第44話 鍛冶クラン『路地裏の工房』①
王都の鍛冶街の外れの先にナミザさんが運営するクランの建物があった。
(凄いな、王都で建物を構えようとしたら結構値段が張るはずだけど)
王都はアイテムの物価は安いが、その分土地が高い
借家だったとしても王都内部であればただの中堅クランが借りることは不可能だ。
森の雫の様な超巨大クランならまだしもナミザさんが運営するクランは総勢6人という小さなクランだという、全員が鍛冶プレイヤーでクラン長のナミザさんは商人も兼任しているそうだ。
建物に到着すればそこは石造りの小屋と言った形だ。
それでも王都で家を構えるのは巨額な資金が必要だし、街の外れであってもそれは変わらない
「帰ったよー」
ナミザさんが扉を開け、中にいるクランの人達に挨拶をする。
おかえりーと気安そうな声で返事をするところを見ると雰囲気の良いクランなのだろう
「あれ、一応工房はあるんですね」
外から鉄を叩く音が聞こえたのでもしやと思えば小屋の中には鍛冶をするための工房があった。
「そう、といっても今の規模だと二人までだけどね」
二つといっても設備はしっかりしているし、フレックスで使用した工房よりも随分と良い設備を使っているようたった。
「いえいえ、以前フレックスで工房を使わせてもらいましたがそこより全然いいですよ」
お世辞のつもりでは無く本音でそう褒めたのだがそれに関してはナミザさんも自信を持っているようでただの大衆工房には負けないよ!と意気込んでいた。
「へー、発掘装備を」
小屋を外れて備え付けられている建物に入る。こちらは先程の工房がある小屋と違い借家だそうだ。
その部屋の中で先ほどの話の続きを行う、借家といっても拘って並べられた家具をみつつ備え付けられた椅子に座れせてもらい、今回王都に来た理由を話した。
「その際にネネさんとフレンドになったと、いや何者よ?」
行き成り何者と言われれば一般プレイヤーだとしか言えないのだが、ネネさんを知るナミザさん曰く、彼女は一期一会の類であれば優しく話しやすい人物だが日常的に関係を持つ部下などには結構厳しい様だ。
厳しいと言っても怒るという類では無く求めるレベルが高いそうだ。だから彼女とフレンドになる人は有名ギルドの幹部やトップの冒険プレイヤーだったりすることが多いのだとか。
「一応イベントの際はチームの鍛冶をやってまして」
「へぇ……」
鍛冶をやっていたと答えると向かい側で話を聞いていたナミザさんの目が妖しく光る。足を組み替え何だか色っぽい感じを醸し出す彼女はなんだか肉食の獣の様な雰囲気を醸し出していた。
「よし、君ウチのクランに入れ」
十分程度、ナミザさんと話をしてお開きかなと思い椅子から立とうと思えば急に仲間になれと言われた。
「いやいや、話している際にそんな雰囲気ありました?」
「話を聞いている限り君の様な鍛冶プレイヤーを逃す訳ないでしょ」
ブンブンと手を横に振りなぜこんな事になったと思えば何言ってんだこいつみたいな目で見られた解せぬ。
まさかその後個室に彼女と二人で隔離され、熱れるな勧誘をされるとは思わなかった。
ナミザさん自身美女と言える程綺麗な方なので、これが美人局か……なんて意味が違うが何となくそう思ったが、結果として今回の勧誘を受けることにした。
ナミザさんに押し切られた形ではあるものの、そこまで不快な気持ちはしない、結局のところ、自分はゲームを介して人付き合いが少なかったのもあってこれまでの勧誘をなあなあに断ってはいたが、鍛冶自体は今後もやっていきたいし目的は一致している。
聞けば小規模なクランでありながら専用の工房も持っているそうだ。であれば人が多く探すのも面倒な大衆工房を態々使う必要は無くなるのであればメリットは大きそうだ。
熱烈な勧誘の割にメンバー間のプライベートはしっかりと……クランと言うよりは同好会に近い距離感だと言われれば、総勢3000人を超える巨大生産系クランの森の雫と言ったところに比べたら、ナミザさんが言ったような距離感の場所が自分に合っているのかもしれない
