決着

 神子の肉体に憑依した白峰神はスサノオに背を向け、崩落した丸子橋の方へと再び走る。

 追ってきたバフォメットをすれ違い様に斬り裂き、そのまま勢いを殺さずに、高く跳躍する。人間の肉体では宙を舞うことはできないが、それでも数十メートルはジャンプし、上空の悪魔を貫いた。


 神子は中学時代に陸上競技で全国大会まで出場した少女である。体力・脚力共に、同年代の女子の中では高水準であった。

 そこに今は、神力を肉体的移動速度へと変換する白峰神の魂が宿っている。二人の長所がガッチリと合わさり、並の悪魔では捉えきれない動きを実現していた。

 加えて、日本の聖剣でも最強の部類に入る『草薙の剣』を装備している。


 精神のみの状態となった神子は、自らの身体が無数の悪魔を次々に斬り倒していく光景を客観的に見て、本当に自分の身体なのかと疑問に思うほど驚いていた。

 それほどまでに、白峰神という神を降ろした肉体は、悪魔達を圧倒していた。


 白峰神と神子がバフォメット達を討ち倒している頃、スサノオの戦いも佳境に入っていた。

 七つの首を持つ赤い竜の炎に身を焦がしながらも、噛みつく余力のある首を3本ほどまでに減らしてやった。ヤマタノオロチも弱っているが、まだ戦う力は残っている。

 草薙の剣は強奪されたものの、天羽々斬だけでも充分戦える。サタンの分霊である赤い竜を前にして、英雄神は勝利を確信していた。


「ハッハァ……! やっぱ首の数が勝敗を分けたな……! デカいだけのトカゲが、ヘビに勝てるわきゃなかったんだよバーカ! バーカ!」


 最強の神らしくない、幼稚な罵倒をするスサノオに向かって、赤い竜は全ての口から火炎を吐き出す。恐らく、追い詰められたことによる最後の一撃だろう。だが死に際の一撃というものは、全身全霊の力を込めるもの。

 それを理解しているスサノオは、全ての神力を剣と肉体に込め、自爆ギリギリまで増幅させる。そして赤い竜の吐き出した火炎の中を突っ切り、その爆炎ごと、煌く聖剣で竜の首を斬り裂いた。


 七つの首が全て斬り裂かれ、いくつかは多摩川に転がり落ちていく。

 ヤマタノオロチは、首を斬り落とされ動かなくなった竜の亡骸に近づくと、その身体に向かって真っ赤な大口を開く。大剣サイズの白い牙を覗かせ、その口で――赤い竜の肉を貪る。


