第5話 佩剣衝星 五
「あい……って」
紅龍隊の詰め所に運ばれ、手当てを受けると気が緩んだ。すると不思議なことに、かえって痛みが襲ってくる。
「どうだ、腕は」
「全治三ヶ月だそうです。それより、陛下は?」
玉髄は騒動が鎮まってすぐ治療に向かわされたので、どれほど混乱したかは知らない。
「かなりご心痛の様子だ。まわりの連中もな」
そして剛鋭はニッと笑う。
「ヘッ、ざまぁみやがれ。これでいかがわしい妖術師どもを小さくできる。方術は素人の文官どもも、あいつらの危なさがよ~くわかっただろうよ」
「決まり、ですか」
「……法が定まるのはいいとしても、変な噂が立たなければいいのですが」
「えらく心配してるな」
しまった、と玉髄は口をつぐむ。何か咎められるか。そう思ったが、剛鋭も肩をすくめただけで、それ以上は追及してこなかった。
そのとき、にわかに人が騒ぐ気配がした。何だ、と全員が入口に視線を集めると――。
「玉髄様――っ!」
「玉髄様――――っ!」
「ギョ・ク・ズ・イ様――――――っ!」
甲高い声が多重奏になって雪崩込んできた。王宮の女官たちだった。玉髄の熱心な信望者たちが、負傷の報を聞きつけたらしい。さほど広くない詰め所は、あっという間に華麗に着飾った女たちで埋まった。女たちがそれぞれ焚きしめている香の匂いがすさまじい。白粉の匂いもだ。それに慣れていない武官たちは思わず手で口元を覆う。しかし玉髄はそれができず目を白黒させている。
「玉髄様、何とおいたわしい!」
「ちょっと待て手前ら! 怪我人だぞ、体に障る! 労れ! ってか散れ! 帰れ!」
いち早く体勢を立て直した将軍・剛鋭が、女たちの前に立ちはだかる。しかし女たちも負けてはいない。
「将軍様、わたくしたちは玉髄様のお世話に参ったのです!」
「だー、もー!」
女たちに悪意はない。その分タチが悪い。そのまま混乱が続くかと思われたが――。
「全員、控えなさい! 陛下がお出ましになられます」
馴染みのある声がした。国王づき侍女の声だった。
「我が君……!?」
国王・
「玉髄、すまぬ。予をかばったせいで……」
晃耀はいきなり玉髄の手を取ってそう詫びた。玉髄は目を丸くする。周囲の者も同様だ。
「強くなったね、玉髄。予には、そなたこそが英雄だ」
「もったいなきお言葉。この
玉髄は救われた、とばかり礼を述べた。
「皆、今日はもう戻りなさい。彼のことは心配いらないから。下がりなさい」
国王みずからの言葉は重い。「下がれ」と言われては、女官たちも従うしかない。詰め所から、一斉に人がいなくなった。香の匂いは残っているが、すぐに抜けるだろう。
助かった、とばかり玉髄はほっと息をついた。
「剛鋭、そなたも。騎龍の
「ありがたき幸せ」
長身の将軍は深々と礼をした。
「すまないね、騒がせた。皆、今日はもうゆっくりお休み」
「御意」
「ありがとうございます」
剛鋭らが拱手する。玉髄は片手だけを上げて拱手の形をとり、礼をした。
晃耀の姿が見えなくなると、剛鋭がため息をついた。皮肉っぽい視線を玉髄に向ける。
「ほんっとにてめえは人気者だな」
「できることなら誰かに譲りたいです」
「しかし、あれだけモテて好みの女がいないんだろ? 顔は美人でも、体は貧相なのが多いからなー」
「え、玉髄君は豊満な女性が好みだったんですか?」
「おう、しかもとびきり胸の形のいい奴が好みだ」
「ちょ、ちょっと将軍!?」
途端、玉髄は顔を紅潮させた。
「将軍、そうなんですか?」
「おうよ。コイツ、大人しーい体型なんか目に入らねえ。もっとこう胸にも腰にもメリハリのある、例えば妓楼の
「わ――っ! わ――……あだだだっ」
大声でかき消そうとしたが、肋骨に響いて前屈みになる。そもそも、そんな反応をすれば、剛鋭の言っていることが本当だと証明してしまうようなものだ。それに気づいていないあたり、玉髄も修行が足らない。
玉髄は息を吐いて痛みを遠ざけると、バッと顔を上げた。騎龍たちがニヤニヤしている。
「将軍、いくら何でもひどいですよ!」
「ひどいのはてめえだろうが。てめえが歯牙にもかけてない女どものせいで、こっちも窒息するところだったぞ」
「しょ~ぐ~ん~、それ俺のせいじゃありません~」
「とっとと恋人でも何でも作ればいいんだ。そうすりゃ女どもも大人しくなるのに」
「あなたに言われたくな――……あいててて」
ワハハハハ、と騎龍たちはいっせいに笑う。
玉髄は突っ伏しながら「ちくしょーちくしょー……」とつぶやくばかりだった。
「で、てめえは明日はどうするんだ?」
「このまま自宅で療養です……。腕吊った人間がいても不吉でしょう」
「やっぱりな。こっちの仕事も、治るまで出なくていい」
彼らの任務は命がけ、たとえ万全の体調でも、下手を踏んで死ぬことがある。まして怪我人は足手まといでしかない。
「出なくていいんですか~」
「何だ、不満か?」
「皆、喧嘩っ早いから心配なだけです」
「ハン、それでお返したつもりか? 甘いな」
「次の任務は、
剛鋭の表情がすこし引き締まる。
蟠湖は王家の領だが、その周辺は虹家が握っている。虹家の当主である玉髄の口添えがあると、仕事はグンと楽になる。
「おや、そりゃマズいな。じゃ、よろしくお願いしますよ。虹家当主サマ」
「とりあえず、祖母に手紙を出しておきます」
「そうか、地元はあの
玉髄は都で勤めているため、
「それじゃ祖母君にもよろしく頼む。今日はこれで解散だ。ああそれと、見舞い客には用心しろよ」
「ええ」
剛鋭の忠告に、玉髄はうなずいた。ため息をついて、腕の痛みをまぎらわせた。
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