第9話 マニュアル操作とオート操作

 パラパラ……


 スキルを放った衝撃は観客席まで及んび地面は裂け、砂ぼこりが舞っている。


 目の前は砂ぼこりで視界が悪いが、放った直後に観客席までスキルが到達していたため、被害は大きいだろう


 幻想世界で元々エフェクトの派手だったスキルではあったが、FW《ファンタジーワールド》でここまで演出が派手になってるとは思いもしなかった。


 もっと言えば、スキルの余波はゲームの絶対防壁的な何かで観客に届く前に遮られるのではないだろうか、現実ではありえないにしろゲームなのだからそういう形の仕様にできるはずだ。つまりは運営の不備、俺は悪くない


『あーっと!チャンピオンが放ったスキルがユウ選手を巻き込みながら観客席に直撃!!……集計が出まして、被害にあった観客は1364名ということです。』


「故意かよ!!」


 俺は思わずそう叫んでしまった。


 俺の脳内では試合中という考えが完全に吹き飛び、被害にあった観客の弁償や謝罪などなど色々な不安や焦りがごっちゃになっていた。


『流石チャンピオン!今までの試合では中々お目にかかることができないド迫力な一撃!死にたくないやつがいたら今からでも逃げることをお勧めするぞ!』


 ワァアアアア!


 ……天使の実況兼注意勧告でも退避するプレイヤーはいなかった。寧ろもっとやれというヤジが聞こえてくる始末である。


(なんか、大丈夫っぽい)


 まさに人身事故の加害者になった心境であったが、雰囲気的にはむしろ良かったらしい、そんな考えを砂ぼこりが晴れる数十秒、スキルの余波で起きた砂ぼこりが晴れ、周りが見えるようになると


(いない?)


 天極刃の光に飲み込まれたはずだが、砂ぼこりが晴れた先には姿は見えなかった。もしかしたら観客席の方まで吹き飛ばされたのか?


『周りが見えるようになったが、ユウ選手はどこにも見当たらない!しかし、まだ試合は続いている!一体何処にいるのでしょうか!』


 今までは淑やかな性格と思っていた天使が大声を張り上げて実況していることに若干の戸惑いと、ショックを抱きつつ気を引き締めなおした。


(確かに、試合の終了の合図はない……つまりは避けたということだろう、どうやって避けたかはわからないが辺りを注意しながら……)


 周りを見渡しても彼女の姿はいない……コロシアムは場外に飛ばされれば失格なので、このステージのどこかにいるということになる


(スキルで隠れているのか?いや、あったとしても看破スキルを持っているから見破れるはず。場外ではないとなると……)


 頭をフル回転させ、彼女が何処にいるか考える。そして考えがまとまりかけた瞬間


「上か!!」


 空を見上げた瞬間、ユウはスキルを発動させており、リュウと戦っていた時と同様のスキルを発動させていた。もはや回避できる距離ではなく俺は剣で受け止めることにした。


 ガキンッ!


 ユウの一撃は現実なら綺麗に脳天を叩き割れるほど、正確で、力を一点に集中させたブレがない一撃だった。


(完全に危ない一撃だったが、レベル差で押し込める!)


 もし彼女が同レベル帯だったならば、ガードしたところで衝撃を受け止めきれずに負けていたかもしれない、しかし幻想世界で長年鍛え続けていたこのペガサスという身体は、ゴールド入りたてのプレイヤーに負けるほど弱くはない、さすがに頭部に攻撃が入ったら一撃で負けるが


「……駄目か」


 剣を交え、彼女の顔がはっきり見える距離になったとき、彼女はボソッとつぶやいた。


 するとユウは軽やかに宙を舞い、一瞬にして俺から距離をとった。


 先ほどの奇襲は間一髪のところで防いだ。そして試合が始まったときのように相対した状態になった。


「【フィジカルアップ】、【剣技の冴え】、【刹那の思考】、【金剛の構え】【ソードエンチャント】、【ホーリーエンチャント】、【勇者の加護】、【血の代償】……」


 攻撃、防御、フィジカル、知覚、様々なバフを重ねていく、バフを重ねるごとに赤、青、緑といった様々なバフエフェクトが発生していく、


 幻想世界では自分より同等以上の敵に対してバフを積まなければほとんど勝てないといっても過言ではない、ダメージもバフを積んでいない状態だと1~2桁ほど下がる時もある。モンスターによってはそのモンスターの攻撃を受けたらバフが割られる仕様もあり、致命的となりうる。幻想世界ではバフ積みこそ正義であると個人的には思っている。


 つまりは、彼女に対してなんの手加減もなく全力で挑むということだ。本音では彼女に対してデバフを掛けたいところだが、さすがに勇者、チャンピオンとしている手前そこまでやるのも忍びない、だがしかしこれで事故要素がほぼ皆無になったといってもいい、時間制限はあるものの彼女の攻撃はほぼ防げるだろう


「……」


 彼女は俺がバフを積んでいる間、何が起こったのか警戒し、終始観察をしているようだった。先ほどの試合を見た感じまだバフが重要になってくるランク帯でもないので、バフについて何をすればいいのかわからないのだろう


「フフフ、見せてやるよ、バフの恐ろしさを……」


 必須というべきバフを重ね終え、もはや勝ちは揺るがない、ここは強気で攻めるべきだと判断して俺は距離を詰めるため、前に出た。


「はぁっ!」


 剣術などやったことのないド素人ではあるが、FW《ファンタジーワールド》ではそんな初心者でも戦えるオート操作があった。そのため俺の放った横一線の剣撃は鋭く、彼女に襲い掛かった。


 キンッ!


