第33話 鍛冶プレイヤーペガサス 《黒龍伝説》⑥

「「なにぃーーーーーー!」」


 昼過ぎのチーム拠点で複数の驚きの声が拠点内に響いた。


 何事か、と拠点の広場を行き来していたプレイヤーが一気にその中心である工房へ視線を向ける。


「な、何とか皆様のご協力のおかげで完成しました」


 内心やっちまったと冷や汗をかく、冷炎纏う息吹猪の革鎧という特殊なブレストボアのレザーアーマーを作ったせいか自分の騒ぎにならないボーダーが下がったのかやらかしてしまったようだ。


〈ブレストボアの革鎧〉    レア度D

 制作評価  6

 種類    革鎧

 装備条件  無し


 追加効果  物防+28 魔防+13 〈打撃耐性・中〉


 ユナに渡した物に比べればワンランク下がる。それでも制作難易度は塗装という工程を踏まない分難易度も下がった。その為通常のブレストボアのレザーアーマーは高品質に入りそうな普通品の評価6、一番高い評価がこれで他は評価が4が二つと5が一つといった感じだ。


「まさかこれほどとは……革鎧で物防+28だと・・・・」


 わなわなと震えるのは当の革鎧を持つシュタイナー、信じられないといった面持ちで革鎧と自分を交互に見る。


(やっちまったーーーーー)


 完全にやらかした。冷炎纏う息吹猪の革鎧を見せたらどんな反応をするのか想像もできない、結果としてユナに贈ったのは正解だったのかもしれない


「革鎧だぞこれ、性能は黒鉄装備程ではないが、重量が全然違う……何より魔法や遠距離職が着れるのがでかい」


 もう一人の遠征班の男性プレイヤーがそう語る。黒鉄装備とはこの前堀先輩と一緒に来てくれたニアさんが装備していたものだ。


 黒鉄装備はその名の通り漆黒の金属、黒鉄鋼を用いた金属鎧、第一大陸では随一の性能を誇る装備だ。


 しかし、重量もそれ相応に重く魔法職や遠距離職はおろか近接職のプレイヤーであっても装備重量の上限を上げる〈剛力〉系のスキルを獲得していないと碌に装備できない程重たい


 それに比べて今回のブレストボアのレザーアーマーは革鎧、性能も黒鉄鎧に比べたら下がるが誰でも装備できる汎用性がある。しかも対大型モンスターに有効な〈打撃耐性・中〉もおまけについてきて更に性能が向上した。


「ペガサス君!」


 ガシィ!っと効果音がありそうなほど力強く手を掴まれる。先ほど震えて複雑な感情をしていたシュタイナーがその渋い顔を紅潮させ


「是非、我がクランflashに入ってくれ!ライネには俺から言っておこう……というか誘わないと怒られる!」


 シュタイナーの熱烈な歓迎を聞いてかおい抜け駆けすんな、と俺も俺もと遠征班のプレイヤーからの熱い勧誘が小一時間続くのであった。





「ふぅ……」


 疲れたーと拠点の外れにある日陰で腰を下ろす。小一時間続いた勧誘合戦はその熱を広げて俺のクランに相応しい、いや俺だとやいのやいのと自分をそっちのけで舌戦を始めていた。


 その気に乗じて人垣から抜け出し一息つくことが出来た。


「大丈夫?」


 あぁ、と返事をしようとん?聞いたことある声と思って見てみれば横で壁にもたれかかるようにこちらを見ていたのはユナだった。


「その様子じゃ……大丈夫じゃなさそうだね」


 思考停止してあほ面かましている自分を見て彼女は苦笑の笑みを浮かべていた。丁度彼女も素材の納入をしたタイミングと丁度かち合ったようで何やら項垂れている自分を心配してくれたらしい


 じゃ、と彼女は颯爽と拠点の外へと向かっていった。その間自分は一言も喋らず思考停止し続けているのであった。





 ブレストボアのレザーアーマーが出来たことによって自分の評価が格段に上がった。


 自分以外で鍛冶をやるはずだった他プレイヤーが一向に現れず。ドロップ品もある事から優先度の低かった工房のランク上げが今回の件により拠点拡張の最優先事項の一つとなったので、他の施設ランク上げに使う予定だった資材が全部工房へと流れてきた。


