魔王再臨

 犬神を撃破した白峰陣営と、自称主人公の本懐寺顕斗。

 悪魔の軍勢の襲撃に便乗して、四国から祟り神が襲来してくるとは予想外だったが、無事に撃退することができた。


 犬神に憑りつかれた際に、矢で己の肩を貫いた珠姫。出血こそ少ないが、すぐに手当てしなければと、彼女は神子に抱えられて神社の奥へと運ばれているところだった。

 そして神子の腕の中で、珠姫はポツリと謝罪の言葉を零した。


「……悪いわね。操られていたとはいえ、色々酷いことして」


「いえ、良いんですよ。皆生き残ることができましたし。それに……珠姫さんの本音も聞けて、私は嬉しかったです」


「……変わった奴ね……。ホント、気に入らないわ……」


 そうは言うものの、珠姫の声色と表情は穏やかなものだった。


 互いに遠慮し、微妙な距離感でいた二人は、この騒動によって打ち解け合うことができたように感じていた。仲良しになったわけではない。ただ何となく、『分かった』気になったのだ。


「でもこの調子じゃ、珠姫さんに認めて貰えるまで、まだまだかかりそうですかね……」


「当然よ。……でも、『タマキ』で良いわ」


「え?」


 障子を開き、布団を敷いた一室まで運んできた。

 そして傷ついた珠姫を布団に寝かせたタイミングで、そんなことを言われた。


「さん付けじゃなくても良いわ。私も貴女のこと、『ミコ』って呼ぶから。……嫌なら別に呼ばなくていいけど」


「いえいえいえ! ……えっと、それじゃあ……。た、『タマさん』って呼んでも良いですか……?」


 『タマ』は、白峰神が珠姫を呼ぶときの愛称。神子は個人的に、こう呼んだ方がより親しくなれるのではないかと思って提案した。

 しかし下手をしたら、「何を馴れ馴れしそうに」と怒られるだろうか。恐々としながら返事を待つと――珠姫は神子の不安をかき消すように、小さく笑ってくれた。


「……いーわよ。それで」


「……!」


 ぱあっと、神子の顔も明るくなる。


「ありがとうございます! ……じゃあ、すぐに救急箱持ってきますね! タマさん!」


「あ、ちょっと神子」


 喜びで半ば飛び上がるように立ち上がり、治療道具を取りに行こうとした神子。

 その背中を、珠姫が呼び止める。


「はい?」


「……貴女、何でさっきから顔が赤いの?」


「……ッ!!」


 指摘されて、神子は瞬時に両手で顔を隠す。

 珠姫には「気のせいです!」と言い捨て、すぐに退室していった。しかし廊下を歩く神子の顔は、火が吹き出るほど熱を帯びていた。


 犬神を取り込み、白峰神も憑依させ、己の内面の世界で犬神を出し抜いた。そして顕斗の活躍もあり、今回勝利できたのだ。

 しかしその過程で、白峰神は犬神に『神子は己のモノ』と言い放った。

 普通なら、怨霊の姿をした神に言われても、おぞましく感じるだけだろう。他のよく知らない神に同じ台詞を言われでもしたら、犬神に対するものと同様の不快感を覚えただろう。


(なんっで、ドキドキしてるんだ私……!)


