主人公(自称)、本懐寺顕斗登場!

 思うに俺は、『主人公』という存在だ。


 何故そう言い切れるのか。

 己が『主人公である』という結論に至った道程プロセスを説明するには、いくつかの客観的事実が構成要素として存在したことを語らねばならない。

 それと共に、何が人を『主人公』たらしめるのか。

 それについても言及しなければ、俺はただの夢見がちな少年へと成り下がってしまう。自分を特別視し、物語の英雄に感情移入するだけの、酷くつまらない凡人でしかなくなってしまう。


「おにーちゃーん! 朝だよー!」


 レンゲの声がする。部屋の窓から差し込む朝日を頼りに、俺は枕元に置いていた素敵な眼鏡を装着する。

 そうしてまた、一日が始まるのだ。俺の輝く日常が。


 主人公とは『特別』である。他の誰とも違うからこそ、唯一無二の存在になれるのだ。

 俺の実家は寺院である。800年以上の歴史を誇り、この京都の町で『本懐寺ほんかいじ』の名を知らない者はいない。まずそれが一つ。俺が周囲と違う部分。


 身支度を整えて家を出ると、門の外で妹が待っていた。

 何も兄妹一緒に登校する必要は無いだろう、といつも言っているのだが、レンゲは聞き入れようとしない。華の女子高生になってもう三ヶ月も経つのだから、クラスの友人だとか、それこそ彼氏と一緒に登校すれば良いものを。


「も~、寝癖立ってるよー? お兄ちゃん、ご飯食べるのも遅いんだし、もっと早起きしなよー。……あんまり寝坊するようなら、今度からはお兄ちゃんの部屋に入って起こしちゃおっかなー!」


 妹との仲は良い。それは仲が悪いよりも幸福なことだ。

 身内であるのを差し引いても、レンゲは美人の部類だろう。芸能事務所にスカウトされた経験もある。だというのにレンゲから色恋の話を聞いたことがなく、終いには「彼氏にするなら、お兄ちゃんよりカッコイイ人じゃなきゃ嫌!」とまで言っていた。

 そんなことでは彼氏どころか、結婚も難しいだろう。実に勿体無い。俺という存在が近くにいるせいで、妹の中での男性像のハードルがかなり上がってしまっているようだ。


 自分を慕ってくれる可愛い妹がいる。まずこの点においても、俺は多くの創作物に描かれた『主人公』と共通している。

 だがこれだけでは、ただのシスコン野郎となじられる可能性もある。もちろん俺も、『妹がいる』だけで己が主人公たり得るだなんて思っていない。そんなことで主人公になれるなら、世界中の『兄貴』は全てヒーローであるという理屈になってしまう。


「あ、菊菜さーん!」


 学校に向かう途中、いつもの交差点でキクナと出会う。俺達兄妹を待っていてくれたのだろう。

 日本人形のような黒髪ストレートを備えた彼女も、俺が主人公たる理由の一つ。


「レンゲちゃん、ケント。おはよ」


 低血圧そうな白い肌が、太陽の光を反射している。細身な身体のラインも合わさって、一見儚げに見えるが、とんでもない。キクナは俺の母親以上に、怒らせてはいけない女性なのだから。


「……何よケント。あたしの顔に何かついてる?」


 キクナとは、もう十年以上の付き合いになる幼馴染だ。寺生まれの俺と、檀家だんかの娘であるキクナ。幼い頃は、俺とキクナとレンゲの三人で、よく川や山へ遊びに行ったものだ。

 そんなキクナも今では学年の、いや学校全体のマドンナとして、男女問わず注目を集めている。だがいくらお淑やかに振舞っていようとも、あのやんちゃした日々を覚えている俺からすれば、何とも可笑しい光景なのだ。


