第9話 如夢如仙 四

「……ん、うう?」

 玉髄ギョクズイは目を覚ました。

 馴染んだ布の匂いがする。寝台の上でうつ伏せになって寝ていた。

「ここは……俺の、部屋か」

 自分の屋敷の、自分の部屋。馴染みのある風景を、ぼんやりと見つめる。

「変な夢を見たな……」

 しかも痛かった。苦しかった。ふう、と大きくため息をついた。玉髄はまだ寝ぼけた頭で、起き上がろうと腕に力を込める。

「……腕が折れてない?」

 気づいた。ぼうっとしながらも、右腕をしきりに動かしてみる。痛くない。三ヶ月は動かすなと言われていたのに。

「起きましたか?」

 涼やかな声がした。疑問も吹っ飛んで、玉髄は飛び起きる。

 いつからいたのだろう。寝台のそばにある椅子に、少女が座っていた。

 玉髄は目を見張る。少女に見覚えがあるような、ないような……しかし、会っていれば忘れられないだろう。

(あおいろ……)

 淡青色――少女の髪は、美しい空の色をしていた。体には白く透けるような衣を纏う。この国ではあまり見ない型の服だ。両腕と足首を白日に晒し、右腕と両足には金環が光る。それはまるで異国の天女のようである。

 夢の続きか、と玉髄は思った。

「そうか……俺、夢を見てるんだな」

「寝ぼけてます?」

 少女が首をかしげた。玉髄はそれを無視して、また寝台に突っ伏した。

「そうだよな、三ヶ月は治らないし。あんな琥師こしいるわけないし」

「ちょ……玉髄、寝ないでください! 大丈夫、うつつですよ。夢じゃありません」

 ひんやりとした手が、玉髄を揺り起こそうとする。けれども玉髄は目をしっかと閉じる。

「いや、もう寝る。眠い。起きたら……ああ、廟の掃除。青玉セイギョクに何持っていこうか……」

「玉髄!」

「若様!」

 突然、別の声が降ってきた。グイッと強く引っ張られ、玉髄は上半身を強制的に起こされる。鼻をつままれ、思わず口を開ける。何かが流し込まれて――。

「ぶわっ、苦ッ!」

 玉髄は、流れ込んできた液体を吐き出した。舌が痺れるような苦さだ。

「何、何が……」

 玉髄は混乱しながら、ようやく目を開けた。またがっしと顎をつかまれる。何かを飲まされる。突き刺さるような苦味が、胃まで落ちていった。

「ウわッハ、ガッハ! ゴホッ、苦い! 何だコレ!?」

「若様、お気を確かに! さあもう一口!」

「いー加減にしろっ! 起きたわ!」

 玉髄は咳き込みながら怒鳴った。

 女茄ジョカが怒ったような赤い顔で立っていた。手には泥水のような茶色の液体が入ったさかずき。おそらく気付け薬だろう。それを玉髄に飲ませたのだ。

「女茄! 突然何する……」

 玉髄がさらに叱ろうとしたとき、女茄の瞳にみるみる涙が溜まっていく。

「若様! 若様ぁぁ~~!」

「うわっ、ちょっ、泣くな!」

 女茄が泣き出した。

 玉髄は当惑する。他人の泣き顔はすこし苦手だった。目を真っ赤にされ、鼻を鳴らされると、もうどうしていいかわからない。

「若様、よかったぁぁ~~! あんなことになられて、もう、もう、若様が戻ってこないんじゃないかって~~!」

