5章 東京潜入作戦

富士の魔王

「前回までの『やおよろズ!』のコーナーっ!!」


 悪魔王サタンが持つ石板タブレット型コンピュータの中で、露出の多い恰好をしたピンク髪の少女が、画面越しに語りかける。

 しかし、世の男共を虜にする魅惑の声色は、『日本の魔王』には通用してはいなかった。


「いぇーい、ノッブ見てるゥー!? アスモデウスちゃんでぇ~すっ☆ 収録日的には京都襲撃前なんですけど、貴方が完全復活したていで解説していきますねー!」


 映像の中のアスモデウスは、快活な笑顔を見せる。

 だが七つの大罪『色欲』を司る彼女は、今はもうこの世にいない。京都襲撃戦の折、ヴァチカン所属S級エクソシスト『シスター・マリアンヌ』によって、首を刈られたのだから。


「時は2019年12月! ノッブが本能寺でおっ死んでから約400年後! 日本の首都東京は突如湧き出た私達悪魔によって大壊滅! 悪魔とバケモノが跋扈する街で、それでも抵抗を続ける日本の神々! ウザイよねー、邪魔だよね~!」


 復活した第六天魔王、織田信長。既に人外へと成り果てた戦国大名は、眉一つ動かさず、白い息を吐きながらタブレットを見つめる。


「生き残った日本人共を保護しながら明治神宮に籠城する白峰、ツクヨミ、天神の三柱! 巫女の榊原神子を守りつつ、『暴食』のベルゼブブを見事撃退したのでした!」


 『明治天皇』の神性を用いた結界で、ベルゼブブは白峰神ごと閉じ込められた。そして白峰神の怨霊としての全エネルギーが暴発し、相討ちとなった。

 どこで撮影していたのか、その輝く爆発の映像も、アスモデウスの解説と共に流れていく。


「京都へと避難するため明治神宮を離れる一行。しかしそこに我らが悪魔王、サタン様が襲来! 多摩川丸子橋で全滅かと思いきや、スサノオが出て来て邪魔をして! 本当イヤになっちゃう!」


 サタンと戦う、日本神話最強の神素戔嗚尊スサノオノミコト。サタンと斬り結び、生み落としたドラゴンをヤマタノオロチと共に倒した。その際に、神子の肉体に宿った白峰神とも共闘した。

 ライオンのような『黙示録の獣』も、シスター・マリアンヌとウリエルによって討ち倒される映像が続いた。


「避難民を連れて装甲列車へと乗り込むツクヨミと天神! しかしそこにも追撃の手が伸びる! 雷の悪魔フール・フールと機械天使ラミエルによって天神は追い詰められるけど、怨霊菅原道真として、雷神としての本気を出しちゃって! 北欧神トールすらも驚く雷撃で追っ手を振り切ったのでしたとさ! 最悪!」


 己の存在を賭け、人々を守り切った天神。彼の消失と引き換えに、無事に人々も――神子も、京都へと辿り着く事ができた。


「でもでもアタシ達の攻勢は止まらない! 今度は京都に向かって襲撃旅行♪ さーてどうなる事やら、続きはノッブ自身の目で確かめてね~☆」


 そこで映像は終了した。


 結果的に、『京都を襲撃して壊滅させる』という成果は得られなかった。

 アマテラスや神仏達の反撃があり、京都側の損害は軽微。

 神子を狙った犬神の祟りも、白峰神や巫女の珠姫、本懐寺顕斗の尽力で退けた。


 しかし襲撃はそれ自体が囮。本来の目的である『魔王復活』は、成し遂げられたのだった。


 そうしてサタンは信長を連れ、この『富士山』の頂上まで来た。これまでの出来事と、これからの話をするために。


「……ここまでで、何か質問は?」

「………………」


 信長は何も答えない。ただ赤い眼光と、禍々しい黒いオーラを放ちながら――富士の頂より見える景色を、目に焼き付けていた。


「……甲州征伐で武田氏を滅ぼした時以来かな? それでも、実際に頂上に登るのは初めてだろう。どうだい、この国を手中に治めようとしたキミが、生前見られなかった――」

「何を」


 ピタリと。信長の『問い』に、サタンの言葉は止まる。


「……何を夢見る? 伴天連の悪神よ。余を眠りから覚まし、うぬは何を為す?」


 いつの間にか、『銃口』がサタンの眉間に向けられていた。

 信長の右手から真っすぐに伸びる火縄銃――いや、『魔砲』が照準を合わせている。

 だが至近距離で銃口を突き付けられても、サタンが微笑みを崩す事はなかった。


「『天下布武』……それがキミの掲げたスローガンなら、私は『天魔布武』といったところかな?」


 天魔――第六天の魔王によって、世界に武を布く。

 だがその言葉が、『嘘』である事を見抜き、下らぬ冗談に信長は引き金を引いた。


「ガッ……!?」


 その断末魔は、サタンでも信長の物でもない。銃声の後に、穴を開けて落下したのは、タブレットと三本足の『八咫烏ヤタガラス』だった。

 硝煙の白色と臭いを上げながら、信長は魔砲を下ろす。

 眉間を撃ち抜かれる事のなかったサタンは、銃殺されたカラスとタブレットを見下ろしながら、黒い大翼をはためかせた。


「……この国である必要があったんだ。そしてキミの助力も不可欠だ。行こう、時代の革命児よ。まだまだこれから、八百万どころではない神々が集うだろう」

「で、あるか」


 そして信長も上空に舞い上がり、東を目指す。

 全てが終わり、全ての地獄が始まった魔都――東京に向かって。

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