第36話 イベント折り返し 《黒龍伝説》⑨
今日で黒龍伝説のイベントが折り返しを迎えた。先週まで下位グループに居たチームは装備を更新したことにより、破竹の勢いで順位を上げ、今では上位グループに差し掛かるところまで来た。
現在トップのチームは6つのエリアを踏破しているようで、今イベントにおける最終ボスである【グリーンドラゴン】討伐に向け拠点を強化中との事だ。
その中にはシュタイナーが所属するクランのクラン長もいるようで、逐一シュタイナーにもイベントランキングトップ層の情報が入る用だ。しかし彼は焦ってはいないようで一つ一つエリアを踏破していった。
「確かに後れを取ったが、ペガサスが作る装備のお陰で戦闘面では数段上の有利を得ているからな、装備が良いと効率も上がる。ボスはイベント終了1週間前じゃないと挑めない、それまでに間に合えばいい」
いつも陽気な雰囲気を醸し出すシュタイナーからは想像できない真剣な眼差しで答えてくれた。
そして今回のイベントで生産系の技術はこれまでにない程加速した。以前作った魔剣とまではいかなくともイベントアイテムを使えばそれに匹敵するレベルの装備が作れるようで、その中でもひと際目立つのがシュタイナーが持つ〈バンディーチョッパー 〉、他にもユナにもオーダーメイドの武器を制作しているが、ユナは公表していないようで話題にはなっていない、彼女自身猛烈な勢いで個人スコアを上げているが元々実力のあるプレイヤーだったのでさほど驚かれていないようだ。
チームの施設はリーダーであるシュタイナーの指示のもと、工房関係の施設が真っ先にレベルがカンストした。鉱石を中心とした膨大な量が必要だったがほとんどのリソースをつぎ込んだらしく工房関係の施設レベルは現在のランキングには不相応なぐらい立派な物となっていた。
その分街の防衛施設やボス討伐に必要な兵器関連が最低レベルにはなっているが、代わりに装備類が充実しているのでこれらの施設も順次上げていくようだ。
装備関係の制作を一気に引き受けている俺は遠征班にはマニュアルでなるべく性能の良い装備を、準遠征班や街の防衛、資材集めの班にはオートで多少性能は下がる物のトップチームの主力クラスの性能を持った装備を制作しているので装備格差による問題にはならなかった。
無論問題にならないというのは流石に装備の性能が良すぎたようでイベント後に適正価格で買い取りという取り決めになったためだ。個人的にはこのままプレゼントしても構わないのだがそれだとオーダーメイド品を支給されない中堅層からの反発もあるからやめておけというシュタイナーの言の元そう決まった。
既にシュタイナーは購入を決めているようで、これから制作される装備も言い値で買うという漢気を見せた。ちなみに〈バンディーチョッパー 〉 は2000万程で買う予定らしい、今回の技術革新で多少値が落ち着いたとはいえ一般プレイヤーでは到底買えないレベルだ。
オートで作った品はシュタイナーが買う予定の〈バンディーチョッパー 〉 のような法外な値段にはしないつもりだ。無論そこら辺の装備よりは良い値段ではあるものの充分手が届く範囲、十分高いが他で手に入れようとすれば倍じゃすまないようなレベルなので反論は無かった。
嬉しい事があるとすれば鍛冶プレイヤーが増えた事だろうか
流石に自分一人ではチーム全体の武器防具を賄いきれないので3人ほど制作チームに加入した。シュタイナーの言により俺がリーダーと言う形で一からではある物の教えながら作業をしている。
アイテム制作の大半はレベルではなく素材と本人の手先の器用さが物を言うので一週間もすれば装備の一部を任せることが出来た。
3人とも俺の事を親方と呼んでくる。現実ではただの大学生なので何度か訂正しようと止めたのだがこういうのは雰囲気が大事とネネさんらに諭され今では放置している。
最初は小さな作業台と石窯だけの場所だったが今では2つの高炉に多機能を備えた作業台、屋外作業ではなく施設の中でもひと際立派な大きな建物が建てられている。
資材も困らず。遠征班が回収したレアな素材も優先的に運ばれてくる。
生産プレイヤーにとって理想的な環境が揃っていた。
(生産プレイヤーとしてやっていくのもありだなー)
生産プレイ自体は幻想世界でプレイしていた頃もそれなりにはやっている。しかし冒険が主でその冒険をするために自ら装備の制作をしていたのだ。
幻想世界が元になっているであろうFWの世界は元になっているだけあって様々な要素が被っている。
レベルは今更上げる必要もなければアイテムも今のFWで入手できるアイテムの数段上のアイテムも大量に持っている。
まぁ倉庫にそれらのアイテムデータが残っているだけで一部の素材系アイテムは取り出す事は出来ないのだけれど。(多分データとしては残っているが3Dモデルが出来ていない為だと思われる)
ストーリーやイベント自体は所々違いはあれど大筋は変わらなそうだ。
