はあると思われる。
『さぁ、本日はプロゲーミングチームLOTとフジサワ重工による初の大型自主イベントである造船プロジェクトで完成した船、『旭』の進水式です!』
建造用具が撤去され、周囲は式典用の設備が用意された。流石に建造ドック前では狭すぎたのでプロジェクトに参加したクランが保有する倉庫街のひとつで進水式が行われるようだった。
進水式では民間のMCが司会を務め、今回プロジェクトの切っ掛けとなったフジサワ重工の重役やプロゲーミング【LOT】の代表も訪れていた。
噂を聞けば、この重役の人達もリーフから馬車などを使いつつ来たようで、その護衛に就くプレイヤーは50人以上いたそうだ。王都でそれらの一行を見かけたプレイヤーからは大名行列などと言われていた。
会場にはプロジェクトに参加したクランのプレイヤーが並び、前列の方にはネネさんの姿も確認できた。
自分やシュタイナーなどの一般プレイヤーはその式典の柵の外から野次馬として見ている。
「本当にとんでもねぇもの作ったな……」
進水式のどさくさに紛れて料理好きのプレイヤー達が祭りの様に屋台を出し観光に来たプレイヤー達に食べ物を販売していた。
シュタイナーはその屋台で買った肉串を頬張りながら、完成された3本マストのキャラベル船『旭』を見て答える。
キャラベル船『旭』は三角形の大中小異なるサイズの帆を持ち船を覆う装甲は優れた防腐性を持つ黒いボッテス鋼で覆われている。
これだけでも十分大きいのだが、将来的には更に大きなキャラック船やガレオン船なども作ってみたいと式典で語っており、何とも壮大な計画だと思った。
『今回造船されたキャラベル船『旭』ですが、この元となった船は中世の頃に実際に大海原を航海した船をモチーフとしています。そこから我がフジサワ重工の造船ノウハウを合わせ、仮想世界ではありますが現代に蘇らせることに成功したのです』
フジサワ重工の重役の方々が登壇し、お付きの社員にやり方を教えて貰いながらボイスチャットの拡声機能を使いながら演説する。
「あーやだやだ。ゲームの世界に来てまで会社を思い出すような事はしないで欲しいよ」
その光景を見てナミザさんはげんなりした様子で屋台の集まる場所へ向かっていった。
相変わらずの会社嫌いだなと苦笑いしつつも屋台ではアクセサリーなどを自作した露店も出店しているようで、アクセサリー職人を目指す猫男爵くんに何かお土産をと買い物に出掛けて行った。
太陽が射す青空の下、式典は順調に進みいよいよと船を浮かべる時が来た。
建設ドックには多くのプレイヤーが集まり船の目の前にはフジサワ重工の重役とLOTの役員たちが勢ぞろいしテープカットの用意がされている。
囲むように記者と思われるプレイヤーがそれぞれの役員の人達に質問をしているようで対応に追われていた。
司会の人が主賓、来賓の名前を順番に呼びながらいよいよ進水式が行われる。
「開門!」
造船プロジェクトの主任と思われるプレイヤーが水抜きされていたドックの水門を少しずつ開く。ザァッっと勢いよく水が流れ込み徐々に船が浮かんでいく
「「おおぉ!」」
水位が上がって徐々に浮かび上がってくる船の全体像を見ながら関係者は勿論、自分や周りの観客も歓声を上げる。
船の甲板に乗る船員は事前に訓練していたようで、外から見る限り動きに淀みは無い、数名はマストの上に上り帆を開く準備をしていた。
「風よし!帆を開け!」
総点検が終わり、いよいよ出航の時を迎えた。船内には今回造船プロジェクトのを指揮したフジサワ重工の社員の人や大手出資クランの幹部が乗っている。
開いた三つの異なる大きさの帆にはフジサワ重工のロゴが描かれ、波打つ海に浮かぶ巨大なタンカーのイラストが描かれている。
パンッ!パパパン!
出航を祝うように魔法が空高く打ち上げられ祝砲が鳴る。次第に周りは拍手が巻き起こり、自分や横にいたシュタイナーも合わせて拍手を送る。
「確かに色々問題はあるが、こう見ると凄いな」
「間違いない」
シュタイナーの言葉に自分は同意する。自分やシュタイナーの立場で言えばこの造船プロジェクトを阻む敵だ。しかしこうやってプレイヤーが一から船を製作し実際に出港する光景を見ると思わず拍手せざる得ない。
キャラベル船『旭』は事前に発見されているバルバトの周辺近海で見つかった小島をぐるっと回るように帰ってくる。その様子は乗船しているプレイヤーが配信するようで、航海の様子を見たいプレイヤーはぜひご覧をと司会の言葉で終わった。
お偉い方たちは未だ記者の取材を受けており、それ以外のプレイヤーは会場の片付けが始まった。
観客は皆散り散りとなり、一部は未だ開いている屋台の方へ向かっていった。
「進水式はどうだったかな?ペガサスくんにシュタイナー」
そんな様子を見ながらシュタイナーと待っていると取材から抜け出したネネさんがこちらへやってきた。
「ネネさんは船に乗らなかったんですね」
「そこまでは興味は無いよ、他に乗りたいメンバーも多かったしね」
ネネさん曰く造船プロジェクトは船が出来上がるまでの行程が一番大変で面白かったという、ネネさん自身が直接建造にかかわった訳では無いが、その段取りや資材のあれこれを指示していたようで大変ではあったものの充実していたそうだ。
「とりあえずひと段落はついたかな、ただ今後についてはまだ分からないけどね」
ゲームの世界という事で、現実世界に比べてかなり早いスピードで完成には至ったがそれでも半月に及ぶ大事業だ。それこそ動員した人数で言えば森の雫単体でも1000人を超えるようで中々に大変だったようだ。
