第十三話 『賽は投げられた』 (The die is cast)
ブウウウウ ブウウウウウウ
携帯が鳴った。正確には、机の上に放置していた携帯がバイブで震えた。まあ、そんな事はどうでもいい事だ。問題は、手に取った携帯のディスプレイに表示される電話番号に見覚えがない事だ。基本的に知り合いは連絡先登録しているのでディスプレイには登録されている名前が表示される。名前が表示されないのは、登録されていないからだ。
携帯は手の中でしばらく鳴り続けた。いや、震え続けたのでワン切りの様なイタズラではない。明らかにちゃんと電話を掛けてきているのだ。
さて、出たものかどうか。なんだか胸騒ぎがした。
10回コールを待って、まだ鳴り続ける様なら出よう。そう決めた。そして、10回コールしても止まる気配が無いので、心を決めて、電話に出た。
「もしもし?」
見覚えがない番号なので、名乗ったりしない。警戒は怠れない。変な相手だったら嫌だしな。間違い電話かも知れないし。相手の出方を待つ。電話の向こうで息を飲む気配がした。向こうも緊張している様だ。
「あ、あのお、すみません。えっと、山根さんですか?」
「あ、はい。そうです」
どうやらちゃんと自分宛てにかかってきた電話だったらしい。電話の相手は女性で、なんとなく聞き覚えがあった。きっとあいつに違いない。
「あの、突然電話してごめんなさい。美霧です」
ああ、やっぱり。そんな気がしていた。電話の向こうの美霧はひどく緊張していた。
「ヤマゲンに電話番号聞いたんだね」
彼女の緊張を少しでも解そうと、ゆっくりと話す。別に気を使う必要は無いのかも知れないけど、そういうところを自分は気になってしまうのだ。
「はい。山依さんに聞きました。勝手に済みません。ご迷惑でしたか?」
「いや、大丈夫。問題ないよ。それよりどうしたの? 昼間の話しの続きかな?」
「そうです。けど、実は、わたしが話したいのはニーナさんなんです。申し訳ないですけど、ニーナさんに代わっていただけますか?」
そう、ニーナは携帯を持っていない。その辺もヤマゲンに確認したのだろう。
「いったい、ニーナと何を話すつもりなんだ?」
すごく不安に感じた。美霧は、いったい何を企んでいるのだろう。昼間の彼女の態度から考えるととてもニーナと話させる気にはなれない。
「ニーナさんに直接確認したいことがあるんです」
此方の不安が伝わったのか、美霧は語気を強めた。果たして、大丈夫なのだろうか。美霧のことだから、ニーナと仲良くおしゃべりしたいわけじゃないことは明白だった。確認って、人かどうか確認するつもりか? 何よりも彼女の態度から友好的なものが感じられない。
「お願いします。山根さん、協力してください」
「せめて何を話すつもりか教えてくれ」
「それは出来ません」
即答だった。強い拒絶。それは交渉の余地が無い事を表明するのに充分なものだった。
「山根さん。保護者ぶるのは止めてください」
「保護者ぶってるわけじゃ・・・」
「なんでもいいです。早く代わって下さい」
「わかったよ」
本当に代わってもいいのか。判断できなかった。ただ、ここは意固地に突っぱねる方が事態を悪くする様にも思えたので、しぶしぶながら承諾した。それには保護者ぶっていると云われた事も少なからず影響した。そんなつもりは毛頭ない。ただ、ニーナが困っているから手を貸そうとしているだけだ。
ニーナの部屋の扉をノックして、事情を告げた。ニーナはゆっくりと扉を開けて、頷いた。ニーナは携帯を受け取ると、扉を閉めた。会話を聞かせたくないらしい。ニーナもまた、美霧に何かを感じている、そんな風に見えた。ニーナは昼間ほとんど美霧とは話していない。ヤマゲンの部屋に泊まったときに少しは話したのだろうか? いずれにせよ、端から視た印象では二人に接点は無い。しかし、美霧から電話だと伝えたとき、ニーナは別に驚いた様子も見せなかった。電話が来る事を覚悟していたかのようだ。
扉のそばに立って聞き耳を立てる。なりふりかまってられない。やっぱり会話の内容が気になる。女の子同士の会話を盗み聞きとか、褒められたことじゃないけど、別に変な目的じゃないからOKだ。そう自分に言い聞かせる。
扉の向こうからは、ニーナの声だけが聞こえた。当然といえば当然だ。携帯からの美霧の声は聴こえるはずがない。
「なにを言ってるのかわからない」
ニーナの少し動揺した声がした。
しばらくの沈黙の後
「わかった。戻すには、直接触れないとダメなの。今度会った時に戻すわ」
触れる? 戻す? ヤマゲンのことか? でもどういうことだ? 美霧は何を知っている?
今日の昼間話したところでは、ヤマゲンのニーナに対する親密具合がおかしいって言っていたぐらいだったはずだ。彼女はいったい・・・
「わかった」
お、どうやら電話が終わったらしい。ここで聞いていたのがバレるとまずい気がしたので、そっと自分の部屋に戻った。目的が目的だとはいえ、やっぱり盗み聞きは気持ちのよいものではない。罪悪感がしこりとして残る。
ノックをしてニーナが入って来た。
「携帯、返します」
「あ、ああ。で? 美霧は何だって?」
「明日、学校に来てって」
ニーナは淡々とそれだけ話した。その表情から読み取れるものはない。不自然なぐらい普通の顔を装っていた。
「じゃあ、明日、一緒に行こう」
「うん」
ニーナはそれだけ言うと、部屋に帰っていった。
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