閑話 とあるプロゲーマーのお話
『Akakiダウン!ポイント1-3!!』
前に構えれば身体がすっぽり隠れてしまう程の金属の大盾による突進で己の身体が吹き飛ばされる。
かすれる意識を戻せば顔が地面に伏していた。慌てて体制を取り戻そうにも目の前にいる敵は右手で棍棒を天高く振り上げており……
「Akaki様、今回の敗北によりシルバーAに降格になります」
意識が戻ればそこは見慣れた待機室、部屋の端に備え付けられているベッドの上で眠っていた。
看護師の服装をした天使族のNPCが無機質な声で今回の戦績を伝える。
「クソッ!」
NPCが部屋から退室した瞬間、座っているベッドを叩きつけるように殴る。せっかくゴールドCまで上がったのに今回の負けでシルバー帯に逆戻りだ。
ファンタジーワールドの一つの要素としてコロシアムというモードがある。
コロシアムは専用のマップが用意され例え始まりの街リーフでもキルザの街であっても同じ場所へ転送できる特別なマップだ。
MMORPGの流れを組むファンタジーワールドの中でこのコロシアムはVR格闘ゲームの要素が強い
本来であれば冒険し、強化した装備でコロシアムへ挑む、しかし俺は支援してくれるプレイヤー達のお陰でトッププレイヤー二も負けない装備を片手に日々コロシアムで試合を行っていた。
コロシアム専用に組まれた特殊なNPCは数多のVR格ゲーマーをも唸らせる性能を持ち、ブロンズ、シルバーと階級が上がるにつれ敵は強く賢くなっていく
俺は元々ファンタジーワールドを始めるまではとあるVRの格ゲーマーとしてプレイしていた。
現実世界でも格闘技を学んでいたし、プロを目指していた時期もあったが練習中のケガによって選手生命が絶たれた。
そんな失意の中で友人が俺に仮想世界でプロの格闘家になればいいと誘われVRゲームを始めたのがきっかけだ。
仮想世界では老いた元プロの選手や大怪我によって俺の様に道半ばで選手生命を絶たれた格闘家たちが仮想世界のプロ格闘家として名を馳せ活躍していた。
流石に現実世界のように経済的な規模は大きくないが、仮想空間というVR機があればどこからでもリングの戦いを観戦できるVR格闘技での観客動員数は現実世界の数倍は居り、友人と共に見た仮想世界の総合格闘ではただのプロシーズンの1試合でありながら、大晦日興業のような盛り上がりを見せている。
気が付けば俺は仮想世界で格闘家としてプロになっていた。
何十年も前から続く伝統ある格闘ゲームが遂にVRゲームとして進出し当時は賑わいを起こした。
そこには他の格ゲーでなお馳せた人物から全くの素人まで様々な人間が毎日のように戦っていた。
仮想世界の格闘技は辛い練習、減量などは一切ない
階級別に分けられたコストを使いステータスをカスタマイズしていく、スピードやパンチに多く振るのか、スタミナや気絶耐性やガード性能を上げて持久戦タイプでやっていくのか
大手の企業が大会を開き、何百万という賞金を懸けて戦ったこともある。挑戦する他の連中は皆強かったがそれらの大会に数度優勝したこともある。
そして実績を得た自分はとあるプロゲーミングチームに誘われた。給料自体は無いに等しいがそれでも流れてくる案件やプロシーンで参加する大会の賞金、またはストリーミング配信などで人並み以上には食べて行けた。
『DiSq』、Digital Squareと呼ばれるIT企業が設立したVRゲーム専門のプロゲーミングチームだ。格闘ゲームからスポーツ、タクティカルシューターと呼ばれる競技性の高い射撃ゲームなど幅は広い
そこには大手配信サイトでストリーミング配信をして絶大な人気を誇る人物も所属しておりチームの知名度は高い
その中でも自分は下の下だ。戦績自体は業界の中ではぼちぼちの実力だが元々人気ジャンルであったシューティング系やストリーマーたちに比べたら自分の名よりチームの名前の方が有名なぐらいだ。
