第三十一話︰Tracking

 階段を上がろうとしたニーナを呼び止める。


 行かせないためじゃない。階段だと時間が掛かるから、エレベータを使おうと提案するためである。

 エレベータを指差すと、ニーナも理解した様で、こちらに走って戻って来た。


 二人でエレベータに乗り込み、7Fのボタンを押す。

 6Fを過ぎたところで、6Fで降りてから階段で上がった方が安全だったんでは? と思ったが、もはやエレベータを止める事は出来なかった。

 エレベータの出口の両サイドに別れて、様子を伺う事にする。

 真正面から飛び出すよりかは、幾分かマシだろう。


 エレベータの扉が開いた。


 辺りの様子を伺う。


 廊下は静まり返っていて、人の気配が無い。

 物音一つ無かった。


 屍魔は隠れているのだろうか…


 勢いでニーナの後を追っては来たものの、自分には何一つ屍魔と闘える要素が無かった。武器一つ無い。

 図書室で武器になりそうな物ってあるかな?


 そんな事を考えながら、先に行くニーナに付いて行く。

 本当は、自分が先頭に立ちたいところだが、ニーナ曰く、前に立たれると闘いにくいそうだ。

 男のプライドがズタズタだが、致し方ない。ここは、ニーナの眼となり耳となってサポートするしかなさそうだ。


 廊下には壊れたドアの破片が散乱していた。ドア窓のガラスが割れており、踏むたびにパキパキと音を立てた。

 この部屋から、やつは飛び出して行ったのか? そして、この廊下をまっすぐに・・・・・・


 廊下の突き当りまで行ったが、屍魔(しいま)は見つからなかった。

 いったいどこへ行きやがった?


 ブーブーブー


 携帯のバイブが振動した。摩耶先輩からだ。


「やっと捕まった。山根さん、今どこ?」

「7階の図書室前廊下です。さっき屍魔を見た場所の廊下をひと通り見たのですが、居ません。」

「ニーナさんも一緒?」

「はい。一緒に居ます。」

「あのね、山根さん。山依さんもあなた達を追いかけてそっちに行ったわ。なんとか合流して。独りで行動したら危ないから。」


 ヤマゲンのやつは、まったく。って、こっちも人のことは言えないか。苦笑が漏れた。


「摩耶先輩はどうするんです?」


「ここで見張ってるしかなさそうね。あなた達のせいよ。まったく。わかってんの?」


「すみません。」

 まったくもって、面目ないです。


「何かあったら連絡頂戴。こちらも何かあれば連絡するわ。」


 電話を終えてから気づく。こんな大声で話してたら、やつに聞こえたんじゃないかと。

 まあ、今更だ。


「ニーナ。ヤマゲンと合流するからちょっと待て。」


 階段を降りようとしているニーナに声を掛け、ヤマゲンに電話を掛ける。

 10回ほどコールしたが、出やがらない。あいつ、気付いてないな。


 あいつの性格だ。きっと階段で来る。入ってきた場所から一番近い階段だ。


「ニーナ。こっちだ。戻るぞ。」


 エレベータ側の階段の方に向かう。ニーナも渋々付いてくる。ニーナからすれば、早くあいつを見つけたいんだろう。


「ニーナ。まあ、そう焦るなって。独りで行動したら危ないだろ? ヤマゲンは今独りだから・・・」


 と自分で言ってはたと気づく。


 再度、慌ててヤマゲンに電話を掛けるが、出ない。


 まさか?! あいつが?


 ちっ、くそお!


 エレベータ側の階段目指して全力疾走していた。

 訳が分からず、一刻も早くヤマゲンの無事を確かめずには要られなかった。

 しまった。ほんとに、なにやってんだ。自分の馬鹿さ加減に腹が立った。


 階段の側まで来た時、人影が飛び出てきた。やつか?! 

 身構えた一瞬、人影のハイキックが命中した。

 そのまま図書室に吹っ飛ばされた。

 数回横転しながら本棚にぶつかって止まる。


「え? きゃあああああ やまねこなの?! よかった。でも、よくない!」


 ヤマゲンの叫び声が聞こえる。頭がガンガンする。


「ごめん、やまねこ。あいつと間違えた。」


 どうやらあの人影はヤマゲンだったようだな。あいつじゃなくてよかったんだよな。とりあえず生きてるし。あいつだったら死んでたんかな。


「だって、いきなり突進してくる足音が聞こえたもんだから、てっきりあいつかと思って。」


 まったく。こいつは。

 ていうか、おまえは、あいつにハイキックで闘うつもりだったのか?


