第2話 佩剣衝星 二
深大な湖を国土に抱き、川や泉に恵まれ、霊峰・
その峰国、第百七代峰国王・
「
国王・峯晃耀は、
「我らは恐れを知りません。どうということもありませんでした」
「勇ましいこと。そなたらの話を聞くと、予も勇気がわいてくるようだ」
王から直接言葉を貰うのは、大変な名誉だ。騎龍たちの任務が、重要なものであったことがうかがえる。
騎龍たちの任務とは、妖魅退治である。
妖魅――この世界は、バケモノと呼ばれる存在がやたらと多い。いつの間にやら空や土や水から生まれてきて、草を枯らし人を喰う。民の生活が脅かされ、貴族の屋敷が襲われる。
そのため王国はいにしえより、騎龍と呼ばれる人材を育成し、彼らだけの部隊を創り上げた。ひと同士の戦を主とする常軍とは別に、妖魅専門の戦力として独自の待遇を受け尊崇を集めている。
その一つ、王国軍紅龍隊はたった八人の部隊である。ほかに三つの部隊があるが、そこも同じような人数だ。にもかかわらず、剛鋭に将軍の位が与えられているのは、峰国での騎龍の立場の強さを表していた。
「剛鋭、そなたは本当に強いね。どのような妖魅も、そなたらには敵うまい」
「もったいなきお言葉」
「そなたらの龍は、我が祖にも連なる聖なるもの。これからも、この国と民を護っておくれ」
「御意に」
戦士たちは一斉に両手を胸の前で組んだ。右手を拳にし左手で包む――いわゆる拱手の礼をもって、国王に応えた。
謁見の間から退出し、剛鋭らは詰め所に集まっていた。
王国軍紅龍隊は、先にも述べたように八人の部隊である。うち一人にいたっては騎龍ですらない。詰め所には余裕があった。
「今回の任務もほぼ損害なく完遂した。陛下も大変お喜びのご様子」
剛鋭が満足そうにうなずいた。
「よーし、祝いだ。街に出るぞ! 今夜は呑むぞー!」
「将軍のオゴリですかぁ!?」
「ばーか、てめえらにも褒賞が出ただろう」
騎龍たちは酒でも飲みにいく様子である。ただ、玉髄だけは帰り支度だ。
「玉髄……は行かないよな?」
「あ、はい」
「えー付き合い悪いな」
「怒ってやるな。こいつは気楽な立場じゃないんだ」
剛鋭が玉髄の頭にひじを乗せる。玉髄も身長はある方だが、剛鋭の方がはるかに高いためできる芸当だ。
「こいつン家、知ってるだろ? あの馬鹿でっかい虹家のお屋敷だ。そんでこいつはそこの当主。台所事情はかなーり火の車なんだと」
そう、玉髄は由緒正しき貴族である。ただ、いつも支援役に徹しているので目立たないが。
「そうなの?」
「ええ。当主といっても実権を握ってるのは祖母でして。祖母は、俺が王都勤めするのに反対してるんです。ただし……王都の屋敷を俺の
「あいっかわらず厳しいな」
剛鋭が呆れたようにため息をついた。
玉髄の家は峰国でも屈指の名門であり、その屋敷は貴族の中でも最上級に立派なものだ。それを維持していくには並大抵でない金がかかる。屋敷の保持に庭の手入れ、召使たちへの給金その他もろもろ。おまけにお勤めで使う武器装備の点検もある。そういうものに、玉髄の収入はほぼ消える。家柄は最高なのに、あまり余裕のある生活ではない。
「何だか地味な兵糧攻めみたいだな」
「まあ家人たちも四、五人で子飼いですし、何とかやってます」
「もっと給料のいいところに出仕すればよかったのに」
「それも思ったんですが……俺はやっぱり、龍のそばにいたいんです。騎龍になるためにずっと修行してきたんですから」
玉髄が苦笑したのと同時に、詰め所の扉が叩かれる。
「開いてるよ、どーぞー」
「失礼いたします」
丁寧に礼をしたのは女官だった。国王付きの侍女で、騎龍や玉髄とは顔なじみの女だ。
「騎龍の皆様方、鳴蛇討伐の儀、まことにおめでとうございます」
「用件は?」
