8
体を突き抜ける不快感。それを感じると同時に席から腰を上げていた。
周囲の生徒は特に何も感じていない様子で、急に立ち上がった俺の方を振り返っている。
視線を外に向けると、高校の外縁部から黒い壁が昇っていくのが見えた。
初回の神罰以来、数日の間神罰がなかったためか、チャイムが鳴っているにも関わらずほとんどの生徒が反応していなかった。
しかし、黒い影を見て神罰が始まったことに周囲の生徒も気づき、一気にざわつき始める。
心葉がいない後ろの席に玲次が近づいてきて、窓枠に手をかけた。今日は朝から心葉の姿を見てない。どこか校舎の安全な場所にでもいるのだろう。
「お前、もしかして神罰が始まるのに気付ける口か?」
「え? 皆はわからないのか?」
「俺たちには無理。毎年いたりいなかったりだけど、たまにいるんだ。そういうのを敏感に感じ取れるやつ」
どうやら俺はその敏感な人間だったらしい。
「見てろ。神罰が始まるの、ここから見るのは初めてだろう」
玲次の視線の先、グラウンド。
三階であるクラスの教室からグラウンドを見下ろしあ。
至る所で空間の歪みのようなものが発生する。
そして、現れる。
鬼のように凶悪で巨大な顔。頭には四本の歪んだ角が生えており、端から端まで一メートルもありそうな口には牙がびっしりと並んでいる。全体的に蜘蛛のような形になっており、頭胸部と呼ばれる部位から三対の足が飛び出し、グラウンドに爪を突き立てている。顔のすぐ後ろにもう一対、それは鋼色に鈍い輝きを放つ巨大な鎌だ。
全長は五メートルくらい。全身赤黒い体表に覆われたその生物は、この世に存在する生物とは明らかにかけ離れた化け物だった。
「牛鬼だな。二回目にして結構厄介なやつらが出たな」
「なんにせよ。とりあえず全滅させればいいんだよな?」
「ああ、すぐに全校生徒で迎え撃つ」
神罰が来る正午の時間帯は、クラスの担任が自習の形で受け持つことになっている。
七海は教室の前に設置された無線機を手に取る。黒い結界が校舎を覆った段階でもう通常の電話は使えない。そのため、校内には至る所に無線機が取り付けられており、神罰中の必要時はそれで連絡を取るようにしているのだ。
「各自、神罰の開始は確認したわね?」
七海の声が無線機を通しスピーカーから校内に流れる。
グラウンドでは次々と牛鬼が現れ始める中、七海の声が淡々と流れる。
俺たちに背を向けたまま、七海は続ける。
「神罰は一度では終わらない。そんなことは誰もがわかっている。でも、皆思っていたでしょう。もしかしたら、こんなことはあの一回だけで終わるかもって。でもやっぱりそんなことはなかったわね」
どこか自嘲気味な笑みを含んだ言葉を、全員が聞き入っている。
「今回の妖魔は牛鬼。過去何度も現われた妖魔よ。あの鎌の攻撃は見るからに強力だけど、知能は高くない。むしろ低いわ。これまで何年と力を付けてきた私たちが戦えない相手ではない。全員、気を引き締めて行きなさい」
七海は一度言葉を切り、こちらを振り返る。
そして、不敵な笑みを浮かべた。
「一人の死者も、許さないわよ」
「「「「うおおおおおおおおおおッッ!」」」」
俺たちの教室から、いや校舎中から鬨の声が上がる。
今このときから、この場は戦場となった。
生徒たちは一斉に教室の外へと飛び出していく。
「さすが。こういうことを任せたら完璧だな」
玲次が感心したように唸っている。
まったくだ。頼れるリーダーとはまさにああいうやつを言うのだろう。
神罰が始まったとき、明らかに全員が浮き足立っていた。誰かが先頭を切っていかなければ、誰一人として動き出しはしなかっただろう。
これから死ぬかもしれない。神罰の初日に仲間たちの死を経験している生徒たちが、自ら戦いに行きたいわけはない。
だが、神罰は避けられない。今日がよくても、これから幾度となく訪れる戦いを回避することなどできない。
だとするなら、戦意を持って戦っていく方がよっぽどまともな戦いになる。
「俺たちも行くぞ」
「ああ!」
先日覚えたばかりの神器を神力化にする方法で消していた天羽々斬を復元し、鞘から抜き放つ。鞘は邪魔なのですぐに消す。
そして、現れた神力の塊である白煙を足に纏い、窓を力一杯引き開ける。
「ええ!? そこから!?」
