第四十一話︰magus

「ポチってストーカーだったんだ。」


 屋上の扉の前の、麗美香の開口一番だった。


「どうやって、わたしの電話番号を調べたの? ニーナちゃんにも教えてないのに。」


 ジト目でこちらを見ている。こいつのストーカー呼ばわりは心外だ。


「いや、そうじゃなくて、おまえに聞きたいことがあったから、その……。」


 なんて言えばいいんだ? あ、そうだ。


「お姫様関係のとある筋から入手した、とだけ言っておこう。」


「おー」


 麗美香は嬉しそうに感動していた。お姫様好きなんだな、おまえ。


「そんなことより、屋上に、人が居るところを見た。おまえは誤魔化したつもりだろうが、危険があるんだろう?」


 返事がないので、肯定だろう。


「ここに鍵が掛けられたままだし、どうやって入ったのかわからないけど、危険を話して屋上から出てもらおうと思う。」


「屋上に人が居るの見て、鍵開けて入ったって思わかなったの? なんで?」


「あれ? ほんとだ。なんでだろう。鍵開けれるの麗美香だけだと思っていた。」


 ほんとだ。なんであの時、そう思ったんだろう。

 頭悪過ぎる。まだまだ駄目だなあ。

 馬鹿にされていると思って麗美香を恐る恐る見ると、彼女は左手を顎にあてて、ふぅぅむと、思案していた。


「ポチって……」


「なんだよ?」


「うううん。何でもない。」


 彼女はそう言って、話を打ち切り、鍵を開け、鎖を解いた。


「ポチ、さっき、わたしのこと、呼び捨てにしたね。」


 ちっ、細けえな。


「ああ、すまん。つい。」


「もういいわ。呼び捨てで。いちいち突っ込むの面倒臭い。」


「ああ、その気持ちは、よぉっくわかるぞ。いい加減、ポチを訂正させる気力が無くなってきたからな。」


「じゃあ、ポチでいいのね。」


「よくねぇ! 訂正させるのが、面倒臭くなっただけだ!」


 けらけらと彼女は笑った。


「さて、ポチを行かせるわけにはいかない。わたしが、行ってくるから、昼と同じで、ここで待機してて。万が一のときは、わたしの事も、屋上に居る人の事もあきらめて。」


「なあ、一体此処に何があるんだ?」


 問い掛けに応える事なく、麗美香は、扉を開けて屋上に出て行った。



   ※※※



 屋上に出るとすぐ、ポチの言っていた何者かが、フェンスの上に器用に立っていた。

 向こうに落ちたら死んじゃうんじゃない?


 深緑のとんがり帽子に全身を覆うような、同じ色のマント。こちらからは、後ろ向き。


 なんて声かけたらいいんだろう。こんな場合。

 やぁ、とか、おーいとかかな?


 散々悩んだ結果、


「ねえ、なにしてんの?」


 まあ、無難かな。


 しかし、突然声を掛けられたとんがり帽子は、振り向こうとしてバランスを崩し、両手を振り回して片足立ちになり、辛うじて屋上側に落下した。


 上手く足から落ちて、そのまましゃがんでいた。


「いっつつつ。」


 3メートルほどの高さから落ちたんだ。そりゃ痛かろうね。痛みに耐えるように、少し呻き、落ちてしまった丸メガネをかけなおすと、ゆっくりとこちらに向かい合った。


「大丈夫?」


 とりあえず、あいさつ代わりに尋ねた。


「ふっ、これぐらい何でもありません。」


 なにごとも無かったかのように云う。そして何故そこでメガネをくいっと指で上げる? さっきかけ直したんじゃないの? そのメガネ。


「そう。なら良かった。ところで、ここで何してんの? ここ立ち入り禁止だよ?」


「ええ、もちろん、知ってますよ。わかってます。」


「それになんでそんな恥ずかしい恰好してんの? ハロウィンにはまだはやいよ?」


 そう。なんで、深緑尽くめの魔女衣装なのか? とても気になって仕方がなかった。何故深緑尽くめなのに、丸メガネの縁はオレンジなのか?


「恥ずかしいですって!? 何てことを云うのあなた! これは、大魔術師メイ・シャルマールの証なのよ!」


「だれ?」


 聞いた事ない。そもそもに、魔術師の事はよく知らない。わたしの叔母は魔術師だけど、っていうか、わたしの魔術の先生なんだけど……。苦手なんだよね。魔術。


「ふふふ、日本にはまだ伝わってないようね。辺境の地は、これだから。」


 とんがり帽子は、左手側のマントをバサッと広げて、


「我こそは、大魔術師メイ・シャルマールなり!」


 そう、大音声でのたまわった。


「あんたのことかい!」


 つい、突っ込みを入れてしまった。外国人だったのか? そういえば、青い眼をしている。背はどの位だろう。ブーツ履いてるし、踵高そうだしよくわからないけど、最終的には低い方じゃないかなあ。


「で、その大魔術師さんは、ここでなにを為さってらしたん?」


「ええ、実は少しばかり、気になる事が御座いまして。それで、少々調べものを。」


 気になる事? まさか、この人も……。


「気になる事って、なんですかぁ?」


 とりあえずここは此方の手の内は見せずに、相手に喋らせるのが上策よね? わたし頭いい!

 とんがり帽子は、左手でショートカットなのに髪をかき上げるような仕草をしながら、見下すように云った。


「ふっ、凡人にはわからない事よ。気にしなくていいわ。」


 イラッ。わたしこいつ嫌い。こうなったら、強制的に排除してやる。


「あなたには、わからないでしょうけど、ここむっちゃ危険なので、強制的に排除しますわぁ〜。(にこ)」


 ハルバードのカバーを外して、切っ先を彼女に向けた。


「あら、わたくしとやり合うおつもり? 蛮勇ね。」


 そう云いながら、とんがり帽子は、こっちに近づいて来た。

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