戦いの果てに
強欲王マモン、
悪魔達がうごめくこの東京で、俺は何度も何度も命の危機に晒された。
ヒカリという小さな命を背負い――正直、無事に東京を脱出できるのか、とても不安だった。
だがそこに――絶対絶命のピンチに、俺は『彼ら』と出会った。
自衛隊員の福原さん、キリスト教徒のルーサー・マガール牧師、出雲大社より遣わされたシロウサ、ウズメさん……。そして日本神話最強のスサノオ。
彼らの活躍によって、俺もヒカリも命を落とさずに済んだ。
あまりにも多くのことが起き過ぎた。時間が凝縮されているような感覚。こんなに濃密な一日は、きっと後にも先にもないだろう。
「……なぁ、牧師!」
「なんだ……」
血を流して満身創痍なマガール牧師に肩を貸しながら、俺達は『ある場所』を目指す。
シロウサの背に乗るヒカリは、相変わらず心配そうに俺達へ視線を向けてくる。
だが、きっともう大丈夫だ。何故だか分からないが、俺はそう感じていた。
「東京から出たらさ、最初に何しよう……! 俺は美味いもん食って、一日中寝て……。それから、また学校行って勉強したいな……! キリスト教のことも、日本の宗教についても」
俺は、何も知らない無力な人間だ。だが、そんな俺でも今こうして生き残っている。そのことを神様達に感謝しようにも、感謝すべき神のような人々が多すぎる。
だからせめて、学ぼうと思った。知ろうと思った。彼らのことを。彼らの信じるもののことを。
「牧師は、どうしたい……!?」
割れた道路を、弱弱しい足取りで、それでも一歩一歩と牧師は進む。
ボロボロの身体で話しかけられて、迷惑だろうか。そんなことはないはずだ。マガール牧師は、とても優しい牧師さんなのだから。
「そうだな……」
牧師は顔を上げる。福原さんの眼鏡を失った素顔で、正面を見据える。相変わらず鋭いその眼光の先には、何を見ているのだろうか。
「……タバコ、吸いてぇな。もう一ヶ月も吸ってない」
「聖職者ってタバコ吸って良いのか?」
「良いんだよ。口から入ってくる煙が人を汚すんじゃない。口から出ていく言葉が、人を汚すんだからよ」
そしてその横顔はニヒルに笑う。
俺もいつか、こんなカッコイイ大人になれるだろうか。きっと無理だろうな。
「おーぅ、お前らァ! 無事だったか!」
「お待たせー☆」
ちょうどそのタイミングで、上空からスサノオとウズメさんが舞い降りてきた。
彼らが無事に戻ってきたということはやはり、強欲王マモンも討ち倒すことができたということなのだろう。
結果的に誰も欠けることなく、俺達はこの窮地を脱したのだ。
その事実に、誰しもが歓喜し喜びを分かち合う。
「よし、このまま一旦海まで出るぞ」
「てかシロウサ大丈夫ー? メッチャ傷ついてるじゃん」
「心配ご無用……! やわな鍛え方はしておりませぬ!」
「ウサちゃんカッコイイー!」
「牧師、もう少しだけ歩けるか……!」
「ああ……すまないなマサヤ……」
「いや~良かった良かった。皆生き残って、ボクちんも感激~☆」
――その瞬間。場にいた全員の背筋が、凍り付いた。
「『獄炎一刀』ォオ!!!」
突如として俺達の目の前に現れた『ピエロ』に、誰よりも早くスサノオは斬りかかった。
だが笑顔を浮かべるピエロは「ふっ」と息を吹きかけると、その吐息は瞬く間に突風へと成長し、絶大な威力へと変わった。
「ッ!?」
神炎が消し飛ばされ、スサノオの身体は俺とマガールの足元にまで弾き飛ばされた。
いつもの間にか集団に溶け込んでいた、違和感のなさ。英雄神の一撃すら軽くあしらう、底知れぬ力量。
全員が理解していた。コイツは――このピエロは、『ヤバすぎる』と。
「『神縛りの舞い』ッ!!」
「わー、すごーい! なんか伝統を感じるダンスだね~」
ピエロの青年はパチパチと拍手し、ウズメさんの舞いすら効いていない様子だった。それはつまり、今更確認するまでもなく、上級以上の悪魔であるということ。