「ここから、だ!」
俺は窓枠を蹴り飛ばし、グラウンドに向かって飛び立った。
グラウンドへと落ちていくのではなく、重力に逆らって空中を滑るように移動していく。
こちらも身に付けたばかりのもので、足に白煙を纏い、体を持ち上げるように使うことで飛行能力を得る技術だ。
空を駆けるように走り、出てきたばかりで動いていない牛鬼に向かい、上に構えた天羽々斬を頭部目掛けて振り下ろした。
何の抵抗も感じずに牛鬼の頭が真っ二つに斬り裂かれる。
牛鬼の頭部からおびただしい量の血が噴き出し、一瞬にして絶命した牛鬼は空間の歪みに吸い込まれるように消えていった。
降り立ったのは牛鬼の群れのど真ん中。
先制攻撃を仕掛けておいてなんだが、もしかしたら好戦的なやつらではないかもという、淡い期待を微かに抱いていた。
だが当然のように、一番近くにいた牛鬼が襲い掛かってきた。一歩一歩で地面を削り取りながら、巨大な質量が突進してくる。
その勢いを殺さないまま、振り上げられた鎌が鈍い輝きを放ち、命を狩り取るために振り下ろされる。
サイドステップで横に躱すと、鎌はグラウンドに深々と突き刺さった。
とんでもないな。図体のでかさは伊達ではない。
内心で嘆息したところに、もう一方の鎌が迫る。
咄嗟に足を振り上げ、仙術で全身を強化し、横薙ぎに迫る牛鬼の鎌を踏みつけると地面に叩き付けた。鎌は俺の軸足ギリギリのところで停止した。
「せぃ……やっ!」
牛鬼の鎌を足場に跳び、真下に引いた天羽々斬で牛鬼の頭を斬り上げた。
ごっそりと頭が抉れたことを横目で確認しながら、倒れ始める牛鬼の体を足場にさらに跳び上がる。先ほどまで俺が立っていた場所には牛鬼が群がり始めた。
俺は空中に白煙を凝縮し、それを蹴り飛ばした。白煙は凝縮すると物質化させることもできるので、空中に凝縮すれば足早や壁としても使えるのだ。
白煙を蹴り飛ばした俺は、離れたところにいる牛鬼を空から強襲し、頭を一突きにする。
動かなくなった牛鬼からすぐに離れ、校舎の方に向かっている牛鬼の前に立ちふさがった。
「そっちに行ってもらうと、困るんだ!」
再び強化した足で地面を蹴り牛鬼の鎌を躱し、顎から腹部にかけて深々と斬り裂いた。
頭の上から大量の血を浴び、牛鬼は血飛沫を撒き散らしながら地面を転がっていく。その牛鬼が死ぬことで、被った血液もすぐに消えた。
「ハァ……ハァ……」
まだまだ扱いに慣れない仙術の連発と神力の扱いに息が乱れる。
今ので四体。まだ牛鬼はざっと数えるだけでも数十体は残っている。
「これは骨が折れるな」
迫りくる牛鬼を前に、再び天羽々斬を構える。
だが俺が飛び出すより先に、後方から数え切れない銃弾が飛来し牛鬼へと襲い掛かった。
「お前無茶しすぎ」
いつの間にか俺の少し後ろに、巨大な銃を構えた玲次が呆れたような顔で立っていた。
「特攻隊長と呼んでくれ」
「俺たちは軍隊じゃないから」
玲次は乾いた笑いながら銃を上げる。
玲次の持つ霊銃【雷上動】だ。天羽々斬に負けず劣らずの力を有する銃とのこと。俺たちの歴史では弓であるのだが、現代の影響を強く受けてか、銃の形状を取っている。
雷上動の能力は、神力が続く限り無制限で弾丸を作れること。この手の飛び道具を放つ武器にはよくある能力らしいのだが、雷上動は他にもいくつか能力がある。
「【兵破】」
玲次が雷上動の重そうな引き金を引く。
放たれたのは巨大な一発の弾丸。だが、それは放たれてすぐに数え切れない銃弾へと姿を変え、迫り来る牛鬼に嵐のごとく襲い掛かった。
雷上動の持つ他の神器にはない能力の一つが、一発の銃弾を無数に増殖させて放つというもの。神力の消費もその分激しいが、もとより神力の多い玲次だからこそ使える技だ。
再び銃弾の猛攻を受けた二体の牛鬼は地面に倒れ伏した。体中を光の銃弾によって撃ち抜かれ、体表部は穴だらけで原型すら留めていない。
だがすぐにその後ろから無傷な牛鬼が倒れた牛鬼を押し退けて、こちらに突っ込んでくる。
玲次は冷静に、右手で銃身の中程にあるコッキングレバーを引いた。雷上動はただ連射するならコッキングレバーを引く必要はない仕様になっているのだが、攻撃を変更する際には必ずコッキングレバーを引かなければいけないという弱点が存在する。
