転章 《開演》




空気が震える…まるで神の子であるキリストの再誕を思わせるものであった。彼の死後…死と呼んでよいのかはわからないが、復活までに要したのは3日。人が飲まず食わずで活動できるのは3日まで…全て計算し尽された作戦である。彼は…この男は…この不敗の化け物は…戦いだけでなく、演出まで行う余裕があったのだ。


化け物が口を開く

「人は劇的な変化を切望している。普段は平穏を望んでいるが…一度窮地に落ち、絶望したところで逆境を乗り越える存在が現れれば?不安からの解放は人々を熱狂に駆り立てる!私が他の二人…スワロフやディエ・エスと違うのは…彼らは戦士であることだ!だが私は…王だ!彼らを導くものである!故に私の演出には余念がないのだよ!この度の戦…俺が…完全に勝たせてもらうぞ!!」


実際、グレートオールド三人のそれぞれの勝率は、ディエ・エスが八割、スワロフが八割五分、そして不敗の彼は驚異の九割である。

彼は同じグレートオールド同士の戦いでも決して負けることがない。過去に彼らと戦い、何度も負けそうになった。だが彼はいかなる時も勝利をもぎ取ってきた。


かのディエ・エスがいう

「この俺様でさえ奴と戦って勝ったことがない!引き分けが関の山…いや、やつは敗北を嫌う、故に引き分けに持ち込まれるのだ!忌々しいことに…この俺でさえ、未だ挑戦者のままであり、超えることが出来ない!それがオルデアルだ!


その彼が来る。




だが、こちらには不敗を超える常勝の将がいる。彼の名はサイラン…軍神サイランである。


彼はヒスパニアの五元帥、フランクのバーゼル、シュステルベルクに言う

「すべて作戦通りだ。大した被害もないあなた方ヒスパニア、とフランクで後ろの穴をあけ、脱出してください」


サイランはアラバルトとエリザベータに言う

「あなた方はそれに続いて脱出を…しんがりは我ら聖ローマが」


彼らはそれに従い大急ぎで脱出を図った。続けてサイランは指令を出す。

「バカの部下を全員突撃させろ!シンフォニア公爵は他国の脱出を手伝ってください」


だがシンフォニアは断る

「サイラン…お前は正気か…この戦、我らの敗北だ…お前はまだ戦うのか!?それなら我も戦わせてくれ、騎士として武人として、戦場で散るのは本望だ!」


サイランは嗤う

「違いますよ!シンフォニア公爵、戦いは今始まったばかりですよ。私は常勝です。今までのは戦いではありませんよ。これから起こることが私の戦争です」


シンフォニアは何かに気付く

「まさか…サイラン…お前は…聖ローマを潰す気か…」


サイランはにっこりと笑う

「さすがです、シンフォニア公爵。というわけで、このまま脱出したら、ローマ神聖に亡命することをお勧めします。あそこは駒を二つ失ったのでちょうどよろしいかと…向こうはあなたを大将と任命する条件に旧オストマルクの地をあなたへの封土にすると提案してきました。あなた様のお孫…いや、エーデルワイス皇太女に譲れば、オストマルクは復活しますよ。シンフォニア公爵、今までありがとうございました。楽しかったですよ」


シンフォニアは涙を流しながらいう

「勇者サイラン…これはお前の…聖ローマへの…復讐か…」


サイランは…初めて感情を露わにする。シンフォニアが知るサイランはいつも無表情で何を考えてるのかわからず、話すときもいつもポツリとこぼすように話したり、ボソボソと聞き取りづらいのだ。こんなに表情豊かに且つ活き活きと話すのはここ十年で一度も見たことがないのだ。


サイランはいてもたってもいられない子供のように言う

「違いますよ!シンフォニア公爵、これは愛情表現ですよ!子供が親にしてあげられる最高の親孝行ですよ!!」


シンフォニアは黙って去る他なかった…




ほとんどの軍は大打撃を受けたにも関わらず、脱出することが出来た…勿論オルデアルの軍が弱っていたのもあるが、最大の理由はオルデアルが敢えて逃がしたのである。そして取り込まれたサイランはというと…


