第三十話: resolution

 摩耶先輩が呼び出したタクシーに乗って、学校へ向かう。

 母には、先輩を送るとかなんとか行って、ニーナと一緒に強引に家を出てきた。


 学校では、ヤマゲンと合流する予定だ。

 出かける前に、部屋に置きっぱなしになっていた携帯電話を手にすると、ヤマゲンから着信履歴が10件以上になっていた。

 何事かと思って、折り返しヤマゲンに電話すると、怒られた。

 そう云われても、ニーナがいきなり飛び出して行ったんだから、携帯を持って出る余裕無かったんだよ。

 摩耶先輩からの着信履歴もあった。

 どうやら、摩耶先輩は、こっちに掛けて出ないから、ヤマゲンに掛け、うちの住所を聞いたらしい。

 ヤマゲンの電話は、摩耶先輩がなんの用だったのかということ。それが聞きたくて仕方なかったようだ。まあ、摩耶先輩からいきなりこっちの住所を教えてくれと云われたらびっくりするだろうな。それにヤマゲンは、摩耶先輩から、寮から外に出ないように云われていたらしいので、何か大変なことが起こったのだと察したようだ。

 摩耶先輩がニーナと話がしたかったこと、そして、屋上に潜んでいた何かが逃走したことなどを端的にヤマゲンに話した。そして、いまから学校へ行って様子を見ることを伝えたら、ヤマゲンも来ると言い出した。危ないから来るなと言っても聞かなかったので、合流時間を決めて、その時間までは寮で待機している様に言い渡した。寮の門限はすでに過ぎているので、こっそりと抜け出すことになるのだが。


 摩耶先輩と自分とニーナ、それぞれの携帯番号とメアドを交換し、何かあったときに連絡が取れるようにした。


 ヤマゲンとの合流場所である、女子寮の裏手側(抜けだしてそこから塀を越えるらしい)にタクシーを止めて降りる。

 極力ヤマゲンを独りで待たせないように合流時間は少し後に設定していたので、まだ10分ほど時間ある。ヤマゲンを待ちながら、今後の方針を確認しあう。


 ニーナの話によると、あの怪物、ニーナが当て字して屍魔(しいま)と名付けたそれは、基本的には群れで行動するらしい。群れで行動し、群れで獲物を襲う。性質は臆病で、普段は何処かに隠れ住んでいて、腹が減ると獲物を求めて群れで狩りに出るらしい。狩りの仕方は、しがみついて体中から粘液を出して獲物を溶かしながら体内に吸収して食す。力が強く、スピードも早い。傷つけても、再生能力が高く、身体をバラバラにしないとなかなか死なない。人と似た形をしていて、飛んだりは出来ない。ということらしい。


 厄介なのは、その再生能力かあ。バラバラにするっていってもなあ。爆弾とか持ってる訳じゃないし。


「倒すのに越したことは無いけど、一番の目的は、やつの居場所を把握することです。そして、それを把握し続けること。退治については、私達の仕事じゃありません。」


「え? でも、摩耶先輩。放っといたら危険じゃないですか?」


「もちろんです。でも、私達に何が出来ると言うんですか? 私達に出来る事は、やつの居場所を把握し、生徒や教職員を避難させることです。それ以外は、専門家の仕事です。」


「専門家って誰ですか?」


「この場合、警察とか、自衛隊でしょうか? 一般市民の私達が闘う必要はないでしょう。そこまで責任を負えません。」


「先輩の言うこと、わからなくはないですけど。」


「大丈夫。コーイチ。私がなんとかする。」


 グレーのスエット上下を、元々着ていた制服に着替えなおしていたニーナが断言する。


「なんとするって、どうするんだよ? 何か方法があるのか?」


「うん。屍魔(しいま)が一体だけなら、なんとか出来る。任せて。」


 そう言って、真剣な顔で、Vサインをこちらに突き出してきた。


「それならそれでいいけど、基本は、さっき言ったとおり、見つけることを優先でいくわよ。闘うこと前提じゃないから、ニーナさんも、そこ間違わないで。」


 摩耶先輩は強い口調で念押しした。


 ドシャッッッ!


