14

 鎧武者の神罰から二日後。

「「「…………」」」

 周囲にいた生徒たちが呆然として見ている。

「は……はは……」

 今の状態を作り出した本人、俺は乾いた引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 グラウンドの一端、校舎からある程度離れた場所に、玲次と七海の二人と一緒に俺はいた。

 俺たちの目の前には、炭化した的の残骸と、煙を上げる焦げた地面がある。

 鎧武者の神罰の日、それから昨日、授業を全て放り出して法術の知識を頭に叩き込んだ。攻撃に関するものだけをピックアップし、印や詠唱のことは大体覚えた。

 そして今日この日、神罰が起きないことを確認した午後過ぎに、実際に試してみることにしたのだ。すると、玲次と七海が付き合うと言ってきて、断る理由はなくむしろありがたかったので、近くで指南をしてもらうことにした。

 元々どちらかに頼もうかと思っていたので丁度よかったが、二人は何かを心配しているようだった。

 しかしその理由は、実際に一つ目の術を試して成功したときに判明した。

 初めに試そうとしていた術は、法術の一つ、火界呪という炎を操るものだ。

 玲次が木製の的を設置している間、七海にどのようにすればいいか、指導を受けていた。本に書かれていたのは詠唱や効果についてで、使い方も書いていたが不明瞭な部分が多かったので非常に助かった。

 法術は仙術とは使い方が当然違うが、神力を使うという面では同様の点を持つ。だが、神力が多ければいいというわけでもないらしい。同じくらいの神力を持つ玲次と七海だと、玲次はあまり法術は得意でなく、七海は得意という風に、神力以外の資質が必要になるそうだ。

 印を結び、神力を集め、詠唱する。

 最初は何も起きなかった。自分には資質がないのかもしれないと気を落とし始めた頃、なんとなくコツが掴めた気がした。

 十回目くらいの挑戦になったときだろうか。それが起きた。

 詠唱を終えると同時に、これまでとは比べ物にならないほどの力が印に集まり、放たれた。

 火界呪は炎を放つ基本的な法術である。

 だが、威力が尋常ではなかった。

 印から放たれた瞬間に周囲に強烈な熱気が広がり、レーザーのような勢いで炎が飛びだした。炎のレーザーは正確に的を射抜き、弾けた炎がグラウンドのあちこちを焦がした。

 グラウンドを囲う木々の近くでやらなかったのは幸いと言っていい。下手をすれば大火事だ。

「すげぇ威力だったな」

 感心半分呆れ半分という風に玲次が苦笑する。

「様子を見に来て正解だったわ……」

 七海がため息とともに呟く。

 いくら法術の資質があったとしても、保有神力が少なければ大した威力にはならない。術もあくまでエネルギーは神力だからだ。だが神力も膨大にあり、資質はあっても未熟だった場合は恐ろしいことになる。

 その結果が目の前に光景だ。

「こんな威力、集団戦じゃ使えないな。他の術を身に付けるか、威力を調整するか……。工夫がいるな」

「……お前、心配するところはそこか?」

「重要だろ?」

 俺の答えに玲次は呆れたように首を振っていた。

「よっし。次の術行ってみよう」

 高らかに宣言すると、周囲にいた生徒たちが一斉に離れていった。

「ん? あれ?」

 近くには玲次と七海しかいなくなり、俺は首を傾げた。玲次と七海は肩をすくめながら冷めた目で俺を見ていた。

 しばらく試行錯誤を行いながら、様々な術を行使していった。

 一時間くらい経った頃、突然後ろから声をかけられた。

「ちょっと、いいかな?」

 振り返ると困った顔を浮かべる校長の芹沢先生が立っていた。

 芹沢先生は苦笑を浮かべながら言う。

「悪いんだが、今回はこれくらいで終わりにしていてくれないかな? 後片付けが笑えないと管理者からクレームが来てね」

 俺たちの前には、完全に荒れ地と化した大地があった。所々抉れていたり大穴が空いていたり焼け焦げていたりと、既にグラウンドが原型を留めないまでに破壊されている。やったの俺だけど。

