第53話 大航海時代?

「うそでしょ……」


 バルバトの街を歩き、港の近くを通った際、一つの集団を見つけた。


「おい、そこじゃねぇその部品はこっちだ!」


 まるで怒鳴り声の様に建造中の船を周りを忙しくプレイヤー達が動き回る。


 その港の一角はNPCの商船が使う桟橋では無くプレイヤー専用の場所で、そこには小さな船が港に留められており一部は釣りを楽しんでいる者もいた。


(これ、どう見ても外洋船だよね)


 近海を航海する小さな船では無く、大陸を横断する為に作られた巨大な外洋船、それも戦闘を想定した軍艦チックな見た目をしていた。


「ん?誰だお前、邪魔だよどきな!」


 忙しく動き回るプレイヤーを見ていたら作業をしていた人に怒られる。


 作業の邪魔と言われれば離れるしかない、よく見れば作業員以外のプレイヤーも物珍しそうに造船を見学している様子だった。彼らの場所まで下がり再び作られている船を見てみる。


(大きさ的に大陸横断用の外洋船だよね……)



 接岸部に建造ドックを建て四方を囲み水抜きを行っているようだった。あらかじめ製作されていた巨大な船体ブロックを人力で持ち上げ魔法で溶接するあたりファンタジーワールドらしい光景だがこんな巨大な物を素人が作れるとは到底思えない


「ん?」


 建設現場を仕切る柵には『フジサワ重工』と書かれ会社のシンボルと思われるマークも描かれてある。


「本職の人が態々やってるんだろ?すげーな」


 見学しているプレイヤーがそう話す場面に遭遇し、ファンタジーワールドの内蔵ブラウザを展開してフジサワ重工と調べる。


【藤沢重工業株式会社】


 検索ワードの予測にそう出てきて調べてみる。


 藤沢重工業がファンタジーワールドにまさかの進出!?関西に幾つもの拠点を置く日本が誇る大企業とプロゲーミングチームLOTの奇跡のタイアップ!


 検索ページのトップに映し出されるゲーム記事、記事を軽く見てみればきっかけはLOTという日本のプロゲーミングチームに所属するプレイヤーがバルバトへ到達した際、バルバトを一望できる丘から広がる景色は青く輝く大海原、そこにポツンと浮かぶ巨大な帆船の写真をSNSに投稿した。


 それを藤沢重工業の社員が見たようでファンタジーワールドで現実さながらの大型船を作ってみようという企画が出来上がったそうだ。


 現実世界程では無いにしろファンタジーワールド内で大型船を作ろうとなれば莫大な金額がかかるだろう。その為幾つかのクランを巻き込みファンタジーワールドでも有数の非公式の自主イベントが始まったそうだ。


 藤沢重工業で実際に造船を本業として働いている社員がファンタジーワールドの世界に派遣され、船の設計に携わっているようだ。


 仮想世界なので労災が起きても傷一つ付かないはずだが働くプレイヤー達は皆黄色いヘルメットを装備し、入り口には安全第一、その他にも労災を起こさない為の訓示のような物が幾つか書かれていた。


 見渡せば港町に置かれている倉庫街の一角はプロジェクトに参加しているクランに買収され資材が搬入されたり船のパーツを製作する工場になっているようだった。






「いやいや流石にぶっとびすぎでしょ」


 昔実際に使用されていた船の設計図を掘り起こしファンタジーワールドの世界でアレンジして素材から選び抜いているらしい、当時は木造であってもこの世界では木より軽く丈夫で海水からの腐食にも強い夢のような金属があったようで帆船でありながら現代の船のような船体をしていた。


 完成予想図には三本のマストの大型帆船、大航海時代に実際に海を渡っていたキャラベル船をモチーフにしていて多少の改良を施してはいるものの実際に航海できる性能を持っているそうだ。




 この一大プロジェクトはこのプロジェクトに参加していないクランやプレイヤー達をも巻き込んでいるようだった。


 記事に書いてあった今回の外洋船で使用される夢のような金属、ボッテス鋼はバルバト周辺で採掘が可能な鉱石だ。


 バルバトの街が出来たのもこのボッテス鋼が採掘できる場所だったと言うのも大きく、この近辺で採掘されたボッテス鋼は王都や他大陸に輸出される。そのようなバックストーリーが存在する。


 ボッテス鋼は軽い割に強度が高い、しかも腐食耐性に優れた性質を持つ為、用途はとても広い


 ただ武器や防具に用いようとするとそれらの性質が足枷となりボッテス鋼を用いた装備製作の難易度は非常に高い、その為ボッテス鋼は細かな加工を必要としない建物の建材として多く用いられる。


 そして今回、その優れた性質に目を付けたフジサワ重工のプロジェクトチームがボッテス鋼を船の装甲として採用しバルバト周辺で販売されているボッテス鋼の買い占めが行われた。


 耳聡いプレイヤーの間では今後高騰するであろうボッテス鋼の買い占めが行われれそれらが生み出した結果はボッテス鋼の不足、これらは建材として主に使われるため一般プレイヤー達には影響は余りないがみんなが知らないところでその影響は確実に出ているようだった。


(バルバトの成長が止まってるな)


 港から離れ、バルバトの街をぐるりと一周して見て回った。


(これだけのプレイヤーが居たら次の段階に成長してもいいはずなのに)


