第八話 『ゆるやかな刻』
ジリリリリリリリリ
目覚ましが鳴っている。
いつもの様に、慣れた手つきで目覚ましを止める。
そして、あらためて寝る
二度寝は一番気持ちいい。
人生の至福のときだ。
すぅぅ
ふにふに
ん?
ふにふにふに
ん???
ふにふにふにふに
えーと
サクッ
「いてえええええええええ!」
何かに刺された左頬をさすりながら起き上がった。
何だ? 何に刺されたんだ?
ベッドの隣にニーナが人差し指をピンっと立てて佇んでいた。
「おはようございます。耕一。」
「おはよう。」
そうだった。ニーナは記憶喪失ということにして、今は家で面倒をみることになっていたんだった。結局のところ、両親が身元引受人になった。最初は驚いて一悶着あったものの、割りとすんなりOKしてくれた。本当のところはわからないが、娘が欲しかったに違いない。そう思ったのは、小さい頃母はよく娘が欲しいと漏らしていたからだ。
そしてニーナの家での役割は、どうやら寝坊助を起こすことになったらしい。
「指で刺したのか? なんて起こし方しやがる。」
「だってこれ人刺し指でしょ?」
「さすの意味が違うぞ。」
「あはは、冗談冗談。だって、叩くな、蹴るなと言われたので。」
「もっと優しく起こしてくれ。」
「ふふふ」
ニーナは、よく笑うようになった。言葉を話せるようになった。
あの日以来ニーナが、繋いでいた手を離し、自分の声で話し始めてから、まだ一度も手を繋いでいない。
ニーナの、信頼を得るための決意
いまは、言葉のやりとりで充分コミュニケーションが取れている。時折、戸惑うこともあるけど、ニーナは、上手くやっていると思う。
「朝ごはん出来ます。すぐに着替えて降りてきてください。」
そう言って、彼女は部屋を出て行った。
ニーナが家で暮らすようになってから、一ヶ月ほど経った。彼女なりに我が家に溶け込むための努力なんだろう。
もちろん、部屋は別だよ?
急な話だったので、とりあえず空いている隣の物置き代わりの部屋を片付けて、ニーナの部屋にしている。四畳半は狭いかなと、気が引けたが、ニーナはたいそう喜んだので良しとしている。
いつも朝ちゃんと起こされているので、ちゃんと朝飯も食って、母親が作った弁当もちゃんと持って学校に行っている。母親は、たいへん満足しているようだ。
ニーナは9月から特例として編入する見込みとなった。それまでは、家で文字の勉強をしている。会話こそなんとか出来るようになったが、読み書きの方はまだまだなのだ。
テーブルを3人で囲んで朝食を取る。父親はもっと朝早く出勤している。会社までが遠いので、朝6時には家を出ているので、一緒に食卓を囲む事はない。夜は夜で帰宅が遅いので、父親と同じ食卓を囲むのは稀だ。土日祝も居ない日が多いしね。これが世に云う社畜という奴か。
ニーナは、いそいそと配膳を手伝っていた。すっかり母も馴染んでいるようだ。あたかも初めから本当の母と娘っていう感じだ。
家を出るとき、いつものようにニーナは玄関まで見送りに来た。ニーナが家に来てからずっと続いている習慣だ。なんだか面映い気持ちとともに、心地良い気持ちになった。
今までのような慌ただしい朝とは違った、時間の流れがゆっくりと、そして暖かく感じた。
ニーナが来ることで、こんな生活になるとは思いもよらなかった。
このときはまだ、こんな生活がいつまでも続くと勝手に思っていたんだ
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