「はい。陛下からお
女官は袖を前で合わせたまま、丁寧な口調で告げる。
「次は
「蟠湖? また東部ですか。あそこに、何か異変でも?」
「その異変がないか、調査するようにとのことでございます」
「まあ、アレだな。最近、妖魅が騒がしいだろう」
妖魅退治の依頼は増える一方だった。普通の人間で構成された軍隊では妖魅に歯が立たないことも多く、地方の領主たちからひっきりなしに救援要請が来る。
王国軍は騎龍の部隊を四つ設けているが、最近は四部隊とも休みらしい休みもなく働かされている。騎龍は少数精鋭が売りだが、実際は人手不足もいいところだ。
「妖魅は我らの知識では計れぬ存在だ。もし蟠湖に悪影響が出るようなことがあれば大事だ」
剛鋭が鋭く表情を引き締める。
「すぐに発った方がいいのか?」
「いえ、朱将軍ならびに
「やりぃ! 聞いたか、てめえら。明日までは休みだぞ!」
一転、剛鋭は子供のように両腕を振り上げた。
明日からは「建国節」と呼ばれる時期に入る。文字通り峰王国の成立を記念して、国中で祝賀行事が行われる。貴族である朱剛鋭と虹玉髄は、王宮での饗宴に出ることが許される。
「で、将軍らだけ宴に出て、俺らは先遣されるとか、そんな話じゃないでしょーねー?」
「……そんな話なのか?」
「いえ、騎龍の皆様方もしばらくは王都にいらっしゃってください。建国節ですもの」
「やったー!」
無邪気とも言えそうな歓声が上がる。いい歳をした七人の戦士が歓喜している光景は、部外者が見たら目を丸くするに違いない。
歓喜する騎龍たちを尻目に、女官は玉髄にそっと囁いた。
「蟠湖は、虹家の領地に近いそうですね。どうかご配慮を」
「我が君の御心のままに。そのつもりで準備いたしましょう。そうお伝えください」
「かしこまりました。ご武運を」
女官は騎龍たちにも一礼して、退室した。
「よーし、今日はもう上がるぞー」
赤備えの戦士たちは、呑気に詰め所を出た。途中までは全員一緒だ。八人でぞろぞろと歩くと、出会った文官・武官がそろって道を空ける。怖れられているのだろう。勇猛さを第一とする騎龍たちにとって、悪い気はしない。
「方士だ」
その時、騎龍の誰かが小さく言った。
廊下の向こうから、数人の集団が歩いてくる。方士――つまり、神仙の術を修める者の集団だった。彼らの風体は目立つ。もうすぐ夏だというのに毛皮を着ていたり、刺青をしていたり、髪をぼさぼさに伸ばしていたり、とかく普通の人間とは違う。
彼らは道を空ける様子もなく、玉髄らとすれ違った。
その一瞬――集団の先頭にいた少女がこちらに視線をくれる。金茶色の短い髪とまんまるの黒い瞳、銀色の額当てをした美少女だ。かなり目立つ容貌をしているうえに、人の視線を釘づけにするほど、胸元が豊かに膨らんでいる。
玉髄は少女の視線に応じ、軽く首を振った。少女は黙ってまた彼女の正面を見据えた。
二つの集団は無言で、たがいに遠ざかる。
「
剛鋭が低い声でつぶやいた。
九陽門――騎龍たちと対立する、
その理由は騎龍たちと同じ。琥師もまた、妖魅退治の専門家だ。
「生ける英雄、夜光殿の門下ですか」
「お師匠の栄光を笠に着てやりたい放題とか。いっぺんシメますか?」
「フ、放っておけ。今度、新しくできる法が奴らの自由を奪う」
物騒な部下の軽口に、剛鋭も鼻で笑って答える。
ただ玉髄だけは黙っていた。驕っているのは、琥師も騎龍も同じなのではないか。ただ、琥師は歴史の浅い勢力であり、その分、反発を受けやすいのだろう。
「久々の王都と祭だ! 存分に楽しもう!」
剛鋭たち騎龍だけが上機嫌で、王宮の門をくぐり抜けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます