第四十二話︰Duty of magician

 ハロウィン女は黙々と近づいて来た。


「そうだった、まだ、貴女のお名前をお聴きしていませんでしたね? 貴女、お名前は?」


 落ち着いた声音。直接、脳に響く様な振動。妙に心地いい。その心地よさが不気味。本能的な警戒心が沸いてハルバードを握る手に力が入る。ハロウィン女は、左手で丸メガネのフレームを摘みながらゆったりと近づいて来る。


「神鏡麗美香よ。」


「貴女のお名前は、神鏡麗美香ですね?」


「そう云ったつもりだけど。耳悪いの?」


 なんなのこいつ、気色悪い。


「そして、麗美香さんは、わたくしを屋上から排除しようとされているんですね?」


「ええ、そうよ。」


「麗美香さんは、わたくしを排除出来ると思われている」


「そうよ。」


「麗美香さんは、すこし息苦しく感じます。」


 ん? なに? なんかの術? 息苦しく感じてきた。暗示か? こんな魔術は知らないよ、わたし。

 早々に、決着付けないとやばそうね。


「麗美香さんは、わたくしに恐怖を感じます。」


 くっ?! なんだろう。嫌な予感がして、動けない。恐怖だとぉぉ。なんでわたしがこんな奴に恐怖しないといけないの! んんん、何かを考えなくてはいけないのに、何を考えたらいいかわからなかった。思考がひたすら空回りしていた。


「麗美香さんは、空を見上げます。」


 反射的に空を見上げてしまった。ダメだ。これ、催眠術?

 術から逃れようと身を捩ったとき、バランスを崩して仰向けに倒れてしまった。


「麗美香さんは、疲れたので休みます。」


 くっそ、なんかもう、どうでもよくなってきた。悔しいのに、気持ちいい。このまま何も考えたくない。無思考の闇に委ねたくなってくる。手足の感覚は既に無く、体全体がどんよりと重くなる。まるで沼の底にでも居るような気分。


 そして、視界が暗転した。



   ※※※



 しばらく、麗美香ととんがり帽子のやり取りを見守っていたが、何故か、麗美香の奴が、倒れたので、気が付いたら飛び出していた。


「麗美香?!」


 麗美香の側により、声を掛ける。

 ほっぺたを叩いても反応が無かった。


「貴方は誰?」


 とんがり帽子は、警戒したのか、少し後ろに後退りしながら、尋ねてきた。


「ああ、こいつの……なんだろう。まあ、友達みたいなもんだ。」


 どう応えていいのか躊躇したけど、まあ友達って事でいいだろう。本人には聞こえていないしな。それに此処で無駄な時間を取っても仕方がない。


 首の下に手を入れてなんとか麗美香を起こそうとしたが、動かない。背は低いが、この筋肉質の身体は結構重量がある。


「詳しい事はわからないが、こいつが云うには、此処は凄く危険らしい。すぐに一緒に出よう。それをこいつと一緒に伝えに来たんだ。」


 とんがり帽子は少し思案したが、わかりましたと返事をした。


 麗美香をお姫様抱っこして、長物は、とんがり帽子に持って貰った。まさか、お姫様抱っこ第一号が、こいつになるとは思いもよらなかったが……


「この人ったら、わたくしに突っかかって来るんですもの。なにがなんだかわかりませんですわ。よく教育しておいてください。」


 とんがり帽子は険のある声で文句を云い、ぷぃっと顔を叛けた。まあ、麗美香が教育でなんとかなるようには思えないけどな。ここは素直に、わかったと云っておこう。


 屋上を後にし、重い鎖を扉に掛けるため、麗美香をそっと降ろす。

 重い鎖と鍵を掛け終えて一段落。麗美香の奴こんな重い鎖を楽々と持ってやがったな。やっぱり恐ろしい奴だ。まあ、それはともかくとして、ミッション完了だ。無事にとんがり帽子も屋上から救出成功したし。

 それにしても、このとんがり帽子は、なんで屋上なんかに居たのだろうか?


「それで、屋上でなにしてたんだ?」


 とんがり帽子に聞いた。そのとき、初めてとんがり帽子の顔をはっきりと見た。こいつは、ここの学生だ。ファイルに載ってたやつだ。名前は、ええっと……


風江舞かざえまいだ!」


「あああ、あなたぁ、、何者? なんでわたしの名前ををを!」


 とんがり帽子は、びくっと跳ねて叫んだ。


「日本人やん!」


 眠り込んでいた麗美香の急な発言に、とんがり帽子と一緒に今度はこっちが飛び跳ねた。


「麗美香、起きたのか。」


 麗美香は起き上がり、とんがり帽子に指を突きつけて喚いた。


「くっそ、このエセ西洋人! はっ! なんであんたがわたしのハルちゃん持ってんのよ! 返せ!」


「ああ、この汚いハルバードの事?」


「汚くないわ! 毎日ちゃんと磨いてるもん!」


 舞は、両手で重そうにハルバードを麗美香に投げた。

 麗美香は片手で受け取って、何かされてないか確認する様に、隅々チェックし始めた。


 ダメだ。こいつが居ると話しが進まねえ。


「話を戻そう。舞さんは、屋上で何をしてたんだ?」


「わたくしは、メイ・シャルマールです。舞じゃありません。」


 そうか、こいつも話しが進まねえ奴だったんだ。

 そいつら二人ともか。それで話しがこじれたのか

 しょうがないから合わせてやるかぁ。


「じゃあ、その、メイさんは何をしてたんだ?」


「時空のひずみを察知したんです。」


 普通の状態で今の台詞を聞いていたなら、魔女のコスプレをした中二病女子の戯言としてスルーしていただろう。

 よりによって、ニーナが現れたその場所で、時空の歪を察知しただと? 摩耶先輩の話しでは、ニーナが落ちて来た穴は見つからなかったはず。こいつにだけ見えるのか? まあ、摩耶先輩の話しの中では、誰がどうやって探したか聞いてないけど。


「驚いている様ね。無理もないわ。凡人には難しい話よね。」


「あんた、何者なんだ? 時空の歪なんて、どうやって察知出来るんだ。」


 舞は、とんがり帽子のつばを右手でつまんで下げ、横向きで眼だけをこちらに向けて


「わたくしは、大魔術師メイ・シャルマール。この世のどんな歪も見逃しません。」


 ニーナがこの世界に来た時に、時空の歪ができたなら、もう数ヶ月経ってるけどな。見逃さないならもっと早く見つけろよ。


「で、その歪を見つけたからどうするつもりなんだ?」


 そう、見つけたからどうするんだ?


「この世界のバランスを保つのが、魔術師の役目。時空の歪は、元に戻します。」


 舞は、自信たっぷりに云った。

 本当に、こいつにそんな事が出来るのか?


 でも、それが出来るのなら、すべて解決するんじゃないか?

 彼女の云う事が本当である事を望んだ。


 ふと麗美香の方を見た。


 麗美香は神妙に話を聴いた後、凄く困惑した顔をしていた。


「どうした? 麗美香。変な顔して。」


「わたしの顔が変だとぉ!」


 キレられた。


「冗談はともかく。」


 冗談だったのかよ。

 

 そして、麗美香は独り言のように呟いた。


「いったい、どういうことなの……」

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