素戔嗚尊

 マガール牧師もシロウサも。そしてマサヤ、ヒカリといった民間人も。それぞれが死力を尽くし窮地を脱した。

 だがまだ、終わりではない。全ての根源は、討ち倒されてはいないのだから。


 東京の守護を任とする悪魔――マモン。強欲を司る彼の者を倒さなければ、誰も安心することができない。

 追撃の悪魔に立ち向かうは、日本神話最強。灼熱の神力と気合で全てを振り払う、英雄神スサノオである。


「何度来ようが無駄なことだぜ……! 無敵、最強、そして最高! このスサノオノミコトの前には、誰も勝てやしねぇんだから!」

「品位のない土着神が……! 貴方方には、ここで退場して頂きます!」


 浅草雷門上空。

 ブリュンヒルデやケルビエル、そしてインドラと悪魔達が戦っている場所よりも、更に高い位置にて。


 金色の悪魔を前にして、不良のような赤髪の神は両手に剣を持つ。

 右手に持つは『天叢雲剣アメノムラクモノツルギ』。三種の神器の一つ、草薙の剣である。

 左手に持つは『雨羽々斬アメノハバキリ』。スサノオが所持する、ヤマタノオロチを切り刻んだ名刀。


 それらを構えるスサノオが放つ、爆炎の『神域』。サタンが放つ瘴気と、分類的には同じである。この炎に囲まれた者は誰も脱出できず、外部からの侵入も許さない。


「タイマンでやろうぜ、金ピカデブ。ザコを相手にしてもつまんねーんだ」

「私は良いですが……。お仲間は大丈夫ですか?」


 マモンは不敵に笑う。その意図するところは、すぐにスサノオも理解できた。

 東京にはまだまだ数多の悪魔がいる。何十体というバフォメットの群れは、青髪のウズメに向かって飛来する。

 しかもそれらに加え、悪魔を崇拝する人間達も武器を手にし、雷門周辺に集まってくる。

 非戦闘員であり、日本国民には手を出せないウズメ。的確に相手の戦力を削ろうとしたマモンの策略だったが――スサノオは、何の心配もしていなかった。


「問題ねーよ。そうだろウズメ!」

「はいはーい☆」


 雷門の屋根に乗り、その長髪を振り回し踊るウズメ。着物が風にたなびき、なめらかな美しい肢体が見え隠れしている。

 その扇情的な舞いに、バフォメット達も悪魔崇拝者達も釘付けになる。まるで、見えないチカラで拘束されているかのように。


 これが『天鈿女命アメノウズメノミコト』の神力。

 神に捧げる神楽舞の起源。全ての巫女の始まりとなった神。日本最古の踊り子である彼女の舞いには、見る者を釘付けにし身動きを封じる力があった。そのチカラは、八百万の神々すらも夢中にさせるほどである。


 故にスサノオは、ウズメの心配をする必要がない。悪魔の尖兵や人間程度では、ウズメの拘束からは逃れられない。その間に、マモンを倒せば良いだけなのだから。


「なるほど……。どうやら、私が直接手を下さなければならないようですね。仕方ありません……。まずは貴方を殺し、その後に貴方のお仲間達の亡骸も、お帰りになったサタン様への供物と致しましょう」

「やってみろや! テメエの脂肪こそ、冥土の土産にしてやらぁ!!」


 爆炎を巻き上げ駆け抜けるスサノオ。

 対するマモンは、その手に金色の『モーニングスター』を握った。


「星球武器か! んなもん、俺の火炎で熔かしてやるよッ!!」


 棍棒の先端に、星形の鉄球が取り付けられた攻撃的な打撃武器。

 重量級の得物を扱うマモンに対して、スサノオは更にその上を行く攻撃力で圧倒しようとしていた。


「貧相な知性で、『強欲』を司る私を倒せると思うな……!」


 マモンの振るったモーニングスターは突風を巻き起こし、スサノオの火炎を打ち消しながら本体を狙う。

 スサノオは咄嗟に二振りの聖剣を交差させガードしたが、手にはビリビリと痺れる衝撃が伝わってきた。

 マモンは見た目通り、シロウサにも匹敵するパワーを持った悪魔のようだ。


「オラァッ!」


 しかし、日本の英雄神も負けていない。

 ガードしたままの姿勢で右足に神炎を付与させ、マモンの腹をブーツの底で蹴り付けた。

 でっぷり太った腹に靴底の痕がハッキリ焦げ付いている。遠慮のないヤンキーキックに、マモンはたまらず後退し、炎で囲まれた神域のギリギリまで距離を取った。


「戦い方すら下品なのですね、この国の神は……!」

「あァん? 人の国に土足で乗り込んできた連中が何言ってやがる。それに俺は昔から、勝つためには手段を選ばない主義なんだよ」


 そもそもスサノオは怪物ヤマタノオロチ討伐の際も、まず強い酒を飲ませ泥酔させた所を切り刻んだ神である。

 神話の時代から手の付けられない乱暴者、型破りな英雄として存在してきたのだ。

 そのスサノオに向かって「卑怯」だの「品性がない」だのという主張は、あまりにも的外れであった。


 そんな英雄神にマモン一体で対峙するのは、かなり不利に思える。

 しかし強欲王マモンは――微かに笑っていた。


「ならばこちらも、手段を選ばずに戦いましょう!」

「!?」


 スサノオは不意を突かれた。

 それは、モーニングスターの星球が自分に向かってきたのが『第一』の驚きであった。

 棍棒部分から分離し、鎖に繋がれた鉄球が高速でスサノオに突進する。マモンの武器はただのモーニングスターではなく、連接棍――正確には『フレイル』に分類される武器だったのだ。


