第四十四話:In despair

「行くよ。」


 そう云って、麗美香は歩き出した。


 おい、と聞きただすと、ロープで登るより扉開ける方が楽でしょと、云って手にした鍵を振っていた。

 メイ・シャルマールにも付いてくるように促した。


 メイ・シャルマールは、登っていた窓枠から降りて、後に従った。


 屋上の扉の前。麗美香は鍵を開け、重い鎖を軽々と外して脇に投げ捨てた。

 ドシャっと重い音が反響した。


「まずは、わたしが出る。」


「麗美香、おまえも行くのか?」


 こいつは、逃げる方が良いって云ってたのにな。

 麗美香は横目で睨んで、


「あんた達を見殺しにしたくないから、秘匿の約束を破って話したのよ! あんた達が行くって云うんなら、わたしも行くしかないじゃない!」


 怒りを露わにして云った。


「この落とし前は付けてもらうからね。」


 えらく凄んで云われた。


「華の女子校生生活だったのに・・・・・・もう終わっちゃうんかなぁ」


 そう呟きながら、麗美香は屋上に歩み出た。

 辺をざっと見廻した後、出てくるように手招きで促した。


 屋上に出ると、別段変わったところは見受けられなかった。

 夕暮れ時の朱い空がだいぶ薄暗さを増してきていた。


「コスプレ女、時空の歪、閉じるのどのぐらいかかるの?」


「メイ・シャルマールです! わかりません。」


 麗美香は、なんだようっと舌打ちをして、メイ・シャルマールに向けて


「怪物100体。わたしが防げるのはそのぐらいが限度。いい? 怪物が100体を越える前に閉じて。そうじゃないと、その後は保証できないよ。」


 なんだと? 100体だとぉ? あいつ100体は倒せるって事か? 無理無理。あいつホラ吹きやがって。いやまて、それよりも、100体以上来るって事か? この屋上に100体以上の怪物が降って来る。その光景は怖ろしい。ここの屋上は、広い。でも、いくら広いと言っても、この空間をぎっしりと埋め尽くすだろう。それは、とても、おぞましい光景だった。


 メイ・シャルマールは、屋上のさらに上にある貯水タンクの上に登っていった。

 彼女によると、歪はかなり上空にあるらしい。

 登り終えると、早速何かの儀式を始めたらしい。くるくると回ったり、両手をいろんな方向に動かしていた。


 しばらくすると、こちらの方を覗いながら、


「歪の位置がよくわからない。」


 そうメイ・シャルマールは伝えてきた。


「ポチ! ニーナちゃんが落ちて来た場所ってどこ?!」


 麗美香が辺りを警戒しながら叫ぶ。

 ニーナが落ちてきた場所。自分とぶつかった場所。それは……

 

 たしか、扉を出て、少し歩いた場所。


 この辺か。


 実際に歩いて確かめる。


 割りと扉から近いな。


 たぶん、ここから見上げた時に、ニーナは空から落ちてきたんだ。


 そのときと同じ様に、空を見上げてみる。

 すると、朱く染まった薄暗い空から、何かが降って来た。


 え? 


「ポチッ!」


 ドスッ。麗美香にタックルを掛けられて横転した。

 身体を起こして麗美香を見ると、彼女はハルバードを横一線、柄で怪物を奥のフェンスまでふっ飛ばした。

 今落ちてきたのは、やっぱり、ヤツだったのか。


 それにしても、麗美香のやつ、すげえ。あいつをハルバード一振りでふっ飛ばしやがった。

 100体倒せるって、嘘じゃなさそうだ。


「今ので、場所わかった? コスプレ女。」


「メイ・シャルマールです! OKです。確実に捉えました。今から歪の矯正に入ります。」


 怪物の出現位置から歪の場所が特定出来たらしい。これなら上手くいきそうじゃないか。

 そう思ったとき、フェンスに激突していた怪物が動き出した。


「ポチぃ……こいつってどうやって倒すの? さっきので完全に倒したと思ったんだけどぉ。」


 ハルバードを構えて臨戦態勢を整えながら麗美香が困惑して尋ねてきた。

 そう言われてもなあ。麗美香のあの一撃で倒せたと自分も思っていた。しかし実際は怪物にはあまり効いていない感じだ。麗美香も化物並だが、この怪物はそれ以上だ。


「たしか、前回は、爆発させて倒したみたいだけど。」


 それしか自分にはわからなかった。記憶を辿り、nullさんとニーナが闘った話を思い起こす。


「そっか、つまりバラせばいいのね。」


 まあ、バラすってことには違いないだろうけど。それでいいのか?


 怪物は麗美香に向かって突進してきた。

 麗美香も負けじと突進していく。


 速いっ!


