第七話 『不安』 (Anxiety)

 うちの高校は、転入・編入を受け入れている。編入は時期的に3月と9月なので待てない。やるとしたら転入だ。


 しかし、ニーナの在籍していた学校って、日本の高校とは違うし、ましてや、この星の学校ですらないから、転入って出来るのだろうか?そして、その学校はもう無いだろうし、被災だけど他の世界の話だから、制度の適用なんて出来るんだろうか?

 

 とりあえず、今、ニーナをこの学校の生徒にして面倒を見させるという方向性で検討中。図書室のパソコンでネット情報を検索中な訳である。


 やっぱり、向こうの学校の書類が必要なのと、住民票とか必要なのかあ。


 さっそく頓挫した。まあ、考えは浅はかだってのは、はじめからわかってたけどねえ。

 でも、こうゆう場合どうなるんだろうか。まあ、異世界の住民がいきなり日本に来るなんて想定は過去に例が無いから当然制度なんかないし。


 うーん。


 戸籍なし、住所なし、親族なし、お金なし、でこの国で生きていく方法は・・・。あるいは、そういう人って他に居ないのかな?


 例えば、記憶喪失して自分が誰かわからない人。その場合、自分の戸籍がわからない。つまり無いのと同じ。見つかれば別だけど。住所。住んでいた場所がわからない。親族。誰かわからない。お金。身元がわからないのだから、財布が無いとかの場合はお金もないだろうし。


 そういう人ってどうなるんだろうか?


 インターネットで検索してみる。『記憶喪失』『生活』などのワードで検索エンジンを使う。

 ネットってすごいな。いくつか情報があった。


 記憶喪失で身元が不明であり、長期に渡る場合は、病院の診察と警察の調査の後、地方自治体で保護。首長職権で住民票の発行および生活保護申請か。

 妥当な線だけど、これで引っかかるのは、病院の診察。ニーナの身体ってこの地球の人類と同じかどうかわからないしな。大丈夫なんだろうか。

 

 後は問題ないかな。記憶喪失だって言い張ればなんとかなりそうな気がする。


 身元引受人は、うちの両親に頼んでみるとして、ダメって言われたら国に任せればいいし。なにがどこまで出来るかわからないけど、今できる精一杯な線ではなかろうか。この学校に無理やり転入させて学校に面堂みさせようと閃いた結果、このような結論になるとはまったく予想してなかったけど、むしろ、こっちの方が、普通の解決策だったんじゃないだろうかと思う。


 パソコンを操作するため離していた手を、ニーナと繋いで今仕入れた情報を伝える。ニーナは静かに噛みしめるように受け取り、( あなたの判断にお任せします )と云った。


( ただし、病院の診察では力を使うことを認めて下さい )


 記憶喪失だから恐らく脳を調べるんだろう。MRIとかCTとかいうやつを使うんだろう。ニーナの脳が人間のそれと同じである保証はまったくない。むしろ同じである方が奇跡かもしれない。力は使ってほしくないけど、他に方法はなさそうだ。

 人間とはまったく違う構造の脳とかが見つかったら大事件になっちゃうしね。そうなるとニーナがただじゃ済まなくなるだろうし。そのときニーナはどういった行動を取るだろうか。


 手を繋いでいるため、こちらの考えは伝わったようで、彼女は力強く頷いてみせた。


( 後、もうひとつお願いがあります )


 なんだろう。何を言い出すのかと少々不安感に包まれる。なんといっても、彼女の力は脅威を感じる。人の記憶に干渉できるのなら何でも出来そうだ。また少し、自分がやっていることが正しいのか不安を感じ始めた。


 碧い瞳を彼女は少し翳らせた。


( 私を信頼出来ませんか? )


 そうだった。手を繋いだままだった。彼女に対する不信感が、そのまま直接伝わってしまった。自分自身に対する不信感を直接ぶつけられる気持ちというのはどんな感じなんだろうか。彼女に済まないという気持ちが湧くものの、やっぱり不信感は消せない。力のある者が、力を使わないと誓ったところで、それは何の保証にもならないからだ。


「まあ、気持ち見られてるからあえて言う必要もないんだけど、どうしても信じ切るのは難しい」


 ニーナは繋いでいた手を離した。


 椅子から立ち上がり、一歩下がってこちらをじっと見つめた。


 何をするつもりなんだろうか? 彼女は胸の前で手を組み、祈るような仕草で、コホンっとかわいく咳払いをした。


 出逢ってから初めてニーナの肉声を聞いた気がする。その声は、見た目の王女の風格および綺麗な顔立ちからは想像できない、非常に子供っぽい声音だった。


「ァー、アー、ぁー、あー」


 どうやら発生練習をしているようだ。あまりに可愛らしい声に、ぷっと吹き出してしまった。


 彼女は、こちらを見て、はてな? って顔をした。


 そうか、手を繋いでいないからこちらが何考えているか、わからないんだな。


「なんでもないよ。あ、聞き取りは大丈夫なのか?」


 コクリと頷くニーナ。


「だいじょうぶ   ゆっくり」


「ゆっくりなら、大丈夫ってことか?」


 コクリ


 おー、ニーナが初めて日本語話した。


「あなたの しんらい ほしい それまで て つながない」


「今みたいに、直接会話するようにするって意味か?」


 コクリ


「ちから つかわない びょういん いがい」


「そっか」


 彼女は、信頼を得るため、力を使わずに会話するようにすると。それで信頼出来るのかといえば、そんなことないのだが、それでも、気持ちは伝わった。彼女は、信頼を得るための今できる最善を尽くそうとしているのだろう。


「おねがい もひとつ」


 一音一音確かめるように話すニーナ。ニーナの一生懸命さが伝わってくる。そういえば、お願いの話だったな。いまさらに思い出す。


「あなたの そばに いたい」


 へ?


 予想外のお願いに、反応出来なくなってしまった。なんで? 意味がわからない。

 

「えっと、ごめん。意味がわからない。」


 彼女は目をつむり、伝えるべき言葉を探しているようだった。そして、一つ一つ丁寧に、慎重に言葉を紡いでいった。


「わたし ふあん ひとり たえられない」

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