第四十三話︰Magus Mei Shall Mar

 屋上の危険性について、麗美香は黙秘を通したので、やむなく自分が知ってる事だけを、舞に伝えた。

 舞は、別段疑いもせず、只々じっと、話に聴き入っていた。

 麗美香も、静かに聴いている様だった。

 ニーナとの出逢いから、屍魔とニーナが呼んでいる怪物の登場と、闘った事など一通り話し終えたとき、舞が口を開いた。


「つまり、屋上に在る時空の歪は、ニーナという人が出てきた場所で、怪物もそこから来たと。」


 よしっ、と一声出して手を叩いた舞は、じゃあさっさと歪を閉じちゃいましょうと云い、鍵を開けるように促してきた。


 その言葉を聴いた麗美香は、舞の腕を掴んで、


「あんた達って、危険だって云っても行くの? なんで?」


 さっき見た感じ、屋上に危険を感じられなかった。そのせいもあって、なんで麗美香がこんなに止めて来るのかが、解らなかった。


「麗美香、やっぱり話してくれないと、解らない。解らなければ、歪をすぐに塞ぐのが一番良いようにしか思えない。」


 鍵を渡してくれと云ったが、麗美香は、いやいやをして、後退った。

 何だこいつ。なんかまるで、ただの駄々っ子になってしまったようだ。


「しょうがないですね。それでは、わたくしは行きますね。」


「行くって、何処へ行くんだよ? 舞。」


「メイ・シャルマールです!」


 怒られた。


「もとより、わたくしは鍵開けずに屋上に行きましたから、同じ事をするだけです。」


 ああ、そうだった。そういえば、こいつ、どうやって屋上に入ったんだ? やっぱり魔術師なんだな。すげえ。


「自分も一緒に行きたいんだが、大丈夫か?」


 舞は、こちらをさっと見廻して顎に手をあて、うーん、頑張ればたぶん、と云った。


「よろしく頼む。」


 ほいほいと、舞は頷くと付いてくるように手招きをした。


 階段を降りて、10階の廊下を進む。


「おい、何処まで行くんだ?」


「う〜ん、たしか、この辺だったはず。」


 そう云って窓の外を見る。


「あ、ありました。」


 彼女の視線の先、窓の外にロープがぶら下がっていた。


「登るのかよ! 魔術じゃねーのかよ!」


「わたくしは慣れてますけど、貴方は登れますでしょうか? 頑張ってくださいね。」


「こっちが、頑張るのかよ!」


 力技だなあ。


 舞が窓によじ登ってロープに手を掛けようとしたとき、後ろから声が掛かった。


「まって。わかったから。」


 呟くようなその声は、麗美香だった。

 彼女は俯いたまま、舞のスカートを摘んでいた。


「約束を違えるのは嫌だけど。あんた達を見殺しにする方がもっと嫌だから……」


 どうやら話す気になったらしい。彼女なりに苦渋の決断といったところか。特命というのは恐らく学校側の依頼だろう。屋上の鍵持ってたしな。


 麗美香は大きく息を吸って深呼吸した後、顔を上げた。


「すぐに、奴らの大群が来るの。今すぐにでも逃げた方がいい。」


 ん? どういうことだ?

 

「わたし、観たの。だから、絶対起こる。」


 観たって何を?


 舞はゆっくりと麗美香の方に振り返って、顔を覗き込んだ。


「貴女は、これから先の事がわかるのね。未来視能力者なのね。」


「じゃ、昼にそれを観たって事なのか?」


 麗美香は頷く。


「わたしが視た物は絶対に起こる。だから、あんた達が時空の歪を閉じるのに成功するようなら、その前に、それは必ず起きる。」


「もうひとつ意味が解らないんだが? 奴らが来るんなら、その前に閉じちゃえばいいんじゃ無いのか?」


「視た事は絶対に起こる。だから、それが起きないようにしようとすれば、その前に起きる。つまり、今すぐ歪を閉じようとするなら、そのときにはもう発生する。あんた達が、屋上に上がって歪を閉じ始めた瞬間にはもう、奴らの大群が落ちてくる。」


 麗美香は、息をしないぐらいに一気にまくし立てた。


「変えられない未来は確定しているって事ね。」


 舞は興味深そうに聴いていた。


「未来は変えられないって事なのか? それ。」


「いえいえ、変えられる未来もありますが、一旦確定してしまった未来は変えられないって事です。恐らく彼女の未来視は、そういった類いの未来を視る能力なんでしょね。」


 麗美香の代わりに舞が応えた。


「物知りだな、舞。流石、魔術師。」


「メイ・シャルマールです!」


 こほん、と麗美香は咳払いをした。


「話したよ。わたし的には屋上は放置して逃げるのが、オススメだけど。どうするの? それでも行くの?」


 自分とすれば、それでも屋上で時空の歪を閉じたいが、自分に出来るわけでもなく、それは舞にお願いするしかない現実だ。危険な場所へ危険な事をしに、行ってくれなんて云えない。それは、舞自身の気持ち次第だ。

 そんな面持ちで、舞を見た。

 舞は……とんがり帽子のつばを摘み…以下略。


「この大魔術師メイ・シャルマールは、危険など怖れませんわ。魔術師の本分は、この世界への奉仕ですから!」


「あんた、死ぬってわかってるの?」


「さぁ、どうでしょうか。死ぬつもりなんて微塵もありませんけど。それに、怪物の大群が落ちてきても、時空の歪が閉じれば、それ以上は怪物は落ちてこないですから、無意味ではありません。きっと世界は救われます。」


 そう云って、舞は、いや、大魔術師メイ・シャルマールは、にこやかに笑った。


「自分も行く。何も出来やしないけど、何か出来る事があるかもしれないからな。」


「ありがとう。助かりますわ。ついでに怪物達も倒して下さるともっと助かりますけど。」


 メイ・シャルマールは、いたずらっぽく笑った。


「無茶云うな。」


 自分も釣られて笑った。


 それはまるで、永遠の別れを惜しむ水盃のようだった。

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