第12話 火口野鉄華という女

「まぁ、今は戦うわけじゃないし、まず居間にでも行くか」


「ついてこい」と、火口野鉄心と思われる女性は警戒を解き、クルっと方向転換して入ったばかりの部屋を出て行った。


 部屋を出た火口野鉄心が廊下を歩いている後姿を、チラッと見て見たがジックリ見て見ると幻想世界の男バージョンと同じく華奢な体系ではあるものの、何というか、女性らしい丸みを帯びた体系でそ「何をジロジロ見ておる、はよ来い」……


 こちらを見向きもしないで、観察していたことに気が付くのは流石と言うべきか、師匠ならやりかねないと思った。さすがに女性の身体を観察するのはまずいのでなぜ女性になっているのかは後で聞くとして、居間へとついていくことにした。


「……なにあれ?」


 廊下に出てから庭にある木が邪魔で見えにくいが、庭に何やら黒い物体が置いてあった。


「すいません、あれはなんですか?」


 師匠に尋ねてみると師匠は「あれか?」と自分が尋ねたものに指をさしこう言った。


「あれは隣町の衛兵、やけにしつこいから焼いた」


「じゃあいくぞ」と、彼女は特別興味もなく歩き始めた。確かによく見て見れば衛兵のような姿形をしているようにも見えなくはないが……


(まぁ、女性になっても師匠だし)


 なぜ街の中立NPCを焼き殺したのか、その理由と最強の存在である衛兵をどうやって倒したのか気になるが、まぁ火口野鉄火であれば仕方ない、と半ば考えを放棄した形で俺はついていった。


「まぁ、とりあえずここに腰かけてくれ」


 そして師匠に連れてこられたのは、ごく一般的な和式の部屋だった。年中雲で覆われているため他の大陸に比べて平均気温の低い、そのためか、部屋にはこたつなどの暖房器具も置いてあった。ファンタジーっていう割にはすごく違和感があるが別に困るものでもないのでいいのだろう


 俺が腰を掛けたら師匠はまた部屋を出た。何か忘れものかな?と思ったが、数分後師匠はお茶と和菓子を持ってきてくれた。


 ズズズッとお茶を啜る。少し熱めの緑茶は寒いこの大陸では体に染みてほぅ、と息をつき気持ちが安らぐ、師匠は何やらこちらを見てにっこりと笑っているが、一息ついたところで俺は師匠に質問をした。


「不躾な質問なんですが、なぜ師匠は女性になってるんですか?」


 本来では失礼極まりない質問ではあるものの、全くの他人というわけでもなく、それなりに気心知れた仲であると思っているため、単刀直入に聞いた。


「なぜ、私が女になっているかか……」


 師匠は質問にいったんお茶を啜り間を開けた。そして目を閉じ語るように話し始めた。


「お前が不思議がるのも仕方ない、私は確かに男だった時の記憶はある。だが……」


「だが?」


「私にもわからん!!」


 先ほどまでシリアスっぽく語り始めたのにいきなり目を開いてそう答えた。


「わからないって、気が付いたら女性になっていたってことですか?」


「まぁ、そういうことになるな」


 原因不明、気が付いたら女性になっていた。うん、まったく納得できない、可能性があるとするなら、幻想世界からFW《ファンタジーワールド》へ世界が変わるときに、師匠が男性から女性へ性別が変更されたということなのだろう、何のために性別を変えたのかわからないが、運営は何かの意図があったのかもしれない


「あと、私の名前は火口野鉄心ではなく火口野鉄華だ。間違えないように」


 師匠、俺の心でも読めるのかな?まぁ、師匠ならありえそうだけど


 そんなことは置いといて


 しっかり名前も変わっているらしい、つまりは不具合などではなく、意図して変更したことで確定っぽい、性別変更の薬だったり術だったりあるけど、名前を変えることはできない


「まぁ、そんなことは置いといて、お前が態々道場まで来た理由だが……」


師匠は、半ば確信しているように言った。


「どうせ、マニュアル操作が分からないから聞きに来たんだろ?」


 そうだろ?と師匠は片目を開き俺に答えを聞いてくる。確かに師匠が言う通りマニュアル操作を学ぶためだが


「師匠、マニュアル操作について知っているんですか?」


「まぁな、いままでは型に囚われて戦いにくかったが、女になった時期から私が思うような動きができるようになってな、まぁ女になってよかったって思うよ」


 ハハハハハと笑う師匠、元男性とはいえ美人といえるほど綺麗なため、笑顔も華になる絵だが、美女になったことより強くなったことが一番の衝撃らしい、うん、師匠だなって思う


「とりあえず私が提案するのはいっぱい敵とたたかうことかな」


「敵と戦うって、剣道みたいに振ったり練習しないんですか?」


 俺は見様見真似で剣道の上段の構えから振り下ろす真似をした。しかし、師匠は違う違うと首を横に振る。


「確かに人と戦うならそれもありだけど、相手は人間の数倍は大きいモンスターだったり、汚い手とかなんでもありな野盗だよ?剣道はあくまで相手も同じ剣を持ったと仮定した武術だからね、モンスターによって対処法も違うしやっぱり実践が一番早いかな?」


