第49話 天才少年
レイネスさんは完了と言ったが正しくは凍結と言った方が正しい
今現状の研究成果である〈湧水の水差し〉は今現状使える素材でルーン文字を耐えれる素材の限界なのだ。
見た目はただの魔法のランプを作るまでにかかった費用だが軽く3000万ぐらいは使っているはずだ。
その大半は自分がイベントのガチャ結晶の見返りとして得た素材なのだが1プレイヤーがロマンで使える金額を優に超えていた。
懐としては特に痛まなかったが、ふとレイネスさんに聞かれた際は軽く青ざめていた。個人的にはこれらの技術を学べただけの価値はあると思うので特別代金を請求する予定は無いがそれでも研究は恐ろしくお金がかかる。ルーン文字の耐久の件の問題もあるので研究は一旦凍結といった形になったのだ。
半月ちょっと、ずっと工房内で魔道具研究をしていたがそれはそれで楽しかった。ルーン文字を様々な素材の板で彫る練習もできたし色々充実した半月だった。
王都周辺ではあれほど居た森の雫のメンバーはまばらになっていた。聞けば拠点を移したようだ。
それもキルザ山脈の簡略化によってバルバトへの進出が予想以上に進んでいるそうだ。その為森の雫も王都の拠点を引き払いバルバトへ拠点を移したとの事
中心へ来てみれば世界樹があった森の雫拠点跡地は第二期のプレイヤー達で集まったクランが別の建物を建てていた。
王都からキルザへ進む道を進むプレイヤーは多い、元々キルザからバルバトへまともに到達出来なかったというのもあって物価の高いキルザの街より王都を本拠地としているプレイヤーは多かった。
しかしバルバトにはフレックスや王都にしかなかったオークション会場に同規模の大衆工房があるようだ。港町という事もあってバルバト周辺には海関係のモンスターが出現する。
第一大陸で海に面している街はバルバトだけだ。そこから出てくる海関係のアイテムや第一大陸の最終地点という事もあって素材の質も良い
自分がレイネスさんと魔道具研究に勤しんでいる間大規模な王都離れが進んでいるようだった。それは現在進行形で変わらない
路地裏の工房でもバルバトへ移動する案が出ているようだ。主に取引先の冒険プレイヤーに護衛を頼んでバルバトへ移るという話もある。
それでもサラさんや猫さんはフレックスやリーフに滞在する初心者向けに装備を製作しているので本決まりはまだしていない。
それでも正宗さんやレイネスさんはすでにバルバトへ移ろうと準備をしている。王都にあるクラン工房も10月頭には引き払う予定だ。王都に残るメンバーも今契約している案件を消化すれば順次移っていくそうだ。
自分は単独で踏破も出来るので先んじてキルザの街へ向かっている。良くも悪くも生産プレイヤーのクランなので冒険には無関心なところがある。こういう所で単独行動が出来るのはありがたかった。
「キルザ山脈護衛、ラビまで3000Gから、バルバトまでは1万G~やってるよー!実績多数!!」
キルザの街は以前来た時よりも盛況な様子だった。
幾らキルザ山脈の難易度が緩和されたとはいえ幻想世界では超大型ダンジョンと呼ばれた場所だそれ相応に広大で長い道のりになる。
道中新たに追加された街『ラビ』のお陰もあってか初見であっても踏破出来るようになったようだがそれでもこれまでの冒険では最も難しいダンジョンになる。
その為正門では以前自分がやっていた護衛稼業を他プレイヤー達が自主的に行っているようだった。
生産プレイヤーが多い第7サーバーではこのようなキルザ山脈踏破の傭兵業が活発なようで、態々サーバーから移動してやっている人もようだ。
キルザの街の正門だけでも100人近くの人だかりが出来ており、噂通りに傭兵業は活発なようだ。
(このまま行ってもいいけどこの姿でソロで入っても目立つのは嫌だしなぁ)
幾ら難易度が易しくなったとはいえソロでキルザの街を踏破出来るのは結構な猛者プレイヤーだ。キルザ山脈はダンジョン形式なので一度入ってしまえば他プレイヤーに見られることは無いがそこまでの道中で要らぬ噂を呼ぶかもしれない
街中から眺めることが出来るキルザ山脈への道は整備されており人気な登山道と言った感じの雰囲気だ。現実世界ではおいそれとは行けない高原のピクニックが仮想世界でも出来ると思えばゲーム抜きにしても価値があると言えた。
街の外れの人気が無い場所で以前師匠から貰った狐のお面を付けて半月ぶりに『ヤスケ』に変身する。ヤスケに変身するとそれまで装備していた一般プレイヤーの平均的な冒険者装備が〈火口野・蒼炎〉に強制的に変更される。
キルザ山脈の洞窟ルートの入り口、そこでは街の正門で行われていた傭兵業のキャッチが同じように行われていた。
(キャッチがやけに多いな……なんでこんなにいるんだ?)