だったら二度手間と言える冒険をするよりはFWから豊富に追加されたアイテムを使って鍛冶プレイヤーになるのもいいのではなんて思っていたりもする。
FWでは幻想世界と違い、冒険では無く只管高性能な道具を制作、研究するプレイヤーは多い、現実世界ではありえない様な独創的な物から只管性能だけを追求した物まで様々だ。
大半はVRをフルに使ったファンタジー世界で冒険したり、プレイヤーと戦ったりといった目的のプレイヤーが多いけど今言ったような生産オンリーのプレイヤーはFWの世界において無視できない規模だ。
それは今いるチームの力関係にも如実に表れている。
チームのリーダーは勿論、トップギルド『Flash』で副ギルドマスターをしているシュタイナーだ。彼がこのチームの方針を決めるプレイヤーだ。彼自身1プレイヤーとして優秀なだけでなく人々を率いるという点でもリーダーに相応しい人物だ。
そしてそのシュタイナーと双璧を成すプレイヤーがネネさんだ。彼女は現実では主婦をしていると公言しており、比較的若い年齢のプレイヤーが多い中、様々な場面で相談を受けるこのチームの生産周りを指揮する副リーダーと言える。
彼女もシュタイナー同様有名プレイヤーのようで、日本で大手の生産ギルド『森の雫』の幹部プレイヤーだ。個人でもFWのブログ記事を書いているようで人気の度合いで言えばシュタイナーとも肩を並べる人物だ。
他にも完璧なマニュアル操作で高い戦闘能力を持つユナなどもいるが、彼女は有名であるもののMMOとは思えない程他プレイヤーとの付き合いが無いのでチームの方針を決める様な影響力は無い。
このチームでは基本的にシュタイナーが方針を決めるが、生産部のリーダーであるネネさんを無視できないといった感じだ。
「ネネさんの言う事もわかるが毒竜の沼地はなぁ」
拠点の会議室で、リーダーであるシュタイナーと生産部のリーダーであるネネさんがお互い譲れないと話を交わしていた。
雰囲気を重視したのか会議室は円卓と言える広い会議室の中心に一つの大きな丸いテーブルが置かれている。それを囲うように椅子が置かれそれらにチームの上位陣が座っていた。
自分をみて左側にシュタイナーを中心とする遠征班のメンバー、反対の右側にはネネさんを中心とする各生産部門のリーダーたちが座っていた。
議題の内容は次、攻略するエリアについてだ。
6つあるイベントエリアの内、現在このチームでは4つ踏破した。これらに明確な順番は無く全て踏破すれば一週間後の今回のイベントのボスであるグリーンドラゴンに挑めるようになるのだが
残りの二つのエリア、『岩相の僻地』と『毒竜の沼地』どちらを先に攻略するかについて遠征班と生産部で意見が分かれたのだ。
シュタイナー率いる遠征班は数は少ないが高耐久かつ巨大な身体のモンスターが蔓延る岩相の僻地を、ネネさん率いる生産部はエリア全体が毒にまみれている毒竜の沼地を先にと両者一歩も譲らないまま議論が進んでいた。
シュタイナーさんの言葉としては岩相の僻地エリアの一部に遺跡が存在するのだが、そこではランダムな性能をした採掘武器という物がある。その採掘武器を集め厳選してボス戦に挑みたい、常に毒に気を遣わねばならない毒竜の沼地は最低限の攻略に留め放置しておきたい
ネネさんとしてはランダム要素が大きい採掘武器を残り一週間で厳選するより、他施設の性能を上げるために必要な素材が毒竜の沼地にあり、それを入手して拠点のレベルを上げたいとの事。
岩相の僻地エリアで取れる採掘武器は幾つかの性能がSNSに上がっている。下は店売りと変わらないレベルだが上ともなればシュタイナーが持つバンディーチョッパーに匹敵するレベルの武器も発掘されているようだ。
優れた装備を持つ遠征班だがそれでもバンディーチョッパーに準ずる装備となれば非公開のユナのフェルライト特大剣ぐらいになる。他の遠征班に渡している武器も悪くは無いがそれらの二つの武器に比べて明確な差があるのは間違いなかった。
他にも防具類も発掘されている。ある意味発掘武器やそれらの発掘要素が今回イベントの目玉だというぐらいだ。SNSでも殆どの話題がこの発掘関係でシュタイナーはそれを進めたいと。
だからと言って生産部のネネさんを無視することは出来ない、このチームの生産部はもうネネさんの部下と言っても間違いなく一応自分もネネさんの陣営と見られている節がある。
生産部の支援が無ければ装備の修理は勿論消費アイテムだって融通されないだろうし、遠征班が取ってくる素材が無ければ生産部も動けないこの拮抗した力関係が今の張り詰めた空気を作り出していた。
それまで問題が起きなかったのはまずイベントに関する情報が無かったこと、他にもそれ以外やる事が多かったこと、そして自分が作った装備を見て工房系施設のレベル上げにどちらも不満が無かったこと
それらが解決され、残り一週間と言った微妙な時期に二つに分かれた勢力の意見が真っ二つに分かれたのだ。
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