 女茄は杯を放り出し、袖で顔を覆ってまさしくオイオイと泣く。その傍に青い髪の少女が寄り添って、背を撫でてやっている。

 そこでようやく、玉髄はこれが現実だと思い至った。

「……青玉、なのか」

 青い髪の少女、その容貌はまぎれもなく三年馴染んだ友人のものだった。

 少女はうなずき、青色の瞳が微笑む。その青は髪よりもやや濃い。青空の天頂のような澄んだ色だった。

「本当に……?」

「はい」

「夢を見てるみたいだ……」

「大丈夫、ここにいます」

 少女――青玉は、玉髄の手を取った。ひんやりとした、体温の低い手だった。暑くなりはじめた空気の中で、それはとても心地よい。

「腕……治ってよかったです」

「そ、そうだ。俺の腕、治ってるのは君が?」

「はい。わたしの意を汲んで、応龍オウリュウがあなたを癒しました」

 玉髄は頬が熱くなるのを感じた。驚きと照れが混じって思考が止まる。何か言わなければ、と思うが上手く言葉にならない。

「わたしは甦り、あなたの龍師りゅうしとなりました」

 龍師とは仙人の一で、人に玉龍ぎょくりゅうを与える力を持つ。いわば騎龍と龍の出会いを仲介する者であり、その高い霊力と高潔な魂は崇拝の対象にすらなる。

「龍師? 俺の龍師って、どういうことだ?」

「それは……口で説明するよりも」

 青玉はひとつ息を吸った。

「応龍」

 その名を呼んだ瞬間、玉髄は自分の中に別の気配を感じた。体の中に翡翠色の光が閃く。そんな感覚が湧きあがった。

「何だ……?」

 腹部の左側から、ぼんやりとした光が服を通して放たれている。玉髄が戸惑っていると、女茄が玉髄の服に手を伸ばした。

「若様、失礼いたします」

 女茄が玉髄の帯を解く。寝巻の前がくつろぐ。

 玉髄の腹に、翡翠色のへきが貼りついていた。その璧が柔らかな光を帯びている。

「龍師・青玉の名において、あなたに玉龍を与えました」

 ただの璧ではなく、玉龍――すなわち、龍を封じ込めた生ける宝玉。それを身につけるというその意味は。

「あなたは騎龍となりました」

「俺が……騎龍!?」

 龍にって戦う者。その力を得たという。

 まったく実感が湧かず、玉髄はただ目を丸くするばかりである。

「なるほど。ハッタリってわけでもなさそうだな」

 低い声がした。紅龍将軍・朱剛鋭シュゴウエイが、寝室の入口に立っていた。

「将軍……どうして」

「どーしてもこーしてもないわ。建国節の最終日に、建国七公のコウ家が賊に襲撃されて、大騒ぎにならないわけがないだろう」

 剛鋭はつかつかと歩み寄る。青玉に驚かないあたり、彼女とはもう顔見知りなのだろう。

「大騒ぎ、って……何日、経ってるんです?」

「若様は三日間、ずっとお眠りでした。その間に話が大きくなってしまって……」

「げ」

 女茄が答えると、玉髄は蒼ざめた。

「ど、どの程度の騒ぎに……」

「衛尉の連中も動いてる。陛下もたいそうご心配だ。それに……」

「将軍! もうダメですー!!」

 剛鋭が何か言おうとするのと同時に、同僚騎龍の悲鳴が聞こえてきた。ややあって、部屋の中に十数人の人間がなだれ込んでくる。長衣やら毛皮やら刺青やら……およそ普通の人間とはかけ離れた格好をしている。

