第45話 鍛冶クラン『路地裏の工房』②
ナミザさんの長い説教も終わり、気が付けば気絶していた猫男爵さんも復活していた、そして四人で再度テーブルを囲い直剣の取り扱いについて会議が始まる。
「勿論、この直剣はペガサス君の物だよただ……」
会話の中心であるナミザさんがこの作った直剣について話始める。その横でぼそりとサラさんが呟いた
「こんなのオークションで出回ったら騒ぎ処の話じゃないですよね……」
呟いたサラさんの一言に他二人もうんと同意の意を示す。それに関しては自分も思っていたことだ。
「そう、今じゃイベントも終わってこの直剣より優秀な装備はあるけど鉄の直剣で評価が8、しかも未知のスキルも付いていたら後は御察しだよね」
そうナミザさんは言うが別に市場に出さなければいいのでは?と思いナミザさんにそう伝える。しかしナミザさん以外にもサラさんや沈黙を貫いていた猫くんも机をバンっと叩いてこちらを見てくる
「「「とんでもない!、これほどの装備が世に出ないなんて!!!」」」
「では、どうしましょうか……おいそれと出したらまずいですし」
彼ら曰く、素晴らしい作品は正しい評価を得るべきだ。死蔵するなんて以ての外との事らしい
だがしかしナミザさんが運営するこの【路地裏の工房】というクランは自分を含めて計7人の零細クランだ。とてもじゃないが騒ぎになれば対処できないだろう
「そこでだ!君はネネとフレンドだったよね?彼女にこの直剣を売りつけよう」
ビシッと指を立てナミザさんが説明を始める。
元々自分が来た目的であるネネさんに連絡を付け彼女に今回作った直剣をオークションへ流してもらう、彼女が所属するクランであれば騒ぎになってもクラン拠点へ突撃してくる馬鹿は居ないので多少の手数料は渡す必要があるが売れるだろうとの事だ。
「えっ!ペガサスさんネネさんとフレンドなんですか!?」
そんな話をしていた横でサラさんが今日一番の驚きを見せる。猫男爵さんも同じようで驚いた眼でこちらを見ていた。
(ネネさんもシュタイナーに負けないぐらい大物だったのか……)
シュタイナー自身は日本のトップクランFlashの副リーダーという肩書もあって分かってはいたがネネさんに関しては姉御肌の女性プレイヤーだなーなんてぐらいしか感想が無かった。
あははと愛想笑いしつつ受け流し、ナミザさんの作戦の続きを促す。
「流石にペガサス君一人で森の雫のクラン館に居れたらそのまま戻ってこなさそうだから私も付いていくよ、私なら顔を知っている人も居るしね」
サラっと怖い事を言いつつ、直剣についてはネネさんからの返事待ちという形でお開きとなった。
そこから1時間程度、サラさんや猫くんと鍛冶について談笑しながらネネさんの返事を待った。
その間に筋骨隆々の黒肌の男性、正宗さんとも顔合わせをすまし直剣について話をした。
「うむ、武器はおろか装備品の制作評価は7が最高だと言われている。6から高品質と呼ばれ性能がぐんとあがり評価7も同様だ」
「掲示板でも評価7の装備品はいくつもみたけど、8となると途端に情報が無くなるんだ。噂では海外板では出てるみたいな話はあるけど確証はないけどね」
うんうんと頷くように確認を取る正宗さんとサラさんだがその横で
「でもここにあるんだよね~評価8の武器」
猫くんが置かれている直剣をチョンとつついてそう答えた。
「わしは銅の剣でやっと普通品の評価4へ来たのに」
ぐぬぬぬ……と拳を握りしめながら正宗さんが噛みしめる。
政宗さんは名前から分かる通り武器専門、将来的には刀専門で鍛冶をしようと目指すプレイヤーだ。
行き成り刀専門というのは難しいので現在は武器という括りで制作をしているようだ。
【ごめーん、今メール気が付いた~><】
><と姉御肌と呼べる女性が可愛らしいメールを送ってくるもんだと驚きつつもネネさんへ無事メールが届いていたようだ。