街の正門でも思ったが幾ら生産プレイヤーが多くバルバトへ移動する繁忙期といえやけに多い、それも登山道という事もあって正門に比べて狭い道幅に所狭しとキャッチをやっているプレイヤーを見かける。
そんな彼らを横目にダンジョンに入ろうとした矢先だった。
「ちょい待ち!」
急に肩を掴まれ止められる。振り向いて覗いてみるとやけに若そうなプレイヤーがこちらを見ていた。
「これだよこれ!やっぱりSNSで見たヤスケだよ!!」
キャッキャと楽しそうに喋る彼らは自分の事を知っているらしい、キルザ山脈の傭兵をやっていた時は少し話題になっていたのは知っていたが半月経った今でも知っている人がいるとは思わなかった。
3人組の男の子……ぱっと見中学生ぐらいだろうか、ファンタジーワールドに対応しているVR機が全部高額ということもあって高校生や大学生が多い中で中学生は結構珍しかった。
(あー……どうしよう)
そういえばヤスケはNPCだったなと思いだした。傭兵状態のままなので彼らからの申請が来れば拒否することは出来ない
ファンタジーワールドのブラウザーを覗いて何やら書き込んだりいきなり写真を撮ってきたりと失礼極まりないが彼らからすれば自分はただのNPCなので文句を言う事も出来ない
「やっぱりそうだよ!あのヤスケだ。こいつ連れて行こうぜ」
タンク職と思われる黒鉄鋼を装備した男の子がそう言うがあのヤスケとはなんだろうか?非常に気になるところだ。
「あれ?項目がラビまでのやつしかないや」
早速契約を結ぼうとしているのか自分の目の前でウィンドウを開く
(ごめんね、ちょっと新規追加の街を観たいんだ)
彼らはバルバトまでの踏破契約を結ぼうとしていたようだが、彼らが騒いでいる間にバルバトまでの契約を変更させてもらった。
「まぁ仕方ないか、後で自慢しようぜ!」
楽しそうに彼らは話すが一体自分の知らないところでヤスケがどんな噂になっているのか少し怖くなった。
「悠太!変わるぞ!」
悠太と呼ばれたタンクプレイヤーから前に出るように双剣使いの男の子が正面に出る。
「〈刃砕き〉!」
双剣使いの男の子が武技を発動すると曲刀の剣はオレンジ色のエフェクトが発生しアルマジロ擬きのモンスターへ突進していく
その姿は双剣を翼のように広げながらオートでは低いし姿勢、地面すれすれを這うように突撃していく、武技スキルの〈刃砕き〉は物理ダメージに加えて一定確率で敵の攻撃力を裂ける汎用スキルだ。
双剣使いの高い敏捷性から迎撃態勢を取れないアルマジロ擬きのモンスター〈デミスクロプス〉はしっぽの先端に付いている岩石のような武器を無理やり繰り出すがくるくると回転しながら受け流す。
「ハァッ!」
一気に息を吐くと先ほどの回避の回転を利用しながら双剣を振り回し〈デミスクロプス〉を斬りつける。シキィン!と斬撃とは違う〈刃砕き〉によって発生したデバフの効果音が連続で発生する。攻撃から態勢を戻せない〈デミスクロプス〉を滅多切りにし体力バーはゴリゴリと減っていく
(いやいやどんな技量だよ)
これらの一連の動きはオートでは不可能な完全マニュアルによる立体機動だ。2メートル近くもある〈デミスクロプス〉を土台にして攻撃の届かない頭部付近までジャンプして三次元で斬りつける。
双剣使いでは本来難しい一撃一撃が高い火力を誇るのは、タンクの子が耐えている間にもう一人の神官の子に十分なバフを受けていたのだろう、そしてそこから繰り出される連撃は本人の技量も相まって高耐久力を誇る〈デミスクロプス〉の体力ゲージをみるみると削り取った。
いぇーい
〈デミスクロプス〉の巨体が地面に付き倒れるのを見ると三人は集まりハイタッチを交わしていた。楽しそうに戦っていた3人組だが双剣使いの子の他にもタンクも神官も高い練度だと言うのが遠目で見ていて分かった。
(下手をすればシュタイナー……いやユナレベルで強くないか?)
自分が出会ってきた中で特に戦闘能力の高かったプレイヤーはユナやシュタイナーとなるが今先頭をしていた彼らはトッププレイヤーであるはずの二人達と遜色ない、むしろ上回っているとさえ思える技量を見せてくれた。
「ヤスケは……まぁNPC出しこんなもんか、でもルート取り上手いから優秀だよ」
そんな彼らとのラビまでの道中で戦闘関係では全くと言ってもいい程活躍は出来なかった。出来なかったというより無くても問題なかったといった方が正しいだろう
やった事と言えば4人PT用のルート案内、高い戦闘能力を持つ彼らの事だから戦闘数は多くても複数戦が少なく地形が緩やかなルートを進んでいた。
(ここがラビの街か)
第4の街キルザ、第5の街バルバトの間にあるキルザ山脈、その中に存在する新規追加の街『ラビ』は4.5の街と評せばいいのだろうか
ファンタジーワールドの攻略サイトではすでに全部のルートが踏破されておりマップも公開されている。それらの情報によれば森、山頂、洞窟の三つのルートは全てラビに集約されて後半は一本のルートが分岐して以前から存在した複数の出口に繋がるようだ。
「えーこのNPC欲しい、和風キャラなんていないしさー」
双剣使いのリーダー、道中ではソウイチと呼ばれた彼がダダをこねる。
「刀はあるけど和服とか無いもんな、なんでこの世界に居るんだろ?」
そう疑問を浮かべられるがこのヤスケへ変身するアイテムを貰った先が和風チックなせいだろう、師匠の道場なんてまさに和風建築だし。
しかし第一大陸は中世ヨーロッパの伝統的な剣と魔法の世界をモチーフにしている。そこには建築様式から人々の暮らしまでそうなのだからその中で侍の格好をした自分はさぞ違和感があるだろう。
欲しいと駄々をこねるソウイチを残りの二人が宥めてそれでも諦めきれなさそうな目をしながら二人に引きずられながらラビの街へ入っていった。
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