 グラウンドは、ある程度なら削ったり穴を空けたりしても、管理している人が直してくれると教えられていた。

 だが、やり過ぎてしまったようである。

 考えれば当然であるが、神罰で一番戦いやすい戦場はよく整備されたグラウンドだ。今日は起きなかったとしても、明日神罰が来る可能性は当然ある。

 つまり、管理人たちは明日の神罰までにこのグラウンドを整備された状態に戻さなければいけないのだ。管理者の人たちから見て、このままでは明日の正午までに修復ができないと判断されたのだろう。

「す、すいません」

 俺は謝ったが玲次と七海は知らんぷりをしていた。

 お前ら止めなかったじゃねぇかよ……。

 実際法術を使うたび、校舎を揺らすほどの衝撃だったにも関わらず、止めもせず見ていたのだ。

「でも、丁度いいですね。もうへとへとだったので」

 術を使うのがこれほど体を酷使するものだとは思わなかった。仙術を使用したときとは比較にならないほど神力を消費し、体力も使うようだ。

 おかげでフルマラソンを走った後のようなひどい疲れを感じる。なけなしの神力でなんか落ち着かせているが、どちらにしてもこれ以上は無理だ。

「午後の授業もサボるからよろしく」

 既に授業に出席している方が少ないほどのサボタージュだ。

 さすがの二人も顔をしかめている。

「お前、そんなんでテストとか大丈夫なのか?」

「どうせ中間考査はないんだろ? と言うか勉強なんてしてる暇ないわ」

 美榊第一高校には中間考査はない。テストと名のつくものは学期末のテストが計三回あるだけである。しかしそれもほとんど形だけで、テストの点数が低くても問題ないとまで言われている。

