4章 京都防衛戦

今までの話、これからの話

 私――榊原神子は、四国の高知県で生まれました。

 しかし物心つく前に東京に移り住み、それからは母方の実家である小さな神社が、私の帰る場所になりました。祖父母はとても優しかったですが、父と母の顔はよく覚えていません。

 神社の孫娘である私は、名前の通りに巫女ミコさんとして扱われましたが、特別な教育は受けていません。他の人達と同じように学校に通い、他の友達と同じように、ごく普通の子供として育っていきました。

 やがて高校にも入学して、将来は……まぁ普通に実家の神社で働くのかなーと、能天気に考えていたと思います。


 ――だって、まさか。東京が崩壊して、悪魔が湧いて出てくるなんて、誰にも予想できないじゃないですか。


 世界を地獄に変えた『ニア・ハルマゲドン』。東京の中心を大穴が呑み込み、そして無数の悪魔と共に吐き戻した大災害。


 クリスマス真っ最中だった、幸せな街を切り裂いた轟音。

 地震や津波が来たかと思うような、とてつもない地響き。

 そして今までに聞いたことのない、巨大な獣を思わせる咆哮。


 何か異様で異常なことが起きているのだと、すぐに理解できました。


「――……お爺ちゃん……! お婆ちゃん……っ!」


 二学期が終わって冬休みに入る日。学校からの帰り道にて。

 家の神社までは、あと少しで帰ることができる。私はひたすら走っていました。

 手に持ったケーキの箱、その中身が崩れても構わないというほどの速さで。必死に、足を動かしました。少しでも早く、帰らなければと。


 ――結論から言うと、何も、間に合いませんでした。


 目の前に広がる、倒壊した神社。実家もの。

 そして瓦礫の山と化した神社の下から広がる、赤い血だまり。それを見て――私は冷たい石畳の上に、力なくへたり込むことしかできませんでした。

 既に街は、いや日本中がパニック状態に陥ったというのに。どうしようもない喪失感から涙も出ず、原型を留めていない実家の前で、私はただ茫然としていただけだったと思います。


 そんな私とは無関係に、『災害』は東京を蝕んでいく。

 ビルよりも大きな巨人が、街を壊しながら歩いていく。

 その頭上を飛び回るドラゴンや、黒い翼を生やした怪物達。

 鳴り止まないサイレン。

 初雪の代わりに降り注ぐ火の玉。

 悲鳴と断末魔。

 街を包む、立ち上る業火と黒煙。


 外国の映画でもここまで派手な、そして悪趣味な演出はしないでしょう。想像を遥かに超えるその状況を、『地獄』と呼ぶ以外に、適切な単語は見当たりませんでした。


 ――やがて、実家の向かいにあるビルが倒壊し、神社の目の前でへたり込んでいた私は、砕けた瓦礫の波に押し潰されて意識を失いました。


 それから数日の間、私は瓦礫の下で過ごしたのです。即死しなかったのは幸運だったのか、あるいは不運なのか、考えさせられる日々でした。

 身動きができす、声も出ず。冬の寒さで手足の感覚はなくなり、何度も何度も『生きたい』と『死にたい』の思考を行き来しました。そればかりを繰り返していました。

 潰れて泥だらけになったクリスマスケーキを少しずつ舐め、目の前に流れて来た血液で、水分を摂取しました。誰の血なのか、飲んだら危険なのではないのか。そんなことは、すぐに考えなくなりました。


 ……そうして。辛うじて死なずにいた私は2020年の1月1日の早朝、瓦礫の下から助け出されました。その時のことは、今でもよく覚えています。


『何じゃあ、お主。こんな状況でよく生きとるのぅ』


 身体の部位で唯一動く眼球を向け、そのお兄さんと私は、初めて出会いました。神主のような狩衣の姿は、私のお爺ちゃんを思い出させました。

 元旦の初日の出が後光となっていたこともあってか、その人はとても、神秘的に見えたのです。干からびているはずの身体から、涙が出るほどに。


『道真公ー! ツクヨミーぃ! 生存者がおったぞー!!』


 私はその日、地獄で神様と出逢いました。




***



 それから私は白峰祭神様達と共に、明治神宮での避難生活を始めました。

 崩壊した東京で物資を探すも収穫は少なく、悪魔の存在に怯えながら――それでも、私達を守ってくれる白峰様を信じて、たくましく生きていました。


 明治神宮に悪魔のベルゼブブが襲来し、白峰様が魔なるチカラを解放してまで戦ったこと。最後には自爆して、私達を守ってくれました。


 明治神宮から離れ、多摩川の丸子橋でサタンと出会った時も。スサノオさんが駆けつけ、天使のウリエルさんやシスター・マリアンヌという人も戦ってくれました。そして私自身も、肉体に白峰様を憑依させて悪魔と戦いました。今思い返しても凄い体験。


 その間に、私以外の避難民の皆さんを連れ、ツクヨミさんと湯島先生は列車で京都に向かいました。聞いた話では、ロボットみたいな天使のラミエルと悪魔のフール・フールが襲ってきたらしいですが、北欧の神様トールさんと、そして何より湯島先生が護送列車『出雲丸』を守ったそうです。流石の湯島先生です。


 そうしてボロボロになりながら、それでも、私達は京都に辿り着くことができました。東京から、生きて脱出することができたのです。


 ですがまだ何も、終わってなどいないのです。むしろこれからが本番です。

 悪魔達から東京を取り戻す。その戦いは、これから激しさを増していくでしょう。日本の神様、キリスト教の悪魔と天使、北欧の神、そして……。


 しかしどんな困難が待ち受けていようと、私は私にできることをするだけです。


 私の信じる、神様達と共に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る