主人公(自称)、本懐寺顕斗登場!
思うに俺は、『主人公』という存在だ。
何故そう言い切れるのか。
己が『主人公である』という結論に至った
それと共に、何が人を『主人公』たらしめるのか。
それについても言及しなければ、俺はただの夢見がちな少年へと成り下がってしまう。自分を特別視し、物語の英雄に感情移入するだけの、酷くつまらない凡人でしかなくなってしまう。
「おにーちゃーん! 朝だよー!」
そうしてまた、一日が始まるのだ。俺の輝く日常が。
主人公とは『特別』である。他の誰とも違うからこそ、唯一無二の存在になれるのだ。
俺の実家は寺院である。800年以上の歴史を誇り、この京都の町で『
身支度を整えて家を出ると、門の外で妹が待っていた。
何も兄妹一緒に登校する必要は無いだろう、といつも言っているのだが、レンゲは聞き入れようとしない。華の女子高生になってもう三ヶ月も経つのだから、クラスの友人だとか、それこそ彼氏と一緒に登校すれば良いものを。
「も~、寝癖立ってるよー? お兄ちゃん、ご飯食べるのも遅いんだし、もっと早起きしなよー。……あんまり寝坊するようなら、今度からはお兄ちゃんの部屋に入って起こしちゃおっかなー!」
妹との仲は良い。それは仲が悪いよりも幸福なことだ。
身内であるのを差し引いても、レンゲは美人の部類だろう。芸能事務所にスカウトされた経験もある。だというのにレンゲから色恋の話を聞いたことがなく、終いには「彼氏にするなら、お兄ちゃんよりカッコイイ人じゃなきゃ嫌!」とまで言っていた。
そんなことでは彼氏どころか、結婚も難しいだろう。実に勿体無い。俺という存在が近くにいるせいで、妹の中での男性像のハードルがかなり上がってしまっているようだ。
自分を慕ってくれる可愛い妹がいる。まずこの点においても、俺は多くの創作物に描かれた『主人公』と共通している。
だがこれだけでは、ただのシスコン野郎となじられる可能性もある。もちろん俺も、『妹がいる』だけで己が主人公たり得るだなんて思っていない。そんなことで主人公になれるなら、世界中の『兄貴』は全てヒーローであるという理屈になってしまう。
「あ、菊菜さーん!」
学校に向かう途中、いつもの交差点でキクナと出会う。俺達兄妹を待っていてくれたのだろう。
日本人形のような黒髪ストレートを備えた彼女も、俺が主人公たる理由の一つ。
「レンゲちゃん、ケント。おはよ」
低血圧そうな白い肌が、太陽の光を反射している。細身な身体のラインも合わさって、一見儚げに見えるが、とんでもない。キクナは俺の母親以上に、怒らせてはいけない女性なのだから。
「……何よケント。あたしの顔に何かついてる?」
キクナとは、もう十年以上の付き合いになる幼馴染だ。寺生まれの俺と、
そんなキクナも今では学年の、いや学校全体のマドンナとして、男女問わず注目を集めている。だがいくらお淑やかに振舞っていようとも、あのやんちゃした日々を覚えている俺からすれば、何とも可笑しい光景なのだ。
そんな俺の思考に感づいたのか、「何ニヤついてんのよ」と頬をつねられてしまった。まったく、他の生徒に見られたらどうするつもりなのか。
しかしキクナもまた、腐れ縁だ何だと言いつつ、俺と交流を続けていてくれる。美人な妹と幼馴染を両隣に添えての登校など、まさに『両手に花』の言葉がふさわしいだろう。
これもまた、俺が普通の男子高生とは違う主人公的要素である。
だが、今までに挙げた要素は――ハッキリ言って些末なことである。
どれも、特別なこととして言いふらすようなレベルでもない。
では何故、それでも俺は俺のことを主人公だと認識しているのか。
その最たる理由。特別性の証明。それは、俺の持つ『力』にこそあった。
「ねぇ、アレ……」
「……!? お、お兄ちゃん……!」
キクナとレンゲが不安そうな声を上げる。
その指差す方向に視線を向けると、朝の四条通りが何やら騒がしく混乱していた。
通勤・通学中の人々の顔は恐怖に青ざめ、車が止まり渋滞が発生している。
俺は足に履いた高ゲタを鳴らし、漆黒の学ランでそちらに走る。その間にも、悲鳴は徐々に大きくなりつつある。
「危ない! 下がって! 下がって!」
「警察と消防呼んで!」
「神社に連絡が先だろ!」
怒号と悲鳴が飛び交う交差点。
