第15話 山平水遠 四

「龍師殿が落ちたと!?」

 夜光ヤコウらと合流した玉髄ギョクズイは、青玉セイギョクが谷底に落ちたことを告げた。

「道を外れたら迷う、と仰いましたね? 青玉たちはどこに……」

「川の流れまで、私は動かせない。水から出ず、そのまま流されれば山から出るはずだ」

「どのあたりですか、お師匠様?」

「ここよりすこし北だ。行ってみよう」

『その必要はない』

 また、あの声がした。今度は頭上から。

 三人が見上げると、人の数倍はあろうかという大フクロウが羽ばたいていた。その頭部はどこか人間じみており、足は一本しかない。妖魅だ。

「あれは……青玉!」

 フクロウの足に、青玉がしっかり捕えられている。全身を白い細布で拘束され、口にはその布を噛まされている。武器にしていた布を逆手に取られたのだろう。

「青玉を……青玉を離せッ!」

 玉髄は大きく息を吸った。

「来い――」

「駄目、玉髄!」

 突然、一角が玉髄の口を塞いだ。

「一角、そのまま玉髄君を押さえていろ!」

 夜光が袖を振りかざす。

「我が力となる者、ここに承知し降り来たれ!」

 夜光は呪文とともに、琥符こふを取り出した。黄金の光があたりを穿ち、夜光の身に降り注ぐ。

 夜光の全身を、羽毛が覆った。夜光の姿は、やはり人の数倍ある大カラスへと変化していた。その翼が広がると、朱色の後光がカラスを覆う。

 大カラスがフクロウに向かって、彗星のごとく突進した。

 フクロウはそれを紙一重で避けたが、朱色の光がフクロウをかすめると、羽根が飛び散った。後光にも相手を攻撃する力があるらしい。

 しかしフクロウは青玉を離さなかった。

『妖魅を憑依させたか……厄介な』

 フクロウの背に乗っていたセンが、突如みずからの胸に刀を突き立てた。柄が胸板にふれるまで深く刺す。すぐさま引き抜いて、構え直す。

『ハッ!』

 遷の曲刀が鴉を襲う。鎖をつけた刃だ。銀色の弧が空に描かれる。

 鴉はそれを避けようとしたが、翼を軽く斬られる。

 大した傷には見えなかったが――突然、鴉が空中でもんどり打った。あっという間に失速して、地面に叩きつけられる。

「お師匠様!?」

「夜光殿!」

 地上にいた玉髄と一角が、夜光のもとに急ぐ。

 夜光は術が解けて、人間の姿に戻っていた。

「くう……」

『甘い、夜光。どんな姿になろうと、空中で某と戦えはしない』

 遷はまるで諭すような口調だった。その胸には、大きく刀傷がある。だが血は出ていない。

「テメエ……一体何者だ!?」

 玉髄が叫んだ。

『人だよ。ただ、血が出づらいから、心臓を刺す必要があるが』

 玉髄らの動揺はそ知らぬように、遷は静かに告げた。

『我らが住処は士山シザン。お前たちが訪ねれば、我が主の望みは果たされる』

 阿藍アランを追えば、それが阿藍の野望を叶える。遷はそう言っていた。

「士山……だと!?」

『来訪を待つ。できれば、早めにな』

「待て! 青玉を返せッ!」

 フクロウが大きく羽ばたいた。高度を上げ、北の方角へ飛び去っていく。青玉はついに離さなかった。


「……くそ!」

 玉髄は歯噛みして、近くの木を殴りつけた。

「士山か……厄介なところに巣を作られたな」

 ようやく起き上った夜光だが、眉を寄せている。体が痛むのだろう。

「厄介って、どういうこと?」

「……士山は、コウ家の墓があるところなんだ」

 人が死ぬと、その魂は廟に祭る。が、それとは別に亡骸を葬るための場所もいる。

 虹家は、士山という名の峻嶮な山に、その場所を持っていた。

「つまり、虹家の領地の中でも神聖な場所だ。阿藍はそこに潜伏している」

 玉髄は、木を殴りつけた手を強く握りしめた。

「知らなかった、じゃ済まない。俺が行って阿藍を捕まえなければ、虹家は阿藍と繋がりがあったと言われるのは間違いない。……最悪だ」

 玉髄は頭を抱えた。

 玉髄を襲い、王国を混乱に陥れようとしている琥師、阿藍。その憎むべき相手が、ほかならぬ玉髄の領地にその拠点を置いている。

 当主たる玉髄の胸には、ただ憤怒と忸怩たる思いがあった。

「すぐ士山に向かいましょう! 蟠湖ハンコの北です。そう遠くない!」

「待て、はやるな」

 夜光が制止する。

「ですが、青玉も助けないと!」

「さらっていった、ということはすぐに殺す必要がないということだ。時間に猶予はある」

「で、ですが……」

「焦るな。みずから居場所を明かしたということは、何か企みがあってのことだろう」

「…………」

 夜光は冷静だった。その落ち着いた様子に、玉髄も毒気を抜かれる。

「白水にそなたの荘園があるといったね? そこで装備や人員を整えよう」

「わかりました。ともかく、急ぎましょう」

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