「オルデアル…助かったよ…これで母上の演劇が順調にはじめれるだろう」


オルデアルは呆れる

「サイラン…お前のわがままで歴史が変わったぞ…聖ローマを潰すために、6国も巻き込むなど前代未聞だ…その話に乗った俺も悪いのだが…」


サイランはぼそりと

「今回死んだ奴は時代に殺されたのだ…そして俺も殺される…お前の下で死んでいる偽物勇者バカみたいにな…」


オルデアルはため息をつく

「殉教か…恐ろしい女だ…自分の息子でさえ、駒の一つか…」


サイランは苦笑する

「俺以外の息子娘孫たちは皆理解してるよ…だが俺らはそれすらも歓喜に震える…俺らにとっては彼女から見放されるのが何よりも恐ろしい…そのためならこの命…」


オルデアルは言う

「この戦はお前の負けだ…お前は帰国したら火炙りだ…今回参加した国だと…ローマ神聖、ブリタニカは動けず、ヒスパニア、フランクはひきこもるだろう。勢力図は大きく変わる…」


「オルデアル…お前は…」


オルデアルは言う

「ここで引退だ…俺はついに負けなかった!ここで勝ち逃げさせてもらう…マケドニアなぞくれてやるよ」




その後…


教皇ピウスが高らかに宣言する

「今より異端審問を始める。サイラン…前へ!」


教皇庁教理聖省異端審問局一部が開かれた。これからサイランは今回の戦の敗戦の責をこの場で問われるのだ。だがこの裁判は通常の裁判ではなく、裁判官、検察、弁護、証人は全て異端審問局が行う不当な裁判である。被告人は拷問で全てを自白させられるので今まで無罪になった者は0人である。


サイランは

「俺は弁明も釈明も無罪の主張も何もやらん…こんな無駄なことをするぐらいなら軍の立て直しでもやれ、シンフォニア公爵が国を離れ、バカも死んだことだし…」


その時一人の女が立ち上がり喚く

「貴様がッ!貴様がッレナードを!!私の勇者を殺したのよォッ!今すぐ火炙りにして頂戴ッ!この悪魔を!今すぐ浄化しなさい!」


サイランはヤレヤレと首を振る

「あのバカが死んだのは勝手に突っ込んっだのが原因だ」


「嘘よ!!あなたが殺したのでしょう!貴様は敵を殺すばかりで彼を守らなかった!」


「何を言ってるのだ?俺がなぜバカを守らんといかんのだ?俺は将で、奴も将だ。勝つことが仕事だ」


大聖女ウルティマは止まらない

「どいつもこいつもなぜレナードを!勇者を!私を守らないの!私たち二人は!この世で最も尊い存在なのよ!」


二人の言い合いをにやにやとピウスが見る。完全に面白がっている。そして言う

「大聖女様をお連れしろ…少しお疲れのご様子だ。ゆっくりお休みなさるがよろしい」


その後ヒステリックに喚く大聖女を連れ出した後、ピウスは大爆笑する

「ブハハハハハハハハッ」

たっぷり1分半爆笑した後

「サイラン…傑作だぞ!なかなか面白かったぞ。まぁ俺としてはお前を火炙りにしたくはないが…つか、したら誰がこの国を守るんだ?まぁ、今回は完全にあの女にやられたな!」


サイランはぼそりと

「騎士団長…」


ピウスは嗤う

「ん~?」


「あなたはどうなさるつもりですか?」


ピウスはニヤニヤする

「俺はあの女の舞台に立つのはゴメンだ。俺は遠くで傍観してやる」




その夜…牢獄で…


コツコツ…

石畳を鳴らす音が聞こえる。その音はサイランの独房の前に止まった。


サイランは顔をあげる

「母上…」


メラは慈愛に満ちた顔で言う

「久しぶりだな…あたしの息子よ…さすがはあたしの息子のなかで最も優秀な子だ…あたしが指示を出す前に全てのお膳立てをしてくれた…礼を言うぜぇ…あんがとよ」


サイランは涙を流す

「ありがとうございます。私は死ぬ前にあなたとお話が出来てよかったです…」

サイランは涙を拭き続ける

「ところで母上…あなたが連れている少年の調査結果をご覧ください…ルナリアが持っております。あなたの予想通り…彼の父親はアレでした…」


メラは息をのむ

「…マジかよ…アレとはもう金輪際関わりたくねぇーと思ったのによ…まぁ、あんがとよ。お疲れ…お前の役割は終わった。失せろ」


サイランは膝をつく

「御意!仰せのままに…母上、さらばです」


メラはいう

「お前は大した奴だよ…お前ほどあたしを理解してる奴はいない…あたしが小指の爪ほどの慈悲を感じた奴はそうはいまい…誇れ!」


そのまま去っていた…




翌日…サイランは火刑に処された。


一人の男が焼かれる…男も女も老人も若者も…皆、喚き立っていた…皆が正気を無くし興奮している。


それらの光景を見てサマルカンド枢機卿が吠える

「さぁ、神よ!これを見たまえ!魔の浄化を!かの男は勇者を殺し、我らの…尊い大聖女を汚した…おお!大聖女よ!ご覧ください!皆の者よ!我らの大聖女に祝福を!!皆も唱えよ!祝福を!!さぁ、皆の者祝おうではないか!今日は聖日であるぞ!!」