しかしそれだけで、他に弱点らしいものはほとんど存在しない。
コッキングレバーを引いたことで雷上動の攻撃が変化する。
「【水破】」
玲次がトリガーを引いた。
ズドンという重厚な音が響き、衝撃とともに銃口から巨大な弾丸が打ち出される。兵破のように分裂する銃弾ではなく、その一発に膨大な神力を凝縮したただ一つの弾丸だ。
先頭の牛鬼の頭目かけて、一直線に飛ぶ弾丸。
先ほどまでの銃弾なら、一発では精々が怯ませる程度の威力だっただろう。
だが、玲次の放った水破は、牛鬼の頭に突き刺さると、そのまま勢いを一切殺さないまま頭部から後ろの腹部までを貫通した。
如何なるものも軌道上にある限り絶対的に貫通する銃弾放つこと。
兵破と水破、この二つが雷上動の固有能力だ。
「お、おお……」
その弾丸を受けて一撃で牛鬼は倒れる。
「いやはや、大した威力っすね」
そんな感想を漏らしたのは、いつの間に二人の後ろに立っていた、僕っこ新聞記者白鳥だ。
白鳥の両手には、変わった形をした短剣が二振り握られてる。
「何遊んでんのよ」
声が聞こえたかと思うと、鼻先を炎が掠めていき、牛鬼と俺たちの間に炎の壁を形成した。
「一瞬の判断ミスが命取りになるわよ。気合い入れていきなさい」
現れた七海が言うと、校舎から生徒が雪崩れ込んできた。
百人を軽く超える生徒たちが神降ろしで得た神器を手に、猛威を振るっている牛鬼に向かっていく。
今日まででほとんどの生徒は自分の神器を手にしたが、まだ一部は神降ろしを成功させられておらず、降ろした神器も必ずしも強力であるとは限らないので、戦えばどうなるかはわからない。
「全員死ぬなよ!」
玲次が叫びながら再び雷上動から数え切れない銃弾を放つ。
「あんたは無茶しないようにしなさいよ。能力は認めるけど、経験が浅いんだから」
七海は炎の壁を消すと、牛鬼の群れに突進していった。
同時に周りで牛鬼たちと生徒たちの交戦が始まる。
相手の牛鬼は大きく巨大な鎌を持っているため、生徒たちは苦戦を強いられているがなんとか戦っていた。
俺は徹底して前線の牛鬼を潰しにかかる。
制空権を生かして上空から襲い掛かり、急所である頭に天羽々斬で一撃を入れる。
牛鬼は知能自体は高くないようで、不意打ちをすればそれほど強い相手ではない。
「があああ!」
叫び声が響く。
すぐに目を向けると、一人の生徒が牛鬼の鎌によって腕を切断させられており、断面からはおびただしい血液が噴き出していた。
周りの生徒は目の前で起きた壮絶な光景に浮き足立ち、そこに牛鬼が襲い掛かる。
「きゃああああ!」
「うああああああああ!」
断末魔の叫び声が響き渡る。
俺はすかさず体を翻し、倒したばかりの牛鬼を足場に跳び上がる。そして、今まさに生徒に振り下ろされそうになっていた鎌を受け止めた。
「ぐっ……! 怪我をしたやつを連れて下がれ!」
「あ、ああ!」
俺の言葉を受け、腕を失った生徒や攻撃を受けた生徒たちは運ばれていく。
こいつらを全員倒せば体は元に戻るが、死亡した段階でその可能性は消える。生きてさえいればどんな状態でも助かるのだ。
鎌を受け止め動けない俺の元へ、数体の牛鬼が接近し鎌を振り下ろしてきた。
やばいと思ったのも束の間、一陣の風とともに小さな影が牛鬼や俺の周りを駆け抜けていった。
直後、周囲の牛鬼たちの鎌が全て地面に落下した。腕を切断されたにも関わらず、斬られた当人である牛鬼たちは何が起こったのかを理解できていない。
俺を押さえつけていた鎌も落ちると同時に、駆け抜けていた影が横に降り立った。
「僕の力じゃ直接倒すのは時間がかかるので、後は任せたっす」
影の正体は白鳥だった。持ち前のスピード重視の仙術と二刀の短剣で、牛鬼の鎌を腕から斬り落としたのだ。
「助かる!」
鎌をなくして攻撃する術をなくした牛鬼を、仙術を使用して瞬く間に斬り伏せる。
「僕は鎌をどうにかすることに徹するっす。八城君は止めを頼むっす」
先日までのような元気ハツラツという顔ではなく、戦士の目を宿した白鳥は、それだけ言い残すと再び風となって走り出した。
俺も空に飛び、白鳥が攻撃を仕掛けた牛鬼と、交戦している生徒の援護に回りながら戦いを進めていく。
玲次や七海と違い、俺は近距離での細かい戦い方ができるため、援護に回った方が生徒に被害が出ない。