 カンカンと金属の叩く音が聴こえる。これは鍛冶以外の役割を持つ生産プレイヤー達が奏でるハンマーを叩く音、小さなピザ窯のような石の炉は何個かランクを飛ばしフレックスで使われるような上質な高炉へと改造中であった。


 それ相応に資材も大量に使うようで運ばれる資材は拠点の一部分を資材置き場として占拠していた。


 吹き出しのテントであった工房は煙突のついた立派な石造りの建物へと変貌し、中を覗いてみればあった三つの作業台は一つの大きな作業台へと変貌していた何やら調整しているようで便利な機能も追加されているようだ。他にも鍛冶に必要な器具もグレードが上がっており、もしかしたらブレストボアの装備も今作れば高品質の物が出来るかもしれない


「いやぁ、あんた盛大にやらかしたね」


 自分の後ろから声をかけるのは責任者のネネさん、彼女は面白そうににやにやした表情でこちらを見る。


「冗談じゃないですよ」

「冗談で言ってないよ、君がしでかしたことは相当なことだよ?今日の夜にはゲーム記事の一面に載るのは間違いないね!」


 ハハハとネネさんは笑う、他人事だと思って……と自分は思わず不貞腐れた表情を浮かべるが


「まぁ、有名になるのは悪い事じゃないよ、勿論面倒事も多くなるだろうけどそれ以上に出来ることが増えるんだからさ」


 まぁ確かにとは思う、有名になり人間関係が広がり鍛冶プレイヤーとして長広まれば様々な人から依頼を受けるだろう、その中には自分の知らない新アイテムだったり希少な素材もあるかもしれない


「それに、もう君の功績は耳の良いプレイヤーに渡っているらしいよ?」


 ネネさんは何やら含みを持たせた言い方で話しかけてくる。先ほどと違い笑った顔をしているが何か首元がヒリつくような鋭さを感じる。


「まぁ、嫌になったら私のクランにおいでよ、嫌なやつが居たら守ってやるからさ!」


 そう言って自分の背中をバンバン叩く、その力は結構強くダメージは無い物の衝撃で前によろけそうになるほどだ。


「『森の雫』もし気になったら知らべてみな、どこの街にも右耳に雫のような緑色のイヤリングをしたプレイヤーが居るからさ、私の名前を出すと言い」


 あんたなら私の紹介が無くてもわかりそうだけどね~とネネさんはそう言い残しつつ離れていった。







 次の日、ネネさんが言ったことは的中しており久しぶりにリリル村へ帰ってみれば恐ろしいほどの数のメッセージが送られてきていた。余りの多さにメッセージの通知音は何十にも重なりアイコンは99+と表示上限を超えていた。


 メッセージタブを開いてみれば視界一杯にメッセージのタブが並び軽くスクロールして飛ばしてみても端に表示されるスクロールバーはピクリとも動かない


 イベントエリアは特殊な場所という形で外界とは情報が遮断されているようだった。それでもVRの機能として搭載されているブラウジング機能だったりを使えば情報のやり取りもできるだろうが、フレンド申請及びメッセージの送信はイベントエリアと通常エリアで行き来することは無いようでエリア移動した際にまとめて送られるようだった。


 それでもユナのようにイベントエリアでフレンドになったプレイヤーやメッセージは残されるようで単に通知が来ないだけというようだ。


(なんか危ないサイトに登録したらこんな感じなのかなー)


 通知は鳴りやまず。今現在でも数秒単位でピロンと音が鳴りタブが更新される。どれもが個人メッセージで大半が日本語、中には中国語や韓国語、英語と言った物まである。


(流石に返信は無理だな)


 多少なりともメッセージは来るだろうと思っていたがここまで来るとなると一人ひとりに対して返信は到底出来ないだろう、返信だけで一日を終えるのも馬鹿らしいし、肝心の返信も面倒事に巻き込まれない可能性も否定できない


