第31話 新素材   《黒龍伝説》④

 イベントマップの南、《毒竜の沼地》は沼地というだけあって土に水分が多く含まれており、一歩踏み出せば足元が埋まるぐらいには歩きにくく、その水分にも毒が含まれている為、対策を取らなければまともにこのエリアを探索することが出来ない


 シュタイナー達は初日の内に各エリアを軽く探索し、この過酷な環境は序盤碌に装備が揃わない中で探索するのは不可能と断定し、この沼地は装備が整うまで放置する形となり、他プレイヤーも遠征班を習う形で拠点より南の沼地付近へ赴くプレイヤーは皆無に等しかった。


「これは……ツヅレ草か、おっ新アイテム」


 そんな毒竜の沼地エリアの南端付近、ここはボスエリアが近いという事もあり、特に地面はぬかるんでおり大気は触れば肌が刺した感覚を感じるほどの瘴気を漂わせている危険地帯、生息するモンスターもバルバト周辺のモンスターに匹敵するほど強力となり過酷な環境も重なって今回イベントで難関となる場所の一つ、そこで一人のプレイヤーが黙々と採取に勤しんでいた。


 危険地帯であるのに対しそのプレイヤーは布の服に胸当てやひじ当てと言った最低限の初心者装備、その貧弱さでは沼地の強力な毒は到底防ぎきれないだろうが、そのプレイヤーがまるで田植えをやる要領であろうことかズボンをまくり上げ、裸足になりの付近に生えている植物をむしり取る。そのプレイヤーが背負う竹細工の篭には一杯の植物が積まれていた。


 生命の息吹を感じない沼地でひと際輝く植物、それらを片っ端からむしり取り篭に入る植物は奇麗な藍色の花から、真っ赤な毒々しいキノコまで幅広い


(初の大型アプデとは言えこんなに新アイテムが追加されるのか)


 イベント二日目、午前中にレザーアーマーを作った後、特筆すべきことは無く集まったアイテムを見たり拠点の発展具合を粗方確認した後昼食の為ログアウトした。そうして再度ログインしなおしてみると学生は夏休みとはいえ平日昼間、チームのログイン状況は昨日夜夜に比べたら格段に下がったため暇を持て余し毒竜の沼地へと再度訪れた。


 先程他プレイヤーからフリストダガーやフルルレ草という新武器、新アイテムの存在を確認しチームの拠点の方で集められた素材を見させてもらったが、FWと変わらない既存のアイテムばかりだったので自分で採取しに来た次第だ。


 アイテムボックスに収まりきらない可能性を考慮し、簡単に竹のような木材で篭を制作し背負う、そうして個人拠点付近で群生する植物を中心に集めてみればなんと10種類ある内の3種類が幻想世界では存在しないアイテムだったのだ。


〈ツヅレ草〉   レア度E


 種類 調合用アイテム


【人が寄り付かない場所に生える植物、主に調合用素材として用いられ、調合する他素材の効果を弱めてしまうがその代わりに効果時間を伸ばす効果を持つ】


 特に新たに見つけたアイテムの中で気になったものがこれだ。見た目は青く変色した雑草といった形で花や果実といった物と違い色が違わなければ雑草として見向きもしなかっただろう


 実際に毒沼によって変色しただけの雑草かと最初思ったが、付近の強力な毒により植物として群生するものは皆アイテムとなるほど生命力が強いという事が採取していて分かった。試しに雑草のよなツヅレ草をむしり取ってみれば大正解でアイテム化し、中々興味を持つ効果がある調合用の素材だったのだ。


〈カエンタケ〉   レア度D


 種類 調合用アイテム


【深紅に染まるキノコ、手袋をせず素手で掴めば皮膚は爛れ、目や鼻を近づけただけでも失明、嗅覚が失う恐れもある危険なキノコ、火炎茸というだけあって燃えるような痛みを発する強力な毒を持ち刃先に軽く塗るだけで効果がある。乾かせば非常に発火しやすいという特性を持つ】


