第46話 鍛冶クラン『路地裏の工房』③
「第一に遅かれ早かれペガサス君が世に広まるのは時間の問題だわ」
話が進み、幾分落ち着きを取り戻した中ネネさんが紅茶を飲みつつそう繰り出した。
「なぜ?」
「まずペガサス君がシュタイナーの武器の制作者だったこと……多分だけど姫騎士の大剣もあなたが作ったのよね?」
ナミザさんが問いただし、それに返答をするネネさん最後に放った言葉は半ば確信しているような目で自分の方を見ていた。
「なぜ、そう思うんでしょうか?」
思わずドキッとしてしまい内心悟られないよう平静を装いつつ問いただす。
「イベントの時、彼女は一切発掘結晶を交換せずに素材を貯めてたわ」
しかしとネネさんは区切りをつけて事を説明していく
「なぜ交換しないのか聞いたのよ、そしたら彼女はお金が必要だからと言って断ったわ、そして私にイベントで集めた素材の買取りをお願いしたの」
ユナは発掘結晶を交換していなかったのか
リスクの高い発掘結晶よりもお金……やはりあの時の大剣の購入で無一文になったから結晶よりお金が必要になったのだろうかと内心考える。
「断言してもいいのだけど、冒険プレイヤーがあの発掘装備を求めないって余程の事が無いとありえないの」
シュタイナーがいい例でしょ?と言われればそう頷かざる得ない、横に座っているナミザさんも似たような人を見かけたのか頷いていた。
「彼女の今しってる?得体のしれない馬鹿でかい大剣を持ってコロシアムのリーグを駆けあがっているわ」
ネネさん曰くどこのクランにも所属しないユナに関しては勧誘しようと目を光らせていたようだ(その対象は自分も含まれるとも言われた)が、イベント終了後から彼女はコロシアムにずっと引きこもっているらしい
そしてその手には彼女の背丈ほどもあるあり得ないサイズの大剣、それも刀身には文字が描かれ躍動感ある戦闘をしているようだ。そして彼女の戦闘スタイルではありえないはずの強化魔法も使っている所を見て取れたらしい
「勿論森の雫を含め様々なクランが彼女を勧誘したわ、独り身が好きそうだからクランに入らずとも素材や武器を融通するスポンサーという形でもいいと言ったのだけど、奇麗に断られたわ」
その時を思い出したのか思わずネネさんは呆れた表情で語っていた。ふむ、自分が作った武器を愛用してくれている事に思わず自分は顔の表情が緩みそうになる。
「これらの話を纏めてみれば、彼女の使う大剣にたどり着くの……トップクランからの装備提供も無ければ発掘結晶で強力な装備を当てたわけでもない、となればイベント中にペガサス君が彼女に武器を作ってあげたのかなって」
合ってるでしょ?と確信したようにネネさんは自分に問ってくる。確かに言っていることは間違いない
「そうですね、私が作りました。でも詳しくは教えませんよ?」
ここまで言われてしまったら下手な誤魔化しは出来ない、正直に答えこの後予想されることについて釘をさしておく
「……理由を聞いても?」
「彼女の要請を聞いて武器を作ったのは事実です。しかし作った武器の情報を開示するという事は彼女の情報を教えてしまうのと同義だ。」
正直なところを言えばフェルライト特大剣の性能がバレたら騒ぎで済むレベルでは済まなくなると言うのも大きい。しかしそれは半分、そしてもう半分は今言ったように武器の性能を教えるという事は彼女の情報を渡すという事
それは敵に情報を与えるのと同義であり、戦闘に置いて敵の情報が大切だと言うのは誰でも知っていることだ。
「……それを言われちゃ聞けないわね」
自分が語り終わったところでネネさんは両手を上げて降参と言ったポーズを取った。ちらりと横を見れば心なしかナミザさんは満足そうな顔をしていた。
森の雫のクラン館を出る際に再度クランへ入らないかと誘われたが、無事ネネさん名義で剣をオークションに出品してもらう約束が出来た。
気が付けば現実世界では21時を回っている。ナミザさんは一旦ゲームからログアウトするようでクラン館を出た際に解散することになった。
クランの工房へと戻ってみれば正宗さんと猫さんがハンマーを揮っていた。聞けば先ほど作った自分の剣に鍛冶意欲が触発されたようで新たな装備製作に挑戦してみようとの事だった。
カーンと甲高い音が工房内に響く、正宗さんはライト鋼と呼ばれる現実で言えばアルミに近い軽い金属を使って剣を制作しているようだった。備え付けの水槽に熱された剣が入れられジュゥと激しく煙が出る。急速に冷やされたライト鋼の剣は鉄よりも白く輝いていた。
〈粗悪な軽鉄の剣〉 レア度F
制作評価 2
種類 片手剣
装備条件 片手剣レベル2以上
追加効果 物攻+7 破損確率・中
「駄目か……」
鍛冶の際に吹き出た汗をぬぐいながら出来たライト鋼の剣を確認する。
見た目からしても刀身に不純物が混ざっているのが見て取れた。刃の部分も歪みが酷い
「もう少し叩く工程を増やしてもよかったかもしれません」
一連の作業を見てふと思っていたことが言葉にして出てしまった。
「なるほど、軽鉄は融点が低いから余り熱しすぎない方かと思っていたが次は増やしてみるか」
「でも根拠は無いです……何となく見てて自分だったらこうするかなって」