 上体を起こすと少し吐き気がした。ヤマゲンのハイキック、意外とすごいのかもしれない。まあ、屍魔に効くかどうかは知らんが。


 心配そうにこちらを見るヤマゲンの表情が変わった。

 いや、正確には、こちらじゃなく、こちらの後ろの方を観て驚いている様だ。

 痛む身体に耐えながら、身体を捻って後ろを見る。


 そこには、男性教員が倒れていた。そしてその向こうにうつ伏せに小柄な人物が倒れていた。

 その小柄な人物が知っている人物かどうか確かめたくて、近寄った。


 やっぱり。


 null先輩。いや、nullさんだ。


 そっとnullさんの首筋に手で触れる。脈がある。よかった。生きてる。


 男性教員の方も生きている様だった。


 ヤマゲンは倒れている二人を観てショックを受けている様だった。

 両手で口元を抑えて固まっている。

 まあ、あまりこんな状態を見ることないもんな。


 ニーナは、最初こちらを心配して側に居たが、今は、周りを警戒して見張っている。


 二人の救助が先か、やつの追跡が先か・・・・・・


 ここでやつを取り逃したら、見つけられなくなるかもしれない。すでに見失っているが、まだそんなに遠くには行っていないはずだ。ここで、二人を救助して校舎の外に運ぶとかしていたら、完全にやつを見失うかもしれない。

 しかし、二人を放って置いたら、やつがここに戻ってきたら、二人が喰われてしまうかもしれない。


 よし、ひとまずエレベータまで運ぼう。


「ヤマゲン。手伝ってくれ。nullさん達をエレベータまで運ぶぞ。」


「あ、うん。」


 男性教員の頭側を持って、ヤマゲンには足の方を持ってもらってエレベータ前まで運ぶ。

 ニーナには周りの警戒を。


 次はnullさんだな。

 nullさんは、何をしてたんだろうと思ったが、そのアーミーな服装を観て、この人は、あいつと闘いに来たんだと悟った。側にはライフルが落ちていた。本物なんだろうか? よくわからない。


 nullさんを抱えようとしたとき、うっ・・・っと呻き声をあげて、nullさんの眼が開いた。


「あ、nullさん。大丈夫ですか?」


 nullさんの眼は、あちこち泳いだ後、上を向いてしばらく止まり、最後にこちらを見た。


「あ、なんだ。おまえか。」


 そして辺を見回して、居場所を把握したのか


「そっか。わたしは生きていたか。ふふふ、まだ楽はさせてもらえないなあ。」


 そういうと、ジャケットのポケットを弄(まさぐ)って、何かを取り出した。

 その何かを見つめながら


「で、おまえは何をしに来たんだ?」


 nullさんに話していいものかどうか、少し迷ったが、予想が正しければ、nullさんは、あいつと闘いに来たはずだ。なら、一緒に闘うのがいいのではないか。


「あの怪物と闘いに来ました。」


 nullさんは、周りを見渡し、


「おまえと、そこの二人でか?」


「いえ、後一人、校舎の外で見張っている先輩が居ます。」


「ふ~ん。で、勝算はあるのか?」


「ニーナが。あ、この子がニーナですが、倒す方法があると言っています。」

 ニーナの方を指差す。


「ほう。」


 nullさんは、口を半月型にして笑った。


「では、お手並み拝見と行こうか。やつを探しに行くぞ。」


 そう言って、さっきジャケットから出した物をこちらに見せた。


「なんですか?それ。」


「これは、探知機だ。やつの体内にマイクロチップを埋め込んでやった。音でしかわからんがな。」


 スイッチを入れると、ピ・・・ピ・・・と鳴り出した。


「少し遠くに居るようだな。これは近づくと音が早くなる。そして、この先端を向けた方角で最も音の反応があるのがやつの居る場所だ。わたしは闘うのが苦手でね。ニーナとやら、期待しているぞ。」


 ニーナは、こくりと頷いた。

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