「……戻ろう」


 何気なしに村へ戻ってきたがメッセージを見て帰りたくなった。一か月ではあるもののこの大量のメッセージは飛んでこないしイベントも終われば別の話題に移り変わるだろう、そんな希望的観測を抱き鐘を鳴らす。


 滞在時間はおよそ10分、戻ってきてみればそこはチーム拠点にある大型の宿屋の個室


 ビジネスホテルのようにワンルームでシングルベッドに木の机、プレイヤー個々にアイテムボックスがあるため収納スペース等は無く一時的に休憩できる場所、ログアウトできる場所として機能していた。イベントの最初期のようなテントはとっくに撤去されておりログインしているプレイヤー全員がこの宿屋にそれぞれの個室が提供されている。


 個室も各々集めた資材でグレードアップできゲーム特有の外観と内装の広さが全く違うので、凝っているプレイヤーは高級ホテルのスイートルームのような内装にしているプレイヤーも居るようだった。


 通常時では基本編集不可の宿屋に泊まることが多い、冒険者という設定上一つの街に留まることは無いので拠点を築きにくいというのもあるらしい、また拠点を一から建てるにしても恐ろしいほどの値段がかかりコスパは悪くほとんどが賃貸用の建物の為、内装は多くいじれないのだとか


 その為、チーム拠点の宿屋の内装はこれまで様々な問題で出来なかったその手のプレイヤーを大喜びさせある意味こっちが本命と言うプレイヤーも居るぐらいだ。一か月後には消滅するものの寝る間を惜しんで改造に勤しむプレイヤーも多いらしい


 そんな中で自分は最低ランクの部屋、何一つ改造をしていない、シュタイナーなども流石に最低ランクでは無い物のあまり豪華すぎても落ち着かないという事で和室に変更し、多少部屋を広げたぐらいで落ち着いているようだ。


 正直言えば毒竜の沼地エリアの方に別拠点もあるし余計な素材を使えないというのもある。豪華さを求めるならひと手間かかるが、イベントエリアを抜けてコロシアム特典で貰った個人空間で寝泊まりすればいい話なのだ。


 宿屋を出て拠点の広場に出る。そろそろイベントも半分消化するぐらいだがチームのアクティブ数は開始数日から変化せず80人前後が今もイベントを楽しんでいる。


 そんな中でも建設中の工房は20人近くが集まり一番活気に溢れている。自分が使う場所なので見学したい気持ちもあるが作業の邪魔になるし、またシュタイナー達に絡まれても面倒だ。悪い人では無いんだが目がぎらぎらしすぎて怖さを帯びているので今では少し苦手な人物という位置づけになっていた。


 工房の完成は二日はかかるという事なのでそれまで自分は暇だ。勿論仮の工房も設置はされているが、今作っても二日後にはもっと性能が良い物が作れる可能性があるという事もあって依頼自体来ないのもある。


 遠征班は防具の追加もあり怒涛のペースで攻略を進めているようだ。シュタイナーを筆頭にブレストボアのレザーアーマーを着たプレイヤーが先頭に立ちそれまで滞っていたボス戦が立った一日で2体討伐するというとんでもないペースだ。


 彼曰く既に3か所はエリアの探索は終わり今回討伐した2体に関しては装備が揃い次第すぐにでも戦える状況だったようだ。討伐した蜘蛛のようなモンスターとミミズのようなモンスターどれも二階建ての建物クラスに大きかったらしくその姿もあり遠征班の女性プレイヤーは悲鳴を上げていたようだ。


 あれはやばかったとシュタイナーはしみじみと語っていたが生憎本人はボスドロップで良い物は出なかったようで多少のモンスター素材と平凡な装備品だけだったらしい


 遠征班の一人がボスの武器ドロップをしたようで〈ネルコンドの鞭〉、討伐したモンスターの一体、超巨大ミミズ〈ネルコンド〉を模した鞭のようだ。見てはいないが鞭の部分がネズミのようにピンク色でなんか生々しいとの事、生理的嫌悪を覚えるようで本人は喜んでいたが周りは微妙な顔をしていたようだ。


 性能はピカ一のようで、広場で一人上機嫌なプレイヤーが居たのが〈ネルコンドの鞭〉を入手した彼なのだろう




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