士郎・左尋坊・因幡
ルーサー・マガール牧師が、悪魔崇拝者と戦っていた頃。
ウサギ頭のシロウサと弓矢を扱う悪魔バルバトスは、割れた道路の上で互角の戦いを繰り広げていた。
「フレア・アロウ」
悪魔の放った弓矢は火炎を放ち、シロウサの脳天を狙う。
それに対するシロウサは、槍斧のハルバードで燃え盛る矢を叩き落とした。
しかし火炎は消えず、燃焼物のないはずのアスファルト上で燃え続けている。
「熱くはないか童よ!」
「大丈夫だよウサちゃん! むしろあったかい!」
「そうか……! だが拙者はウサちゃんではない!」
背中にしがみつくヒカリを心配するシロウサ。そんなウサギの武者に向かって、更に矢が放たれる。
シロウサはハルバードを突き刺し、正面に結界を発生させて防御する。
その障壁を打ち破ることはできず、漆黒の矢は粉々に砕け散った。
「……火も恐れぬか。やはりただのウサギではないらしい。兎狩りは得意だったが……。どうやらこれは、手加減をしている場合ではないな。なぁ? シロウ・サジンボウよ」
「あまり見くびるなよバルバトス……! 拙者は古の時代より因幡地方に存在する聖なる神獣! 『ワニ』に襲われていた所を、オオクニヌシ様に助けて頂いたのだ……! 忠義を持って大恩に報いる! 拙者の義侠心が、お主を討ち滅ぼす……!」
鋭い眼光に低く響く大声。その威圧的な強者のオーラを感じ取り、バルバトスはギザギザの歯を覗かせて笑う。
「ならばこれはどうだ……ッ! 『
矢を三本連続で放つ。それらは魚や蛇のように空中を自在に動き回り、槍斧で叩き落とすのを困難にさせる。
「だが、速さは足りていないッ!」
冷静に矢の弾道を見抜き、最初に放たれた矢を斬り落とす。これで残り二本。
「――お前には『思慮』が足りていない」
「!?」
矢がうねり、シロウサの遥か後方をすり抜けていく。狙いがズレたのか。そんなはずはない。矢の軌跡は、バルバトスが自在に操作しているはずなのだから。
二の矢が狙ったのは、シロウサ本体ではなかった。その背中に無邪気に掴まる少女――真里谷光に矢じりが迫っていた。
「ぬゥんッッ!!」
腰を捻り、振り向きざまにその矢を破壊する。
しかし――。ヒカリを狙った二の矢に気を取られ、最後の三の矢はシロウサの左脇腹に突き刺さった。鎧を貫通し、鋭い先端が兎肉を刺す。
「ぐっ……!」
「『fire』!」
「!?」
バルバトスの声に応じ、三の矢が『爆発する』。
鎧を吹き飛ばし肉を焦がし、あまりの痛みにシロウサは片膝をついてしまった。
「ぐっ……!」
「ウサちゃんッ!」
「しっかり掴まっていろと言っただろう!」
「……! う、うん……!」
怒られたことによるものか、あるいはシロウサを心配してかヒカリは目に涙を浮かべる。しかし決して泣き出しはせず、シロウサの大きな背の上で、柔らかな毛皮を強く握る。
幸い爆発の規模は大きくない。鎧が壊れ肉が焦げただけで、内臓までは吹き飛んでいない。すぐに神力で止血すれば、まだ戦える。
しかしまだ立ち上がれないでいるシロウサに、バルバトスは笑みを浮かべながら近づいてくる。
「どうした……? この国の連中は『ヤマトダマシイ』とか『ブシドー』があれば戦い続けられるのだろう……? まさかその程度で、降参するつもりではないだろシロウ」
「当然だ、バルバトス……!」
痛みを堪え、シロウサは立ち上がる。恩義のため日本の国民のため。そして己の背に乗る小さな命のために、負けるわけにはいかない。
「逃げるだけの兎を狩るのは退屈なんだ……! 立ち向かってくるウサギなどそうそういない。もっと俺を楽しませろ、シロウ……!」
再び、バルバトスは矢を放つ。『ロビン・フッド』であった技巧を駆使し、僅か数秒で五本も射出した。
それらは再び空中を動き回り、シロウサとヒカリを狙う。
「包囲結界!」
負傷した状態で、ハルバードを用い全て叩き落とすのは困難と判断したシロウサ。檻のような結界を展開し、自分達の周囲を守る。
しかし。脇腹の治療にも神力を回している不完全な状態で、いつもより『脆い』結界は悪魔の矢に耐えきることはできなかった。
「fire」
結界に突き刺さった五本の矢がそれぞれ爆発する。結界はガラスのように粉々に砕け、シロウサ達を守る『箱』は失われた。
そこへ、バルバトスのピンポイント射撃が迫る。それも、今までで一番の速度を誇っていた。
『自在に動き回る代わりに、速度を犠牲にする矢』に目が慣れていたシロウサは、その最速の矢に対応できなかった。