今後のスケジュールとしては今回の進水式で問題があればその原因究明や解決した後プロジェクトは完了となる。それ以降は各自好きなように船を作ればいいし、手を取り合ってもいいなど自由だそうだ。
「とりあえず立ち話もなんだし、ゆっくり話せるところに行こうか」
近くに良い料理を出す店がある、そう言われれば自分とシュタイナーは嫌とは言わない。
「はじめまして、私はコトブキ商店の幹部をやっています松丸と言います」
よろしくとネネさんから紹介された男性が頭を下げると自分とシュタイナーは返すようにお辞儀をした。
「さて、ここなら誰にも見られずにゆっくり話が出来る」
この場を仕切っているのは両方の話を知っているネネさんだ。ネネさんが連れてきたお店は海が見える港からそう遠くはない
オーシャンビューが売りのイタリア風の料理を出すお店だ。ネネさん曰くバルバトで重要な話をする際はこの店のような個室のある場所を幾つか知っているようで、今回連れてこられたのはその一つだという
「ネネさんからはある程度話を聞きました。コトブキ商会としても森の雫同様にバルバトの街が成長が完了するまで、クランレベルでの造船は凍結する予定です」
事前に話を合わせていた結果、ネネさんが所属する森の雫は勿論今回プロジェクトに参加しているコトブキ商会の他幾つかのクランからも同意を得ていた。
「森の雫が凍結する以上、他のクランが単一で造船に踏み切ることは難しいです。未だ合意を得られていないクランも実際は難しいでしょう」
自分がドラゴンティースに話を持って行かなかったおかげか、予想に反して事が荒立たずに済んだ。
勿論、個別で船を作ろうとするクランはあるだろうが単一で出せる資金は限られている。第一に筆頭の森の雫が凍結すると言えばそれらを出し抜いてやろうとするクランは少ないと言えた。
「不足しているボッテス鋼がどれくらいの数になるか分かりませんが今プロジェクトがある程度終わりを見せたので値段も徐々に下がるでしょう」
「ペガサス君が言ったように横断事業を画策していなかったと言えば嘘になるわ、だけどシステムの根本的な部分をプレイヤーにゆだねるとは思わないし、元より今回のプロジェクトは自前で船を建造する技術が欲しかったの」
ネネさんにボッテス鋼不足の懸念を話した際、あっさりと引き下がったのだ。
フジサワ重工などの企業が関わったプロジェクトの手前、進水式に関しては断固として決行するつもりではあったのだが、その後に関して言えば余り執着していないとの事
森の雫やコトブキ商会にしても自前で使える船が欲しかったのが本音だそうで、後はゆくゆくは他クランから受注する形で船を作ったりなどの造船事業を展開したいなーなんて思ってもいたそうだ。
自分が考えていたような次の大陸への横断事業の独占は船を持たないプレイヤーからの反発で運営が強引に割り込んでくるだろうし、無理だろうと思っていたそうだ。
(いや、あの運営の事だから横断事業があったらそれはそれで放置してたと思うよ)
内心ボソッと思うがそれについてはネネさんは知る由も無いだろう。
つまり結局は自分の心配しすぎという事なのだが、もし運営が何かしらてこ入れをしなかったらやっていた可能性はあるとネネさんと松丸さんは語った。
「今回、私の所も松丸さんのとこも船を作る技術、操船技術を手に入れたわ、流石に今回お金を使いすぎちゃったからまた明日から稼がないとだけど」
流石の森の雫でも大分貯蓄していたお金を使ったみたいだ。当分は自前用の船を作るために再度稼がないとと息巻いていながら今後の展望についても語っていた。
「王都の土地売買の話が本当ならバルバトもあと二か月ぐらいはかかるはずだわ、その間ボッテス鋼を買えなくともそれまで資金とか準備してればいいしね」
もしボッテス鋼の値が下がらなければ直接市場に介入するとまでネネさんは言っていた。市場操作まで出来ると語ったネネさんと森の雫の力にこれまで聞いていた自分やシュタイナーは内心冷や汗をかいていた。
「最近中国のクランの動きも怪しいわ」
話は変わり、最近進出著しい中国のクラン、特に有名なドラゴンティースについて話題が移った。
「えぇ、今回のボッテス鋼の件は一部は彼らが関わっているでしょう」
多国籍クランのドラゴンティースは今回のボッテス鋼の件、新人プレイヤーのレベリングを行うパワーレベリングも含めて中々手広くやっているようだと松丸さんは話す。
「最初は彼らもプロジェクトに参加表明を出していましたが、諸事情によりできなくなりました。その後の彼らの動きはボッテス鋼の価格引き上げ、装備の買取りなどがあります」
ですよね?松丸さんがネネさんへと視線を向けるとそのネネさんは居心地が悪そうな表情でそうねと相槌を打った。
「森の雫は元々が外国プレイヤーに対抗するために結成されたの、だからあちらのクランとは折り合いが悪くてね」
森の雫は来る外国勢力に対抗ために結成された生産クランだそうだ。いずれは外国勢力のマンパワーでゲーム内経済を支配され希少なアイテムや装備を独占されない様にと作られたとの事
その様な経緯の為か一部幹部は非常に海外プレイヤーとの折り合いが悪い、松丸さんが言葉を濁していたのも今回ドラゴンティースが造船プロジェクトに参加できなかった理由が、森の雫の幹部からの強烈な反対があったそうだ。
(これはドラゴンティースに話を持って行かなくて正解だったな、危なかった……)
一時期の自分はドラゴンティースに話を持っていき煽ろうとしていた。あの時街の正常化の為、と思い焦っていたがよくよく考えてみればとても危険な橋を渡っていたのかもしれない。
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