第十二話 『願い事』 (wish)

「それで? 美霧はニーナをどうするつもりなんだ?」


「わたしの質問に答えていただいてません」


 美霧の質問は、ヤマゲンかニーナのどっちの味方なのかという事だ。しかし、そう言われてもなあ。ニーナの力になってやりたいというのは本心だ。それよりもヤマゲンの味方ってなんだ? 意味が解らない。ニーナがヤマゲンの記憶を弄ったのは、人道的にやっぱりダメだと思うけど、ニーナが生き抜くために必要に駆られての事だし。認めるわけにはいかないけど、責められないとは思う。ここは、美霧に事情を話して協力して貰った方がいいのだろうか? ただ、あまりニーナの事情を広めるのは危険な様にも感じる。とりあえず今は、ニーナを記憶喪失者としてこの世界で普通に生きれるようにしてやりたい。

 その後は・・・

 ニーナは元の世界に帰りたいと云っていたけど、実際帰る方法なんてあるのどうか解らない。ニーナ自身も解らないって云っていたしな。

 自分が、ニーナを助けてやりたりという気持ちを抱いているのは、ニーナによってそう仕向けられているのだろうか。その疑問の余地は確かに存在している。ヤマゲンのように何かされていないとは限らない。ただ、仮にそうだったとしても、それは仕方がない事だとも思える。だめだ。それすらもそう思わされているのだとしたら。もうこれは、何が本当の自分の気持ちなのか、考え始めるとわからなくなってくるな。

 ニーナの力の罪なところは、こういうところかもしれない。でも、疑問が抱けるということで、自分には何もされていないとも考えられる。ただ、そうだな。ヤマゲンに対しては、元に戻してもらいたい。やっぱり、そうじゃないと、ニーナを本当に信じることが出来ない気がする。ヤマゲンが元に戻ったとして。そのとき、ヤマゲンはニーナをどうするだろうか・・・

 

「変な質問をしてごめんなさい」


 美霧が唐突に謝ってきた。予想外の彼女の行動に、きょとんとしてしまった。

 

「今の質問は忘れてください」


 それっきり彼女は口を紡いでしまった。その彼女の視線の先には、楽しそうにショッピングを楽しむニーナとヤマゲンの姿があった。


「行こうか」


 彼女たちの姿に、美霧も何か感じるところが在ったのだろう。何となく解る気がした。彼女の言葉を受けて、一緒に二人のところに行くよう、美霧を促した。






 そんなこんなで、その後ひたすらショッピングやら喫茶店でスィーツとかに付き合わされた一日だった。その後、美霧も特に何も云っては来なかった。何も云って来なかったら来なかったで、気になってしまうのは人の性ではあるが。今は気にしないでおこう。自分のキャパを超えそうだ。


 帰り道すがら、ヤマゲンはすごく上機嫌に見えた。ニーナもヤマゲンとよく話すようになったようだ。少し照れながら、でも嬉しそうな表情だった。二人は、まるで本当の親友の様に見えた。


 美霧はというと、必要最小限の会話のみ行い、後はずっと黙っていた。ずっと何かを思い悩んでいるように見えた。此方に話しかける事は諦めた様だが、ニーナのことを考え続けているのだろう。出来ればすっぱりと忘れて欲しいのだが。あまり突っ込まれると、いつニーナがボロを出すか心配で冷や冷やする。しかしニーナはそんな事はつゆ知らず、ヤマゲンとのお喋りを愉しんでいて、此方と美霧の様子には気付いていないようだった。



 ヤマゲンと美霧は、バス停まで見送りに来てくれた。バスを待っている間も、ニーナとヤマゲンは何やらずっと会話していた。どうやらヤマゲンは、自分の知っているこの世界のことをニーナに出来るだけ伝えようとしているみたいだ。こいつってこんなに面倒見がいいやつだったんだな。ほんの少しだけ見直したぞ、ヤマゲン。此方の手間が随分と省けそうだ。やっぱ、女の子といろいろ話すのって慣れてないしね。

 美霧はというと、俯いてじっとしている。あれからずっと考え続けているのだろうか? そうだとしたら凄い集中力だ。いや、むしろ執念と云った方が正解なのかもしれない。そして、また倒れるんじゃないだろうなあっと思って、倒れ始めたらすぐに支えられる様に、美霧の側に陣取り、膝を緩めた。

 その心配は杞憂に終わった。美霧が倒れるよりも早くバスが来たからだ。

 スタンバイモードを解き、ニーナと共にバスに乗り込もうとしたとき、美霧に呼び止められた。

 彼女は駆け寄って来て、他の二人に聞こえないように、耳元に口を寄せてこう云った。


「ニーナさんのことをどうこうするつもりはありません。ただ、わたしは、山依さんの力になりたいだけです」


 バスが今にも出発しようとした為、彼女の言葉に返事する間も無くバスに乗り込んだ。発車するバスの窓から美霧を観ると、こちらをずっと見つめていた。彼女の視線に、此方も眼で「わかった」と返事を返した。


 遠ざかる美霧の瞳は懇願の色を宿していた。

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