俺が騒ぎの中心に向かうと、この爽やかな朝を乱す、不届き者の正体を捉えた。
「グゥウ゛ゥゥゥ……ッ! アガッ! ガァァアアアッ!!」
道路の真ん中で、スーツ姿の女性が激しく身悶えしている。目は血走り、髪を振り乱し、実に苦しそうだ。
だが、誰も近寄って容体を確認することができない。女性の鬼気迫る顔、獣ような唸り声、鋭く伸びた爪。その異様なる姿ゆえに。
瞬時に俺は判断した。これは――悪いモノに憑りつかれているのだ、と。
「お兄ちゃん!」
「ケントー!」
危険だから、なるべく近づかない方が良いというのに。やれやれ……仕方ない。それでは俺が、この場を安全に納めるとしよう。
「お、おいキミ! そっちは危な……!」
「問題ない」
周囲の制止を聞き入れる必要など、全くない。さっさと終わらせて、学校に遅刻しないようにしなければ。
高下駄でコンクリートを踏みつけ甲高い音を出し、注意を引きつける。そして俺は右手に数珠を巻き、メガネを指で押し上げた。これで準備は、整った。
「除霊の時間だ……!」
咆哮を上げる女性に向かって走り、高く飛び上がる。
そして右手に握った拳と数珠に、ありったけの『チカラ』を込める。上空から振り下ろした俺のパンチは、生半可な鈍器以上の威力を誇る。
「
咄嗟に反応した女性は、右手の平で俺の拳を受け止めた。
だが、触れた部分から水蒸気のように煙が巻き上がる。
「グゥ……ッ!? アギャァァッ!!」
女性は悲鳴を上げて俺の拳を離すと、苦悶の表情を浮かべて距離を取る。
どうやら効いたようだ。そして女性に乗り移った醜い『悪霊』が、その正体を現した。
三メートルはあろうかという巨体が、女性の背中から蜃気楼のように立ち上がる。真っ赤な肌は、ただ怒っているからというわけではないだろう。天にむって伸びた一本角。鋭い爪と長い牙。何ともテンプレ通りな、分かりやすい『鬼』だ。
『おのれ……! ただの坊主が、調子に乗りおって……!』
鬼が口を開くのと連動して、女性の口もパクパクと開く。
観戦していた周囲の人々は鬼の姿に恐怖し、逃げ惑う。天使や悪魔が存在したこのご時世に、何を恐れることがあるのか。この程度の、神にも悪魔にもなりきれない妖怪や魔物など、珍しくもないだろうに。
『お前のようなガキに、俺を殺せると思うか……? 五体をバラバラに引き裂き、その臓物をぶちまけてから喰らってやる!』
「いちいち台詞がザコ臭いな。お前のような小鬼が、俺を殺せると思うか?」
俺の言葉が癇に障ったのだろう。女性の身体を乗っ取った鬼は、近くに停車していた乗用車に手をかける。そして車を片手で持ち上げてみせた。女性の腕からは大量の血が流れ、ブチブチと筋肉線維の断ち切れる音がする。
憑依した人間の力量を限界以上に引き出す――。何とも鬼らしいやり方だ。人間の身体など、使い捨て程度にしか思っていないからできる芸当だ。
『押し潰されろ!!』
鬼は車を放り投げ、俺に向かって落下させる。
「お兄ちゃん! いやぁあっ!!」
「ケントっ!!」
混乱する四条通りに、レンゲとキクナの悲痛な声が響く。
だが――俺は逃げも隠れもしない。
上等だ。圧倒的なチカラの差というものを、教えてやろう。
「南無三!!!」
数珠を巻いた右手を再び強く握り、そして俺は降りかかってくる車目掛けて――拳を振り上げた。
車は俺の拳に触れた瞬間、上空で爆発し、破片やタイヤが周囲に散乱する。
俺はその爆炎と黒煙の中をゆっくりと、鬼に向かって歩いて行く。
『な、なんだと……!?』
ススがついてしまった眼鏡の向こうで、女性に憑りついた赤鬼が狼狽している。無理もない。俺のような主人公に目を付けられたのが、運の尽きだ。
『なっ、何なんだ、お前は!!!』
「攻撃が一度失敗しただけで戦意を失うとは……。つくづく呆れたイタズラ鬼だな。そんなんでよく、この神仏の街『京都』で暴れる気になったものだ」
だが、質問には答えてやろう。そしてこの名を、地獄の底まで届けることだ。
俺という主人公の名を。俺という男の名を。
「かつて織田信長の軍勢すら討ち破った僧兵の末裔、浄土真宗・本懐寺! 俺はその正当なる後継者。スタイリッシュバトル坊主、『本懐寺顕斗』とは俺様のことだ!!
――仏教徒、参戦。
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