鍛造の作業なんて現実世界ではやったことは無い、テレビで現代の刀匠を追うなんてドキュメンタリーなどで見るぐらいが精々だ。
その為セオリーという物が分からない、勿論ファンタジーワールドの鍛冶は現実と大きくかけ離れているので余り重要ではないだろうが自分も鍛冶を初めてまだ一か月たったぐらいの新米だ。
軽鉄、ライト鋼と呼ばれる鉱物は軽いと言うのが最大の特徴だ。その分熱に弱く柔らかい、ライト鋼で作られた武器は耐久値が低く物理攻撃力も低い傾向にあるが総じて重量が軽いのが最大の魅力と言えよう
幻想世界のライト鋼ではハンマーでよく叩くことでそれらの欠点が緩和され制作評価が高くなる傾向があった……そのことを思い出し思わず助言を出してしまった。
行き成り横から我が物顔でああすればよかった……なんて他人から言われたら不機嫌になっても可笑しくはない、一瞬やってしまったとも思ったが本人である政宗さんは特に気にした様子はなく、むしろ助言ありがとうと感謝を述べ新たにライト鋼を取り出して同じように武器を作り始めた。
「うーん、俺も駄目っすね~」
それから更に数十分、ぼーっと二人の作業を眺めながら次は猫さんも出来たようだ。猫さんの場合は制作評価0、つまりは失敗判定になり手に持つのは鉄くずになっていた。
「アクセサリーとなると彫刻師?になるのかな」
アクセサリー専門の鍛冶屋を目指す猫男爵さんは炉で原型を作った後、首にかけてあったゴーグルで鏨などの専用の工具を用いて細かい作業を行う、小さな部品をピンセットで装着したりと手先の器用さは勿論集中力などアクセサリーは武器とはまた違った難しさを誇っていると感じた。
「まぁこの作業が楽しいんですけどね」
長時間集中していた疲れからか若干気怠そうにそう言うが本人は楽しそうにしていた。
(これはアクセサリー制作も練習しないといけなさそうだ)
武器となればアクセサリー程では無いにしても装飾をする工程がある。
極めつけはルーン文字が該当し、まんまアクセサリーのように文字を彫り細かい作業スキルを要する。これに関してもフェルライト特大剣のような巨大な武器なら装飾難易度は低いが、細剣や短剣といった物になれば今のスキルでは到底ルーン文字を彫るのは不可能だ。
まさかの問題点が急に浮かび上がり、いても経っても居られず王都の大衆工房へ向かう
(どこも開いてないな)
そろそろ日付が変わる深夜になってくるが依然として王都の大衆工房は森の雫の人達で賑わっていた。大通りは相変わらずの大盛況ぶりでクラン工房の反対方面へ向かって歩いていけばだんだんと道幅は狭くなり入り乱れる。
そこまで歩けば若干迷子になりかけるが比較的空いている工房もあった。
(やはり序列があるのかな)
人気のない場所になれば森の雫の人でも比較的作りやすい簡単な装備を制作しているプレイヤーが多かった。
大通りでは一級品の素材をふんだんに使っている人が多かったのでもしかしたら鍛冶プレイヤーの中でも序列があるのかもしれない
(くそっ!文字が歪んだ)
思わず削る用のナイフを強く握りしめてしまう
今現在やっている作業は簡単に鉄の板を大量に制作し、そこに小さなルーン文字を彫るといった作業だ。
本来であれば鉄板一枚にルーン文字を複数彫ってしまうと消滅してしまう、しかし魔力を込めずに彫ったルーン文字を発動させなければアイテムは消滅はしない
大体大学ノートの1マスに一文字かけるように小さなルーン文字を書いていく、ルーン文字自体は全部覚えているので最初は単純な文字から順に掘っていった。
アームスタンド型のルーペで覗きながら作業をしていく、どことなく基盤のはんだ付けに近いこの作業は現実世界でも何度かやっていたこともあってか割かし得意だ。
力加減や彫刻刀に込める魔力によって歪んだり深く掘ってしまったりと前途多難だ。
上位ルーン文字となれば彫刻刀に込める魔力量は必然的に多くなるので更に扱いが難しい、少しでも込める力を間違えれば彫った痕は簡単にぐにゃりと歪む、くしゃみでもすれば漏れなく大惨事となるだろう。
ただこの作業は時間が経つのも早いもので気が付けば現実世界では太陽が昇り始める時間帯になっていた。
「安全装置があって助かった」
大学の夏休みは9月に入ってもまだまだ続くその為か最近はずっとゲームをやっていることが多く時間がおざなりになることがおおい、そんな中で突如ゲームを中断させられた。何事かと思えば装着しているVR機には尿意などの生理的信号を受信するとゲームを強制的に中断させる機能がある。
時間も忘れて作業に没頭していればそれらのアラームが来るのは当然で気が付けば強制的にログアウトさせられていたのだ。起きてみれば喉の渇きや空腹に襲われた。
(流石に没頭しすぎた。気を付けないとな)
渇いたのどを潤すように冷蔵庫に入っているお茶を飲みながら考える。未だ夏休みは続くが流石に今日のようなぶっ続けでやり続けるのはあまりよくないと反省しつつ製作途中だった機材を回収してログアウトした。
一息つけば睡魔に襲われ気が付いたら意識は暗転していた。
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