 やはり毒沼というだけあってそれに対抗するように強力な毒性を持った植物が多かった。


「まずはカエンタケにコオリタケを混ぜてみよう」


 すり鉢を用意し、適当に気になった効果を持つアイテムを入れ混ぜ合わせていく、最初は2種類、カエンタケの説明欄には乾燥すると発火しやすいといった効果も持ったアイテムもあったために、カエンタケを含め一通りストックのあるアイテムは拠点の外で天日干しにしている。


 ゴリゴリと石の鉢ですり潰す。カエンタケとコオリタケ、名前も姿も兄弟のようなこの組み合わせを最初に混ぜ合わせようと入れてみたらこの二つのアイテムが触れ合った瞬間、プスプスと小さく煙が発生し、鼻に突くような異臭が発生した。これは溜拠点入り口の風通しの良い場所でネリネリ混ぜ合わせる。


「うおっ!?」


 深紅のキノコと青白く冷気を纏うキノコ、よく混ぜ合わせること数分、煙漂うすり鉢からボッっと冷気を放つ火柱が立った。


 その効果は一瞬であったが立ち上がった火柱は大の大人ぐらいにはある拠点の天井まで達し、天井を見てみれば火柱が当たったであろう部分が黒く煤けていた。


(いやいきなり燃えるんだからびっくりしたわ……)


 混ぜながら容器の中の様子を逐一確認していたから咄嗟に反応できたからよかったものの、少しでも気を抜いていれば立ち昇った火柱は丁度自分の顔面に直撃するコースであったので大事故に発展した可能性が高い


 アルミニウムの粉末を発火させる理科の実験をふと思い出しつつも冷気を放つ炎というのはまさにファンタジーと思った。


「でも冷たい炎なんて魔法無いしなー」


 咄嗟に避けた瞬間、火柱から発生する熱は明らかに冷たく冷気を纏っていた。いくらファンタジー世界とはいえ、冷気を纏う炎なんて魔法は幻想世界には存在しない、もしかしたらFWで追加されている可能性もあるが現時点では確かめようのない事だ。


(うーむ、これを剣に組み込めれば面白そうなんだけどなー)


 冷たい焔の魔剣、何とも厨二心をくすぐる物だ。









 気が付けば拠点に入り込んでいた陽の光は弱まり、辺りは薄暗くなっていた。その後も様々な調合を試してみたがどれもこれもが最初の冷たい炎のような効果を発揮するわけではなく、単に異臭を放ったり単純に効果が無かったりと成果は芳しくなかった。


 10種類も調合用の素材がある為、まだ試していない組み合わせがあるがストックが足りない、篭一杯になったとはいえ今は干してある分とツヅレ草が幾つかと言った感じだ。


 調合する際に使っていたVRキットに標準搭載されている機能で開いたメモ帳はびっしりと書き込まれ6ページにも及んだ。FWがこのことを見越してか様々な独自の機能がメモ帳に対応しており、FW内のアイテムが手書き風のイラストで出力され貼り付けが可能だったりなど、整理してみればちょっとした図鑑になりそうだった。







 午後のほとんどを素材の採取と調合に時間を当ててしまった為、時間は現在18時を過ぎるぐらいだった。急いでチーム拠点に戻ってみればそこにいるプレイヤーは明らかに多くなっており、活気にあふれてる。


 遠目ではネネさんが忙しそうに作業をしており昼間は見なかった空いた土地には新たな建造物が建築を開始していた。


 工房区画へやってみれば三つある作業台は自分の使った場所以外は使用された形跡はなく、まだ来ていないようだった。


(アイテムは溜まっているな……)


 工房用のアイテムボックスを開いてみれば昼間に比べて幾らかアイテムが補充されており、中には自分が入手していないアイテムもあった。


(とりあえず防具を作るか)


 昼間作ったレザーアーマーを量産していく、武器を作ろうにももっとグレードの高い炉が無いと出来ないのでお預け状態だ。作っている最中、昼間の相談してきた二人組のプレイヤーのように、入手した装備品を修理して欲しいなどの要望を聞きつつ作業を進めていく


