第47話 鍛冶クラン『路地裏の工房』④

 次の日もやる事を全部済ませたら居ても立っても居られずファンタジーワールドへログインした。


 サラ:ペガサスさんこんばんわ~

 ペガサス:サラさんこんばんは

 猫男爵ω:こんちゃ




 夕方ごろにログインすればサラさんと猫くんが居たようだ。ナミザさんや正宗さんは社会人のようで大体が夜にログインするそうだ。


 サラさんも猫くんもいつもの様にクランの工房で練習しているとの事、自分が来るまでは自らの手で鍛冶で使用する素材集めをしていたようで、これから制作に入るとの事だった。






「えーっとこうやって……」


 昨日と同じ大通りから外れた路地裏の大衆工房で昨日と同じように文字を彫る練習をする。ルーン文字には彫るだけでなく切り絵の様に別の素材を貼り付け文字にするといった方法もある。


 寝てから再度作業に入れば幾らか作業がスムーズになっていた。完成には程遠いがそれなりに進歩を感じられる。


 周囲はガヤガヤと喧騒に包まれているが自分が使っている場所が端っこという事もあってか他人の目を気にせず黙々と作業が出来る。



(うーむサイズの種類が欲しいな)


 今使っている彫刻刀は小・中・大の三種類、最初はこの三つだけでよかったのだがいざ本格的に練習するとなるともっと細かいサイズで欲しくなってきた。


「作るか」


 一般的な装備で使用する彫刻刀自身はオートでも簡単に作れる。とりあえず3段階のサイズの刃を持つ彫刻刀をとりあえず12種まで増やした。


(どうせこの際だから他のも作るか)


 一旦練習をやめて装備を整えようか、ピンセットだったりピックツールも欲しい、高解像度の拡大鏡なども欲しいがそれは流石に難しいか


 一度欲が出るとあれもこれも欲しくなる。気が付けば彫刻用の工具だけで50種類まで増えてしまった。





 幻想世界ではアイテム整理は手動で行わなければいけなかったがファンタジーワールドでは半自動で整理される。


 作った彫刻用工具も、鍛冶工具>彫刻用と分別されている。計53種類にもなった工具は視界の鍛冶ウィンドウ左端に次に使用されるであろうアイテムが予測されすぐに取り出せる状態になると言う至れり尽くせりの状態だ。


 言ってしまえば後ろに作業を見ている助手が居て手を出しただけで欲しいアイテムを渡して貰えるといった感じだ。その為作業に集中できるので作業の進み具合は予想以上に良い


 カスタム性の高い作業ウィンドウを自分は4枚に分けて展開している。作業をしている部分を中心に囲むように工具でも種類別に分け予測ショートカットでは対応できない急な変更にもすぐ取り出せる状態だ。



 ……ヒソヒソ


(やりずらいな……)


 ウィンドウを空間に5つも展開しているからか工房の端っこでも目立つようだ。ちらりと辺りを確認すればいつの間にか遠目からこちらを見ているようだ。そりゃ鉄板を固定式ルーペで覗きながら何やら作業をやっていれば気になるのは仕方のない事なのかもしれない


「クラン工房の方に戻るか」


 練習用の鉄板や工具も作り終わり、作業台さえあればいいので人目が気になり始めた大衆工房で態々やる必要はない、クラン工房では炉は二つしかないが作業台自体は炉とは別にあったのでそこを使わせてもらおう


(最初は何だかんだ強引だったけど入って良かったのかもしれない)


 ナミザさんに半ば強引に入らされたがこうやって作業をする際に人目を気にせず出来る場所が使えるという事ならば案外悪くない選択だったのかもしれない


 アイテムボックスに収納し、一通り片づけを済ませる。工房の店主に使用料と許可書を渡しその場を後にした。





「あ、お帰りなさい」


 クラン工房へ向かえばサラさんが出迎えてくれた。辺りを見渡してみれば猫さんは今商店街の方へ買い出しに行っているとの事


 サラさんはそのまま自分が来るまでやっていた作業に戻っていった。彼女は防具中心で制作しているようで裁縫をしている様子だった。


「やはりミシン無いと大変ですか?」


 服を作っているようだった。彼女の膝の上には魔法使いや盗賊職用の軽い服系の装備品、今まで鎧はイベント等で作ったことはあるがサラさんが作っているような洋服は制作した経験はない


 昨日、ちょっとした自己紹介でサラさんは裁縫が得意だと言っていた。現実でも服飾系の専門学校に通っているらしい


「いえ、現実世界なら一人で作るとなると何週間ってかかりますけどこの世界だとミシンが無くても早く縫えますから」


 サラさんは視線を縫っている服に集中しながらそう話す。実際彼女の手作業を見ていてもみるみる内に縫い目が出来ている。


「最近裁縫系の掲示板で染色した布を用いて装備を作ると色々性質が変わるんですよね」


 不思議ですよね~と言いながら作業をしているが内心自分は驚きを隠せなかった。


(染色は第一大陸ではまだ見つけられないはずなのに)


 幻想世界では染色によって素材の性質が変わるという事が判明したのは第3大陸から伝わる。


 一応第一大陸の素材を使っても染色によって性質変化を起こすことは出来る。しかしそこにヒントは無く自分自身も第3大陸で情報が解禁されるまで分からなかった。


「その掲示板って染色みたいに他の情報も交換してたりするんですか?」


 自分が質問するとサラさんは作業していた手を止めてこちらを見る。


「えぇ、流石に人は多くないですよ?やはりこういう情報は秘匿して価値がありますから」


 やはり情報の秘匿はファンタジーワールドの世界でも多くあるようだ。


「染色自体もそこまで性能が変わるわけじゃないんです。そもそも染色を使うような布地の防具は防御力の低いですから」


 しかし染色という方法はこの前イベントで制作した〈冷炎纏う息吹猪の革鎧〉の塗装と非常に近い技法だ。


(やはり似たような考えをする人はいるんだな)