結果、神罰開始から三十分後。
一人の死者なく、二日目の神罰を終えることができた。
「ふぅー、終わった終わった!」
天羽々斬を鞘に入れて消しながら、大きく体を伸ばす。
牛鬼はグラウンド以外にもちらほら出現していたため、全滅までに少々時間がかかったが、なんとか終わらせることができた。
高校を覆っていた黒い結界は消えていき、あらゆるものが神罰前の状態に戻っていく。多少の切り傷を体に受けていたが、破れたブレザーと同じで全て治っていった。
息も吐かぬ戦いに体が倦怠感を覚え、しばしその場に座り込み、落ち着くまでゆっくりと待つ。
そこに、雷上動を消しながら玲次がやってきた。俺は疲れを悟られまいと、自然に立ち上がって手を上げる。
「お疲れさん」
「おう、そっちもな」
玲次も死者がいないことに安堵の笑みを浮かべていた。
「いや、やっぱお前が来てくれて助かったわ。前衛であれだけ自由に戦えるやつって中々いないからな。お前がいなかったら、今日も何人かやられてたかも」
「でも、この程度の敵だったら、このまま死者なしでいけるかもしれないな」
「それができたら、どんなにいいだろうな」
玲次は暗い顔をして首を振る。
「牛鬼は確かに厄介な相手だ。これだけの数が出るのに、単体であれだけ強いからな。でも神罰で本当に恐いのは、少数で出てきたときなんだ」
「少数? そっちの方が楽そうだけど、やばいのか?」
「神罰の妖魔は、数が少なければ少ないほど力を増す。はっきり言って、少数でもまだマシだ。最悪なのは一体のとき。そのときは、覚悟しとけよ」
玲次は暗い顔で空を見上げる。そして、忌々しそうに顔を歪め、舌打ちをした。
「……それじゃ、俺は行くから」
玲次はそれっきり暗い顔のまま、校舎の方に向かって歩いていった。
玲次の態度はよくわからなかったが、何はともあれ二日目の神罰、死者なしだ。
グラウンドを出た俺は、そのまま午後の授業をサボタージュして図書室に向かう。最近は天羽々斬の練習ばかりしていたのでここに来たのも二日目以来だ。
今日は妖魔への知識を得に来た。予め知っていたのなら戦闘もそれだけ有利に進められるだろう。
調べていく内に、玲次の言っていたことの意味がよくわかった。
神罰には稀に単体や数体しか妖魔が出現しない場合がある。その場合、妖魔のレベルは恐ろしく高いことが多い。出てきた妖魔は俺でも知っているような伝説の生物ばかりだ。
一体だけの妖魔が出てきたときは、壊滅的な被害を受けた例も珍しくない。
一説では、複数体を出すエネルギーも一体を出すときのエネルギーも同じだとした場合、複数体を呼び出すエネルギーを一体に集約するからこそ、強大な妖魔が出てくるのではということだ。神罰を起こしている神が意図的にやっているのではないとするなら。
頻繁に現れるものではないが、近々だと、三年前に現れたことがあるようだ。その妖魔は短時間にそれこそ一瞬で大部分の生徒を消し去る力を持っていたらしく、その年は教師たちにも何人も犠牲者が出たそうだ。芹沢先生が言っていた、数年前に神罰について詳しい教員がなくなったという件はこのことだろう。
校舎に残る心葉や教職員を守るためにも、校舎の方に妖魔が行かないように終わらせる必要がある。
「……ん?」
読んでいた本の下部に手書きで書かれた文に目が行く。
――敵……い妖魔が出てきたときに採……法は二つ。一つは神罰が……の時間をひたすら……げ続け……と。二つ目は……所持者の意志にかかっている。
所々文章が擦れていてよく読めない。
察するに、太刀打ちできない敵のときにできることは二つ神罰が終わるまで逃げろ、のような感じか。
でもその最後の文はなんだろう。所持者ってなんだ? 神降ろしの神器のことだろうか。無茶苦茶言うな。
これ以上は読み取れないと思い、苦笑しながら本を閉じたとき、置いていた携帯電話のタイマーが音を立てた。集中し過ぎると時間を忘れるため、以前のような失敗をしないように仕掛けていたものだ。
「夕飯食いに行くか」
神罰のことでバタバタとしていると、さすがに毎日三食料理をするというのも面倒だ。
朝は適当に作り、昼は朝食のときや前日などに作った残りものを入れて弁当で済ませることが多いのだが、夜はたまに学食で食べている。ここで夕食を済ませてしまえば遅い時間までいることができるので、結構重宝している。