 だが、神子の心中は白峰神への恐ろしさなど感じていなかった。むしろ、もっと別の感情を抱いていた。


「ああああああ……っ!」


 これ以上考えると、神子の頭はショートしてしまいそうだった。

 雑念を振り払い、神子は早足で救急箱を取りに行った。




***




 一方、珠姫の治療は神子に任せた白峰神。犬神と戦った白峰神宮の境内で、悪魔王の瘴気が渦巻く京都上空を見つめていた。

 瘴気に邪魔されて感知しにくいが、戦況は出雲大社側が有利なようだった。そもそもここは日本神達の本拠地。数では圧倒している。

 それに加え、よく訓練された人間の神兵と、キリスト教や北欧神話の者ども。彼らの活躍により、もうほとんどの悪魔は討ち滅ぼされていったところだ。


「……やはり、ワシの出る幕でもなかったようじゃの」


「まったく勿体無い。悪魔共を多く残してくれていれば、今から俺の俺による俺のためのスーパー無双タイムをお見せできたというのに」


 芝居がかった口調で素敵なメガネを押し上げながら、顕斗も白峰神の横に並び立つ。

 相変わらずの自信家ぶりに呆れるが、白峰神の彼への評価は、少しばかり変化していた。


「……そうじゃな。お主のそのチカラを借りて、ワシも多少は楽ができた。礼を言う」


「ほう? 礼はちゃんと言えるのか。育ちは悪くないようですね。このままお布施していっても良いんですよ」


 顕斗なりの意趣返し。

 それを聞いて、やはり気に入らんガキじゃ、と悪態を付いて白峰神は笑う。


「……五円玉で良いぞ」


「ふむ?」


「神社を馬鹿にしたことはまだ許さんが、まぁ……これも何かの『縁』じゃろう。参拝目的なら、今後も神社ウチに来ても良い。……巫女連中に手出しはさせんがな」


「白峰神……」


 ニヤリと笑う白峰神に、顕斗も素敵な笑顔で応える。

 神社と寺社、神道と仏教、神と僧侶。立場はまるきり違う二人だが、この犬神騒動をきかっけに男同士でも、奇妙な親交を深めていった。


「……スマンが賽銭を入れようにも、今は万札しか持ってない。この神社って両替はしてくれるのか?」


「ホンっトにいけ好かねぇ奴じゃなぁ、お主」


 無自覚な裕福アピールに、やはり相容れぬと考え直した白峰神。




 ――その瞬間。白峰神と顕斗は、尋常ならざる『魔力』の高まりを感じた。




「ッ……!?」


「これは……!」




***




 京都御所、出雲大社勢力の本陣。

 サタンの瘴気が満ち、上空で指揮を執ることができなくなったアマテラスとツクヨミは、地上で戦況を把握していた。


 悪魔との戦闘で出雲大社の武官に被害は出たものの、今のところ民間人の死傷者はいない。

 神は殺されても、信仰心があればまた回復する。神社が破壊されたという情報も、アマテラスの元に入ってきていなかった。


「優勢ね……。イケるわ……! この調子なら、何とか守り切れそうよ、姉さん!」


「ホントに……!? も、もう怖いのは終わりで良いのね、ツクヨミちゃん……!」


「でも……懸念があるとすれば、やはり『サタン』かしら……」


 ツクヨミはサタンと戦ったことは無い。丸子橋で神子やスサノオと分断された時、僅かにその姿を見た程度だ。

 サタンの分霊はスサノオとヤマタノオロチで倒せるくらいの力量らしいが、今来ているのはその本体。どれほどの実力を隠しているのか、その全容までは把握できていない。

 悪魔の軍勢が壊滅した今、そのまま撤退してくれれば良いのだがと願うばかりだ。

 そのようにしてツクヨミは、隅っこで震えている姉のアマテラス以上に、戦略について思考を巡らせていた。


「……!?」


 だがその時。ツクヨミの懸念は現実のものとなってしまう。

 悪い想像をするとすぐに現実になるんだから、とツクヨミは自分の勘の良さがつくづく嫌になった。


「ツ、ツクヨミちゃん……!」


 不安そうに声を上げるアマテラス。そしてツクヨミの視線の先にも、『ある地点』の上空で羽ばたくサタンの姿があった。


「あの場所は……!」




***




 京都、中京区。

 京都の中心に程近いこの場所の上空で、悪魔王は微笑みながら羽ばたいていた。


「現在建てられている『寺』は……。『彼』が死んだ本当の場所ではない。この地点、この座標こそが……! 失意と灼熱のうちに消えた彼の魂が眠る、本来正しい位置……!」


 サタンは上空を指さし、暗雲を集める。

 今まで瘴気を放っていたのは、何も敵対者達のチカラを阻害するためだけではない。『復活』のために必要な魔力を、そうとは知られず自然にチャージするためであった。


「ニア・ハルマゲドン以降、人間からの信仰心を持つ者は肉体を得て実体化した……! しかしこの地に眠る邪神、怨霊、『魔王』は……! 聖なる結界によって肉体を得ることすらできずにいた……! 信仰心、知名度で言えば、日本史でも有数の存在だというのに……!!」