 実際に世に出てないだけで〈冷炎纏う息吹猪の革鎧〉に似た装備を作っている人は実際に居るのかもしれない


「そうですか、自分も時間があれば掲示板を覗いてみようと思います」

「その方がいいですよ、他の人の意見を聞くのは刺激になりますから」


 塗装技術が話題になっていないとなればまだ発見されてないか秘匿されている可能性が高い


(塗装技術が出たら調合リストぐらいは出してもいいかな……)


 だったら技術を出すのは躊躇われる。正直秘匿されている技術のアドバンテージは捨てがたいものだ。幻想世界から引継ぎにより大きなアドバンテージを持っている自分だが昨日森の雫の拠点を見て思った。


(のんびりしていたらすぐにでも追いつかれそうだ)


 今は何年先の力も知識もある。しかし大人数のマンパワーというのは凄いもので、予想だが森の雫の資産は自分の何倍もあるだろう


 コロシアムでプラチナリーグへ昇格しているユナと言い染色技術と言いこのファンタジーワールドという世界は殆ど幻想世界と同じだがプレイヤーによる技術の進み具合は比にならない


 なれば追いつかれないよう自分も頑張らないといけない、ファンタジーワールドが更に人気になれば本職の鍛冶職人がこのゲームをやるかもしれない、そうすれば今は腕が良いと言われている鍛冶プレイヤーも淘汰される可能性もある。


「……うぃーっす」


 現実世界で21時を過ぎた。自分は工房の端でずっとルーン文字を彫る練習、サラさんは装備が完成したようで王都のオークション会場へ出品しに行っていた。


 メッセージでナミザさんは仕事が長引くそうでこれなさそうと連絡があった。クランのチャット欄で猫さんが『社畜乙』とチャットを打ってたのが記憶に残っていた。


 そんな中、クラン工房には自分一人だけになる。サラさんが出て行ってから大体一時間が経った頃だろう、物音が聞こえ入り口の方を見てみれば1人の男性プレイヤーが入ってきた。


「「あ」」


 自分と入ってきた男性はピッタリなタイミングでそう声を出した。


「……」


 昨日入ったばかり、ナミザさんは自分を含めて7人在籍しているとの事だ。そして今分かっているメンバーは自分、ナミザさん、猫さん、サラさん、正宗さんとなり5人だ。


「はじめまして、昨日このクランに入りましたペガサスって言います」


 入ってきた男性を見た瞬間少しの間をおいて自分は咄嗟に作業を中断してお辞儀をした。


 その様子を見たのかあー、と一瞬考えた様子で納得したようだ。


「君か……俺はレイネス、専門はーーーー魔道具製作だ」


 頭をぽりぽりかく様なしぐさをしながらレイネスさんはそう答えた。


 病人のように不健康そうな青白い白い肌、はっきりと見える目の隈と腰まで伸びるボサボサの髪の毛


「魔道具製作ですか」

「ただしくは研究者に近いけどな」


 魔道具、勿論幻想世界には存在する。しかし幻想世界ではアイテムとしてはあったものの製作できる類では無かった。


「前に魔剣騒動合ったろ、そこから魔法を封じ込めた道具が作れるんじゃねぇかって思ってな」


 一瞬ドキッとしたがレイネスさん曰くこのゲームでは説明されていない仕様がたくさんあるらしい、新種の武器を作った人も居ればスキルツリーには無い魔法を発見した人も居るらしい、だったら魔道具も作れるんじゃないかと


(魔法を作る?)


 そんな馬鹿な……と自分は内心思った。しかし実情としてスキルツリーには書かれていない魔法が何種類か見つかっているそうで、その中の一つをレイネスさんに聞いてみたが聞き覚えが無い物だった。


「だから吸血鬼にしてるんですか?」

「へぇ……」


 自分がそう聞くとレイネスさんは興味深そうに口角を上げる。そこから見える歯は吸血鬼らしく鋭く尖っていた。


「あぁそうだよ、まさか初見で見破られるとは思わなかった」


 吸血鬼は基礎ステータスは勿論、エルフと並ぶ程魔法適性も高い


 じゃあ吸血鬼が最強かと言われればそうならない


 吸血鬼はその高いステータスのデメリットとして水、光、聖属性の耐性が極端に低くそれらの弱点を突かれると非常に脆い


 しかも太陽が出ている時間帯だと全ステータスが半減する。流石に元のステータスが高いとはいえ半減もされたらたまったもんじゃない一応一部ダンジョンや建物内ならそれらの問題は解消されるのだが


「俺は研究が主だからな、元々夜型だしこの方が居心地がいいんだ」


 ファンタジーワールドの世界は6時間で昼夜逆転する。その為現実と連動している訳ではないのだがそれを抜きにしても暗い時に出掛けたほうが気分が良いと言われた。


(これまたピーキーな種族を……人の事は言えないけど)


 この世界で種族転生がどれほどの頻度で出来るか分からないが幻想世界では結構面倒な手続きが必要だった。しかしレイネスさんを見る限りファンタジーワールドでは気軽に種族を変更できるようだ。





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