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 数冊の本を机に広げ、ただ本を読み進めていく。法術、仙術も含め、基礎的なことから頭に叩き込んでいく。

 勉強はノートに書いてまとめるなどのやり方もあるが、俺のやり方はひたすら読み続けることだ。その方が時間もかからないし何度も読み返すことができるという安直な考えからだが、これまでこれで問題なくやれているのだから構わないだろう。

 昼食の時間が過ぎ、図書室にちらほらいた生徒たちは授業に出席するために出て行った。神罰のことあるとは言え、全員高校生だ。授業は基本的に普通科のものだが、そのまま就職する者なり大学に進学する者なり様々らしいが、どちらにしても生徒の人生は美榊高校を卒業しても続いていく。

 神罰という死の危険があり、卒業できるかどうかもわからない状況だが、昔から神罰のことを身に叩き込まれている生徒たちは、一般的な生徒同様授業を当然のように受けている。

 不安で仕方ない。

 だからこうして、少しでも自分を強くするための力を身に付けるのだ。

 それなのにこの高校の生徒たちは、神罰が起きているとき以外は何もないように授業を受けている。

 どうしてもそんな空気に入っていけない。

 それと、この一ヶ月の経験でわかったことがある、

 ほとんどの生徒が授業を受けているか、己を磨くための修行に取り組んでいるのを別にすると、こんな時間に図書館に現れる人間は、美榊島の生徒の枠に留まらない、俺と似た生き物だと考えている。

 今までこんな時間に図書室で会ったのは、心葉と白鳥、あとは数名くらいなものだ。玲次と七海もどちらかと言えばこちら側の人間だと思うが、生徒会という立場から授業にはきちんと出ている。

 心葉は元々かなりの本好きらしく、紋章のことなどの理由でクラスには居づらいということでよくいるが、今日は見当たらない。

 白鳥は授業より自身の記事が優先らしく、調べ物があるときなどは授業を放り出して現れたりする。白鳥新聞は校内ではかなり人気があり、掲示板以外にも校内や寮で無料配布し、毎回完配するほどである。

 読み終わった本を閉じ、次の本に手を伸ばす。

 そのとき、誰かが近くに歩いてくる気配を感じた。

 俺は図書室の入り口から見えない死角の机に陣取っており、集中していたため扉が開く音は聞こえなかったのだろう。

 本から顔を上げ、人が歩いてきたと思われる方向に視線を向ける。

 現れた人物は、こちらを見てあからさまに顔を歪めた。

 そして、同じくらい俺の顔も苦々しく崩れる。

「授業サボって優雅に読書か」

 舌打ちをしながら吐き捨てるのは、赤髪を揺らす生徒。御堂だ。

 乱暴に髪を掻き上げて視線を泳がせ、うんざりとしたようなため息を落とす。

「サボってんのはお前も同じだろ」

 肩をすくめながら本に視線を戻す。

「あんな授業聞いて何の役に立つのかわからん。命のやりとりしてるのに暢気なもんだ」

 横目で御堂の顔を確認すると、今の言葉が偽りではないことがわかった。他の生徒たちの行動を、どこか憂いているような表情だった。

 御堂も俺たちと同じ、異常を感じている人間なのだ。

「……何読んでるんだ?」

 御堂はぶっきらぼうに聞いてきた。

「仙術とか法術とか、そういう関係のもの」

 突然の問いを意外に思いながらも俺は答える。

「ああ、今日のことがあったからか……」

「生き死にに関わることだからな」

 次のページをめくりながら答える。

 御堂は鼻を鳴らすと、俺が読み終わった本を手に取った。

「お前は何も知らないみたいだから言わせてもらうが、法術は数日訓練した程度じゃ身に付くものじゃねぇよ。滑稽だな」

 言葉こそ辛辣だが、御堂の言っていることは俺の行動の無駄を示唆するものだ。悪意がないわけではないが、それ以外の何かもはっきりと含まれていた。

 それがとても意外だった。

「お前の方はどうなんだ? 法術とかは使えるのか?」

 御堂が会話を続けるものだから、俺も普通に言葉を返してしまう。

「使えねぇよ。俺は仙術以外はからっきしだ」

 御堂は乱暴に頭を掻きながら吐き捨て、小さく舌打ちをして俺から顔を逸らした。

「使えるんなら……」

「なら?」

「……ッ! っんでもねぇよ!」

 御堂は読んでいた本を机に叩き付けた。

 その音を聞きつけたのか、近くで本棚の整理をしていた円谷先生が本棚の間から顔を覗かせた。

「こら、本を乱暴に扱っちゃいかん」

 突然の教師の登場に、御堂が苦い顔を浮かべる。

「すんません……」

 ぼそっと呟くように謝りながら、本を拾って机に置き直す。

 それに満足したのか、円谷先生は微笑んでまた顔を引っ込ませて本の整理に戻っていった。

 てっきり、御堂が円谷先生に対しても粗暴な態度を取るのではないかと肝を冷やしたが、至って普通に謝っていた。

 意外を通り越して唖然としてしまった。

 俺の視線に気づいた御堂はあからさまに嫌な顔をし、舌打ちをする。

「白けた。お前がいたらサボるのも腹が立つ」

「ひどい言い草だな」

「……ふん」

 御堂はそのまま図書室から出て行ってしまった。

 傍目から見れば不良にしか見えないが、それほど悪いやつではないのかもしれない。

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