「すまない、これは君が作ったものか?」


 作業に集中している途中、ふと外から声をかけられた。その場所を見てみれば幾つかの装備が更新されているプレイヤーで、その手には自分が作ったレザーアーマーがあった。


「はい、そうですよ」

「これを君が……」


 特に嘘をつく理由もないので素直に答える。ううむと何やら考える男性は見た目からして遠征班のプレイヤーだろうか?そんなことを思いながら男性はこう答える。


「いや、素晴らしい装備品だと思ってな、ドロップ品である程度揃えたのだがこのレザーアーマーに比べたら幾分性能が落ちるのでな」


 男性曰く、遠征組は幾つかの装備品がドロップしておりシュタイナーをはじめ多くの遠征班のプレイヤーが装備を更新したようだ。


 特に目を見張るものはまだ無いがそれでも幾つかのめぼしいアイテムはイベントという今まで使ってきた装備品が持ち込めないという、特殊な状況を除いても通常時でもそれなりに使える装備はチラホラ出ており、更に奥地へと向かおうとした矢先に話題に上がったのが自分が作ったレザーアーマーのようだ。


 レザーアーマー自体はイベント外でもありふれた革装備の一つで、王都を抜けたプレイヤーはそれ以上の装備を持っていることの方が多いありふれた防具、金属系の鎧に比べたら性能は落ちる物のその分重量が軽く、魔法系プレイヤーをはじめとした遠距離プレイヤーを中心に多く愛用される防具だ。


 そんな防具だが、自分が作ったレザーアーマーは評価6、それ自体はもう作られているしもう少しで7の高品質装備と惜しい物となっているが、一時的に装備が制限されているこの環境下では型落ちとなったレザーアーマーとは言え強力な装備には変わりない


「つまりはレザーアーマー以上の防具を作って欲しいと?」


 簡潔に言えば昼に作ったファイラビットの草原兎のような安価な素材のレザーアーマーではなくブレストボアのような強力なモンスターの素材を使った防具を作って欲しいとの事だった。


「もちろんブレストボアの防具となると難易度は跳ね上がるだろう、それでも失敗しても俺たちは気にしないしそれが普通だ。失敗しなければ成功、普通品なら最高と言った感じで頼みたい」


 同じレザーアーマーでも使う素材によって性能は大きく違う、それに伴い制作難易度も上がり、自分が作ったファイラビットのレザーアーマーは高品質が高いながらも数点オークションに流れている。その点ブレストボアはバルバト周辺に生息しているというのもあり誰も作ったことが無い物だ。



 その為シュタイナー達含め遠征班を務めるトップ層はその制作難易度も深く熟知しており、無理難題じみていてあっても低品質でもある程度の性能が保証されるブレストボアのレザーアーマーの制作を今回頼んだようだ。


「やってみましょう」


 駄目で元々、そう言われれば気が楽だ。豊富な鍛冶スキルがあるためそれらを使えば失敗はしないだろう、しかし鍛冶スキルは補助という役割が大きいため、作り手の技量が大きく問われるのはフレックスで作った時から思った事だ。鍛冶王のハンマーという反則アイテムを使えばそれらは関係なくなってしまうだろうが、今後の事を考えても今回挑戦をして今後の糧として考えれば悪くない、そう思い快諾する。


 その答えを聞いて男性はホッとしたように安心した。彼曰く無理難題を押し付けて生産プレイヤーの苦労を知らない無知なプレイヤーもそれなりに居るらしい、今回の件はそれに近い物もあったため良い顔されない可能性もあったので多少不安だったようだ。


「自分はケイト、キルザを中心に活動しているプレイヤーだ気軽に呼び捨てで呼んで欲しい」


 そう話すケイトに対して自分も呼び捨てで構わないと言い軽く握手をする。キルザを中心とするプレイヤーならもしかしたら堀先輩の事を知っているのでは無いか?と思ったが今ここでは関係ないと思い自重する。


「ブレストボアの生息地は確定したから素材は定期的に納入されると思う、今も数着分の素材はあるから足りなくなったら教えてくれ」


 ケイトはそういうと伝え終わったということでじゃ、と足早に去っていった。


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