「ビクトリィィィィィッ! やっぱ俺様最強ゥ! かーっ! つれーわー。俺強すぎて逆に辛くなっちまうわー。俺ツエーってマジツレー」


 終末戦争に現れる赤い竜を倒したスサノオは、天に向かって勝利の握り拳を突き上げる。その下では、ヤマタノオロチが竜の死体にかぶりついていた。


 ウリエルはその光景を、やや忌々しく思いながら見ていた。

 本来なら、神の軍勢が倒す予定の宿敵。それをこんな島国の、頭の弱い不良のような神に倒されるとは。しかも魔なる蛇を従えて。

 状況的に仕方がなかったとは言え、天上の者としてはとても歓迎できる結果ではない。

 しかし大事なのは、悪を討ち滅ぼすこと。神と天使の面子にかけて、敗北するわけにはいかない。


「シスター・マリアンヌ! 我々も決めますよ……!」


「Amen……!」


 七つの顔を持つ獣に対して、ウリエルとシスターもトドメを刺しにかかる。

 獣は既に全身から大量の血を流し、多摩川を赤黒く染めている。

 全てを破壊し尽すその巨体も、敵に命中しなければ意味がない。ウリエルとシスターはずっと、獣の攻撃が直撃しないように動き回っていたのだ。

 薬物で身体能力が大幅に向上したシスターは鎖鎌を操り、獣の両足を鎖で縛る。そしてその動きを拘束すると、唱え続けて来た聖句を更に加速させる。


「……故に神に従え。故に悪魔に立ちむかえ。さすればの者は汝らの前から逃げ失せるであろう……!」


 聖なる言葉は、魔なる者にとって最も身近な毒。

 そして聖水が濡られている鎖に一度捕まってしまえば、思うように巨体は動かせない。

 そこへ、神の炎を灯したウリエルの剣が振り下ろされる。


「主を愛さぬ者よ、呪われよ。マラナ・タ……!!」


 獅子のような獣の巨体を剣と爆炎が斬り裂き、両断する。

 聖火は怪物の死骸を燃やし続け、灰すらも焼き尽くすまで燃焼した。


 ――こうして、サタンが残していった二体の怪物は倒された。

 激しい戦場となった丸子橋には、ようやく元の静けさが戻ってきたのであった。


「おーぅ、そっちも終わったかい。ご苦労じゃったのう」


 バフォメットを全て倒した白峰神も、神子の肉体を引っさげて戻ってくる。

 スサノオは険しい表情で白峰神にツカツカ歩み寄り、肩叩き代わりにしている草薙の剣をひったくるようにして取り戻す。


「急に俺の武器を持ってくなよ! てかお前、嬢ちゃんじゃねぇな!? 誰が入ってやがる!」


「まーまー、そんな怒るでない。悪い奴らは全部やっつけたし、結果オーライじゃろ」


「――いいえ、まだです」


 白峰神とスサノオの会話に、割って入る声。

 それは今し方、黙示録の獣をウリエルと共に倒したシスターのものだった。

 彼女は鎖鎌を構え、目を見開き、白峰神達に迫ってくる。


「化け物と異教徒は殺さねばなりません……。それに、お嬢さんの身体に憑りついた邪神も祓わなければ……。あぁ、安心して下さい。悪魔に憑りつかれた人から魔なる者を追い出すのは、私の得意分野です……。今、楽にしてあげます……!」


「……何じゃァあの修道女。ヤバい薬でもキメとんのか」


「つーか俺ら邪神扱い? アー、アイアムジャパニーズヒーロー。ベリーベリースーパーなゴッドなのデース。ワカリマス?」


 スサノオ達の言葉を無視し、シスターは今にも斬りかかってきそうな雰囲気を出している。

 彼女の眼前には異教の神と、ヤマタノオロチという怪物。蛇はキリスト教においても忌避される『悪』の象徴。狂信者であるシスターが日本勢を倒すべき敵として認識するには、要素が充分に揃い過ぎていた。


「おやめなさい、シスター! 彼らは我々に害をなす者ではありません。それよりサタンの行方が気になります。今はこの場から……!」


「なにゆえェ!? 何故お止めになるのですかセラフィム!! 我らはローマ・カトリック、我らは熱心党! 神の敵を討ち滅ぼさんとする敬虔なる信徒の群れ!! その私に向かって、異教徒に背を向けよと仰るのですか!? 獲物を前にして、獅子に小鹿を喰うなと、そう言われるのか!!」


 シスターの迫力に、まさかの天使までもがたじろぐ。

 これがS級エクソシスト。これが代々、最強の処刑人に与えられる『シスター・マリアンヌ』の称号を受け継いだ人間の凄み。

 教義のためなら教祖をも殺す。下手をすれば、天使にすら牙を向けそうだ。


「――がッ、ふ……!」


 しかし。白峰神達を狩ろうとしていたシスターは突如、口から大量の血を吐き出して膝をつく。

 その様子に、場にいる全ての者が驚愕した。


「なんじゃ!?」


「オイオイ……!」


「シ、シスター!」


 天使はシスターに寄り添い、彼女の身を案じる。

 明らかに薬の副作用だ。事情をよく知らないスサノオや白峰神でも、それは理解できた。

 人間の肉体的限界を超えて、悪魔や怪物と戦うために。そのために再生治療技術や薬物での人体強化を図ったのだろう。だがそれほど強力な科学技術を、何のリスクもなく扱えるはずがない。

 目的のためなら手段を選ばない、人間の貪欲さ。業の深さの一部を目の当たりにし、日本の神々は何も言うことができなくなってしまった。


「神の、敵を……。我らの……敵、を……!」


「……もう良いのですシスター。今は少し、休みなさい……」


 自力では立てないシスターを抱きかかえ、ウリエルは純白の翼を羽ばたかせる。

 そして酷くバツが悪そうに、上空から日本の神々を見下ろした。


「……ひとまず、この場はこれで納めましょう」


「ま、ワシらはお主らと戦いに来たわけじゃないしのぅ」


「民間人を悪魔達から逃がすっつー、俺らの目的は達成されたしな」


「……心遣い、感謝致します」


 完全に気を失ったシスターを抱えて、ウリエルは飛んで行こうとする。

 その去り際に白峰神が小さく言った言葉に、複雑な想いを巡らせながら。


「……あんまり、人間をいじめてやるなよ」

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