第52話 港街バルバト

「やはり前に比べて簡単になったな」


 その日のうちにキルザ山脈のバルバト方面、ハイセやロック達と別れた近くの村に到着した。


 村の宿屋一階に併設されている酒場へ着けばこの日はその場で解散となった。


 中にはゲームできる時間がギリギリな人も居たいようで、豆しばさんやDARSさんと言ったタンク役の二人は明日の朝から早いようで村に着いたらすぐにログアウトしていった。


 この村まで来れれば後は村とバルバトを繋ぐ一本道を進むだけだ。その道中はキルザ山脈を踏破したプレイヤーからすれば問題ない難易度だし、後は各自に任せるといったように解散となった。


 ヨシュアさんや雪音さんらは今日の内にバルバトへ行きたいらしくそのまますぐに村を出発していった。シュタイナーは行くにしても行かないにしても中途半端な時間しか残っていないらしく今日はここで終わり、今後について話をしようと宿の酒場でキルザ山脈踏破を祝う祝賀会を開いていた。


「本当にビールがあれば最高なんだけどな」


 仮想世界ではアルコールなどの酒類は禁止されているのでこのファンタジーワールドにはアルコールは存在しない、ワインやビール擬きのような物は存在するがどれも酔っぱらうことは無くワインに関して言えばまんまぶどうジュースだったと無類の酒好きのシュタイナーは遠い目をして語っていた。


「んであれからどうよ、そっちのクラン長から返事は来たか?」


 そう言われてメール欄を見てもナミザさんからの返信は来ていない、現実世界では22時を過ぎる時間なので今日の内には返信は来ないかもしれない、そう伝えるとシュタイナーはそうかと一言だけ喋りビール擬きを飲む


「まぁFlashも相手を選ばなきゃ鍛冶は雇えるからな、それでも今後を考えると出来るだけ慎重になりたい」


 Flashは15人という少人数でありながらファンタジーワールド界隈で最も影響力を持つ配信者ライネを筆頭に優れた能力を持つ人たちで結成されているチームだ。


 シュタイナーの技量は勿論自分も知っているし、ヨシュアさんや雪音さんだってその美貌につい目が行きがちだけど彼女達も他プレイヤーとは比べ物にならない程のプレイスキルを持っている所は先程の戦闘で見ている。


「雪音は付き合いが無いから分からんけどよ、ヨシュアは昔からの知り合いだ。あいつは今でこそこのゲームをやっているが昔はあいつプロゲーマーだったんだぜ」


 シュタイナー曰く、ヨシュアさんは元々はプロゲーマーだったようでリアルタイムストラテジー、略してRTSと呼ばれるジャンルで活躍していた女性プロゲーマーだったそうだ。


 プレイヤーが指揮官となり様々な特性を持ったユニットをリアルタイムで逐一指示を出して相手拠点を破壊するといったゲームは操作力は勿論、判断力や対局を読む力も必要で個の力で有名になったシュタイナー達とはまた違った強さを持つのだそうだ。


 世界レベル、では無いにしろ界隈では珍しい女性プレイヤーでありながら国内リーグにおいては常に上位にランクインするほどの腕を持ち、一時期はプロチームのコーチもやっていたそうだ。


 その後はプロをやめ社会人となった後、このファンタジーワールドで再会しFlashで同じクランに所属したとシュタイナーは語る。


「俺もFPSでそれなりに腕に自信はあったからな」


 シュタイナーはリアルでは20代後半だと言った。それまでシューティングゲームを中心に活躍していたそうでプロでは無かったもののアマチュアではそれなりの実力者として知られていたとの事、その際にFlashのクラン長であるライネさんとは知り合ったようでこのゲームも一緒に始めたのだそうだ。


「ライネもこのゲームを始める前はただの一ゲーマーだったんだけどな」


 ちょっと寂しそうに話すシュタイナーはグラスを見つめながらそう答える。


「ファンタジーワールドであいつが有名になって色々な付き合いが出来た。どこか遠い存在になった気分だよ」


 俺はフラれた女か!?と一人でノリ突っ込みをして紛らわそうとしていたがその言葉は本心なのは間違いない様だ。


「本来はライネの視聴者で結成されたクランを傘下としてやろうと考えていたんだ」


 ライネさんは元はそこまで有名じゃない配信者だった。実力は確かにあったし大会でも成績を残す実力者ではあったもののファンタジーワールドが始まる前までは大体50人前後の視聴者が居るかどうかの人だったそうだ。