すいません、と談笑していた中ネネさんから電話が来たので外へ出る。小屋から少し離れた路地裏でネネさんからかかってきた電話を取る。
『ごめんね~今商談が終わって気が付いた~』
『いえいえ、こちらこそ急にすみません』
話を聞くにネネさんは別のサーバーへ出向いて森の雫で制作した装備を系列のクランに売りに商談しに行っていたようだ。
そのおかげか電話越しでも機嫌が良さそうな雰囲気を感じる。商談は無事纏まったそうでぼかしつつも巨大なお金が動いたようだ。
『それで発掘武器を売り払いたいんだよね?いいよ、ペガサス君の頼みだし高く買うよ』
『その件に加えてなんですが……』
自分が言い含めた言い方をするとん?といった感じの声が聞こえる。特に悪いことはしていないのは分かっているがゴクリと喉を鳴らし気を引き締めて言葉を続ける。
『それでとあるクランに入ることになりまして……そこで作った剣が少し扱いが難しいもので』
『……ふーん、その扱いが難しい理由って?』
まずい!先ほど機嫌の良さそうな声があからさまにトーンが低くなって如何にも不機嫌ですという感じが伝わる!
『それについては着いてから詳しく……』
電話越しでも伝わる威圧感に自分の足取りは重くなるのだった。
「……一週間ぶりだねペガサス君、まさかナミザの所に入ったとは思いもしなかったよ」
王都中心にひと際大きな建物、森の雫の拠点『世界樹』は4階建ての巨大な建物だ。
石の塀に囲われ、巨大な門前にはNPCではなくプレイヤーが警備にあたっている。敷地内を出歩くプレイヤーは皆緑色のイヤリングをしていた。
そんな中でクランのシンボルであるイヤリングをしていない自分とナミザさんは特異な目で見られて少し居心地が悪い。
「建物というか城だねこりゃ……」
目の前に聳え立つクラン館に呆れたような声でナミザさんはそういった。確かにと思わず自分も呟いてしまった。
世界樹と命名されただけであって、城のような外見に建物の中は
自然あふれる木造建築、植物や花などが飾られながら育てられており、何とも外見と内装に大きなギャップを生み出しているなんとも不思議な建物だ。
「まぁよくもこんな巨大な建物を作ったわね」
設計も建設も全部プレイヤーの手で作られているそうだ。王都の中心に近いと言う一等地もあるがこの建物を建てるだけでも相当なお金が動いているに違いない、下手をすれば自分の幻想世界から引き継いだお金を全部使っても払え無さそうだ。
「こちらにネネさんがお待ちです」
広い敷地内を話を通されていたクランの人に案内してもらいネネさんが居る部屋まで連れてきてもらった。
ガチャリと扉を開いた先は開放感のある広い空間に明るい色の材木で統一された調度品の数々、素人目線で言えばテレビで出てくる海外の高級ホテルの一室のような空間が広がっていた。
部屋の中心にはソファが置かれており自分から見て奥側のソファに部屋の主人足るネネさんが座って待っていた。
「ネネさんお久しぶり……で…す?」
ソファに座るネネさんを見つけ、挨拶をしようとした瞬間ニコニコと笑顔で待っていたネネさんから何とも言えないプレッシャーが放たれていた。
(別にネネさんは何か使っている訳じゃ無いのに)
視界に映るステータスには何の異常状態も発生していない、勿論目の前にいるネネさんが何かしらスキルを使用している後もないがただネネさんの身体から吹き出る威圧感のような突き刺すような……とりあえず言えることはネネさん恐ろしいという空気を辺りに発していた。
「やぁネネ、久しぶりだね……クラン解散したとき以来かな?」
そのプレッシャーは自分の横からも強烈に放たれていた。
(なんだろうこの二人……)
ネネさんとナミザさんが放つプレッシャーで彼女たちの間の空間がまるで歪んでいるような感覚を覚える。