人々の狂気を見てウルティマは怯える…自分が望んだのはこんなもんじゃない…嘘よ…

そんな悲痛の叫びは誰にも届かない…


サマルカンド枢機卿は火刑台から離れ教皇の足元に跪いた。

「聖下…これでよろしいのでしょうか…」


ピウスは爆笑しながら言う

「上出来上出来!サマルカンド君…君には二つの道が残されている…一つはこのまま秘密を抱えたまま死ぬこと…もう一つは騎士団として私に忠誠を誓うか…どちらがいい?」


サマルカンドは迷いもせずにいう

「忠誠を誓います…総長…」


ピウスは手を叩く

「君ならそう言うと思ったよ!指輪を彼へ…汝は我が騎士団へ永遠の忠誠を誓うか?」


「誓います!」


「そのほかの儀式は面倒くさいから省略~。<アルテイスト>こんなもんでいのかな?契約通り、俺らはここを去るとしよう!サマルカンド枢機卿、今すぐ旅たちの準備を!こんな国なぞ、あの小娘にくれてやれ」





サイランは燃えている…

サイランは昔の記憶を思い出していた…メラと暮らした日々を…ふと上を見ると…そこには大聖堂が…その上の最も高い尖塔に人影があった。逆光で見えないが、彼はそれはメラだと確信した

「ああ、俺はこんなにも幸せだったのか…母上…私はあなたに恋をした…あなたの下で死ねたこの喜び…忘れませぬぞ…愛してます…永遠に…」


…サイランは死んだ…




僕クロウィンは聖ローマの大聖堂の尖塔のてっぺんで何故かメラに吊るされてます…

「メラッ!怖いよ!死ぬ!死んじゃう!」


メラは涙を流していた。僕はその理由を知らないし、聞くことも彼女とサイランという人に対しても失礼だと思ったからだ…

だけどこの仕打ちはひどい…そう思っているとき、僕を縛っている縄が千切れた


「ウソォ~~~~~~~~~~~」


僕はここで終わるのかと思ったら…誰かがキャッチしてくれた。メラかな?と思ってみたら銀髪紅眼した女の人がキャッチしてくれた。彼女は僕を見るとにっこりし、そのまま着地、黒い服を着た人たちの前に僕を連れた。


僕の横には何故かメラが…なんで助けてくれなかったんだよ、という思いを視線でぶつけても意味なし…本当に嫌だこの人



黒いジャケットを着て赤い十字架を架けた男が口開く

「おお!これはミスメラ…会いたくなかったですぞ!私はなんて不運なのでしょう」


メラがブチギレル

「テメェか!ペトロ!相変わらず口開きゃ、むかつくな!舌引っこ抜き歯をへし折り唇もぎ取って口を縫うぞ!」


ペトロと呼ばれた男が仰々しく言う

「なっ、なんと野蛮な!おお!神よ!なせこんなメスゴリラを野放しにするんですか!ちなみに私は今は教皇ピウス1世ですぞ。わかりましたか?メスゴリラ?ああ、大変ゴリラ語喋らないとわかりませんか?ウホッウホッ!」


「テメェブチ殺してやる!」


「ちなみに百貨屋という名前を付け広めたのも私です!あなたは昔から目立ちたがり屋ですからね~どうですかダサい名前を付けられた感想は?プ~クスクス、プゲラ、プヘラ」


ちなみにメラはキレすぎてピウスを殺そうとしてるが…ピウスはおちょくりながら避けている…スゲェ


その後、メラは止まった。諦めた。

「おい!騎士団長!お前はこの後どうする」


ピウスは口をとがらせる

「ちょっと!騎士団長はやめてよ!総長だよ!正式名称は!勿論逃げる!<創世の結社>みたいなことにはなりたくないからね」


メラは嗤う

「それが正解だ劇は始まったばかりだからな!」





その時世界は動いていた

スワロフ、ヤゲローは突如、ローマ神聖に攻め入った。ディエ・エスは海軍を率いてブリタニカを攻め、ヒスパニアはフランクに攻め入り、そしてこの国は…すぐ近くまで魔の手が忍び寄っていたのだ。


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