 そして今では一万人を超える視聴者を持ち、ファンタジーワールドでも多くのリスナーを抱えている。


 界隈ではファンタジーワールドで最も有名になったプレイヤーとして言われその高い実力から尊敬される反面、多くのアンチと呼ばれるライネさんを敵視する人も多くなった。


 それでも彼は今も活動を続けている。ライネさんの今のプレイスタイルは殆どが配信、そして視聴者と交流しておりFlashのリーダーとしての活動は余りない


 それでもクランには多額の資金を入れていたり有能な視聴者が居ればクランに引き抜いてみたりとFlashに全く興味がないと言う訳では無いが今現在実質的にクランを率いているのはシュタイナーというのが現状だ。


 この話はファンタジーワールド界隈では有名な話のようでライネさんとシュタイナーの不仲説は話題の種となっている。実際本人から聞けばそんなことは無いらしく今でもリアルで飯を食べに行ったりする仲だそうだが、現状ライネさんが配信を優先している都合上この噂を無くすことは不可能だと判断し二人で話し合った結果、今は放置しているようだった。


「……」


 何とも複雑な二人の関係に口を挟むことは出来ない、自分では体験したことのない複雑な人間関係にただの一大学生が助言も出来るはずもなく、その後はちょっとギクシャクしながら他愛のない話をしながらその日が終わった。







 第五の街『バルバト』は第一大陸唯一の海に面する港町でアップデートによって第二大陸へ渡れるようになればこの街がその出発地点となる。


 海風による腐食を防ぐためレンガで建てられた建物は他のどの街とは違った独自の世界観がある。絶え間なく入出港を繰り返す貿易船が海原に浮かび港では多くのNPCが行き交う


 キルザ山脈が簡易化されたお陰で随分とバルバトに滞在するプレイヤーは多くなった。ここでは大衆工房も含めオークション会場などの施設も存在し、基本的にバルバトまで到達すればこれまで通ってきた街へ戻るメリットはない


 その為か規模の大きいクランは王都からバルバトへ拠点を移す流れが来ており、その流れに乗じて自分が所属するクランもバルバトへと移動を始めていた。


『ちょっと私だけじゃ決めきれないからみんながバルバトに到着してから話さないとね、事前に他のメンバーには話しておくよ』


 シュタイナー達とキルザ山脈を踏破してから翌日、ログインしてメール欄を見てみれば自分がログアウトしている間にナミザさんからメールが届いていた。


(そりゃそうか、一応シュタイナーにも送ってっと)


 バルバトへ一番遅れてくるであろう猫男爵くんやサラさんも予定が決まり一週間以内には全員がバルバトへ到着できるであろうとナミザさんは言っていた。そこから仮拠点を決定して落ち着くころには半月は必要かもしれないと


 一応最長でも半月ぐらいの期間はかかるかもしれないそうシュタイナーへメールを送るとチャットで了解、とすぐに返事が来た。


「さて、バルバトへ来たけどどうしようか」


 とりあえずやるべき報告を終え、手持無沙汰になる。


 他のメンバーはそれぞれのフレンドと来るそうなので先に着いた自分は今現在やる事が無い


 大衆工房へ出向いて鍛冶の練習をしてもいいんだけど人目があると集中できないし多分だが王都から移動してきた森の雫メンバーが独占しているはずだ。


 ヤスケになってこの前みたいに傭兵プレイをやってもいいが肝心のヤスケが自分の知らないところで有名になっているし何よりやってた時に比べて同業他社が多くなっている現状もある。


(うーむ、このまま第二大陸を見てもいいんだけど……)


 ファンタジーワールドの世界は幻想世界を元に作っている為か少なくとも師匠が居る第五大陸までは実装されている。その引継ぎの中には第二大陸も含まれているだろうし先んじて観に行ってもいい


 今現在は大陸を横断する許可書が発行されていないから船に乗れないが、幻想世界で横断許可書を持っている自分ならそれらも可能だ。


(うーん、魔法も作れるぐらいだしなんか船を作って横断しちゃいそうだよな……)


 武技スキルはまだしも魔法を作るとなるととてつもない難易度だ。少なくとも幻想世界の頃ではまともな物を作れた試しがないし、たぶんファンタジーワールドでも無理だと思う


 それらを成したプレイヤーが何人もいれば船を作って第二大陸へ横断するプレイヤーも居ても可笑しくないが……


(流石に無いか、海図もない状態で冒険は出来ないだろうし)


 その懸念はすぐに頭から消え去った。船は作れたとしても海図が無ければ第二大陸へたどり着くことは出来ない、第一に現実世界と違いファンタジーワールドでは海にもモンスターが出現する。


 既存の技術ではたちまち船が壊されてしまうし海図が無ければどこへ向かえばいいか分からないのだ。


 多額の資金を投じて船を作ってもそんなリスクのある行動は起こせない単純に考えればそれらの問題があったのでこの不安はすぐに消え去った。





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