第一章 佩剣衝星
第1話 佩剣衝星 一
崩国の妖魅が封印されて、十年の月日が経った。
「こいつはひでえな。何もかも乾いてやがる」
「ええ、本当にひどい有様です」
荒涼とした大地に、数名の人間が足を踏み入れた。
「山は緑で、平野は枯野ですか。まだ春の終わりなのに」
四方を見渡せば、かなたに山が見える。山々は季節にふさわしい鮮やかな緑を帯びている。
しかし、目の前の一帯にその美しい色はない。土はまぬけな薄茶をさらし、見苦しくひび割れている。草木はすべて枯れ、無残な骸でしかない。
まるでこの周辺だけが、日照りに見舞われたかのようだ。
「土地の者が言うには……この一帯は例年通りならば、青草に覆われる草原だということです」
「で、今年はこんなんだと。日照りとかじゃねーんだな?」
「ええ、天候は例年通りだそうです」
話をしている者たちは、鎧を着けていた。全員が鮮やかな紅で統一されている。紅く染めた革、赤い綴り糸、朱の衣――その装備だけで、高度に統率された一団であることがわかる。
「おし、相手は
一団の長――紅龍将軍・
しかし彼の視界に答えうる異物はない。乾いた風が、薄い土煙を巻き上げただけだった。
「
「その気配は視えません」
剛鋭に答えたのは、年若い男だった。
将軍には及ばずとも、背丈はすらりと高い。鍛えられ、かつ引き締まった体をしている。髪は黒褐色、容貌は色男の部類に入るだろう。年頃の乙女を、もれなく騒がせる容貌だ。
「よし、てめえの眼、信用するぞ」
そして印象的なのは、彼の瞳だった。色はありふれた漆黒だが、よくよく見れば瞳のふちは灰色を帯びた緑色をしている。宿す光は、太陽を直接含むものが一つ。そして世界から反射した柔らかな光が一つ。その二つが重なって、漆黒の眼に虹を含んだかのような艶やかさがある。
彼の名は、
「琥師の奴らが来ると話がややこしくなる。とっとと片付けるぞ!」
七人の兵士たちが一定の間隔を空けて、横一列に並ぶ。中央は剛鋭だ。そして、七人の列の前方に玉髄が立つ。
「バケモノどもはどこかに隠れています。位置を特定しますので、そこに
玉髄が眼を閉じた。光が遮断され、眼球の表面が潤う。
ひとつ息を整え、カッと見開いた。
「北北東、あの枯れ木の下です!」
「了解、攻撃を開始します」
列の一番左端にいた兵士が、答える。
「来い! 我が龍よ!」
兵士の声とともに、大気が渦巻いた。
大気はやがて白く濁り、まるで霧のように視界をかすめる。
それに応じるように、彼女の胸元から光がわきあがった。光の源は
やがてその光は、喉元の皮膚に写し取られる。菱形に集約し、まるで鱗だ。光の鱗が現れると、彼女の漆黒の瞳に鮮やかな
次の刹那、彼女は璧を天高く放り投げていた。紐が、尾のように空中でひるがえる。黄赤色の玉は、宙に舞う。その中央の孔に、同じ色の光が渦を巻く。霧が立ち昇り、璧を覆う。
そして、それは現出した。
すらりと長い蛇体。
鮮やかな煌きを孕んだ鱗。宝玉のごとき、硬質な艶を含んだ眼。
――龍。
鋭い爪と、牙、長い
「撃て!」
兵士の命令と同時に、龍の周囲に霊気が巻き起こる。そのまま霊気は集約して彈となり、幾筋もの尾を引いて放たれる。そして、玉髄の指示した場所に着彈した。乾いた土煙が、光に焦がされる。
「――出ます!」
ひび割れた大地を砕いて、空に飛び出す影がある。その数、数十体。春も終わりの空に、躍り上がった。
それは、四枚の翼を持つ蛇の群れだった。それが飛び出した瞬間、あたりに強烈な熱気が発生する。
「よおし、出たぞ! 龍を出せ!」
剛鋭の声に応じて、並んだ兵士たちから光と霧がわき起こる。霊力の噴出が、その二つのように見えるのだ。龍が次々と現出する。兵士たちはその背に跳び上がり、空へと飛び立つ。
その兵士らを、人は
「紅龍将軍・朱剛鋭、ここにあり!」
蛇体の踊る、空。春の日差しが、優しさを失う。