「ハッ! その程度の不意打ち!」


 しかし、スピードも一級品であるスサノオには無意味である。

 一瞬驚いたものの反射のような速度で飛び退き、一直線に向かってきた星球を難なく回避した。

 だが、その油断が――たった一度の不意打ちをかわした慢心が、『第二の』奇襲を可能にさせてしまった。


「弾け飛べッ!」

「……!?」


 マモンが叫んだ瞬間。かわしたはずの星型鉄球から、無数の『トゲ』が発射された。

 全方位へ無差別に放たれたそのトゲは、スサノオの身体に突き刺さる。


「ぐあっ……!」


 そこへ。トゲを発射し丸裸となった鉄球部分が、追撃としてスサノオの腹に叩き込まれた。

 モーニングスターの鎖を巧みに操り、マモンはスサノオにダメージを与えることに成功したのだ。


 分離するモーニングスターの星球。更に、発射可能な星級のトゲ。二段構えの攻撃が可能な武器に、スサノオは完全に出し抜かれてしまった。


「悪魔の使う武器を、人間のそれと同じだと思わない方が良いのですよ……!」


 鎖を棒に収納し、更に新しいトゲもモーニングスターから生えてくる。

 腹部を押さえながらトゲを引き抜いて捨てるスサノオは、忌々しくマモンを睨んでいる。口からは血の混じった痰を吐き、神の肉体が内臓レベルでダメージを負ったことを窺わせた。


 七つの大罪の一角を任されたマモン。その力量はサタンにも匹敵するほどだ。

 油断や手加減をして勝てるような存在ではない――と、マモンは自身を客観的に評価していた。


「……なぁ。お前さぁ、悪魔の中ではどれくらいの強さなんだ?」


 突然の質問に、マモンは疑問符を浮かべる。しかし不意打ちや時間稼ぎをする様子でもないため、素直に答えてやることにした。


「……? 偉大なるサタン様を筆頭とし、そうですね……。私は上級の悪魔です。全悪魔の中で、5本の指には入るでしょう」

「トップファイブが不意打ちで、これか……。分かった。もう良いわ」

「何を――」


 マモンには不可解だった。

 口元の血を拭う不良のような神が、何故こんなことを言うのか。

 敗北の恐怖に怯えるわけでも、己の命を諦めた風でもない。ただ、何かを悟った顔をしていた。


「……俺はこの国で一番強ぇ神なんだよ。俺ツエーんだよ。そんな俺がサタンでもねぇ悪魔に負けたら、この国の誰もソイツには勝てねーってことになっちまう。だから、俺は……! サタンでもねぇお前なんかに、こんな所で苦戦してる場合じゃねぇんだ。どてっ腹に一発喰らって、ようやく思い出したわ」


 神力が増加する。スサノオとマモンを取り囲む火炎が揺らめき、酸素は薄まり、黒煙が立ち込める。

 そしてマモンは、信じ難い光景を見た。

 スサノオの腕が、足が、その全身が――『肉体そのもの』が、高温に揺れ動く業火へと変貌したのだ。


「なっ……!?」



『テメーはとっくにアリ地獄にハマってたんだよ。俺の神域に足を踏み入れてしまった時点でな』



 神域が、徐々に迫ってくる。

 このままでは火炎の壁に押し潰され、灰も残らず焼き尽くされてしまう。


「こ、この程度ッ!」


 汗を浮かべるマモンは再び、スサノオに星球を飛ばす。鎖に繋がれたモーニングスターの先端部分は、確かにスサノオの身体を貫いた。

 しかし。聖剣を両手に握り、達観した両目を浮かべるだけの『火柱』を貫通したとしても、何の意味もなかった。

 無数のトゲを発射し、火炎そのものとなったスサノオを打ち消そうとする。だがそれすらも、固体の質量を持たない火には影響を及ぼさない。


『サタンの配下がどんなもんかと期待したが、もう良い。ザコに時間はかけてらんねぇ』


「あぁ……! サ、サタン様ッ……!」


 灼熱はモーニングスターを溶かし、聖剣を握った火炎の腕は触手のように自在に動く。そしてマモンの両腕と翼を斬り落とし、脱出の手段を全て奪う。

 そして神炎の檻は、肉と脂にまみれた強欲王の肉体を、骨の一片まで燃やすべく集束する。


不知火シラヌイ薄刃陽炎ウスバカゲロウ


 スサノオの神域は一点に集まり、高層ビルよりも高い火柱を上げた。


 激しい熱と光が納まるとそこには、赤髪の青年の肉体へと戻ったスサノオ『だけ』が、涼し気な顔で宙に立っていた。

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