 見覚えがあった。宮廷に仕える方士たちだ。かなり興奮している。

「玉髄殿を完璧に治療した仙人殿!」

「龍師殿! ぜ、ぜひその修法を我らにも教えてくだされー!!」

 玉髄はあんぐり口を開けた。何がどうなってこうなったのか、まったくわからない。

 だが、剛鋭は慣れているらしく腰の剣を抜き放った。

「面会謝絶だ! 出て行ってもらおうか!」

「ぎゃー!!」

「ぼ、暴力反対ー!!」

 実に荒々しく、剛鋭は方士らを追い出した。その仔細は想像にお任せする。

「……というわけだ」

「何ですか、いまの!?」

「そこの青髪龍師のせいだ!」

「不用意に霊力を使い過ぎたもので。方士の皆さんに、知られてしまいました」

 青玉はしゅんとうなだれる。

 玉髄はくらくらと眩暈を覚えた。

「と、とりあえず、状況が知りたい。説明……してくれるな?」

「はい」

 玉髄はようやく寝台から出た。寝巻の上から上着を羽織り、寝室の隣の部屋に移動する。

 剛鋭と対して座す。青玉は玉髄の隣に、当然のように座った。女茄はそのうしろに控える。

 青玉の話、女茄の話、剛鋭の話――三人の話を総合すると、だいたい次の事情になった。

 玉髄は青い髪の少女――青玉の力によって、死の淵から甦った。

 それと同時に、女茄の知らせを受けた王都警護の兵が、虹家に踏み込んだ。そのとき、妖魅に乗って女の琥師が逃亡するのを、複数の者が見ている。残された人妖と戦闘が起こったが、青玉と玉髄によってすべて倒された。

 青玉の異形の髪色に驚いた兵士たちは、即座に騎龍たち――玉髄の所属する紅龍隊に知らせた。剛鋭らも駆け付け、現場は一時騒然となった。

「玉髄、てめえは正気を失って、かなりヤバい状態だった。だが、それをそこの龍師が抑えたんだ。それでまあ、身元は怪しいがこうしてここにいられる」

 青玉の身元を証明するものはなく、本来ならば排除されても文句は言えない。しかし能力だけは認められ、紅龍隊が監視するという条件で虹家に残ることができたそうだ。

 そして三日が過ぎた。玉髄はずっと眠っていたそうだ。

 そのあいだに、王宮はひっくり返るような騒ぎになった。現役の宮廷琥師が、貴族の屋敷に押し入って当主に怪我を負わせ、逃亡したのだ。国王の命令で追跡隊が組織され、王都中を捜している最中だという。

「内密に処理するヒマもなかった。もうあちこちグッチャグチャだぞ。頭いてぇ」

 剛鋭が頭を抱える。ややこしいことは嫌いな性分なのだ。

「ま、だいたいはそんなところか。どうだ? 何か思い出せそうか?」

「ええと……」

阿藍アランの目的、動機……何でもいい」

 玉髄は記憶を辿る。

「……崩国の妖魅」

 ぽつ、とその言葉を口にした。途端に、剛鋭の表情が変わった。

「それが、もうすぐ復活するとか何とか……」

「何だとッ!?」

「そう、そうです。あの女、それで俺の力が必要だと言っていました。断ったら、いきなり琥符を打たれて……」

 記憶の中で動揺していた心が、いまの心を揺らす。

「そうだ、俺はあの琥符こふを……あ、いや、それは外したのか」

「玉髄、落ち着いて。琥符もまだあります」

 青玉が、玉髄の右の肩口を指差した。

 玉髄は手で探った。確かに、金属のような硬い感触がある。

「女茄」

「はい。若様、ご覧になって」

 女茄が鏡を差し出す。

 肩脱ぎになって金銅色の鏡面に肩を映すと、四角い符が皮膚に貼りついていた。おまけに、口元には常人よりも鋭く長くなった犬歯がある。

「その歯は騎龍の証のひとうだ」

 剛鋭がイッと口を横に引く。確かに、彼の犬歯も長い。

「いま玉髄の体には、三つのモノが混在しています」

 青玉は玉髄の体について説明し始めた。

「あなたは一度死に、肉体はおろか、魂までも琥符に支配されかけていました。それを助けるためには、あなたの魂と龍が合一し、琥符の支配を弾き返すしか方法がありませんでした。いまのあなたの状態は……あなたという核に、龍がまとわりついて、そしてそのスキマを琥符が耽々と狙っているという感じでしょうか。早急に琥符を体から外さないと」