それに対して歯がゆい気持ちはある。今やっている格闘ゲームも下火に近い、いつ公式リーグが終わっても可笑しくなかった。
そんな中で俺の人生を変えたゲームがファンタジーワールドだ。
最初は名前を売るために話題性に乗っかって始めた。
俺のような小物プロゲーマーは今人気のゲームをやったとしてもその手のプロか大手配信者には打ち勝てない
ならばまだ開拓の進んでいない新規ゲーム、その中で選んだのがファンタジーワールドだった。
最初は苦戦した。格闘技ぐらいしかまともにやってこなかった自分にはどれが良い装備でどれが悪いアイテムなのか分からない
レベルをただ上げるだけでは駄目でちゃんと目的を持ってスキルやステータスを振らないと同レベルでも途端に弱くなるのだ。
それらに悪戦苦闘しながら数少ない自分の配信を見に来てくれる視聴者と共に少しずつではあるものの人並みにはプレイできていたと思う
『Akaさん、格ゲープロならコロシアムやってみたら?』
「コロシアム?」
どうにか装備を整え、ファンタジーワールドをやっている視聴者と共に王都へ向かおうと思っていた矢先、配信を見ていた一視聴者からそんなことを言われた。
『確かに、Akaさんならコロシアムいけるかも』
『あそこだけ世界観違うからなぁ』
『DiSqのファンタジーワールド部門作ろうぜ』
続々と書き込まれるコメントを読みながら半信半疑でそのコロシアムとやらがあるエリアに転移した。
ファンタジーワールドのコロシアムではブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ダイヤ、マスター、チャンピオンの大まかなレベル帯がある。各階級ごとにC,B,Aと存在し、例えばブロンズAから一階級上がればシルバーCになるといった具合だ。
殆どはNPCが含まれるが、同じリーグには数名プレイヤーも混じっている。
俺がやっているのは1対1の対人戦、これがコロシアムの主流だ。装備もレベルも無制限、高レベル高性能の装備をしていればそれだけで脅威だし実際に強い
それでも覆せない程プレイヤーの技量に依存していた。
普段の冒険と違い、攻撃倍率やスキルのリチャージ速度がコロシアムだと大きく変わりゲーム性は一変する。
どちらかというとファンタジーワールドのコロシアムは従来やってきたVR格闘ゲームに近い、そのおかげか俺は一般プレイヤーを先んじてシルバー帯までかけあがった。
【DiSq所属Akaki、今を活躍するプロゲーマーに迫る!】
気が付けば俺は世間で一番注目されるゲームのプロゲーマーとして名を馳せていた。
俺は別ゲームのプロではあってファンタジーワールドのプロゲーマーになった覚えは無いのだが世間はそう呼び、いつしか所属するチームのホームページでもファンタジーワールド部門、Akakiとして掲載されていた。
ファンタジーワールドはすぐに売り切れになり大手と呼ばれる配信者は未だプレイできていない状態だ。他のゲームで活躍するプロゲーマーたちも腰は重い、ファンタジーワールドが流行るまで覇権を取っていたゲームをプレイして乗り遅れた。元々ファンタジーワールドを製作した会社が大手でもないと言うのもあって、俺のようなプロシーンでやっていたプレイヤーがファンタジーワールドをプレイしているのは非常に稀だったのだ。
勿論俺より上の階級に居るプレイヤーは居る。当然彼ら彼女らには何度か負けたこともあるし実力は悔しいが彼らの方が上というのも分かっていた。
それでも企業所属の配信者がコロシアムの第一線でゲーム配信をする。という条件に当てはまるのは俺しかいなかった。
話を聞けば近頃サーバーが解放され多くの配信者やプロゲーマーたちが参戦してくるであろうが今コロシアムに置いて言えば俺の独壇場と言ってもいい