何かの縁だ。嫌なら抜けよう、そのぐらいの気持ちで渋々ではあるもののナミザさんのクラン『路地裏の工房』へ入ることにした。
「さぁさぁぜひ自慢のウチの工房を使ってみてくれ!」
先ほどの妖しげな瞳をしていたプレイヤーとは思えない程のキラキラした瞳を浮かべながら自慢の工房を見せてくれる。
(鍛冶プレイヤーじゃないんだけどなぁ)
イベントの際は成り行きで鍛冶を専任していたが元は冒険プレイヤーだ。一瞬鍛冶や生産プレイヤーになろうと思ったことはあったけども……
丁度二つある内の一つが空いたようだ。さぁさぁとナミザさんのに背中を押されて炉の前に立たされる
(わざと下手な物を作るのもなー)
短時間話しただけであっても彼女は今自分が下手な物を作っても怒りはしないだろう、多少失望はするだろうがクランを追い出すような事をする女性には見えない
だからと言ってワザと失望させることも無いだろう、腕試しもかねて今自分の鍛冶スキルを使って最高の鉄の剣を作ってみようか
「じゃあ直剣でも作りますか」
一番需要があり、鍛冶の基礎と言われる直剣を作ることにした。
炉の横にある作業台に持ち合わせの鉱石を並べ炉に入れていく
鍛冶専用のモードを展開し、目の前にある炉の温度や鉱石の状態を確認しつつイベントでも使っていた道具を取り出す。
「これはイベントで手に入れた道具か」
後ろでナミザさんや先ほど使っていた男性が自分が道具を出した瞬間おぉと言った感じで見てくる。正直見られながらやるのはやりづらい。
作業に問題はない、イベントでは一時期70人をも超えるプレイヤーの装備を制作していたのだ。大半はオートであっても鉄の直剣レベルであれば問題なく制作できる。
「すげぇ……」
横からも声が聞こえると思えば隣で同じく鍛冶作業をしていた人も作業を中断して自分の作業を見ていた。それでも今は大事な工程に入っているので確認は一瞬だ。
カーンと熱し白く高温に輝く鉄を叩く、ハンマーから伝わる衝撃を感じつつ焼ける様な熱気の中作業を続ける。
(自分の腕で最高の出来を)
鍛冶王のハンマーを使えば高品質になるのは間違いない、しかしそれでは腕は上がらないし何より面白くない
たかだか鉄の剣でも作る人の力量で天と地ほどの差がある。
流石に魔剣やフェルライト特大剣の様な一級品を凌駕することは不可能だが同じ鉄の剣であっても売り物にならないレベルからオークションで値の張るレベルにはなる。
なんの補助も無しにハンマーを用いて叩く、伸ばし冷まし熱する。このファンタジーワールドに来て一番やった作業は間違いなく鍛冶作業だろう、それも武器だ。
視界に表示される各種ステータスの情報も大事だがこれまでの経験上、肌に感じる温度や叩くときに伝わる衝撃の強さもこれまでの鍛冶作業で重要な情報の一つだと感じていた。
(多分鍛冶には隠し要素がある)
鍛冶専用のモードに表示される情報だけで完璧に仕上げても評価8などにはならない……と思う、最高品質を目指すならまさに肌に感じる情報や使う素材の特性を深く知る必要があるとこの前のイベントで少しわかった気がする。
「出来た」
〈輝く鉄の剣〉 レア度E++
制作評価 8
種類 片手剣
装備条件 片手剣レベル4以上
追加効果 物攻+50 物防+8 魔防+2 【輝きⅡ】
スキル【輝き】
このスキルを持った武器で敵キャラクターに攻撃を当てた場合3.2%の確率でステータス【祝福Ⅰ】を得る。
「なんだこの物攻の値は!」
「いや、それ以上に装備で評価8は初めて見た。しかも未知のスキルが付いている」
後ろでがやがやと騒がしいが今の心境は持てる力を出し切った剣が出来上がった達成感で一杯だった。
熱気に当てられ溢れ出る汗に若干の心地悪さを感じつつもドクンと激しく鼓動する心臓の音まで表現するこのファンタジーワールドの凄さにもちょっと驚きを感じていた。
作った剣は後ろで取り合いになってる。全員が鍛冶をするプレイヤーというのもあって建設的な話し合いをしているようだがその端端には「分解してみよう」なんて不穏な声も聞こえる。