 怪物と麗美香の場所が入れ替わったと思ったら、怪物の首が飛んでいた。


 首なしの怪物は、しばらく走った後、前のめりに転んで動かなくなった。


 ハルバードを血振りして、構え直す。


 怪物の動きが無くなったのを確認すると、よし、正解ね、と呟いた。


 麗美香つええ。


 こいつと闘うのは止めておこうと思った。

 人間技じゃねえ。


「ゾンビは首落とすと死ぬってテレビで見たことあるから、試してみた。合ってたみたいね。」


「いや、こいつゾンビじゃねえし。それにテレビって、それ映画かなんかのフィクションじゃねえか!」


「倒せたんだから、なんだっていいでしょ。細かいわね。」


 ふと、メイ・シャルマールの方を見ると、こちらには目もくれず、ひたすら儀式に没頭していた。

 彼女の邪魔をさせないように、こちらも頑張らねば。というか、麗美香頑張れ。


 ピシッ


 空気が振動した。


 歪が閉じたのか?


「メイ・シャルマール、上手くいったのか?」


「ダメ・・・・・・歪がでか過ぎて一旦外さないと戻せないので、一度広げました。」


 メイの言葉を聞くやいなや、怪物達が降り注いだ。10体、いや20体以上か。


 おい・・・・・・これ、メイが広げたからじゃないよな。


「うおおおおおおりゃああああああ。」


 麗美香が雄叫びをあげて、ハルバードを振り回す。

 麗美香の周りに居た怪物達の首が次々に吹っ飛んだ。


 開いたであろう歪から、さらに次々と怪物達が落下してきた。

 もう50体は降って来ただろうか。


「ポチ! 下がって!」


 麗美香の緊迫した叫び声が飛ぶ。


 彼女は素早く移動して、自分の前に立ち塞がり、怪物を一刀両断した。


 たしかに自分が此処に居たって怪物に殺られるだけだ。

 扉の方に少し移動して、状況を見た。

 今、自分に出来る事、それは状況を見て何かの助けが出来ないか考える事だ。

 情けない話しだが、それが現実だった。


 多勢に無勢。闘っているのは麗美香独りだった。自分は役に立たず、メイは儀式に集中している。怪物の方はどんどん降って来て、数は増加する一方だった。このままでは、いくら彼女が強くても、いずれは殺られそうだった。

 

 次第に、麗美香の動きが鈍くなってきた。ハルバードもよく躱される様になってきた。空振りしてよろめいているような状態だ。その隙を突くように、多数の怪物が彼女に覆いかぶさった。

 やばい! とっさに彼女に駆け寄ろうとしたとき、覆いかぶさっていた怪物どもが爆発するように吹っ飛んだ。

 爆発の中央に、左手を突き出した麗美香が立っていた。


 いったい、何をしたんだ?


 麗美香の息が、だいぶ上がっている。肩でぜいぜいと息をしていて、その息づかいがこちらまで聞こえてくる。


 怪物の1体が、メイに気付き、貯水タンクに登ろうとしていた。


「メイ! 1体そっち行ったぞ!」


 メイに警告を発した。

 メイは、儀式を続けながらも、何やら臨戦体制を整えようと、左手に十字型のナイフのようなものを取り出した。


 メイを助けるために、貯水タンクに向かおうとしたら、麗美香に、ポチ!ステイ!と怒られた。


 麗美香は左手を伸ばして、その怪物に向け、何もない空間で何かを掴み、投げ捨てる動作をした。

 すると、メイに向かって登っていた怪物が、突如引き剥がされて地面に叩きつけられた。


「かはっ・・・」


 麗美香が左手で胸を掴み、苦しそうに喘いでいた。


 今のは麗美香がやったのか?


「麗美香さんって、サイキッカーなの? なんでもありね。」


 メイは感心した後、自分の作業に戻った。完全に後は任せたといった風だった。

 サイキッカーって、念動力者の事か。麗美香は、念力も使えるのか。まったくとんでもないやつだな。


「心臓に負担が掛かるから、連発は出来ないのよね。なので、今ので限界よ。そっちはまだなの?」


 麗美香は、息をぜいぜいさせ、ハルバードを杖にしながら、お願いするように云った。


 そろそろ100体越えるころだろうか。麗美香がダメになったらどうなるんだ。緊張に手が汗ばんで来た。


「あと少しです。なんとか持ちこたえてください。」


 麗美香はやれやれといった感じで、ハルバードを構え直し、怪物の群れを蹴散らすも、充分にとどめがさせずにいた。その間にも、怪物は次々に舞い降りてきていた。

 怪物に掴まれたら終わりだと麗美香は感じているのだろう。あの麗美香であっても、一度掴まれたら振り払えないだろう。さっきは念力でふっ飛ばしたようだが、もう次は使えない様子だった。

 追い散らすので精一杯になってきていた。



 何か自分に出来ないのか。このままでは……




「ちょっとそこをどいてくれないかな?」


 後ろから声が掛かった。

 振り返るとそこに。


「なんて顔をしてるんだ、おまえは。ほれ、さっさと片付けるぞ。」


 そう言って、nullさんは微笑んだ。

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