「なるほど」


 言われてみれば、確かにそうだ。現実世界とは違い、モンスターが跋扈し魔法があるこの世界なら実践が一番というのもわかる気がする。


「わかりました。それじゃその形でやってみようと思います」


「うん、君の腕だとただの棒切れを振っただけで敵が死んじゃうからこれを渡しておくよ?」


 そうすると師匠は手元にウィンドウを表示させ入力をし始めた。


【NPC;火口野鉄華からプレゼントが来ました。開けますかY/N】


 視界内に表示されたアイコンに、Yesのボタンを押す。そうすると紐に包まれたプレゼント箱が目の前に現れ、光と紙吹雪のが箱から飛び出し中身が出てきた。


 新月流訓練用大太刀 レア度D

 装備条件 新月流門下生であること

 追加効果 武器破壊不可


 固有スキル<訓練[M]>

 ・[M限定]攻撃倍率が1.1倍以下の時、与えるダメージが10固定になる。


 木製で出来た大太刀、柄部分には黒く新月流と掘られている。特別な木から作られていて、絶対に壊れない


 火口野道着 レア度S

 装備条件 火口野鉄華から一定上の信頼

 追加効果 発見率上昇 大 ターゲット集中 大 エネミーチェイン率+500%


 固有スキル<火口野一門>

 ・この装備を着た場合、中立NPC、味方NPCへ状態畏怖を付与する。

 ・一部味方NPCが敵性NPCになる。

 ・装備時、大太刀スキルツリー 新月流【奥義】解放


 火口野鉄華より認められし者のみ着ることのできる装備、黒い生地に、火のように赤く燃え上がる模様で書かれた火口野一門という文字は、道着は見た人々を畏怖させる。


「・・・・これ、着るんですか?」


 色々と聞きたいことはあるが、聞き逃さないように一つ一つ聞いていくことにした。


「うん、一応オート操作訓練は全部終わってるし、試練も全部終わってるからね、君が着る権利はあるよ」


「いや、そうじゃなくて、その・・・・認められたのは嬉しいんですが、なんというか」


 正直に言えば、着たくない


 武器はまだいい、練習になるし、もしもの場合は殴ればいいから、しかし防具、これがヤバいという言葉しか出ない、主に悪い意味で


(なんだよこの敵を引きつけスキルオールスターは、ターゲット集中 大とか俺は壁役じゃないし、壁役だとしても引きつけすぎて死ぬ、しかもエネミーチェイン率+500%って本気で殺しにかかってるぞ)


 エネミーチェイン率とターゲット集中 大、この二つが主にヤバいスキルだ。別に発見率上昇はまだいい、固有スキルも新月流門下生になってからNPCにおびえられたことは何度かあるので大丈夫、大太刀スキルツリーの奥義解禁は気になるもののデメリットではないので今は無視


 説明すれば、幻想世界にはエネミーチェインというシステムがある。エネミーチェインとは敵と交戦時、交戦場所から近くに敵がいた場合、敵が戦闘に気が付いて、戦闘に乱入してくることがあるのだ。そしてその敵からさらにエネミーチェインの範囲が拡大、以下それのループで気が付いたら敵の数が尋常じゃない量になっている。そのため、基本的にモンスターと戦う場合はモンスターをエネミーチェインが起きない場所まで誘き寄せる必要がある。モンスターによってエネミーチェイン率が変わるがそこは割愛



 つまりはこの道着の効果はそのエネミーチェインの範囲が五倍になる。それに加えて、ターゲット集中 大、たとえ他の敵がいてもモンスターがこちらを狙ってくるスキルなので、この二つが合わさればまさに敵が軍団で俺だけを狙って押し寄せてくるのだ。発見率大のため頑張って隠れながら誘い出すのも難しいだろう、まさに狂人仕様といえる。


「これはね、いい装備なんだ。なんせ敵がわんさか出てくる。私が男だった時はもっと敵が出てきてくれて嬉しかった。女になって敵があんまり来てくれなくなったのは唯一の不満かな?それでもいっぱい来てくれるから大丈夫だよ!」


一体何が大丈夫なのか


「……」


 師匠はまるで自慢するかのように、誇るように手を使い演技しながら話しているが、ちっとも羨ましくなし、誇ることでもないだろう、下手な呪いの装備より呪いが強力そうなのは気のせいか?


「流石に私もこの大陸でそれ着てやれとは言わないよ、マニュアルだと色々と勝手も違うから第一大陸からやってみるといいと思うよ」


「……はい」


 流石に素のステータスが高いから死ぬことはないだろうけど、それでも俺の心の中には不安しかなかった。


「あと、週に一回、道場に来るように!修行経過報告も兼ねてるけど、全く来ないと私も寂しいからな!」


 最後にビシッと指を差し、頬を若干赤らめながら説教をしたあと、恥ずかしくなったのか師匠は急いで部屋を出ていった。そのときの師匠はとても綺麗で絵になるが、不安が心の全部を占めている状況の今の俺にはまったく響かなかった。


(も、もう、どうにでもなれ……)

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