「うっ……!?」


 彼女に横払いの攻撃を仕掛けた瞬間、いきなり俺の体の重心がぶれ、ガクッと身体が倒れそうになった。


 彼女は眼を見開き、今がチャンスとばかりに上段、下段、横、斜めと様々な方向から剣撃が飛んできた。


(これはまずい!)


 彼女と剣がぶつかった瞬間、致命的な一瞬ができたもののすぐさま防御の構えに移り、ガードしているが彼女はその構えの隙間をすり抜けるように、苛烈に攻撃を仕掛けてくる


(まずい、攻撃を捌ききれてない)


 バフがあるため、俺のHPバーは一ミリも削れていない、彼女もそれを見て一旦あきらめたのかすぐさま距離をとった。


(まずいな……彼女の動作が多すぎてオート操作ではさばき切れていない)


 俺の操作はタイミングだけ任意で攻撃の仕方、ガードの構えなどはすべてオートになっている。攻撃をしかけたときも幻想世界と同じような構え、攻撃の仕方であるが彼女の攻撃はそれのどれにも当てはまらない攻撃だった。


 幻想世界では攻撃と攻撃の間にどうしてもスキができてしまう、勝手な予想だが一方的に攻撃をする。ハメというのを防止するためだと思われるが、彼女の攻撃はそのスキというものが全くなかった。


(もしかしたら彼女はマニュアル操作の可能性が高い、もしあんなにスキのない攻撃ができるスキルがあったのならとっくに使っている)


 FW《ファンタジーワールド》で新しく追加されたスキルの可能性もあるが、彼女の攻撃の仕方は幻想世界にある大剣の攻撃モーションではなく、型にとらわれていない攻撃のためマニュアル操作であると俺は結論付けた。


(つまりは彼女は現実世界でもあんな戦い方ができるってことか?FW《ファンタジーワールド》のプレイヤーってすげぇな)


 さすがに大剣を振り回すほどの筋力はないだろうが、マニュアル操作というぐらいだからそれに近い動きが現実世界でもできるということなのだろう


(いっそ俺もマニュアル操作に……いや、駄目だ。かえって状況をより悪くするだけだ)


 昔からの癖なのだが、信用のないものは極力使わないことにしている。使うにしてもちゃんと安全をとって何度か練習してから使う質なのだ。いきなりマニュアル操作にしたところで剣を持ったことすらない俺が無暗に剣を振り回しても滑稽に映るだけだろう。


(近接戦はまず勝てないだろう、幸い勇者装備だと魔法も使えるから遠距離から魔法で倒す……しかしそれでいいのか?)


 確かに距離をとって魔法を使えば彼女を倒すのは簡単だろう、しかしそれは勇者ではなく魔法使いだ。俺の持つ聖剣はただの置物なのか?勇者として戦うのではなかったのか?


 そんな風に自問自答しながら数秒、俺は意を決して覚悟を決めた。



 先ほど身体が重くなったのは彼女が直前にジャストガードをした反動だろう、彼女の戦闘スキルはかなり高いと見ていい、俺のオート操作の攻撃なんぞ簡単にジャストガードをしてカウンターを放つのは容易なはずだ。


(予想通り!!)


 俺が予測した通り、彼女はガードしてカウンターをする受けの構えをとっていた。俺の大ぶりな一撃は彼女にとってはチャンスとなる一撃だと考えるだろう


 俺の剣が彼女の剣と接触した。彼女は完璧というべきタイミングでジャストガードをするためガードしながら押し込んできた、が


「えっ……」


 俺の一撃は、彼女のカウンターを許さず、彼女の剣ごと身体を切り裂いた。


 彼女は切り裂かれ、体がポリゴン状になっていく中、目を見開き、ありえない、という表情をしながら、完全に消え去った。


『おーっと!チャンピオンの一撃がユウ選手のガードすら打ち破って引き裂いた!、そして満タンだったユウ選手のHPは一気に無くなった!!』


 試合時間は5分も満たない試合だったが、コロシアムは観客の大歓声に包まれた。


(一応勝ちはしたけど、内容では完全に負けてたな)


 最初のド派手なスキル、そして最後に決めた防御不可のスキル、全ては圧倒的なスキルがあったから勝ったと言ってもいい、コロシアムで最も重要であるプレイスキル、近接戦は成すすべもなく惨敗だ。何年も鍛え上げたキャラ性能で勝ったというのは、納得いくわけがない、例えこの試合の内容を忘れたとしても、幻想世界から続くこの世界で先に進むことなどできないだろう


 マニュアル操作、これを覚えなければ先へは進めないだろう、いや、先へ進んではいけない


 俺は決意を新たにし、これからやるべきことを見定めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る