第十話 『違和感』 (feel strange)
「ニーナさんって何者ですか?」
そう彼女は言った。
最初に彼女たちの部屋にニーナを匿ったときには詳細は話していない。
「ヤマゲンから聞いていない? 彼女、記憶喪失なんだよ。それで、うちで預かるってことになって……」
美霧は、ずっとこちらを見ていた。その瞳に、なんだか心を見透かされているように感じた。
「はい。山依さんから聞いています」
なら、その質問の意図はなんだというのだろうか。不安が少し過ぎった。
「他に何が聞きたいの?」
「上手く説明できません」
彼女は額を手で抑え俯いて、う~ん と唸った。
「そうですね。簡単に申し上げれば、とても普通の人には見えません。まるで人外のようです」
ドキッとした。
ニーナの話をすべて鵜呑みにするつもりはないが、それが真実だとすれば、この子の勘はすごく当たっている。しかし、ニーナを見て人外とまで考えつくほど、人間との違いは感じられないはずだ。美霧は、どうしてそう思うのだろう。
「やっぱり人外なのですね」
「え?いや、そんな訳ないだろう。いくらなんでも、あんな人っぽい人外は存在してないだろう。人型宇宙人とかまだ確認されてないし」
なんとなくだが、ここはニーナのことを隠し通す方が良いような気がした。美霧から感じる鋭さは、危険な香りがする。しかし、彼女の追求は揺るがない。
「ニーナさんって、初めて会った時から普通の人とは違っていました。そして、今日、あらためてお会いして、確信しました」
「えっと、ニーナの何を見てそう思うの? 今日だってまだ一度も会話してないっぽかったし」
彼女は、また、額に手を当てて う~ん と唸りはじめた。きっとこれは彼女の癖なんだろう。言いにくい事を言う時の癖なのかな?
「別に会話は必要ありません」
「見た目は普通に人じゃん?」
う~ん
唸り声が一段と大きくなった。
「もういいです! だいたいわかりましたから」
なんかキレられた! 説明するの諦めやがった。そして、一体今の会話で何がわかったというのだろうか。何も実のない会話だったはずだ。それに此方は誤魔化ししかしてないし。
それっきり彼女は黙りこんでしまった。ずっと何か考えこんでいる様子で、俯き加減で右手の人差し指を噛んでいた。何分経っただろうか。さすがに我慢しきれなかったので、声をかけてみたがまったく反応がない。肩をポンポン叩いてみた。彼女はゆらゆらと揺れ、そして、倒れた。
えええええ!
あまりのことに動揺してしまった。倒れた彼女はぴくりとも動かなかった。屈んで様子を観ると、胸の動きから呼吸していることを確認して、生きていることがわかってほっとした。とりあえず救急車を呼ぼうと携帯を取り出そうとしたところ
「あー、大丈夫です。呼ばなくていいです。ちょっと痛いだけです」
彼女が気がついた。
「大丈夫か? どっか痛むか?」
彼女は上体を起こして周りを観察した後、
「あー、わたし倒れちゃいましたか」
と、事も無げに言った。よくあることなんだろうか。
「あー、いつものことなんですよ。よく急に倒れちゃって。お医者さんには異常なしっていつも言われるんですよ。なので、身体には問題ない健康優良児です」
「どっか悪いのか? なんか病気とか?」
「いえ、多分、考え過ぎちゃうと考えに集中しちゃって他が止まっちゃうのかなっと」
「えっとつまり?」
「はい。思考にすべて集中しちゃって、身体を支えて立っていようとする機能まで停止しているみたいな感じです」
「機能って、機械みたいに言うんだな」
「まさか、機械じゃないですよ。ちゃんとした人間です。それに、こんなわたしみたいな存在って、機械ではまだ確認されてないでしょ?」
さっきの人外の件の仕返しなのか。こいつ結構、根に持つタイプなのかもな。くわばらくわばら。
「ごめんなさい。気に触りました?」
え? 今なんて言った?
「あー、いえ、山根さんがなんかちょっと、う~ん、そうそう、不機嫌な顔したので」
それは嘘だ。不機嫌な顔した覚えなんてない。そしてなんか、さっきから会話に違和感を感じる。何かがおかしい。
「わたしは鋭いんですよ」
そういって彼女は笑った。立ち上がると、スカートをパンパン叩いて汚れを落とした後、自分の服装を点検していた。くるりと後ろをこちらに見せた。
「どうでしょうか? 汚れてません? 大丈夫でしょうか?」
「うん。大丈夫だよ」
「ちゃんと見てますか?」
ちょっと顔をふくらませて言う。
「見てる見てる。大丈夫」
ふ~ん、っと言ってとりあえず納得したようだ。
「それより、怪我ないのか? おもいっきり倒れたんだけど」
「ちょっといろいろ擦りむいただけです。大丈夫です。いつものことです」
なんだろう。彼女に対して、何かを感じたような気がしていたんだけど。それがなんだったのか忘れてしまった。
「さあ、山依さんと合流しましょう」
「ああ、そうだな」
なんだろう。
いったい彼女に何を感じたんだろう。
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