第二十八話:do something

 ニーナを何とかなだめて、家に戻ることに同意させた。

 この雨の中、学校まで歩いて行くなんて間違いなく自殺行為だ。

 雨は、相変わらず降り続き、二人の全身を濡らしていた。

 とにかく早く戻って風呂に入って温まらないと。これは本格的にやばい。

 ニーナの手を引きながら、家路を急いだ。


 家の前に来たとき、1台のタクシーが目の前に止まった。

 あまりこの辺ではタクシー自体を見ないので珍しいこともあるもんだと思ったら、中から降りてきたのは、摩耶先輩だった。傘を差して、顔を上げたときにこちらと眼が合った。

 摩耶先輩は、あっという感じの表情をした。


「摩耶先輩、この辺でお仕事ですか?」


 タクシーで乗り付けてきたのだ。きっとこの辺で仕事の依頼でもあったのだろう。


「あ、そこに居たのね。手間が省けたわ。あなたに会いに来たのよ。って、なんでずぶ濡れになってるの?!」


 摩耶先輩は、駆け寄って、手にした傘の中に入れてくれた。そして、後ろに居たニーナにようやく気がついた。


「ニーナさんね。あなたにもお会いしたいと思っていました。私、鈴王摩耶と申します。」


 摩耶先輩は、ニーナにも傘に入るように促した。ニーナは、こくんと頷いて、


「家、そこだから大丈夫です。」


 と言って、先に家に入っていった。


「自分に会いに来たって、どうしたんですか?」

「まあ、話は、お家でしましょう? 入れていただけますか?」

「あ、はい。どうぞ。」


 確かに、こんな雨の中である。立ち話には適さない。摩耶先輩を伴って、家に入った。

 母は、ニーナを見て、ひゃーという悲鳴を上げて、すぐにお風呂に入るように即し、自分と摩耶先輩を見てまた驚いて、自分にバスタオルを渡し、摩耶先輩を客間へと案内した。


「お待たせしました。」


 着替えを済ませて、摩耶先輩を案内した客間に入った。

 客間といっても、ただの4畳半の空き部屋だが・・・・・・。何も無い部屋に座布団だけを置いて向かい合う。

 しばし沈黙の後、


「最悪の事態になりました。こちらも知り得る情報を提供します。ご協力をお願いしに参りました。」


 摩耶先輩は深々と頭を下げた。

 頼み事をするためか、言葉使いが敬語になっていた。


「ちょっと、やめて下さい。何があったんですか?」


 さすがに、先輩から敬語は抵抗がある。それでも、摩耶先輩は、そのままの口調で続けた。


「美霧さんは、学校の屋上で探しものをしていました。恐らくそれは、ニーナさんが落ちてきた場所を探していたのだと思います。」

「落ちてきた場所・・・・・・それって」

「異世界と通じている扉です。」


 摩耶先輩は、異世界とはっきり言った。霊視とは、そこまでわかるものなのだろうか?

 正直驚いた。


「ニーナが異世界から来たこと、ご存知なんですね?」


 念押しの為に、一応聞いた。摩耶先輩は、何をどこまで知っているのだろうか。


「はい。ニーナさんを霊視させていただきました。彼女の身に起こったこと、理解しているつもりです。」


 そう言うと、母が持ってきたと思われるお茶を啜った。


「それで、美霧は何のために扉を探していたんですか?」


 意味がわからなかった。美霧が扉を探す必要性。そんなもの探していったい何をしたかったのか?


「彼女は、ニーナさんを元の世界に戻そうとしたんです。」

「え? でも、ニーナの世界は滅んだし、怪物もいるのに。」


 いくらなんでも、それは酷な話だ。ニーナ自身が帰りたいと望んでいるとはいえ・・・・・・


「美霧さんも、その辺は葛藤されたことでしょう。でも、もっと重要なことを心配されたのです。それは、怪物がこちらにやって来る可能性です。」


 摩耶先輩の言葉に、はっとした。

 そうか、美霧は、その事にいち早く気付いていたんだ。


「でも、怪物がやって来るかもしれないってわかっていたのなら、なんでそんな危険なまねを?」


 摩耶先輩は、真剣な顔つきで


「美霧さんは、山依さんの為に、ニーナさんをすぐに帰す訳にはいかなかった。時間を余分に使ったせいで、危険が増したのは自分のせいだと考えたようです。それに、実際、扉があるかどうかの確証は持ってなかったようです。あくまでも可能性として確認しようとしたんです。」


 だからって、そんな。 


「そして、屋上で怪物に襲われて・・・・・・・お亡くなりになりました。」


 摩耶先輩は、そこではっきりと美霧の最後を語った。


「学校側は、屋上を閉鎖し、怪物を屋上に閉じ込めて餓死させようと目論みました。しかし、今日の夜、屋上のフェンスを乗り越えて屋上から逃げ出しました。」


「逃げたって・・・・・・え?」


 人を襲って殺すような怪物が、屋上の外に出た?


「今、怪物の居場所は不明です。学校側は、問題が発生するまでは静観するつもりのようです。」


 怖えよ。学校にそんな怪物が彷徨いてたら、行きたくねえ。

 でも、他の多くの学生や教師は何も知らずに明日も登校するんだよな・・・・・・

 学校の外に出たら、街も危ないし。


「警察とか、自衛隊とかに云わないんですか?」

「怪物が異世界から来ました。退治して下さいって?」


 いや、確かにそうは言えないけど。でも。


「猛獣が学校に居ます。退治して下さい。とは、言えるかもしれませんが。どうでしょうねえ。いろいろと面倒なことになりそうですけど。」

「だからといって、放っておく訳にはいかないでしょう。それは見殺しだ!」


 つい、叫んでしまった。叫んだ後に、すごく恥ずかしくなった。自分に何が出来るわけでもないのに、いったい自分は何を言ってるんだと。

 片膝立ちで握りしめていた右手を、床に落とす。


「山根さん。お気持ちは同じです。」


 その右手にそっと両手を添えて、摩耶先輩は、こちらを見上げた。


「お願いです。ニーナさんと話をさせてもらえませんか? 彼女の力が必要なんです。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る