(姫騎士、彼女のように今のうちに強くならねぇと)
他の配信者たちが参戦して来れば今の人気はすぐ無くなるだろう、その中には自分より実力のあるプレイヤーもいるだろうし淘汰されていくのは時間の問題だ。
だからこそ、姫騎士と呼ばれる唯一プラチナリーグで戦う彼女のように実績を残さねばならない、シルバー帯に落ちた自分でもプレイヤーの人口比率で言えば上位1%に入る。それでも姫騎士以外なら最高ランクゴールドBやCを行ったり来たりだ。
「俺もあの武器があれば……」
誰も聞いていない部屋の中でそう呟く、ゴールドCで一時期コロシアムを休止していた姫騎士が再び戻り大躍進となった理由の一つが彼女が扱う彼女の背丈に迫る巨大な大剣があった。
勿論彼女自身の戦闘スキルは高い、元々貧相な装備でゴールドCまで到達していた時点で俺より上手いのは間違いない
それでもあのような即魔法を使えるような武器があればと思わずにいは居られない
敵を一撃で瀕死まで追い込む破壊力、それでいて彼女のレベルは20台だ。ステータスはどのように振っているかは分からないが俺と変わらないレベル帯、いくらSTRにステータスを振っていてもあの巨大な大剣を軽々しく振るう事は不可能だ。となればあの大剣は見た目以上に軽いと思われる。
そして武器から発動される魔法だ。
それまで彼女は魔法を使ったことが無い、典型的な近接職で豊富な武技スキルを用いて華麗に戦うのが彼女の戦闘スタイル。
その中に魔法を入れるとは考えにくい……使用できるスロットは限りがあるし近接職の貧弱な魔法系ステータスでは碌な威力にならないからだ。
しかし彼女が使う魔法は近接職のステータスでは考えられない様な高い上昇倍率を持つバフ系魔法を使用する。
そして彼女がその魔法を使う際には必ず大剣が輝く、刀身に彫られた異言語の文字がより強く輝きを発し魔法を唱える。
あれがあれば……と誰もが思うだろう、しかし現時点であの大剣の性能は誰一人として分かっていない、姫騎士が無口ということもあり聞き出せない状態だ。
【彼女があの大剣を使い始めたのはイベント後だ。そこで彼女に武器を作ったプレイヤーが居ると思われる】
今プロチーム界隈を中心にめぐるその噂、彼女が持つ大剣を制作したプレイヤーが居るのでは?という話だ。
最初は発掘武器かと思われたが同じ性能は無いにしてもあれほどデカい大剣は確認されていない、店売りでも無ければ自ずと結論に至ったのはオーダーメイドで作られた大剣の枠を超える巨大な剣なのでは?となった。
優秀な生産プレイヤーともなれば装備者の好みに合わせた改変が行える。大体は軽量化だったり重心を変えたりといった物が大半だが、その中には全く新しい武器種を制作するプレイヤーも居るのだ。
もしかすれば姫騎士の武器を作ったプレイヤーがあのイベント時にいたのでは?そうなれば所属するチームは勿論、海外も含めた謎の鍛冶プレイヤーの大捜索が始まった。
(それでも、俺は一つでも先に上がらなければならない)
確かに優秀な装備は欲しい、姫騎士が持っているような魔法を使える武器があれば戦術の幅も広がるだろう。
チームの採用担当者は必ずその鍛冶プレイヤーを引き入れると息まいていたがこれまでの経験上、例えそのプレイヤーを獲得できたとしても、これからやってくるであろうチームの主力選手たちに作らせるはずだ。そしてそのチームでも下の方の自分へ装備を作ってくれる可能性は限りなく低いと思っていた。
「大丈夫、この武器でも勝てる」
先日新しくした装備、格闘技をやっていた自分を最大限に生かすために作ってもらった拳を覆うように装備するガントレット、淡く輝く銀色のガントレットを眺めながら俺は決意を新たにした。
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