「包囲結界!」
スサノオもウズメさんもまるで相手にならなかったピエロに、シロウサの結界が展開される。
頑丈な檻のように、ピエロの周囲を半透明の結界が包む。
「お?」
だが――俺の予想通り、その結界すら無意味であった。
力づくで破壊したのではない。そこにまるで結界など無いかのように、ピエロはスタスタと、徒歩で結界を突破した。
「耳塞げマサヤッ!」
牧師の声に反応した瞬間、マガール牧師は既にライフル銃を発砲していた。
俺は耳を押さえながら、牧師の迷いのない行動を見て、確信していた。人間を撃ち殺すことを良しとしなかった牧師が、ためらいなく引き金を引いた。
やはりあのピエロは、人間どころの存在ではない。
しかし銃声が鳴り響いた後、俺達は愕然とした。
ピエロはニヤニヤと笑みを浮かべたまま、牧師の銀の銃弾を『口に咥えていた』のだから。
そして前歯で弾丸を噛み砕き、スナックでも味わうかのようにボリボリと咀嚼してから飲み込んだ。
「ダメだよー。僕は悪魔じゃないんだからさー」
「テメエ……! 何モンだっ!」
スサノオに問われ、ピエロの青年は可笑しそうに笑う。
俺は知っている。こんな状況で笑うことができる奴は、少なくとも俺達の味方ではない。
「北欧神話……ファールバウティとラフウェイの子、『トリックスターのロキ』だよ。よろしくね!」
友好的な笑顔、台詞、愉快なピエロの姿。
だが、その全てが胡散臭い。それは、俺以外の全員も理解していた。
まるで俺達など眼中にないかのように、その瞳の奥の『闇』は、氷点下の寒冷地より温もりを感じられなかった。
この状況は、まさに小さな子供が、アリや羽虫に語り掛けている時と同じだ。そして俺達はロキと名乗ったピエロからしてみれば、取るに足らない虫ケラというわけだ。
「……ウズメ、シロウサ。コイツら連れて逃げろ。俺が時間を稼ぐ」
「しかし、スサノオ様……!」
話し合っている暇はない。体勢を立て直したスサノオは再び、二振りの聖剣でロキへと立ち向かった。
だが。全員がスサノオの動きに合わせて行動をしようとした瞬間。ロキは既に『行動を終えていた』。
――ロキは俺の目の前で、ニッコリ笑っている。
「見てたけど、キミ面白いね!」
死の恐怖は何度も味わった。絶体絶命のピンチは、これまでに幾度もあった。だがその度に、勇気を出して何とか生き残ってきた。
しかし、今は――俺はただ『受け入れていた』。
高い所から飛び降りれば落ちる。火に紙をくべれば燃える。風が吹けば木の葉は舞う。抗いようのない、世界の法則。
それらと同じくらいの『常識』で、「俺は死ぬんだな」と冷静に把握していた。
急いで振り向くスサノオ、銃を構える牧師、槍斧を投げ飛ばそうとするシロウサ、叫ぶウズメさんとヒカリ。
それらがまるでスローモーションのように見え、俺のこれまでの人生が走馬灯となって想起された、その時――。
「おっとぉ?」
――墨田区に、いや東京中に響き渡るような轟音が鳴り響いた。
その直後に、大地が僅かに揺れる。
「地震……!?」
「爆発のような音も……!」
「マサヤ! とにかく距離を取れ!」
混乱する状況。騒然とする神々。だがその中で何故か、ロキによる脅威は誰しもが瞬時に忘れてしまっていた。
「……はっはーん、さては到着したね? 『彼ら』がさぁ」
既に俺達への興味を無くしたのか、ロキはどこか遠く、別の場所を見据えている。
だから助かったのか。子供の気まぐれで、アリを殺す遊びはもう止めにしたというのか。
ロキが視線を向ける方向。そして轟音が鳴り響いてきたのも、俺達の目的地も――スサノオ達が言う『切り札』があるのも、同じ方向。
全ての思惑の先には、大いなる『東京湾』が存在していた。
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