第10話 如夢如仙 五

 翌日。

「ん~!」

 玉髄ギョクズイは久々に庭に出た。陽の光を浴びて、大きく伸びをした。

 夏の初めの空気が漂っている。庭の木々は健やかに伸び、濃い木陰を作っていた。

『ズゥちゃん』

「!?」

 木陰に入った途端、人の声がした。

 玉髄はあたりをキョロキョロと見回す。しかし声の主は見当たらない。

『ここ、ここ』

 木の上に、真っ赤な小鳥が止まっている。その鳥のくちばしから、人の声がする。

「もしかして一角イッカクか?」

『当たり! さすがズゥちゃん!』

「あとズゥちゃん言うな」

『てへ』

 幼馴染の琥師こし、一角娘の声に間違いなかった。

「それはいったいどういう方術だ?」

比翼ヒヨクという鳥さんと仲良くなったの。比翼は雌雄一対で精神が繋がってるから、こうして言葉を伝えられるの』

「ほお……」

 妖魅を使役することを、一角は「仲良くなる」と表現する。

 玉髄は上を見上げ、小鳥をじっくり観察する。その鳥の足は一本しかなく、翼は片方が不自然に小さい。なるほど、ただの鳥ではなさそうだ。

「いいときに来てくれた」

『琥師・阿藍アランのことだね?』

「耳が早いな」

『こっちにも多少とばっちりが来てるもんー』

 阿藍は九陽門クヨウモンとは対立する存在だった。しかし剛鋭ゴウエイの言ったように、周囲とどのように繋がっていたかはいまだ明確ではない。一角たち九陽門の琥師も、疑惑の視線があちこちから投げつけられるに違いなかった。

『何とか、あたしらは繋がりないって信じてもらえそうだけどね』

夜光ヤコウ殿も、あの女とは何の知り合いでもないのか?」

『それがその……』

 一角は言い淀む。

『実は、お師匠様はいま王都におられない。屯日トンジツに行ってらっしゃるんだよ』

「屯日……蟠湖ハンコのほとりの山間か?」

『うん、お師匠様の庵があるんだ。きみが襲われてるなんて知らずに、建国節の最後の夜に行ってしまわれたんだよー』

「夜光殿は、今回の騒動を知ってるのか?」

『知らないと思う。屯日の庵は、外界との接触を断つための場所だから』

「そりゃマズいな」

 疑惑は早めに晴らしておかなければならないものだ。放っておけば、余計な噂を伴って、人をさらなる疑心暗鬼に駆り立てる。

 さらに、今回の主犯である阿藍の行方は、ようとして知れない。

「一角、阿藍は崩国の妖魅をどうにかしようと思ってるらしい」

『え……!?』

「あの女は、妖魅の封印が解けると言っていた。だけどそれを封じたのは、夜光殿だ。俺の襲撃に失敗した以上、もしかしたら夜光殿に接触しようとするかもしれない」

『……うん』

 一角の声が動揺する。

『ありえるかも。どうしよう、お師匠様が危ないのかな』

「ともかく、呼び戻すのがいいのではないでしょうか?」

「うおっ、青玉セイギョク!?」

 いつの間にか、隣に青玉が立っていた。

『そ、そっちの人は?』

「初めまして。わたしは青玉。龍師です」

『あなたが噂の龍師さん!』

 一角の声が弾む。やはり青玉の存在もかなり広まっているようだ。

「それで、その比翼を遣っては駄目なのですか? 鳥なら早く行けると思うのですが」

『うん、駄目だねぇ』

「なぜだ?」

『屯日の庵のまわりには、お師匠様が結界を張ってあってね。妖魅は近づけないんだ』

「人を遣るのはどうだ?」

『山の中だよ。九陽門下じゃないと道がわからないと思う』

「直接呼びに行くしかないのか……」

 玉髄は肩をすくめた。

「実は俺も、早めに夜光殿にお会いしたい」

 玉髄は、自分の肩口に光っている符の話をした。

『なるほど、阿藍に琥符を打たれたの』

「俺自身、特に支障はないし、操られてる感もない。だけどかえって不気味だ」

『そうだねぇ』

「ともかく、一刻も早くこいつを外したい。方法はあるか?」

『無理矢理外すのは駄目だよ。血が止まらなくなっちゃう』

「そのようだな。別の方法は?」

『ないことはないけど……でも、どのみち阿藍を捕まえなくちゃ、どうしようもないよ。琥師の術は、琥師それぞれが編み出すもの。阿藍の術は、阿藍にしか解けないと思う』

 その阿藍の行方が知れない。玉髄は頭を掻いた。

『ともかく、すぐにでもお師匠様を呼びに行くよ』

「しかしあの女がどこに潜んでるかわからない以上、九陽門だけで迎えに行くのは危ないんじゃないのか?」

 青玉と玉髄は阿藍を撃退したが、運がよかったとしか言いようがない。あの召喚術は脅威だ。一度に多数を使役し、しかも辟邪へきじゃの血も効かない。百戦錬磨の武人を護衛にでもしない限り、安全な道中は保障されない。

『そ、そうだね……どうしよう。ウチの琥師は護身術くらいしか武術をしないんだ。年齢だって、あたしより下の子が多いし』

「うーん……」

 二人と一匹がうなる。

 と、玉髄が何かを思いついた。

「一角、明日、参内できるか?」

『え、うん』

「二人で、陛下にお願いしてみよう」

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