 元々この島での成績なんて気にしてないため、尚のこと授業なんて出るつもりはないのである。

 そのまま一旦校舎に戻った俺は、ゆっくり休める場所を求めて彷徨う。

 辿り着いたのは屋上だった。

 風通しがよく、本来なら授業が行われているこの時間には、人がいる可能性は低かったからである。

 扉を開けると同時に、涼しい風が湿った肌を乾かしていく。

 それと同時に、二つの黒い目が向けられた。

「おっ」

「あっ」

 二人同時に声を漏らす。

「なにしてんのこんなところで」

「それは凪君もでしょ?」

 苦笑しながら言葉を返す心葉は、屋上に柵近くにある椅子に腰掛け、手にしている文庫本を読んでいた。

「ちょっと疲れたから休憩。屋上に上がってもいい学校って初めてだったから、興味あったんだよ」

 広々とした屋上には、花壇やベンチなどが丁寧に並べられており、庭園のようになっている。

 今心葉が座っているベンチは、傍にある巨大な給水タンクの影になっている場所だった。

 その横にもう一つ、ギリギリ影になっているベンチがあり、俺はそのベンチに横になった。ひんやりとした感触が心地良く、火照った体を冷ましてくれる。

「お疲れ?」

 目を開けるとすぐ近くに心葉の顔があった。どきりとさせられるような状況だが、当の心葉は何とも思ってないようだ。

 引っ込み思案で内気なところも少しあるが、意外にパーソナルエリアは狭く、この程度の距離でも特に何も感じないようだ。

 冷えかかったっていた体が逆に火照るのを感じたが、気づかないふりをして答える。

「ああ、法術試してたんだ。何を使っても強力にしかならないわ、神力をバカみたいに消費するわで本当に疲れた……」

「確かに凄い術だったね」

「あれ? 見てたのか?」

「うん、ここからはグラウンドが見渡せるからね」

 体を起こし、心葉の視線を追った。

 落下防止の柵の向こうに、俺が先ほど滅茶苦茶にしたグラウンドを片付ける人たちが見える。なんか本当に面倒くさそうなだな。今後はやるにしても加減をしてやろう。

「あんな使い方してちゃダメだよ」

「いや、申し訳ない。あんな威力になると思わなくて」

 頭を掻きながら謝る俺に、心葉は呆れたように首を振った。

「そうじゃなくて、あんな術の、神力の使い方をしてちゃダメだって言ってるの」

 心葉の声色が怒ったように厳しく変わる。

「凪君は絶対に神罰で法術を使っちゃダメ。神力が神罰中に底をついたら、そのまま死んでもおかしくないんだからね。わかってるの?」

「お、おう。悪い」

 心葉の剣幕に、俺はベンチの隅まで追いやられてしまう。普段の温和な姿からは想像もできない変わりようだ。

「というか心葉、法術のことについて詳しいのか?」

「う……それは……」

 途端に言葉が詰まったようにしどろもどろになる心葉。

 やがてため息を吐いて頷いた。

「まあね。これでも今年の生徒の中じゃ、術だけは一番長けていたからね」

「そうなのか!」

 俺は驚いて声を上げる。

 だが同時に、一つ思い至ったことがあった。

「もしかして、この間の神罰で鎧武者を吹き飛ばした稲妻って……」

 俺の推測に、心葉の表情に影が差す。

「うん、あれね。私神罰が起きてるときは大抵ここにいるんだけど、あのときは咄嗟に使っちゃった」

 全員で向かうべき神罰で屋上にいることが許されているのは、以前御堂が言っていた紋章持ちという言葉が関係しているのだろう。紋章を持っていると神罰では戦わなくてもいいと玲次が言っていた。

 だが俺はそんなことよりも、その前に心葉が言ったことに強く惹き付けられていた。

「心葉は俺の術のどこがいけないのかわかるのか?」

 心葉はきょとんとしたように首を傾げたが、おずおずと頷いた。

「ここから見てただけだから、絶対とは言えないけど、たぶんわかる、かな」

 自信なさ気に呟かれた言葉だったが、それだけで十分だった。

「たぶんでもいいから教えてくれ。俺の術は何がいけないんだ? 仙術だとこんなことはないのに、法術だと勝手が違ってわからないんだ」

 実際父さんから仙術を教えられたとき、習得に至るまでそれほど苦労はしていない。父さんの教え方がよかったのか単純に俺が向いていたからなのかはわからないが、ただ普通に使えるようになったことだけは覚えている。

 反撃とばかりの剣幕に、今度は心葉がたじろいだ。

「わ、わかる範囲でよければ……」

「それで結構です! お願いします!」

 立ち上がり頭を下げる俺に、心葉は引きつった笑みを浮かべていた。

「じゃあまず、なんで法術を使える人はそれなりにいるのに、仙術が使える人が少ないのかっていう話から始めるね」

 心葉は俺と同じベンチに腰掛けるとそう言った。

「それは構わないけど、関係あるのかそれ」

「大ありです」

 心葉はきっぱりと言い、俺を見返した。

「仙術は法術と違って、膨大な量の神力を必要とするの」

「そうなのか? てっきり俺は逆かと思ってたぞ」

「それはよくある勘違いだよ。例えば……」

 心葉は左手の人差し指を上に向けて立てた。すると、指先にライターのような小さな火が付いた。

「おお、それも何かの法術か?」

「これは私が法術を応用して作った火だよ。ほとんど自作だけどね。話を戻すけど、こんな小さな火でも法術を発動していることになる。実際に火ができているわけだからね」

 頷く俺に、心葉は火を消して続ける。

「今みたいな火だったら見た目通り微量の神力で足りるの。でも仙術は、体全体に神力を満たして使うものなの。例えば腕だけを強化しようとしても、他の部分もある程度強化しないと、仙術は使えないよね?」

「……確かに、いつも全身を強化するのが仙術の基本だな」

 強化した拳で岩を殴ったとすると、強化された拳は無事だろうが、腕や肩といった他の部分が壊れる。一部だけ強化したとしても、他の部分までを強化しないと危険過ぎて使用することができないのだ。