 近くで何か大きなものが水たまりに落ちる音がした。

 驚いて跳ね上がった。やつか? 背筋が凍った。


「わっっぷうう・・・ぐえええ・・・。水かぶっちゃった・・・」


 そこにはヤマゲンが水浸しで、よろよろと立ち上がっていた。


 そうだった。こいつ寮の塀を越えるとか言ってやがったな。


「おまえ、傘持ってないのか?」


「傘なんざ持ってちゃ、塀越えられませんぜ。だんな。」


 はぁぁ。まったくこいつは。ヤレヤレな気分で、ヤマゲンを傘に入れてやる。


「あ、そうだ、ヤマゲン。みんな携帯番号とメアドを交換したんだ。おまえも交換しておけ。」


「ほいな。って、オレが持ってない連絡先は、無いぜ。だから不要だぜ。」


 そうか。ヤマゲンのやつ。全部持ってやがったのか。まあ、そうか。


 ヤマゲンに摩耶先輩の言ったこれからの行動方針を話してから、校舎へ向かう。


「ねえ、ニーナさん。もしこの校舎の10Fから屍魔(しいま)が落下したら、生きてるかしら?」


 ニーナはしばらく考えて、

「そういうケースは見たことないですが、おそらくは死ぬと思います。」

 と語った。


「バラバラにならなくても死ぬんだ?」


「そうですね。潰れて死ぬケースもあると思います。」


「曖昧なんですね。」


「実は、屍魔(しいま)のことはそんなにわかっていません。突然現れて、襲われたので、長い歴史があるわけじゃありません。ほんの数回闘ったことがあるだけなんです。」


「そう。」


 摩耶先輩は、少し暗い顔をした。それは不安の現れだろうか。


「考えてもわからないことは仕方ないですね。屋上から落ちた可能性は無いと判断します。」


「どうやってやつを探します?」


 とりあえず来たものの、なんの策も無かった。ただ放っておけなかったから、じっとしていられなかった。校舎を虱潰しに周る? でも、それは遭遇したときに危険じゃないか?


「騒ぎが起きてる様子は無いわね。」


 時計を見ると、午後7時を少し過ぎたところ。ほとんどの学生はもう下校している。残っているのは教職員ぐらいか。後は、図書室。


 7Fにある図書室を、校舎の外から見る。明かりが点いていて、特に変わったところは見られない。また、1Fの職員室も普通に明かりが灯っていた。

 他の階はすでに明かりが落とされて真っ暗になっていた。


「とりあえず、図書室行ってみますか? 」


 と提案してみたが


「簡単に言わないで頂戴。奴に出会ったときにどうするつもりよ?」


 まあ、確かにそうだ。出会ったときにこちらは何も対処出来ない。ニーナは何とか出来ると言っているが。それを当てにするわけにはいかない。信用していない訳ではないが、自分の側に何の用意も無いので、大丈夫とは思えなかった。


「居た! 」


 ニーナが叫んだ。

 ニーナが指を差す方向、10Fの窓に何かが居た。そいつは、窓を叩き、グルグルと周りながら、のたうち回っているように見えた。なんだ? 何が起こっている?


 突然、ニーナが傘を放り出し、校舎へ向かって走りだした。

 あいつ、まさか独りで闘うつもりなんじゃ?

 ばかやろ! 怒りに任せて、ニーナの後を追う。


 後ろから摩耶先輩とヤマゲンの制止の声が聞こえたが、もう走りだした足は止まらないし、それにニーナも止まるつもりがないだろうことは予想できた。


 ニーナ独りに闘わせる訳にはいかない。自分に何か出来るわけでも無いことはわかっている。それでも、ニーナを独りにさせたくは無かった。

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