 そんな俺の思考に感づいたのか、「何ニヤついてんのよ」と頬をつねられてしまった。まったく、他の生徒に見られたらどうするつもりなのか。

 しかしキクナもまた、腐れ縁だ何だと言いつつ、俺と交流を続けていてくれる。美人な妹と幼馴染を両隣に添えての登校など、まさに『両手に花』の言葉がふさわしいだろう。

 これもまた、俺が普通の男子高生とは違う主人公的要素である。


 だが、今までに挙げた要素は――ハッキリ言って些末なことである。

 どれも、特別なこととして言いふらすようなレベルでもない。


 では何故、それでも俺は俺のことを主人公だと認識しているのか。

 その最たる理由。特別性の証明。それは、俺の持つ『力』にこそあった。


「ねぇ、アレ……」


「……!? お、お兄ちゃん……!」


 キクナとレンゲが不安そうな声を上げる。

 その指差す方向に視線を向けると、朝の四条通りが何やら騒がしく混乱していた。

 通勤・通学中の人々の顔は恐怖に青ざめ、車が止まり渋滞が発生している。

 俺は足に履いた高ゲタを鳴らし、漆黒の学ランでそちらに走る。その間にも、悲鳴は徐々に大きくなりつつある。


「危ない! 下がって! 下がって!」


「警察と消防呼んで!」


「神社に連絡が先だろ!」


 怒号と悲鳴が飛び交う交差点。

 俺が騒ぎの中心に向かうと、この爽やかな朝を乱す、不届き者の正体を捉えた。


「グゥウ゛ゥゥゥ……ッ! アガッ! ガァァアアアッ!!」


 道路の真ん中で、スーツ姿の女性が激しく身悶えしている。目は血走り、髪を振り乱し、実に苦しそうだ。

 だが、誰も近寄って容体を確認することができない。女性の鬼気迫る顔、獣ような唸り声、鋭く伸びた爪。その異様なる姿ゆえに。

 瞬時に俺は判断した。これは――悪いモノに憑りつかれているのだ、と。


「お兄ちゃん!」


「ケントー!」


 レンゲキクナ幼馴染が後方から走り寄ってくる。

 危険だから、なるべく近づかない方が良いというのに。やれやれ……仕方ない。それでは俺が、この場を安全に納めるとしよう。


「お、おいキミ! そっちは危な……!」


「問題ない」


 周囲の制止を聞き入れる必要など、全くない。さっさと終わらせて、学校に遅刻しないようにしなければ。

 高下駄でコンクリートを踏みつけ甲高い音を出し、注意を引きつける。そして俺は右手に数珠を巻き、メガネを指で押し上げた。これで準備は、整った。


「除霊の時間だ……!」


 咆哮を上げる女性に向かって走り、高く飛び上がる。

 そして右手に握った拳と数珠に、ありったけの『チカラ』を込める。上空から振り下ろした俺のパンチは、生半可な鈍器以上の威力を誇る。


南無なも! 阿弥陀仏あみだぶつ!!」


 咄嗟に反応した女性は、右手の平で俺の拳を受け止めた。

 だが、触れた部分から水蒸気のように煙が巻き上がる。


「グゥ……ッ!? アギャァァッ!!」


 女性は悲鳴を上げて俺の拳を離すと、苦悶の表情を浮かべて距離を取る。

 どうやら効いたようだ。そして女性に乗り移った醜い『悪霊』が、その正体を現した。

 三メートルはあろうかという巨体が、女性の背中から蜃気楼のように立ち上がる。真っ赤な肌は、ただ怒っているからというわけではないだろう。天にむって伸びた一本角。鋭い爪と長い牙。何ともテンプレ通りな、分かりやすい『鬼』だ。


『おのれ……! ただの坊主が、調子に乗りおって……!』


 鬼が口を開くのと連動して、女性の口もパクパクと開く。

 観戦していた周囲の人々は鬼の姿に恐怖し、逃げ惑う。天使や悪魔が存在したこのご時世に、何を恐れることがあるのか。この程度の、神にも悪魔にもなりきれない妖怪や魔物など、珍しくもないだろうに。


『お前のようなガキに、俺を殺せると思うか……? 五体をバラバラに引き裂き、その臓物をぶちまけてから喰らってやる!』


「いちいち台詞がザコ臭いな。お前のような小鬼が、俺を殺せると思うか?」


 俺の言葉が癇に障ったのだろう。女性の身体を乗っ取った鬼は、近くに停車していた乗用車に手をかける。そして車を片手で持ち上げてみせた。女性の腕からは大量の血が流れ、ブチブチと筋肉線維の断ち切れる音がする。

 憑依した人間の力量を限界以上に引き出す――。何とも鬼らしいやり方だ。人間の身体など、使い捨て程度にしか思っていないからできる芸当だ。


『押し潰されろ!!』


 鬼は車を放り投げ、俺に向かって落下させる。


「お兄ちゃん! いやぁあっ!!」

「ケントっ!!」


 混乱する四条通りに、レンゲとキクナの悲痛な声が響く。


 だが――俺は逃げも隠れもしない。

 上等だ。圧倒的なチカラの差というものを、教えてやろう。


「南無三!!!」


 数珠を巻いた右手を再び強く握り、そして俺は降りかかってくる車目掛けて――拳を振り上げた。

 車は俺の拳に触れた瞬間、上空で爆発し、破片やタイヤが周囲に散乱する。

 俺はその爆炎と黒煙の中をゆっくりと、鬼に向かって歩いて行く。


『な、なんだと……!?』


 ススがついてしまった眼鏡の向こうで、女性に憑りついた赤鬼が狼狽している。無理もない。俺のような主人公に目を付けられたのが、運の尽きだ。


『なっ、何なんだ、お前は!!!』


「攻撃が一度失敗しただけで戦意を失うとは……。つくづく呆れたイタズラ鬼だな。そんなんでよく、この神仏の街『京都』で暴れる気になったものだ」


 だが、質問には答えてやろう。そしてこの名を、地獄の底まで届けることだ。

 俺という主人公の名を。俺という男の名を。


「かつて織田信長の軍勢すら討ち破った僧兵の末裔、浄土真宗・本懐寺! 俺はその正当なる後継者。スタイリッシュバトル坊主、『本懐寺顕斗』とは俺様のことだ!! 64転大劫ろくじゅうよてんだいこう先まで、よーく覚えておけ!!!」




 ――仏教徒、参戦。

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