 まるで滝のように、青玉はだばーっと説明する。いつ息をしているのかと思うほど流暢だ。

「ここまでの話、理解できましたか?」

 青玉が尋ねる。剛鋭は難しい顔をしており、女茄はぽかんと呆けている。玉髄も半分は理解できていないといった態だ。

「もっと簡単に説明してくれ」

「玉髄の中、人と龍と虎が混在中。龍と虎、敵同士。あなたの中で喧嘩中。困りました」

「理解できた」

「できたのかよ!」

「できたんですか!?」

 剛鋭と女茄がほぼ同時に突っ込みを入れた。

「で、虎を追い出せばいいんだろう? どうすればいい?」

 玉髄は自分でも意外なほど落ち着いていた。一番の問題はそれだと感覚で理解している。

「琥符を外す方法は、琥師にお尋ねしたほうがいいと思います。お知り合いに、詳しい人はいませんか?」

「あ、そうか」

 蛇の道は蛇。琥符の道は琥師に。

 夜光ヤコウに連絡して、訊いてみればよいのだ。すぐに解決するだろう。

「待て」

 剛鋭が何かを察し、割って入る。

「いま琥師と連絡を取るのは許さん。てめえを襲撃したのは琥師なんだろう?」

「そ、そうですが……」

「たとえ親しい者がいるとしても、だ」

 釘を刺された。玉髄はぐっと言葉に詰まる。

「で、ですが阿藍は如意派の琥師と言っていました。それ以外の琥師は無関係なのでは? それに、その如意派の連中を調べれば、犯人の行方もすぐ……」

「それなんだがな。調べてみたら困ったことに、『如意派』の連中は一枚岩じゃなかった」

「派閥の中に、またその……対立するものがあったということですか?」

「というよりも、『如意派』というのは『よく使う術の傾向が似てるだけ』というつながりだったらしい。まったく、ややこしいもんだ」

 九陽門ならば、夜光とその弟子たちでひとつの固まりを成している。「如意派」にはそういった繋がりがなく、いわば烏合の衆だったようだ。

「だもんで、あのあと如意派を名乗る者はあっという間にいなくなった。阿藍とは何の関係もないと言う奴もいるし、如意派なんて呼ぶなとキレる奴もいるし、どっかに逃げちまった奴もいるようだ」

 如意派と呼ばれた者は、以前も問題を起こしている。おそらくこれから、彼らだけでも王宮から排除しようという動きが起こるだろう。沈む船からネズミが逃げるように、「如意派」琥師らは保身に奔っているようだ。

「そういう訳で、阿藍の行方はおろか、誰が繋がりがあったかすらよくわからん状況だ」

 琥師の誰が敵で誰が味方か。その洗い出しから始めなければならないらしい。

九陽門クヨウモンと如意派に繋がりがなかったとも言えない。コトは慎重に運ばねばならん」

「そんな……」

「ともかく、お前の記憶が一番重要だ。さっき崩国の妖魅がどうとか言ってたな?」

「ええ」

「ありえん」

 剛鋭は断言した。

「あれは虹将軍が命を賭して封印したものだ。そう簡単に復活するか?」

 虹将軍――すなわち、虹玉仙コウギョクセンが命を捨てて封印の手助けをした。十年前の話だ。剛鋭はその戦に従軍し、直属の上司であった玉仙が死んだのを目の当たりにしている。尊敬する上司が成し遂げたことが、そう簡単に崩壊するとは信じられないのだろう。

「あー駄目だ。頭痛くなってきた」

 剛鋭はぐるんぐるんと頭を回した。

「もうひとつ、訊いておこう。そいつは何者だ?」

 剛鋭は青玉に視線をやった。青玉は唇を尖らせる。

「そいつじゃありません。わたしには、青玉という名前があります」

「それもだ!」

 剛鋭が、ビシッと青玉に指を突きつけた。青玉はきょとんとしている。

「わかんねぇのはてめえのこともだ! 龍師だなんて言ったが、青玉なんて仙人、どこにも記録がない。ならば妖魅かと思ったが、同じ名のバケモノもいない! てめえ、何か隠してるな!?」