 ファンタジーワールドというか幻想世界の仕様として街には例外もあるが3段階の規模がある。


 全ての街は最初1段階目、この初期段階は必要最低限の施設が揃い特に恩恵を受けられない。


 街の段階を進めるにはその滞在する街でクエストを受けたり買い物をしたりと街の益になる行動をするとポイントが貯まっていく


 リーフの街、フレックスの街は二段階目まで発展していた。


 二段階目は主に街の各施設の利用料金が下がり一段階目に比べてうま味のあるクエストが増える。王都に関して言えば森の雫などのクランが拠点にしていたおかげか三段階目まで成長していた。


 二段階目に比べて三段階目まで成長させるのはかなり大変だ。それこそオークション会場が無い街だとほぼほぼ無理だと思えるぐらいには成長までに必要なポイントが多い


 しかし三段階目は特殊な効果が付く


 王都で言えば『土地の売買』がそれにあたる。本来王都は二段階目まで拠点を建てることが出来ない、賃貸は可能であっても土地を所有しオリジナルの拠点を作るのは不可能だ。


 調べてみれば単なるアップデートだと思われているようだがそれは違う、この土地の売買という効果は幻想世界と同じで実際に決められていた条件がクリアーされ解放された機能なのだ。


 そして問題のバルバトはまだ一段階目、外洋船の造船といった活発な市場そしてキルザ山脈が簡易化されたことによる多くのプレイヤーがバルバトに来て半月も経っているはずなのに未だ一段階目というのはおかしい


『建設で使われる材料が不足していてね、困ったもんだよ……君はボッテス鋼を持っていないかい?』


 バルバトの住民NPCに聞きこみをしたり、街の中で発生するランダムクエストを見るにやはり造船プロジェクトによって発生した深刻なボッテス鋼の不足がバルバトの街の成長を阻害しているようだった。


「ここら辺は説明ないからなぁ……」


 幻想世界では街の成長システムについては存在を知ってはいたが、一部の街では成長している位にポイントを稼いだはずなのに成長しない街があった。


 そしてその原因を調べていくうちに成長ポイント以外でその街で困っている事、解放条件を攻略しないと幾ら成長ポイントを稼いでも意味が無いという事に気が付いた。


 その解放条件は街によって様々で、調べていくうちにその街の住民NPCから判明するフレーバーテキストや市場で起きている問題がその解放条件になっていることが多い


 解放条件のほとんどが特定アイテムの不足、近隣に強力なモンスターが存在しそれを討伐などが殆どでこれらはプレイヤー自らが調べないと分からない事ばかりだった。


 モンスター討伐であればやっていくうちにいつの間にか討伐していたりする可能性があるのだが特定のアイテム不足となると根本的に解決しないと難しい


 そして肝心のバルバトの街の三段階目の効果は『許可書の発行』だと思われる。つまり第二大陸へ進出するための条件だ。


 当時、幻想世界のバルバトを冒険していた頃は未だ成長システムを知らなかった。


 その為結構な期間をバルバトで過ごしていた訳だが、第二大陸へ進出する為の条件が分からず片っ端にクエストを受けていた。


 そしていつの間にか第二大陸へ渡るための渡航許可証を受け取れるようになっていた。当時は片っ端にクエストを攻略していたので報酬の見落としかと思っていたが、今思えばバルバトの第三段階目が渡航許可証の発行なのだろうと思う。


 それ以降、各大陸の最終地点の街の第三段階は全部渡航許可証の発行なので第一大陸の最終地点であるバルバトも間違いない筈だ。


 造船プロジェクトは別大陸、新天地を開拓するために作られた企画だが自分から言わせてもらえばこの造船プロジェクトこそが次の大陸への進出を阻む存在なのだ。


(しかし、これらを話しても聞いてもらえるか……)


 造船プロジェクトはあらゆるクランを巻き込んで行われている一大プロジェクトだ。そこには森の雫なども参加しているしバルバトで活動するプレイヤー達もこの造船プロジェクトを応援している。


 そんな中で造船プロジェクトを中止しろ!ボッテス鋼の供給バランスを戻せ!と声高々に叫んでも誰も聞いてはくれないむしろ邪魔者として排除される可能性の方が高かった。


「うーむ、まずいぞ非常にまずい」


 正直造船プロジェクトで製作されているキャラベル船は本職の人が参加していることもあって非常に完成度の高い船なのだろう


 しかし元が現実世界で設計された船なのでファンタジーワールドで通用するかと言えば疑問が残る。


 ファンタジーワールドでは巨大クラーケンや海竜と言った現実世界ではありえない空想上の怪獣たちが海を泳いでいる。それらとの戦闘を想定していない船だとたちまち海の藻屑と化してしまう可能性が十分にあった。


 そしてまた改良を重ねた船を作るために大量のボッテス鋼が買い占められる。すればいつまでたってもバルバトの街は成長しない


 自分はすでに幻想世界で許可書を得ているのでいつでも第二大陸へ行くことは出来る。しかしこの世界で許可書を得ていないシュタイナーやナミザさんなどのクランメンバーは何時まで経っても許可書が発行されない事態になる。


 一番はこの造船プロジェクトが成功して第二大陸へ横断することだがそれは何時になるだろうか?100%横断できるNPCの船団に比べてリスクをはらむプレイヤー主導の航海は当然横断するための金額も高くなるだろう、そうすれば第二大陸への進出は当然遅れることになる。


 運営がてこ入れをしてくれれば問題は解決するだろうが幻想世界の頃を見るにあえて隠している節がある。しかもその原因が日本が誇る大企業が主催するプロジェクトとなれば余計だ。


(これ詰んでないか?)


 幻想世界でプレイしていた頃では考えもしないような問題に思わず頭を抱えたくなってしまった。





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