 高らかに語り、そしてサタンは腕を振り下ろす。

 凝縮された瘴気、悪の魔力は石碑まで一直線に向かい、膨大なエネルギーが注がれる。


「さぁ……! もうこの京都には、キミを封じる結界はない! 魔力は好きなだけ与えよう!! 今こそ甦れ、日本の『魔王』よ!!!」




 白峰神宮からその様子を見ていた顕斗は、白峰神の制止も聞かずに飛び出していった。

 高下駄を鳴らして走る、走る、ひた走る。

 行かねばならぬ。行かねばダメだ。

 『本懐寺』の名を持つ者として。




 ――そして『彼』は、復活する。



「……おはよう、この国の魔王よ。確認のために、名を聞かせてくれるかい?」


 肉体を得て、石碑の下より甦ったその男は、真っ赤な眼光を輝かせ、サタンを見つめる。

 西洋風の鎧を身に着け、赤黒いマントを羽織るその男。サタンにも負けない威圧感と、内から湧き出でる膨大な魔力。


 日本史でも屈指の知名度を誇る魔王が今、『本能寺跡地』より復活してしまった。


「……余は、『第六天魔王』……。織田ァ、正一位……信長ぞォォォォォッッ!!!」


 京都の全てに響き渡る声に、多くの者が絶望する。そんな状況下で。

 少年はたった一人、笑っていた。汗を浮かべて走るも、素敵で無敵なこの男だけは、満面の笑みを抑えることができずにいた。


「ハッ、ハハハ……!」


 主人公、本懐寺顕斗。

 サタンのチカラによって、本能寺から『魔王』として現代舞い戻ってきた織田信長を見て、彼は過去最高にたぎっていた。


「こんな偶然があるか……!? 運命の人ヒロインが俺の学校に転校してきて、初日にメルアドをゲットし、その日のうちに保護者である神に認められ、そして今! あの信長が目の前にいる!! 440年前に決着の付かなかった、織田軍と浄土真宗本懐寺!! これを運命と言わず、何がディスティニーだ……!」


 本能寺跡地、その上空に浮かぶサタンと信長に向かって、顕斗はひた走る。

 そして右手に数珠を巻き付け、合掌する。

 しかし近接での殴打しか、顕斗には戦う手段はない。阿弥陀如来のチカラを借りることができるとは言え、肉体は普通の男子高校生。空は飛べない。


 そんな顕斗が、先祖の因縁を果たすために。信長に挑むために選んだのは、『禁忌を冒すこと』だった。


「許せよ、親父……!!」


 顕斗の本来の実力。それは、物体を爆散させる拳でも、悪霊を追い出す聖なる鉄拳でもない。

 生まれながらにして、仏の加護を受けし者。愛された子供。最も悟りに近い者。それが、『本懐寺顕斗』という男。


「――『南無妙法蓮華経なむみょうほうれんげきょう』……!!」


 唱えるは、浄土真宗の教えではない。しかし顕斗は知っていた。この日のために、ずっと勉強してきた。

 親や門徒達に知られないよう、そして己が最大限の力を発揮できるよう。


 ――あらゆる仏教の教え、そして仏のチカラを借りることこそ、顕斗の真の『能力』であった。


「三十三間堂の『千手観音』達よ、我が祈りに応え給え!!」


 京都市東山区にある蓮華王院本堂れんげおういんほんどう。そこに納められているのは、1001体の千手観音像。

 それらが今、顕斗の呼びかけに応じ、瘴気の薄くなった京都の空に展開する。


 そしてサタンと信長を取り囲み、一千体の仏像達は拳を握る。


「仏の手の平は開けば慈愛、握れば断罪の聖なる拳! 千と一体の千手観音像が繰り出す殴打は、百万と一千発の打撃!! 寝起きの貴様に、防ぎきれるかァ!!!?」


 1001体×1000の仏の腕。それらが生み出す全方位からの攻撃は、サタンと信長に逃げ場など与えない。


「下がりたまえ第六天魔王。ここは私が……」


「良い」


 目覚めさせたばかりの魔王を倒させれては敵わないと、サタンは前に出ようとするが、信長はそんな悪魔王の動きを声だけで制した。


「是非もなし」


「『ミリオンナックル、プラスサウザンドナックル』!!!」


 金色に輝く観音像達が、その千の拳で信長を襲う。


 しかし。その百万と一千の殴打は、粉々に砕け散った。


「……何、だと……!?」


 顕斗には、見えなかった。視力が落ちたわけでもメガネが曇ったわけでもないのに。

 しかし音速のパンチは全て、一発も信長に当たることなく弾き返され、観音像達の拳にはヒビが入っている。


 そして信長自身は、圧倒的なオーラを放ちながら顕斗を見下している。


「……行こう第六天魔王。もうこの地に用はない。この国の新たな都に、キミを招待しよう」


「で、あるか」


 目論見が成功し満足そうなサタンは、羽ばたきながら信長の横に付き、共に東の空へと飛んでいく。

 その様子を顕斗はただ、地上から見つめることしかできなかった。


 ――悪魔王サタンを頭目とする、悪魔軍の襲撃。

 出雲大社と悪魔達の軍勢が初めて本格衝突したこの『京都防衛戦』は、神々側の勝利で幕を降ろした。

 しかし出雲大社に仕える武官17名の死亡、46名の重軽傷者、天使ウリエルの消滅、織田信長の復活……。

 完勝とは言えないこの結果は、日本を包む絶望がそう簡単には晴れないのだということを、多くの者達が認識した結末でもあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る