「記録にない、ですか。それはそうでしょう」

 当然のことだ、と言わんばかりに青玉はうなずいた。

「玉髄につけてもらった名前ですから」

 にこっと笑う。満面の笑みだが、穏やかでしっとりとした風情があった。

「本当か?」

「ええ……まあ」

「……お前らどういう関係なんだ?」

 剛鋭が呆れたように訊く。玉髄が青玉に視線をやる。青玉は答えに困ったような顔だ。

「た……大切な友人です」

 玉髄は意を決して、そう言い切った。

「三年前、俺は騎龍になれず荒れていました。その俺を救ってくれたのも、武官になる勇気をくれたのも、彼女です。俺はこの人にたくさん助けられました」

 言ってて何だか気恥しくなってくる。玉髄の言葉が途切れると、青玉が続けた。

「わたしは玉仙に助けられ、虹家のご厄介になっていました。わたしを世話してくれた人の中で、わたしを恐れず、いろんな話をしてくれたのは玉髄だけです」

 たがいに恩がある。与えるものがあり、与えられるものがある。その絆を一言で表すなら。

「かけがえのない、友人です」

 青玉が玉髄に同調した。玉髄は思わず顔を緩ませる。

「……惚気のろけやがって」

「な……っ! どこか惚気てるんですか!?」

 玉髄はわたわたと否定した。しかし顔が真っ赤だ。

「玉髄、顔が赤いです。熱が出ましたか?」

「え、いや、ごめん。違うんだ。大丈夫」

「でも、もう休んだ方が」

「大丈夫だって!」

 心配する青玉に、玉髄はますます挙動不審になる。女茄がクスクス笑い、眉を寄せた剛鋭が怪訝そーな顔で見つめていたのは言うまでもない。

「まあともかく、これで多少は上に報告できるか」

 あーめんどくせ、と剛鋭はつぶやいた。将軍らしからぬ態度だが、戦いを無上の喜びとする武人にはよくあることだ。

「俺はこれから王宮に行く。玉髄、早く体調を落ち着けて復帰しろ。人手不足だ」

 玉髄は、しっかりとうなずいた。


「さあ、若様。お疲れでしょう。お休みください」

「……眠くない」

 三日も眠りっぱなしだった。目が眠りに飽きてしまっている。

「そう仰らず!」

 強引に寝台まで引きずっていかれる。玉髄は寝台に腰かけ、眉を寄せる。

「だってまだ昼間だろ? 暑いしさぁーもうすこしくらいは起きてても……」

「玉髄」

 青玉が玉髄の隣に座る。

「眠れないなら、きゅっとやって、ぎゅってしましょうか?」

「きゅっとやってぎゅ……?」

 玉髄は首をかしげる。まさか首でも締めるのか。

「具体的には、どうするんだ? 痛くない?」

「痛くはないと思います。やってみていいですか?」

「あ、ああ」

 白い腕が、すっと玉髄に伸びる。小さな手が玉髄の頭をとらえ、引き寄せた。そのまま、青玉も身を寄せる。その綺麗な胸元に、玉髄は抱かれた。

「…………」

 玉髄は固まった。犬の前に放り出された仔猫のようだ。

 青玉の柔らかな胸元。豊満ではないが、形が素晴らしくい。

 いい匂いがする。香りではなく、匂い。花が自然と香るように、少女の体は彼女自身の匂いで玉髄を包んでくる。

 しかも、青玉の体温は普通の人間よりはるかに低かった。ひんやりとした清涼感さえある。

(うわあああああああああああああああああああああああああああああ)

 ただしそれを感じられるほど玉髄の頭の中が冷静だったかは、確かではない。

「さあ、お休みしましょう?」

 青玉がそっと力を込めて、玉髄を寝台に押し倒した。小柄な体が、大きな男の体を横たえる。かなり誤解を生みそうな構図だ。

「横になって、休んでください。玉髄、まだ無理は利きませんから」

「ハイ」

 玉髄は素直にうなずいた。思考が完全に止まっているらしい。

 青玉は身を起こし、小さな手で玉髄の頬を撫でた。

「顔、赤いですね」

「だ、大丈夫だから……」

 玉髄はたまらず、目を閉じた。

「玉髄」

 穏やかな声が、子守唄のようにも聞こえる。

「わたしは、あなたの味方です」

 玉髄は、口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

 青い髪の仙女を好きになるなど、普通の人間の感覚ではないだろう。けれども、この想いは止められない。

 間もなく、その笑みが消えた。玉髄は眠りに落ちていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る