図書室を出て学食に向かうと、夕食を食べに来ていた生徒たちで賑わっていた。自宅から通っている生徒もいるにはいるが、ほとんどの生徒は適当に定食を頼んで席を探すと、隅の方の席でカレーを食べている心葉を見つけた。
同席している生徒はいなく、一人だけのようだ。
「おっす、一人か? 一緒に食べても?」
笑いながらそう言うと、心葉は驚いたように顔を上げた。
「あ、凪君。うん。もちろんいいよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら心葉の前に座って手を合わせる。
今日の夕食はカツ丼だ。自分で作るには少し手間な部分があるし、何よりここのカツ丼は絶品だ。大盛りも無料で何より出汁がいい仕事をしている。
「凪君は友達と食べないの?」
それはお前も、と言いかけたが口をつぐむ。
「この高校で友達なんて言えるのはお前と玲次と七海くらいだよ。二日目に目立つこともやってからな、あんまり人が近づいてこなくてさ」
柴崎の件は俺自身ちょっとやり過ぎてしまった感がある。父さんのことを持ち出されたから謝るようなつもりは毛頭なが、柴崎たちが俺を威嚇しまくるものだから、周囲の生徒が近づきにくくなっている。
特に何かしてくるわけじゃないから気にはしていないが。
「あの、八城君」
「ん?」
出し抜けに呼ばれ、持ち上げていた熱々のトンカツを止める。横を見ると、数人の生徒が立っていた。その先頭にいるのは青峰だ。
「おお、青峰。どうかした?」
「えっと、食事中にごめんね。この人たちが昼間のことでお礼を言いたいって」
青峰の言葉に後ろにいる生徒たちが頷く。
「昼間って……なんかあったっけ……?」
大半の時間を図書室で過ごしていた引きこもりの俺にお礼を言われるイベントなどなかったはずだが。
首を傾げていると、後ろの女子生徒が言う。
「あ、あの、神罰のことで助けてもらって」
「ああ、そうなのか。ごめん、俺も一杯一杯だったからよく覚えてなくて」
実際顔を見ている暇なんてなかったわけで。
「でも、助けてくれたのは本当なので……。今日はありがとうございました」
一人の女生徒が頭を下げると、他の皆も続いて下げた。
「いや、気にしないでくれ。こんな戦いなんだから、お互い助け合っていこうよ」
事実気にされても困る。お礼を言われたくてやっているわけではない。
頭を下げていた生徒たちは安堵の笑みを浮かべていた。
「それじゃあ食事をしているところ長話も悪いから、もう行くね」
青峰はちらりと心葉に目を向け、気づかないくらい僅かに眉を落とした。
他の生徒たちも心葉への視線がどこかよそよそしい。生徒たちはそのまま、心葉には何も言わないまま離れて行った。
「モテモテだね」
心葉が悪戯っぽい視線を俺に向ける。
「からかうなって」
俺と心葉だけになり、再びカツ丼へと箸を向ける。心葉も食事を再開し、心葉は楽しそうに笑う。
「私も見てたよ。凪君、大活躍だったね」
「そのためにこの島に呼ばれてるからな。何もしなかったら父さんに怒られる」
役に立たなければ、なんで美榊島にいるのかわからない。
「だから心葉も安心しろよ。俺がヒーローの如く守るから。死なせたりしないよ」
冗談でかっこつけて言ってみたのだが、心葉は何も言わなくただ呆けていた。
「……あの……心葉さん? 今のはボケなので、ツッコミがないと相当恥ずかしいのですが……」
そんな反応をされると照れちゃう。
恥ずかしさに顔を隠していると、心葉が我に返って笑いながら手を振った。
「あはははっ! ごめんごめん。つい何のことかと思っちゃったよ」
さらりと傷を抉られ、傷む胸を押さえる。
「きついぜ心葉さん……」
「はははっ! 本当にごめんって。ぷっ……ぷぷっ……」
心葉はツボに入ったのか腹を抱えて笑っており、謝りながらも笑い続けていた。
恥ずかしさで真っ赤に赤面していた俺だったが、心の底から笑みを浮かべている心葉に、まあいいかと思ってしまう。
その後は普通に夕食を済ませ、また心葉と一緒に寮へと帰った。
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