 だから仙術は、全身を強化し使用することが基本だ。

「つまり、仙術を使うには膨大な神力が必要だけど、法術は微量でも使えるっていうこと?」

「その通り。だから法術を使える人はそれなりにいるけど、仙術を使える人はほんの一部の人間だけなの」

「でも、御堂は仙術は使えるけど他の術はまったく使えないって言ってたぞ? それなら今の話から外れてないか?」

「そう、それだよ」

 心葉は俺の鼻っ面にビシッと指を差す。

「それこそが、凪君が法術をうまく使えない理由なのです」

「いや、俺の場合発動はするんだよ。ただ暴走気味なだけで」

 御堂は法術などがまったく使えないが、俺の場合は使えないわけではないのだ。

「同じことだよ。なんで御堂君が仙術しか使えないというと、御堂君は神力の量は凄いけど、それの膨大な力を調整するポテンシャルが低いの」

 心葉は先ほどまで読んでいた文庫本を持ち上げた。

「私はこの本を投げて十メートルくらいなら飛ばすことができる。でも、今私たちが座っているベンチを投げようと思っても、十メートルは飛ばせないよね?」

「そりゃそうだ。でも元々そんなことするわけが……あ……」

 途中で言葉が切れ、心葉が笑って俺の顔を見た。

「わかった? 凪君がやっているのはそういうこと。つまりは、膨大な神力を扱い切れてないの。目的はものを十メートル飛ばすこと。小さなものを使わずに無駄に大きなものを使ってそれをやろうとしているが、今の凪君の状態なの。例えば、凪君はさっき火界呪の法術を使ってたけど、私なら凪君が消費した神力の半分以下で同じ威力を生み出せるよ」

 言われた通りだった。

 術を放つことだけを考えて、術に使うエネルギーのことまで考えていなかった。溢れる神力をただ掻き集め、術に乗せて放つだけ。効果が出ていればいいと思っていたが、見当違いもいいところだ。

「エネルギーである神力を凝縮するイメージかな。火薬とかでも、ただ机に盛った火薬とかに火が付いても静かに燃えるだけだけど、カプセルなんかに詰めてうまく火を付ければ、このベンチを吹き飛ばすくらいの威力にはなるよね」

「つまり俺は、神力を全然うまく扱えてないと……」

 肩を落としながら項垂れる俺に、心葉は慌てたように手を振った。

「だ、大丈夫だよ! 私がさっき凪君は神罰では法術を使わないでって言ったのは、今の話! これからうまく扱えるようになれば、神罰でも十分扱える可能性はあるよ」

 確かに俺の場合は術が発動しないわけではない。それに今日使い始めたばかりなのだ。まだこれから、使えるようになる可能性はあるだろう。

「それに、もうすぐゴールデンウィークだよ。今年は曜日がいい具合に重なってるから、連休の間に身に付ければ近い内に神罰でも使えるようになるよ」

「ああ、そんな時期が……」

 毎日がいい意味でも悪い意味でも新鮮なこの島で、月日の感覚が麻痺しているがあと数日で五月に入り、すぐにゴールデンウィークに突入だ。

「連休もやっぱり神罰は来ないのか?」

「そうだよ。だから今週神罰が来なければ、しばらくは平穏な時間が続くことになるね」

 心葉はとても安堵したように呟き、その横顔を見ながら言う。

「じゃあさ、心葉の都合がつくときでいいんだけど、俺に術の指導をしてくれないか?」

「私が?」

「ああ、今年じゃ一番なんだろ? 頼むよ。天羽々斬も十分強いが、もっと強くならなくちゃいけないんだ」

 握りしめた拳の上に、絞り出した言葉を落とす。

「人が死ぬのは、やっぱり嫌だよ」

 当たり前のことだが、この島では俺の当たり前は霞んでしまう。

 今月だけで、死者は十名。

 夏休みや冬休みのことを考え、神罰が残り八、九ヶ月あると考えると、今年の神罰を終えるまでには単純計算で百人近い死亡者が出ることになる。

 生徒の死亡者は神罰に慣れることで、減少するとは聞いている。しかし今年の神罰は強い妖魔が多く現れているとも聞いているので、楽観視はできない。

 震える拳の上に、小さな白い手が重ねられた。

 心葉は、穏やかで、それでいて悲しそう微笑んでいた。

「……うん、わかった。私でよければ、手伝うよ」

 俺は力ない笑みで心葉を見返し、頷いた。

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