第5話 佩剣衝星 五

 玉髄ギョクズイはやはり右腕を骨折していた。それに加えて、肋骨にも傷が入ったらしい。ほかの怪我人とともに、医術を心得た方士が手当てしてくれた。その方士によると、三月みつきは動かさないようにしなければならないという。

「あい……って」

 紅龍隊の詰め所に運ばれ、手当てを受けると気が緩んだ。すると不思議なことに、かえって痛みが襲ってくる。

「どうだ、腕は」

 剛鋭ゴウエイや彼の配下、つまり玉髄の同僚たちが様子を見に来てくれた。

「全治三ヶ月だそうです。それより、陛下は?」

 玉髄は騒動が鎮まってすぐ治療に向かわされたので、どれほど混乱したかは知らない。

「かなりご心痛の様子だ。まわりの連中もな」

 そして剛鋭はニッと笑う。

「ヘッ、ざまぁみやがれ。これでいかがわしい妖術師どもを小さくできる。方術は素人の文官どもも、あいつらの危なさがよ~くわかっただろうよ」

「決まり、ですか」

 琥師こしたちは、国の定める法に縛られる存在になる。彼らがもっとも嫌がる結果につながろうとしている。夜光ヤコウ一角イッカクとて、こんな結果は望んでいなかったはずだ。

「……法が定まるのはいいとしても、変な噂が立たなければいいのですが」

「えらく心配してるな」

 しまった、と玉髄は口をつぐむ。何か咎められるか。そう思ったが、剛鋭も肩をすくめただけで、それ以上は追及してこなかった。

 そのとき、にわかに人が騒ぐ気配がした。何だ、と全員が入口に視線を集めると――。

「玉髄様――っ!」

「玉髄様――――っ!」

「ギョ・ク・ズ・イ様――――――っ!」

 甲高い声が多重奏になって雪崩込んできた。王宮の女官たちだった。玉髄の熱心な信望者たちが、負傷の報を聞きつけたらしい。さほど広くない詰め所は、あっという間に華麗に着飾った女たちで埋まった。女たちがそれぞれ焚きしめている香の匂いがすさまじい。白粉の匂いもだ。それに慣れていない武官たちは思わず手で口元を覆う。しかし玉髄はそれができず目を白黒させている。

「玉髄様、何とおいたわしい!」

「ちょっと待て手前ら! 怪我人だぞ、体に障る! 労れ! ってか散れ! 帰れ!」

 いち早く体勢を立て直した将軍・剛鋭が、女たちの前に立ちはだかる。しかし女たちも負けてはいない。

「将軍様、わたくしたちは玉髄様のお世話に参ったのです!」

「だー、もー!」

 女たちに悪意はない。その分タチが悪い。そのまま混乱が続くかと思われたが――。

「全員、控えなさい! 陛下がお出ましになられます」

 馴染みのある声がした。国王づき侍女の声だった。

「我が君……!?」

 国王・峯晃耀ホウコウヨウがお出ましになられていた。手狭な詰め所も意に介さず、しゅるしゅると衣擦れの音をさせながら、国王はまっすぐ玉髄に近づく。剛鋭もほかの騎龍たちも。そして女官らも一斉に道を開け、拱手する。

「玉髄、すまぬ。予をかばったせいで……」

 晃耀はいきなり玉髄の手を取ってそう詫びた。玉髄は目を丸くする。周囲の者も同様だ。

「強くなったね、玉髄。予には、そなたこそが英雄だ」

「もったいなきお言葉。このコウ玉髄、一生の名誉といたします」

 玉髄は救われた、とばかり礼を述べた。

「皆、今日はもう戻りなさい。彼のことは心配いらないから。下がりなさい」

 国王みずからの言葉は重い。「下がれ」と言われては、女官たちも従うしかない。詰め所から、一斉に人がいなくなった。香の匂いは残っているが、すぐに抜けるだろう。

 助かった、とばかり玉髄はほっと息をついた。

「剛鋭、そなたも。騎龍のわざ、見事であった」

「ありがたき幸せ」

 長身の将軍は深々と礼をした。

「すまないね、騒がせた。皆、今日はもうゆっくりお休み」

「御意」

「ありがとうございます」

 剛鋭らが拱手する。玉髄は片手だけを上げて拱手の形をとり、礼をした。


 晃耀の姿が見えなくなると、剛鋭がため息をついた。皮肉っぽい視線を玉髄に向ける。

「ほんっとにてめえは人気者だな」

「できることなら誰かに譲りたいです」

「しかし、あれだけモテて好みの女がいないんだろ? 顔は美人でも、体は貧相なのが多いからなー」

「え、玉髄君は豊満な女性が好みだったんですか?」

「おう、しかもとびきり胸の形のいい奴が好みだ」

「ちょ、ちょっと将軍!?」

 途端、玉髄は顔を紅潮させた。

「将軍、そうなんですか?」

「おうよ。コイツ、大人しーい体型なんか目に入らねえ。もっとこう胸にも腰にもメリハリのある、例えば妓楼のうれのような――」

「わ――っ! わ――……あだだだっ」

 大声でかき消そうとしたが、肋骨に響いて前屈みになる。そもそも、そんな反応をすれば、剛鋭の言っていることが本当だと証明してしまうようなものだ。それに気づいていないあたり、玉髄も修行が足らない。

 玉髄は息を吐いて痛みを遠ざけると、バッと顔を上げた。騎龍たちがニヤニヤしている。

「将軍、いくら何でもひどいですよ!」

「ひどいのはてめえだろうが。てめえが歯牙にもかけてない女どものせいで、こっちも窒息するところだったぞ」

「しょ~ぐ~ん~、それ俺のせいじゃありません~」

「とっとと恋人でも何でも作ればいいんだ。そうすりゃ女どもも大人しくなるのに」

「あなたに言われたくな――……あいててて」

 ワハハハハ、と騎龍たちはいっせいに笑う。

 玉髄は突っ伏しながら「ちくしょーちくしょー……」とつぶやくばかりだった。

「で、てめえは明日はどうするんだ?」

「このまま自宅で療養です……。腕吊った人間がいても不吉でしょう」

「やっぱりな。こっちの仕事も、治るまで出なくていい」

 彼らの任務は命がけ、たとえ万全の体調でも、下手を踏んで死ぬことがある。まして怪我人は足手まといでしかない。

「出なくていいんですか~」

「何だ、不満か?」

「皆、喧嘩っ早いから心配なだけです」

「ハン、それでお返したつもりか? 甘いな」

「次の任務は、蟠湖ハンコ周辺の調査ですよ。地元の氏族ナメてると痛い目遭いますよ~」

 剛鋭の表情がすこし引き締まる。

 蟠湖は王家の領だが、その周辺は虹家が握っている。虹家の当主である玉髄の口添えがあると、仕事はグンと楽になる。

「おや、そりゃマズいな。じゃ、よろしくお願いしますよ。虹家当主サマ」

「とりあえず、祖母に手紙を出しておきます」

「そうか、地元はあの虹青河コウセイガ殿に任せてんだったな」

 玉髄は都で勤めているため、虹家じぶんの領地に目の行き届かないことも多い。そのため、祖母にその管理を任せている。彼の祖母は虹家直系の血をひく烈女であり、頼もしいことこの上ない。

「それじゃ祖母君にもよろしく頼む。今日はこれで解散だ。ああそれと、見舞い客には用心しろよ」

「ええ」

 剛鋭の忠告に、玉髄はうなずいた。ため息をついて、腕の痛みをまぎらわせた。

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