そんな中、ただ一人、飛び立たなかった者がいる。玉髄だ。
彼は額の上に乗せていた面を顔に下ろす。
その面は、奇妙な獣を模している。
玉髄はひとつ深呼吸をすると、自分の中の霊気を集中させる。体の中を流れる、雲のような霧のような霊気を、頭の芯に向かって集約させる。
「俺の声が聴こえますか」
『良好だ』
『こちらも良好』
騎龍たちの声が、頭の中に響いた。この面には、騎龍らと思念で交信する力がある。
玉髄は空を見上げた。水晶の眼を通し、大気に踊る霊気を見据える。
「四枚の翼……
『了解。全員、距離を取って戦え!』
龍は霊気を彈とし、騎龍の意志に従って放つ。長く尾を引く者、雨霰と放つ者――それぞれに違う彈を操り、鳴蛇を撃破していく。
「右に五体、左三体、後方四体……」
玉髄は思念を操り、騎龍それぞれに鳴蛇の行方を伝える。
彼の目は、地上からバケモノたちの気を見ている。同時に、意識はまるで七頭の龍すべてを支配したかのように、空に飛んでいる。この面を被ると、いつもそうだ。ものすごく高い場所から、すべてを見渡して指示をしているかのような気分になる。騎龍たちもこんな感覚なのだろうか。
その時、バケモノの気が天高く昇った。晩春の強い陽の中に、影さえも消える。
『どこだ! どこに行った!』
「将軍、上から来ます! 十体!」
玉髄の思念に応じて、剛鋭の龍が彈を放つ。
『ッシャ! ドンピシャだ!』
剛鋭の声に、歓喜が混じる。そのまま剛鋭は剣を抜き放って近接戦闘に持ち込んだようだ。その気配を感じて、地上にいる玉髄も思わず心が躍る。
鳴蛇が地上に落ちた。そのうちの一体が土中に潜る。
『玉髄君! そっちに一体!』
「――!?」
うしろから、土煙を上げて鳴蛇の濁った気が迫ってくる。
玉髄はその速度を見切って紙一重で避ける。
「うおおッ!」
一歩下がったその瞬間、いまいた場所から鳴蛇が飛び出した。とっさにかざした革の篭手が焼け焦げる。凄まじい熱だ。
『玉髄!』
「大丈夫です!」
返答しながら、玉髄は剣を抜いた。左の小指をその刃に滑らせる。皮膚が切れて血が剣ににじむ。
鳴蛇が空中で一転する。牙を剥き、熱気とともに玉髄に突撃する。
「ハアッ!」
玉髄は大きく腕を伸ばし、剣の先で引っかけるように鳴蛇を斬った。そのまま熱気から逃れるために距離を取る。
「ギイエエェエ!」
鳴蛇が、のたうちながら地面に落ちた。それでも沸き起こる溶岩のような熱。玉髄は思わずひるんでしまう。
『玉髄、大丈夫か!?』
「ええ、何とか! 俺の血は辟邪ですから」
『ヘッ、悶えてやがる。よし玉髄、動くなよ!』
素早い思念交信の直後、落ちた鳴蛇に龍の彈が降り注いだ。大地を砕き、砂を巻き上げ、派手に鳴蛇を吹き飛ばす。
「終わったか……」
これですべての鳴蛇が倒されたらしい。
玉髄は注意深くあたりの気を眺める。それらしい気はもう見えない。
「気の消滅を確認しました。お疲れ様です」
七頭の龍が、いっせいに地上に戻ってくる。その様は、圧巻というほかはない。
「よし、龍をしまえ」
騎龍らが地上に降り立つと、龍の姿は霧散した。
「おう、玉髄、大丈夫か?」
「ええ」
玉髄は焦げた篭手を外した。熱が強く、焼けた部分がシウシウと音を立てて、広がっていく。間一髪避けたが、もうすこし熱が強ければ腕を持っていかれ、顔や体を焼かれていただろう。
「不覚でした。空ばかり見ていたので」
「手前は、変なところで抜けてんな。ま、大したことはなさそうだ。辟邪の血に助けられたな」
ハハハハッと笑いが起こる。玉髄は、この仲間たちが好きだった。
「では、王都に戻りましょう!」
「ようし、てめえら! 帰ったら祝い酒だ!」
いままでの緊張感はどこへやら。八人の戦士たちは、荒野を後にした。
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