ファンタジーワールドの細かな表現により、自分の額からは冷や汗が表現されている。まるで二人が重力魔法を使っているかと思う程自分の身体が重く感じた。
「そう、ペガサス君を……ね」
思わず胃が痛くなるような感覚を覚えお腹を摩ってしまう中、応接室に備え付けられているソファに座り話を始める。
最初は自分の口から王都へ来てこの応接室に来る間にあった事について説明した。イベント時では見られなかった張り詰めた笑みを浮かべながらネネさんは話を聞く
「と言う訳で私のクランにペガサス君は加入してね、そこで起きた問題についてあなたに話に来たの」
「あらそう、彼の話を聞くに中々強引な勧誘だったみたいじゃない、ペガサス君も困っているだろうし一旦白紙に戻してちゃんと話し合わなきゃじゃない?」
フフフとネネさんとナミザさんは一見楽しそうに会話をするが両方とも張り付けられた笑顔に映る目はうっすら瞳孔が開いていた。
これまでの人生でここまでのプレッシャーを放つ人同士が話す状況を見たことが無いので居たたまれない空気を感じる。
カタリとテーブルに置かれた洋風なコップを持ちファンタジーワールドで再現された紅茶を頂く
ゴクリ、と喉を通り紅茶の香りが鼻を通るように抜ける。この状況でなければほっと息をつけるぐらいの素晴らしい物なのだが生憎深く味わえる程余裕はなかった。
「なるほど、これはあなたのような小さなクランじゃ捌けない代物ね……」
最初はプレッシャーを放ちつつお互い様子を伺っていたが、半ば強引に今回の主題である今回制作した『輝く鉄の剣』をテーブルの上に置けば、不自然な笑みを張り付けていたネネさんが素の表情に戻り置かれたアイテムに興味が向いた。
触っても?と自分へ許可を得ると慣れた手つきで『輝く鉄の剣』の各種ステータスウィンドウを展開させ素早く確認していく
手を顎に当て深く考えるその様は如何にも品物を吟味する商人の姿と言えた。
ふぅと一通り見終わると今回訪れた件について納得がいったようで先ほどとは違った雰囲気を纏い話が復活した。
「シュタイナーの武器を作っていた時点で彼の実力は分かっていたけども、想像以上ね……今からでも遅くないから私のクランに入りなおさない?」
そうネネさんが言うと横に座っていたナミザさんが露骨にピキッとこめかみから血管が浮かび上がり怒った。
「ただえさえ優秀な人材が他に流れてますもんね、相当人材確保に切羽詰まっているのかしら?」
笑顔と怒りがまじった何とも言えない表情でも声は平静を保ったようにナミザさんは言う
「優秀な冒険者や生産者はクランの宝ですもの、常日頃人材確保には余念は無いわ」
聞けば森の雫などのトップを走るクランは壮烈な人材確保合戦が起きているようだった。
高性能な装備を作る鍛冶屋は勿論、その為に必要な素材を確保する冒険プレイヤーの他、巨大なクランを管理するプレイヤーはどれだけあっても足りない
引き抜きは当たり前、それもバルバト到達プレイヤーだったりコロシアム上位者、高性能な装備を作れるプレイヤー達は常にその対象となっておりファンタジーワールドを越えて現実世界でも引き抜き工作が行われているそうだ。
「大体あなた自身その対象でしょ?いい加減クランごと森の雫へ入ったら?歓迎するわよ」
「残念だけど、巨大クランには興味ないの……仮想世界でも態々会社勤めなんて嫌だわ」
バチバチ、まさにそう評するにふさわしい光景が今目の前に広がっている。自分はこれで何杯目になるか分からない紅茶を飲む、ティーカップをお皿の上に置いた瞬間、カチャカチャと音が鳴ったのは決して恐怖で手先が震えている訳じゃ無い……
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