「幸いにもクラン工房内だから話が漏れる心配はないけど、他言無用よ」
喧騒を止めたのはクラン長であるナミザさんの鶴の一声で終息した
制作した直剣は工房横の机の上に置かれナミザさんや自分を含めた4人でこの剣の処遇について話し合いが始まった。
「サラちゃんも猫くんも口は堅いからいいけど人が作ったものを勝手に分解しようとしない!」
ビシッ!と人差し指を突き付けるように直剣を取り合ってた二人に注意をする。サラちゃんと呼ばれた人は背の小さな可愛らしい女の子、肩までかかる茶髪に前髪をヘアピンでとめている。いかにも鍛冶屋らしい厚手のグローブに作業服が似合う
一方猫くんと呼ばれた人は猫人族の男性だった。ファンタジーワールドでは珍しい猫耳やひげだけで殆ど人間に近い亜人タイプではなく全身にトラ模様の猫の毛が生えている獣人タイプだ。彼も作業服やゴーグルを装備しているが火を使って基本的に高い室温の工房だと全身ダウンジャケットを羽織っているみたいな状態で暑くないのだろうかと一瞬余計なことを思ったりもした。
「いやー評価8なんて掲示板で探してもいないですよ、トップギルドの鍛冶屋が隠しているならまだしも世には出回ってないレベルですし」
「そうそう、消費アイテムならまだしも装備品で評価8はやばいって!」
猫さん?が分解しようとした件の釈明に続くようにサラさんも援護する。しかしナミザさんは二人の言い訳をぴしゃりと切った。
「だまらっしゃい!作った人の許可なく武器を取った挙句に分解しようとして!」
ジロリと睨むように彼ら彼女らに威圧をかける。怒られてるわけではない自分ですら少しうっと来るほどの圧力だ。それも顔の整っている人ならなおさら
「ほ、本当にごめんなさい!」
「私も、ついテンションが上がっちゃってすいません!」
ナミザさんから無言の圧を受けてハッとしたのか猫くんとサラさんが自分の方へと体を向けてパチンと両手を合わせて謝罪をしてくる。
「いえ、悪気はないのは分かっていましたし大丈夫ですよ」
実際に彼らが盗んだりするとは微塵も思っていない、やはり生産プレイヤーというだけあって鍛冶に対する情熱は人一倍凄い様だ。
「それでそれで、どうやって作ったんですか!?秘伝技?希少素材?」
謝罪を受け入れた次の瞬間、自分の目の前には視界一杯に映るキラキラとした瞳をした猫の顔が。
「あだっ!?」
段々と顔が近づいてきていよいよキスしちゃうんじゃないかっていう所まで近づいた瞬間、視界に映る猫の顔が一瞬ブレた。
視界から猫さんの顔が消えた先には後ろから拳を振り下ろした後のナミザさんが立っていた。
「それでこっちはクランメンバーのサラちゃん、そして今気絶しているのが猫男爵くん、みんなは猫くんって呼んでるよ」
ナミザさんが横で少し表情の青いサラさんと地面でぴくぴくして倒れている猫男爵さんを紹介する。
「サラちゃんも猫くんも鍛冶専門プレイヤー、サラちゃんは防具、猫くんはアクセサリー中心だね」
へー、と自分は内心驚いた。鍛冶プレイヤーはフレックスの街でも何人も見たがここでは各種装備品を専門としてやっているらしい
「といってもまだまだ売り物になるレベルじゃないけどね、二人とも」
なんだか意味深な発言にびくりと肩を揺らすサラさん、商人の顔を持つ森の雫とは違い、完全に鍛冶屋として生計を立てている状況で彼ら二人は見習いだと言う
「ウチらのクランは基本ノルマとかは無いけど、やっぱり王都に工房構えているからね家賃はかかるわけだよ、つまりは……」
最初はメンバーの自己紹介かと思えばだんだんと説教が多くなり次第にはクランのお金周りに付いて話し出した。
そんな話をしている横目で見れば死んだような顔をしたサラさんが、彼女の顔を見た瞬間自分はふとこの説教は長くなるんだなと直感した。
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