ハルバードで叩き落とすこともできず、利き腕である右肩に矢は深々と突き刺さる。
「ぐぁ……ッ!」
「……次は足を狙おうか」
世界でも有数の矢の腕前を誇るロビン・フッド。そして悪魔バルバトスとしての、豊富な特殊効果を持った技の数々。
矢の緩急すら自在に操る強敵に、シロウサは未だかつてない苦戦を強いられていた。
「先に言っておくが、今更降参しても遅いぞ。お前は殺して毛皮の服にしてやる。そしてその子供はサタン様への大切な生贄だ。ウサギの肉と共に、スープにするのが良いだろうな」
「……!」
人命を軽く扱い、この東京を我が物顔で支配する悪魔達。奴らを倒し、再び日本という国を取り戻すためスサノオやシロウサはこの地に来た。
まだ、何も始まっていないのだ。大規模反抗作戦も、『切り札』の投入も、ヒカリという少女の救出すらも。
ここで負けたとあっては、恩のあるオオクニヌシに顔向けできない。そう思ったシロウサは右肩の矢を強引に抜き取り、再びハルバードを固く握って構えた。
「貴様らのような下賤な連中に調理されるほど、拙者の肉は安くない……!」
「ハッ、どうせ繊維質で固そうなお前の肉など、安く買い叩かれ――」
――『神速』で迫ったシロウサの槍が、バルバトスの帽子を吹き飛ばす。
「ッ……!?」
反射的に半歩下がっていなければ、今の槍の一撃でやられていた。
バルバトスは突然の事態に一瞬困惑し、しかし二秒後には理解していた。
「
そこには――純白の毛皮に覆われた上半身を見せるシロウサの姿があった。そして槍斧であったハルバードは、巨大な斧部分が道路に横たわっている。
脱いでも、いや脱いだからこそ、屈強で大柄なシロウサの肉体を視覚的に把握できる。ウサギというより、まるで立ち上がったクマだ。槍を持ち高速で迫る二足歩行の熊。字面に起こせば、その脅威がより分かりやすい。
「白峰権現ほどの速度で出ないが……。それでも、貴様の矢に追いつくには充分だ」
「ならば、確かめてやろう!!」
バルバトスは本気を出す。炸裂する矢は、今度は十本。
鎧を脱ぎ捨て重りの無くなったシロウサは、槍で矢を次々と落としていく。
「だが……!」
再び矢の動きは不規則に揺れ、シロウサの背に乗るヒカリを狙う。
人命という一番重い装備を積んで、自ら不利になっているシロウサを悪魔は嘲笑する。
「背後かッ!」
振り向き、自分達に突き刺さる前に矢を叩き落とす。だが今度もまた、振り返ったシロウサの隙を狙って別の矢が迫る。
――ヒカリは足手まといだと。重りだと。
そう『油断』し自ら不利になったのは、バルバトスの方だった。
ヒカリと『目が合った』悪魔は、それを瞬時に理解した。
「右から来るよウサちゃん!」
「……! 承知!」
ヒカリを乗せたまま、シロウサは高くジャンプする。
シロウサの右足を狙った矢は道路に突き刺さり、運動エネルギーを失い、ただの棒切れになってしまう。
「左上!」
「ぬゥん!」
「右横っ!」
「ハハッ、これは良い!!」
見える範囲の矢はシロウサが迎撃し。後方や見えない死角からの矢は、ヒカリが瞬時に教える。
まさかの連携プレーにバルバトスも、シロウサ自身すらも驚愕していた。
「この、ガキが……!」
「……幼き少女を拙者の『弱点』と思ったな……? だが強さと弱さは表裏一体。今の拙者は、背中にも目が付いている状態だ! 貴様の魔なる矢は、もう拙者達には通用せん!」
一転攻勢。思わぬ突破口を見つけたシロウサは、焦りの表情を浮かべるバルバトスに一気に迫った。
「くっ……!」
バルバトスは正面のシロウサに矢を向ける。
だがここまで来ればもう、近接武器が有利の間合い。バルバトスの矢を弓ごと剛腕で吹き飛ばし、その右足に槍を突き刺した。
「ぐあぁ……ッ!」
「……そういえば貴様は、一度も拙者の攻撃を喰らっていなかったな」
汗を浮かべ見上げるバルバトスの視界には。大柄でコワモテのウサギが、握り拳を作っていた。
当然その拳には、神力がたっぷり詰まっている。
「ウサギを狩る時は、狩られることも覚悟しなければならない。……勉強になったな」
――全力で、悪魔の頭部を殴りつける。
その衝撃波で道路は割れ、悪魔はアスファルトにめり込んだ。
今までの脅威はどこへやら、白目を向く弓矢の悪魔バルバトス。そしてそれを討ち倒した神獣、士郎・左尋坊・因幡。
拳を天高く上げるシロウサの腕を、背中から掴んで、ヒカリは満面の笑みで空に叫んだ。
「
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